■「出会い方を変えれば、書店はまだ伸びる」
「人が本を読まなくなったんじゃない。わざわざ店に行かなくなっただけなんです」
そう語るのは、京都を拠点に全国50店舗を展開する大垣書店の会長・大垣守弘さんだ。1996年をピークに出版物の販売額は減少を続け、書店数はこの25年で半減した。書店が次々と姿を消すなかで、「読書離れ」が原因だとする見方に、大垣さんは首を振る。
実際、大垣書店の業績は踏ん張りを見せていて、紙の本が売れないと言われる時代にあっても、2024年まではグループ(カフェ、書籍など)全体で30年連続の増収を維持してきた。ただ、2025年8月期は、CD/DVDが前年比12.7%減、トレーディングカードも同2.3%減となるなど周辺商材の落ち込みが影響し、連続増収はいったん途切れている。
それでも中核の書店事業は伸びを保っており、全体の売上高は154億4000万円となった。また、この10年で店舗数も約2倍に拡大している。つまり、人が本を読まなくなったのではない。
近年、アマゾンをはじめとするネット書店では、スマホひとつで欲しい本を注文でき、翌日には手元に届く。効率やスピードを求める時代に、わざわざ書店へ足を運ぶ理由が見えにくくなっているのは確かだ。
それでも大垣さんは、「出会い方を変えれば、書店はまだ伸びる」と確信している。
本と人が出会う場をどのようにつくるのか――その問いに向き合い続けてきたことが、大垣書店の出発点だ。
■祖父の転身、生活の場になった書店
大垣書店の創業は1942年。創業者である祖父は、もともと染色の仕事に携わっていた。しかし「これからは情報の時代や!」と書店へ転身したのだ。まさに時代を先読みした決断だった。
当時「街の本屋」は学校に教科書を納める重要な役割を担っていた。その手数料と、同時に販売する書籍の売り上げが大切な収入源だった。
「学校で教科書を配るときに辞書も一緒に持って行って、勧めるんです。
その光景を聞きながら、筆者は学生時代を思い出した。校舎の隅に積まれた段ボール箱、次々に辞書を受け取る生徒たち――その賑わいが目に浮かぶ。しかし時代は変わった。紙の辞書は電子へ、そしてスマホの中に収まっていった。
「紙の辞書をわざわざ買う人は、ずいぶん少なくなりましたね」
家業の移り変わりを間近で見てきた大垣さん。店のすぐ近くで育ち、学校帰りはそのまま書店へ。父が店を閉めるまで、そこで過ごすのが日常だった。
「本が好きというより、もう生活の一部でしたね。本に囲まれているのが当たり前やったんです」
■人生を変えた一冊の本
高校時代の大垣さんは、進路に悩み、漠然とした将来への不安を抱えていた。
「このまま仕事をするのも嫌やし、大学に行って自由な時間が欲しい」という思いを抱きながら、好きな映画館に通う日々だったという。
「薬師丸ひろ子が出てくる前の時代かなあ。友達のお父さんが松竹に勤めていてね。
ある日、人生を変える一冊の本に出会う。タイトルは『二十歳の原点』(新潮社)。1960年代末の学生運動の時代、自分を見つめながらも挫折し、理想と現実のはざまで苦しんだ女子大生・高野悦子さんの日記をまとめた作品だった。
「なんでその本を手に取ったのかは、正直覚えてないんです。でも読んでみたら、『自分だけが悩んでるんちゃうんやな』って思えてね。すごく共感できたんです」
自分の心情と重なり、静かに寄り添ってくれるような一冊だった。その後、偶然にも著者と同じ立命館大学へ進学。在学中から実家の書店を手伝い、卒業後は父とともに働いた。
「本に救われた」というこの原体験が、後の経営の根っこになる。
■大型店の衝撃「このままじゃ経営が持たない」
大垣書店の転機が訪れたのは1981年。京都市内を南北に走る地下鉄が開通した年であり、この出来事が大垣書店の追い風となった。
「今から45年前、僕が22歳くらいの頃ですね。ちょうど終点の北大路駅の上にうちの本屋があったんです。地下鉄から学生さんがどっと降りてきて、本を買ってくれるようになって。あれは驚きでした」
しかし、その追い風はすぐに逆風へと変わる。1984年、京都駅直結のファッションビル「アバンティ」に、当時としては異例の規模を誇る大型書店がオープンした。売り場はテニスコート4面分。品揃えも立地も物流も、すべてにおいて勝ち目がないと感じた。
「そこのブックセンターがでかくてね。初めて見たとき、正直ショックでした。このままじゃうちの経営が持たないと感じましたね。品揃えでも絶対に勝てない。例えば、出版社が1万部刷った本は、小さな本屋には、2冊、3冊しか回ってこないんです。
■「来てくれたお客さんを絶対に逃さない」戦略
圧倒的な差を前に、大垣さんは考えた。限られた売り場でどう勝負するか。答えは“来てくれたお客さんを絶対に逃さない”ことだった。店頭にない本でも、お客さんに尋ねられればすぐに取り寄せる。電話注文も受け、できるだけ早く手渡す。来店した人を必ず満足させる姿勢を徹底して守った。
「当たり前のことをしただけなんです。でも、『この本屋に頼めば必ず手に入る』と思ってもらえることが大事でした」
日本の出版流通は「委託販売制」と呼ばれる。出版社が問屋(取次)を通じて全国の書店に配本し、売れなければ返品できるシステム。この仕組みを最大限活用し、どんな種類の本でも注文した。
「例えば医学などの専門書って、店頭に置いてなければ『この本屋にはない』と思われてしまうでしょ。
コストを度外視して1冊でも注文を受ける。たとえ利益が小さくても手を抜かない。その積み重ねが、やがて「信頼」という最大の資産を生んだ。
■店舗を増やして“仕入れの壁”を乗り越える
それでも、小さな書店の悩みは尽きなかった。とりわけ高いハードルになっていたのが「仕入れの壁」だった。たとえば、新刊が新聞広告に載っても、入荷できるのは5冊ほど。すぐに品切れになり、「実物を見てから買いたい」というお客さんを逃してしまう。
ある日、大垣さんは入荷冊数を増やしてほしいと出版社に相談してみた。
「年商10億になったら、もうちょっと送ってあげるよ」。返って来たのは、愛想もない返事だった。当時、大垣書店の年商は3億~4億円。1店舗で10億円を達成するのは現実的ではない。
ならばどうするか。大垣さんが選んだのは、店舗を増やすことだった。まず京都市に隣接する亀岡市に2号店を出店。すると、売り上げが伸び、出版社の対応も徐々に変わってきた。
「店を増やしたらだんだん出版社も、『ちょっと相手にしたろか』と思ってくれるんですよ」
大垣さんは年に1店舗ずつ出店を続けていった。そして現在、京都を中心に、大阪、神戸、東京、広島、北海道など全国50店舗を展開するまでに成長したのだ。
■立地と客層で棚を変える
店舗を増やしていくことで増収を実現してきた大垣書店だが、これだけで出版不況にたち向かえるわけではなかった。そこで話題は店舗づくりの工夫へと移った。
京都出身の筆者にとって、大垣書店はすでに身近な存在だが、以前から不思議に思っていたことがあった。京都本店(京都市)とフォレオ大津一里山店(滋賀県大津市、以下一里山店)では、まるで別の会社のように内装や雰囲気が異なるのだ。
その理由を尋ねると、大垣さんは「立地と客層の違いですね」と即答した。
「書店って、来る人が変われば、置く本も、空気も、まったく変わるんです。学生が多い街と、研究者や家族連れが集まる街では、同じ棚では通用しませんから」
だから大垣書店では、「どんな人が、どんな目的でこの街に集まっているのか」を起点に、店づくりを考える。ジャンルの比率、棚の見せ方、空間の使い方まで、すべては立地と客層から逆算する。
その考え方は、京都本店、一里山店、そして東京・麻布台ヒルズ店へと、店ごとに異なるかたちで表れている。
■京都本店はなぜ「迷路」なのか
京都本店の狙いは明快だ。店内を回遊してもらい、特に目的を決めずに訪れた人が思いがけない一冊と出会えるように設計されている。
書店がある四条通り沿いは、観光地と商業地が交わるエリアだ。店内に足を踏み入れると、従来の書店のイメージを覆す多彩な仕掛けがある。正面には京都の名産品が並び、右手にはカフェ、左手にはお酒のボトルが並ぶバーカウンター。さらに奥へ進むと、とんかつ店や寿司店の看板が目に飛び込む。
本棚は飲食店に囲まれ、迷路のように広がっている。多業種の看板や商品が入り混じるこの空間全体が、ひとつの体験型書店としてデザインされているのだ。
店内は落ち着いたダークトーンで統一され、天井には空調や配管をあえて見せることで、高級感の中にモダンなアクセントも添えている。近年はインバウンドが急増し、特に夜は外国人客の割合が増える。これを見越して10年ほど前から免税対応を導入しているという。
「免税導入当初は、税務署の人から『本屋で免税? 外国人が買うわけないでしょ』と笑われましたよ。でも実際は、建築や仏像、日本文化を深く理解したいという外国人がたくさん来るんです。清水寺などの観光地を巡るだけでは満足できず、本を通じて学びたいという方が多いんですよ」
さらに「日本らしいものを買って帰りたい」というニーズも根強い。たとえば漫画はその代表例だ。母語の翻訳版を読んだ経験があっても、「お土産だから」と日本語の原書を1巻だけ選ぶ人がいる。日本語が読めなくても、原書を手にすること自体が価値になるのだ。
このように、京都本店では、地元客に加えて観光客へのアプローチが重視されている。本だけを目当てに訪れるわけではないお客さんにも、偶然本に出会う仕掛けが随所にちりばめられている。
■専門書をそろえる滋賀・一里山店
一方、滋賀県大津市の一里山店はまったく違う顔を持つ。2008年、滋賀県最大規模の書店としてオープンしたこの店舗は、雑誌や実用書、新書ごとに棚がつくられた一般的な書店のイメージだ。
店づくりのヒントになったのは、出店を検討する際に金融機関の担当者が発した言葉だ。「この地域では住宅ローンを組む人が少ないんです」。つまり、一括で家を買う人が多く、経済的に余裕のある層が多いエリアなのだ。近隣には大学が3つ、大学附属病院もあり、関係者も多く住む。
「図書館に行けば無料で読めるのに、あえて本を買う人は、金銭的にも余裕があって、かつ本の価値を認めている人たちですね」
一里山店では、そうした読者を意識し、「知識に投資する層」に向けた専門書などの品ぞろえを徹底している。
京都本店と一里山店。立地も客層もまったく異なるが、両者には共通点がある。それは、「どんな人がこの街に住み、何を求めているのか」を徹底的に調べたうえで出店する姿勢だ。
「この本屋に行けば、ほしい本が手に入る。そうやってニーズに応えて、信頼を大事にしています。だから新店舗の出店前には、そのエリアに住んでいる方の年齢層やライフスタイルを見て、まずは品揃えを決めるんです」
しかし、東京・麻布台ヒルズ店では、徹底した市場調査や想定にもかかわらず、思いもしなかった結果が待っていた。
■麻布台ヒルズでわかった“やってみて見える需要”
2023年、大垣書店はグループ50店舗目となる「麻布台ヒルズ店」を東京にオープンさせた。きっかけは、京都本店を訪れた森ビル関係者からのオファーだった。
「森ビルといえば、ベンチャー企業や投資会社の人が働く場所でしょう。『これから何をすべきか』『どうやって価値を生み出すか』と常に未来を考えている人たち。だからこそ本はぴったりなんです。考えるヒントを与えてくれるものですからね。そこでビジネス書などを中心に置いたわけですよ。さて、結果どうなったと思います?」
大垣さんは著者に問いかけた。最先端で働く人たちは新しい情報が詰まった本が好まれるのでは、と答えると、大垣さんはニヤリと笑ってこう言った。
「絵本が一番売れたんです(笑)」
意外な答えに驚かされた。その理由を聞くと、子育て世代の社員が昼休みにふらっと立ち寄ったり、休日に子どもと一緒に訪れたりして、惜しみなく購入していくのだという。
「だからね、結局やってみないと分からないんですよ。ターゲットに向けた本選びはするんだけど、結果がわかってたら、みんな悩みませんよ」
■AIに聞いても答えはわからない
そして大垣さんは熱い口調で続けた。
「だから人間には想像力や経験が必要で、それを育むのが本だと思っています。最近、生成AIってよく聞きますけど、あれはあくまで過去のデータの集積ですよね。確かに処理速度は速いし、過去の傾向から答えを導くのは得意やけど、『これから何が当たるのか』っていう未来は読めないですから」
時代が変わっても、本は人間の感覚を刺激し、未来を探るための大切な手がかりになる。こうした考えから大垣書店は地域ごとに書店の雰囲気や品揃えを変え、「人間の想像力を引き出す場所」としての店づくりに取り組んできた。その積み重ねで、読者の知的好奇心が刺激され、購買意欲にもつながっているのだ。
■本と出会う場を、書店が取り戻せるかどうか
30年連続で増収を続ける書店――その背景にあったのは、最新テクノロジーや派手な戦略ではなかった。たった1冊でも取り寄せる。その姿勢が信頼を生み、街ごとの客層を読みながら棚を変え、思いがけない本と出会う場をつくり続けてきた。そうした一つひとつの積み重ねこそが、大垣書店の「リアルな逆転戦略」だった。
ネットの普及によって、本と出会う場所は大きく変わった。それでも、「偶然の出会い」を生み出す場を守り続けている。
出版不況の時代に、大垣書店が示してきた答えは、きわめてシンプルだ。
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マエノメリ 史織(まえのめり・しおり)
インタビューライター
京都市出身。看護師で10年勤めたのち、ツアーガイドを開始。2022年からライターとして取材、執筆を始める。ひとの魅力を深掘りして伝えたい。
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(インタビューライター マエノメリ 史織)

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