■アマゾン本社を見て「ここには勝てん」と確信
「『打倒アマゾンや!』って意気込んでアマゾン本社へ行ったんですよ」
京都を拠点に全国50店舗を展開する大垣書店。会長の大垣守弘さんは、2018年、米シアトルのアマゾン本社を視察のため訪れた。
国内では、書店の減少が深刻化の一途をたどるなか、大垣さんはある思いを抱いた。
「書店離れを加速させた張本人とも言われるアマゾンが、一体どんな会社なのか、どんな仕組みで本を売っているのか、自分の目で確かめてやろう」
そう意気込み半分、闘志半分でアメリカへ乗り込んだのだ。
「実際に本社を案内されると、40階建てのガラス張りビルが5棟。『これ全部ウチのビルです』って言われてね。すぐに、あぁ、ここには勝てん、無理やなと感じました(笑)」
予想を超えた圧倒的なスケールに衝撃を受け、日本から同行した出版関係者たちも、しばらく言葉を失っていたという。
しかし翌日、シアトル郊外の独立系書店の視察が、大垣さんの長年抱いてきた思いを一気に後押しした。
■書店でくつろぐ社員の姿
一行は、書店の開店と同時に店員から説明を受けた。アマゾン本社の進出によって周辺の家賃が高騰し、やむなく郊外へ移転したこと。現在は、近隣にアマゾンの社員が多く暮らしていることなど、これまでの歩みを教えてもらった。
大垣さんが驚いたのは、店員の説明どおりの光景が、すでに店内に広がっていたことだった。気がつけば店内は人で埋まり、その大半がアマゾンの社員だという。レジでは社員証を決済用のカードとして使い、コーヒーを片手に思い思いの時間を過ごしていた。
「アマゾンの社員さんが本屋でくつろぐ姿を見て、はっとしたんです。彼らだって、デジタルの世界から離れて“本屋で過ごす時間”を求めている。人はやっぱり、本と出会う場所が必要なんだって」
巨大な流通のプラットフォームには敵わない。それでも、人が書店に足を運ぶ理由は確かに残っている。シアトル視察は、その手応えを得た旅でもあった。
■「欲しい本」より「出会う本」を売る
この旅を通じて、大垣さんが選んだのは、効率といった「速さ」で勝つことではなく、書店だからこそ生まれる「出会い」で勝つという道だった。
だが、日本に目を向ければ、書店を取り巻く状況は決して楽観できるものではない。1996年をピークに、出版物の販売額は長期的に減少を続けている。全国の書店数もこの25年でほぼ半減し、「紙の本はもう限界だ」と語られることが少なくない。
この逆風のなかで、大垣書店は30年売上を伸ばしてきており、異例の存在だ。
書店、カフェなどグループ全体で50店舗、2025年8月期の売上は書店で過去最高を記録した。数字だけを見れば、順風満帆。しかし大垣さんはこの成長を「成功談」として語ろうとはしない。業界全体の縮小がまだ進んでいるからだ。
「自分には、書店を守る役割があると思っているだけなんです」
その言葉の背景には、一冊の本との出会いがある。高校時代、進路に迷っていたとき、偶然手に取った高野悦子さんの『二十歳の原点』(新潮社)。迷いや葛藤を抱える言葉に、自分を重ね、「もう一度前に進もう」と思えた。
「本に救われた経験があるからこそ、本と出会う場所をなくしたくない」
思いがけず手に取った一冊が、考えを揺さぶり、新しい視点をもたらす。その出会いが生まれる場こそ、リアルな書店の価値だと考えている。
では、その価値をどうすれば社会のなかに残し続けられるのか。理念だけでなく、現実の経営としてどう成立させてきたのか。大垣書店が選んだ答えは、「自分たちの店」だけで完結しない方法だった。
■地域の書店と手を組む
「30年増収」と聞くと、特別な仕組みや大胆な戦略を想像するかもしれない。だが大垣さんは、その見方をきっぱり否定する。
「正直、特別なことはしてない。本当はうちの経営も楽じゃないですよ」
増収ではあるが、実態は常に綱渡りに近いバランスの上に成り立っているという。一般的に書店業界の経常利益率は平均2%前後にすぎない。家賃や人件費、内装費、本棚のリース代――店を構えるだけで固定費は重くのしかかる。売り上げが伸びたとしても、利益が大きく残る構造ではない。
それでも売り上げを積み重ねてこられた理由は、「毎年1店舗ずつ出店してきただけ。それを30年続けてきた」という、驚くほどシンプルなものだった。
だが出店だけでは、書店の未来は守れない。そこで大垣さんは「自分の店を増やす」だけでなく、「仲間の店を支える」道を選んだ。
象徴的な事例が、北海道札幌市の「なにわ書房」。きっかけは、業界の会合で交わした何気ない会話だった。「一度、北海道に来てくださいよ」という一声から、関係が始まったのだ。
実際に店を訪ねてみると、現場の悩みは切実だった。「お客さんが減っている」「イベントをやっても続かない」などの経営課題を、隠さず打ち明けてくれたという。大垣さんは、特別な改革案を提示したわけではない。「僕だったら、こうするかな」と、これまで積み重ねてきた自身の経験をもとに、率直な意見を伝えた。
■ロイヤリティは1%以下
こうしたやり取りを重ねるなかで、2017年2月、両社は業務提携に踏み切った。
狙いはただ一つ、書店を残すことだった。本の仕入れを大垣書店に一本化し、運営ノウハウや情報を共有する体制を整えた。
この判断の背景には、大垣さん自身が体験した個人書店時代の影響がある。売りたい本があっても、小さな書店は仕入れ量が少なく、利益が上がらない。そのもどかしさを、誰よりも知っていた。
提携条件にも、その思いは色濃く表れていた。ロイヤリティは1%以下。売り上げが1000万円あっても、大垣書店に入るのは10万円に満たない。一般的な書店フランチャイズ契約が3~5%と言われるなかでは、異例の低さだ。利益よりも、書店を続けられる仕組みを優先した結果だった。
だが、そのわずか数カ月後、なにわ書房は自己破産する。
低いロイヤリティの業務提携も、直営として引き受ける決断も、大垣さんの発想の起点は同じだ。「一軒でも多く、書店を残したい」。効率や収益性よりも、まず店が続くこと。その現実を支えるために、大垣書店は“応援する側”に回る道を選んできた。
■継続できる環境をつくる
この考え方は、業務提携や直営店への拡大にとどまらない。2011年、大垣さんは鳥取県の今井書店、広島県の廣文館とともに、共同仕入れ会社「大田丸」を立ち上げた。
狙いは、出版社とあらかじめ販売目標を共有し、全国の書店へ安定的に配本・販売できる仕組みをつくることだ。加盟は11書店、店舗数は124店舗(2025年9月)にまで広がり、地方書店の動きやニーズを把握できる点も大きな強みになっている。
この取り組みも、派手な利益を生むものではない。しかし、書店が無理なく続いていくための土台を、確実に支えてきた。
ただし、大垣さんはこうした仕組みだけで書店が成り立つとは考えていない。どれだけ仕入れや制度を整えても、棚をつくり、店の空気を決めるのは、現場に立つ「人」だと考える。
では、その力をどう育て、どう書店の価値につなげてきたのか。大垣書店が次に向き合ってきたテーマは、まさにそこにある。
■「書店員の目利き」に投資する
店の価値を最終的にかたちにするのは、現場に立つ書店員たちだ。一人ひとりが「何を選び、どう並べ、どう薦めるか」で、店の空気も、お客さんの入りも大きく変わる。だからこそ大垣さんは、書店の価値を支える「人の力」に、真正面から向き合ってきた。
書店員に求められるのは、ただ本を売る力だけではない。作家どうしのつながりや出版社の色、あるいはジャンルの背景までふまえて、細やかな判断ができる目が必要だという。
大垣さん自身、かつて医学書を求めるお客さんから「派閥の違うこの先生とこの先生を並べない方がいいよ」と指摘されたことがあるという。その経験からも、本の並べ方ひとつで、棚の印象が変わり、書店員がどれだけ本を理解しているかも見えてしまうことを痛感した。
「店員さんの存在価値って、かなりあるんですよ。特に街の書店では、店長さんのセレクトが『お客さんの選ぶ楽しさ』を生んで、それ自体が本屋の魅力になるんです。どんなお客さんが何を求めているかを感じ取れることが、本屋を分かることだと思っています」
■無人化の時代に、あえて人を置く理由
そしてもっとも重要なのは、目利きを本棚に反映できる「仕入れの力」を持っているかどうかだ。いま現実には、店員の大半が学生などのアルバイト。本好きだとしても長期の定着が難しいため「人が育たず、店づくりができない」という課題を抱えている。そのなかで大垣書店は、人件費比率がやや高くても「本がわかる社員」を多く配置する努力をしてきた。
「いい書店をつくるには、やっぱり目利きの力を持った書店員が欠かせません。お客さんのニーズを考えて本を置かなあかん、って何度も議論してきましたよ」
大垣さんは効率化だけを追いかける風潮には慎重だ。
「今は人件費削減の流れで無人レジが流行ってるし、うちも一部店舗で実験はしてるけど、僕自身はそれを推進しようとまでは思ってないんです」
棚づくりや本の並べ方、何気ない声かけひとつで、店の空気は変わる。本棚が少し乱れていれば、「ここに今、よく手に取られている本がある」と気づける。そうした小さな感覚の積み重ねが、書店という場所の質を決めていると考えるからだ。
■書店を“本を買う場所”で終わらせない
さらに、書店員の目利きと同じくらい大垣さんが重視してきたのが「空間づくり」だ。30代の頃から国内外の書店を巡り、ドイツやニューヨークの大型書店で感じたにぎわいと熱気は、強く印象に残っているという。
なかでも記憶に残っているのが、ドイツの街角にある小さな書店だった。わずか20坪ほどの店内に、必ずカフェが併設されていたのだ。本を置くスペースを少しでも確保したいはずの書店で、なぜカフェなのか。
理由を尋ねると、「本好きはコーヒーも好きな人が多いから」と返ってきた。その言葉が、大垣さんの胸にストンと落ちたという。当時、日本ではまだ珍しかった書店併設のカフェに、ひとつの可能性を感じた瞬間だった。
現在の「京都本店」はこの経験を発展させた形だ。著者が店内に入ると、まず目についたのは通路の中央にある京都土産の文具や雑貨。左右にはカフェとワインバーがある。静かながら人が談笑している姿があった。
奥へ進むと寿司店やとんかつ店。一見雑多に見えるが、落ち着いた照明に照らされて統一感のある空間が広がる。歩くたびに目に入るものが異なって、自然と本棚へと導かれる動線が設計されているのだ。
「お客さんが何を望んでいるのか」ということをよく考えて、棚の並べ方や順番も工夫してます。奥へ奥へ入りたくなるようなレイアウトで、レジへ行く導線も売り上げには大切なんですよ」
■現場に任せる「出会い」のつくり方
取材の数日前、店中央のスペースで「数学が紡ぐ京都物語」という催しが開かれていた。
親子連れなど15人ほどが、自由に出入りしながら耳を傾け、イベント後には著者のサイン会も行われていた。
こうしたイベントや展示の企画・運営は、すべて店長に委ねられている。「本と出会う場」は、現場の感性から育っていく――その考え方が、この光景にもにじんでいた。
人が本と出会うために、その経験を店舗経営に生かしてきた大垣さんは、そもそも「人はなぜ本を読むのか」をこう考えている。
「今の時代に人が求めているのは、モノそのものじゃなくて『心の満足』なんです。人間関係の悩みや将来への迷いなど、誰でも何かしら抱えている。そんなときに、同じような思いを言葉にしている作家の本に出会うと、安心したり、背中を押されたりするんですよ」
最近では、企業の経営者から「社員にもっと本を読んでほしい」という相談を受けることもあるという。大垣さんが重視するのは、「読ませる」ことではない。
「『本が大事だ』と言うだけでは、なかなか手に取られません。だからこそ、休憩時間にふと目に入る場所に本を置く。気負わず触れられる環境をつくることが大事なんです。僕らは、そうした“本と出会う場”を一緒につくりたいと思っています」
本を通じて人が考え、感じ、次の一歩を踏み出す――。その循環を絶やさないことこそが、大垣書店が大切にしてきた姿勢だ。この考えは、棚づくりや空間設計、イベントの仕掛けにも一貫して息づいている。
「本と出会う場をどうつくるか」。その問いに向き合い続けてきた積み重ねが、いまの大垣書店を形作っている。
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マエノメリ 史織(まえのめり・しおり)
インタビューライター
京都市出身。看護師で10年勤めたのち、ツアーガイドを開始。2022年からライターとして取材、執筆を始める。ひとの魅力を深掘りして伝えたい。
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(インタビューライター マエノメリ 史織)

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