転職する際の「限界年齢」はあるのか。失敗学を専門とする東大名誉教授の畑村洋太郎氏は「人には『新しいことを吸収する能力』と『他人をその気にさせる能力』がある。
これらの交差点が、まったく新しい職種へ転職する限界年齢だ」という――。
※本稿は、畑村洋太郎『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■加齢は「世界の収縮」との戦い
最近は、加齢によって自分の身に起こっている世界の収縮との戦いに明け暮れています。大きな流れに逆らうのはたいへんではありますが、初めて経験することなので、失敗とつき合うときのように、得られる教訓や恩恵などをすべてしゃぶりつくすつもりで楽しみながら行っています。
加齢による世界の収縮はいずれだれもが経験することですが、それにしても人生の巡り合わせというのは本当に不思議なものです。あるとき、世界の収縮はそれ以前の心がけや行動の影響を強く受けることに気付きました。収縮に抵抗する力は、その人がこれまでどのように生きてきたかに大きく左右されるという意味です。
私の場合は、提唱していた「失敗学」が評価されたお陰で、東大を定年退職してからもいろいろな声がかかり、それまで経験できなかったことを含めて、本当に様々な活動を行うことができました。しかし、そのようなことがなかったら、定年退職したときから世界の収縮が一気に進んでいたことでしょう。最近は仕事などで人と出会う機会が少なくなり、交流の相手はかなり限定されてきました。そういうことがもっと早い段階で起こっていたでしょう。
■年齢を重ねても変わらない「知識欲」
その一方で、これまで交流のあった人たちの訃報に触れる機会が多くなりました。
新たな出会いが少なくなり、それまで交流していた人が、一人また一人と亡くなっています。年を取ると、こういうことが当たり前のように起こります。まわりの人や物事との関わりが失われたり弱くなったり、それによって自分の世界が嫌でも収縮していくのです。
嫌なら抗(あらが)うしかありませんが、体力も気力もない中でこれを行うのはたいへんです。結果、多くの人は、あきらめるか、とくに自覚がないまま、この収縮を甘んじて受け入れているのが現実ではないでしょうか。
自覚はしていなかったものの、私の場合はこの流れにかなり抵抗していることに気付きました。新たな人や物事と出会う機会を受け入れて面白がっているのが、それです。いつも自分で積極的に動いているわけでなく、年齢が離れた若い人たちも参加している研究会をいくつか主宰しているので、まわりがうまくやってくれることがよくあります。
その上に乗っかっているのであまり偉そうなことは言えませんが、その状況を素直に受け入れている点は、少しは誇っていいでしょう。
実際、年相応に新しい状況や変化を受け入れにくくなっているとはいえ、相変わらず知識欲はどん欲です。その欲を満たすためなら自ら動きたくなるし、新しいことへの変化もさほど気になりません。そのあたりはやはり、長年失敗について考えたり扱う中で培われたものでしょう。
自分の利益になることがよくわかっているので、抵抗がないどころか前向きに取り組むことができています。
■85歳になって感じる「体の衰え」
とはいえ、体の衰えはやはり抗しがたいものがあると感じています。自分を取り巻く環境の変化は、慣れである程度カバーすることができますが、体や脳の機能低下はさすがにそうはいきません。あがいたところで止めることはできないので、収縮を遅らせるくらいのことができそうな対策に努めています。
さすがに劇的な効果が期待できるものはないので、散歩を欠かさないとか、意識して階段を使う程度の、収縮への抵抗のためによかれと思うことを愚直にやり続けています。地味で効果が見えにくいことを続けるのはたいへんですが、愚直な努力が確実に力になることを失敗への対策から学んでいるので、役立っていると信じて日々励んでいます。
失敗から学んだことは、このように世界の収縮や、老いによる衰えへの抵抗に役立っています。失敗の研究を始めた当初は、そんなことをまったく想像していませんでした。新たな発見があるのはうれしいもので、楽しみながら毎日を過ごすことができています。
■新しい職種への転職限度とは
以前、自分の世界の拡大と収縮を、推論を使って定量的に示そうと試みたことがありました。そのときの目的は、人の能力の変化を数量的に示して理解することでした。これはそのまま自分の世界の変化として考えることができるので、参考までに紹介することにします。

これを行うときに注目したのは、記憶の能力と、マネジメントの能力の二つです。それぞれ「新しいことを吸収する能力」と「他人をその気にさせる能力」というふうに言い換えることができます。そして、この二つの働きによって、自分の世界は拡大し、また収縮していくものと考えました。
当然のことですが、記憶の能力は年を取るにつれて落ちていきます。ピークを25歳とし、5年で半分になるという前提で計算すると、60歳を迎えたときには128分の1にまで低下します。
一方のマネジメントの能力は、経験を積むことで得られるものです。そのための努力をすることが条件ですが、「人をたぶらかす能力」や「人をその気にさせる能力」は、年を取るごとに増していきます。こちらも25歳を起点として、5年で5倍になると計算しました。これでいくと60歳を迎えた頃には、7万8125倍になります。
■2つのグラフが交わる年齢
2つをグラフ化して合わせると、年々下がっていく記憶の能力と、上がっていくマネジメントの能力の線は、40歳の少し手前で線が交差します。そこから得られたのが、まったく新しい職種への転職限度は38歳くらいという一つの解です。
徐々に衰えていく記憶の能力を、徐々に上がっていくマネジメント力でカバーし、トータルで見たときにバランスがいい状態と言えるのがこれくらいと考えました。
これを過ぎると、独力でゼロから新しいことを始めるのはなかなか難しくなります。
これらはあくまで推論に基づくもので、60歳を上限として計算しています。想定した領域を大きく上回っている私のようなケースでも参考になるかはわかりません。80歳を過ぎた私の記憶の能力は、計算上はピークのときの2048分の1で、これでは記憶に関するいろいろな問題が出てくるのも当然です。
一方のマネジメントの能力は、計算上は約5000万倍になりますが、実際にはどこかで加齢を原因とする著しい能力低下が起こるでしょうから、あまり参考にならないでしょう。
■失敗の持つ不思議な力
失敗とは本当に不思議で面白いものです。自分の身に起こったら痛く辛いし、不安で不快にさせられます。それが嫌で未知のことへの挑戦はとくに避けられがちです。経験のない未知のことを行うと、最初はほとんど失敗するからです。しかし、それは貴重な学びの機会になり得るものなので、恐れずに挑戦した人はステップアップのチャンスを得ることができます。
加えて、自分を中心とする世界を拡大するチャンスにできるのが失敗です。これもまた、「失敗を恐れずに挑戦した人が得られるご褒美」の一つです。
望んだ結果が得られたら最高ですが、得られなくても挑戦したこと自体が世界を広げる機会になります。これらは、失敗学の大事な知見として、ぜひみなさんに伝えたいことです。
いまから40年ほど前に、私もそのことを身をもって学びました。当時はすでに東京大学工学部の教授になっていましたが、まだ失敗についての研究を始める前のことです。
大学というのは世間から隔離された、世の中の動きとまったくちがった方向の研究をやっていてもそれが許されてしまう怖い場所です。狭い分野でたいした成果もない研究を行っていても、同じような研究者たちの間で互いに認め合うことでなんとなく成り立ってしまいます。
■卒業生に言われた「思いもよらぬ言葉」
私が当時行っていたのは、鋳造や塑性加工などの分野の研究で、世間でだれも使わない古いものになっているのを感じながら、ずっとそれにしがみついていました。このままではじり貧になるという危機感はあったものの、新しいことを始めるのは面倒だし、人間関係などしがらみもあるので、長年やってきたことをそのまま続けるという、ぬるくて楽な道を進むのをよしとしていました。
しかし、ある卒業生と一緒に飲んだときに言われたことがきっかけで、思い切って研究テーマを変えることにしました。その指摘は「先生のやっている研究はつまらない」「大学で教わったことなんて、会社ではちっとも役に立たない」「時代遅れの研究はやらされる学生にとっては迷惑なだけだ」というかなり手厳しいものでした。
奮起を促すつもりだったのでしょうが、「新しい世界に飛び込むのがそんなに怖いんですか」とまで言われました。どれも納得できる正論で、もともとなんとかしなければという思いもあったので、このことがきっかけで一念発起して研究テーマを変更することにしました。

■ナノ・マイクロの研究を始めることに
研究テーマの変更を行う場合、ふつうは新たな研究テーマを探すだけでも苦労します。幸いにして私の場合は、自分が提供したアイデアに基づいて企業が開発を行う産学協同の活動を、大学の研究とは別にいくつか手がけていました。
そちらのほうは時代の最先端の技術を扱っているものも多く、自分で費用を出して特許登録しているものもいくつかありました。それらの活動を通じて世間が求めている方向がなんとなくわかっていたので、新しい研究テーマを決めるときにそれほど迷うことはありませんでした。
このとき選択したのは「ナノ・マイクロ」の研究です。電子顕微鏡を通してしか見ることのできない小さな世界の中で、どのようにものを操作して加工を行うかを新たな研究テーマにしました。それまでは金属を溶かし加工することや建設機械のように重厚長大なものを扱っていましたが、ナノ・マイクロはそれとは真逆の小さな世界です。扱う世界は小さいものの、このことで私の世界は大きく広がりました。
■研究テーマの変更が教えてくれたこと
小さな部品の加工技術は、小型化が進むコンピュータや携帯電話などの情報・通信機器や医療機器の分野などでの利用が見込まれていたものの、研究テーマとして扱っている人はまだほとんどいませんでした。それだけ需要が期待できるということで、実際、後にセンサーやアクチュエータなど重要部品の製造に欠かせない技術になりました。
そのためこちらから特別の情報発信を行う以前から、研究室のOBを通じて新たな研究テーマに興味を示したいくつかの企業からすぐに共同研究の申し入れや、研究費のサポートの申し出がありました。
私の話を聞いたある企業の人は、「裏庭をほじくりながら宇宙のことを話しているようだ」と言っていましたが、遠い世界に思えていたことがより身近に感じられたということですから、この研究テーマの変更は大成功でした。
このときの経験は、定年後、個人事務所をつくって新たな活動を始めたときにも大いに役立ちました。学問のことしかわからない世間知らずの大学教授と思われていたようで、新たな仕事を始めたときにはまわりから親身になって心配する声をよくかけられました。しかし、相手の最も大事な研究にアイデアを出し、その見返りとして研究費をサポートしてもらうというのは以前からやっていたことで、個人事務所の仕事はその延長線上にあるものでした。すでに経験して自分の世界が広がっていたので、大きな問題にぶつかることやとくに戸惑うこともなく、スムーズに転身することができました。
■挑戦している人の枠は大きく広がる
そんな調子で、老いによって起こっているいまの変化にも柔軟に対応することができています。未知なことを行うのは、新たなことへの挑戦そのもので、気苦労も多く、なかなかたいへんです。しかし、プラス面に目を向けると、多くのことを学びながら、自分の世界をどんどん広げることができるのですから最高の状況と言えます。
人間のキャパシティには限界があるものの、常に挑戦している人の枠は、まったくしない人のそれに比べてはるかに大きくなっています。この差もまた、失敗との向き合い方で変わるということで、それを知った人は私のように、失敗への見方がより前向きになってより多くの恩恵を受けやすくなるでしょう。
そして、このことが老いてからもプラスになるというのが、私が最近感じていることです。加齢は世界の収縮を加速させるもので、肉体的な機能の衰えから行動が制約されて、まわりの人たちとの関係性が徐々に断たれ、社会の活動から切り離されていきます。これは世界の収縮そのもので、そのまま放置していたら加速度的に進んでいきそうです。
おそらく世の多くの老人は、孤独感とか疎外感といったものを感じながら、この恐怖に苛なまれていることでしょう。「これをこうすべき」というのは私の中にもまだありませんが、「これがいいかもしれない」というのは自分自身の体験を通じてできつつあります。それをできるかぎりお伝えしたいと考えています。

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畑村 洋太郎(はたむら・ようたろう)

東京大学名誉教授

1941年、東京都生まれ。失敗学の提唱者で、失敗学会の設立に携わる。2001年より畑村創造工学研究所を主宰。『老いの失敗学 80歳からの人生をそれなりに楽しむ』(朝日新書)、『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(朝日新書)はじめ著書多数。

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(東京大学名誉教授 畑村 洋太郎)
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