長生きする中で、もっとも失敗した経験は何だろうか。失敗学を専門とする東大名誉教授の畑村洋太郎氏は「時間の経過は大きなリスクにつながる。
85年間生きてきて唯一大損した“買い物”から、先のことはわからないと痛感した」という――。
※本稿は、畑村洋太郎『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「世の中の変化」というリスク
世の中は絶えず変化しています。その積み重ねで、やがてある部分で大きな変化が生じて、それが原因で失敗が起こるというのもよくあるパターンの一つです。
当事者は不幸なことが自分の身に突然降って湧いたように受け止めますが、失敗の種は以前から存在し、ゆっくりと育っていました。そのことをまったく意識していなかった、あるいは薄々気付いているのに考えるのが面倒で、ないものとして扱っていたというのは、だれもがふつうにやりそうなことです。それが大きな失敗の原因になり得るというのは知っておいたほうがいいでしょう。
子どもの頃からずっと東京都内で暮らしているので、環境や価値の変化が失敗の原因になるケースを間近に見る機会がよくありました。戦前の生まれですが、幼児期に終戦を迎えているので、さすがに戦争のときの記憶はほとんどありません。それでも戦争後の復興の様子は、多感な子どもの頃からずっと見続けてきたのでなんとなく覚えています。
めまぐるしく変化する中にいると気付きにくいものですが、ある頃のことを思い出して、そのときと別の時代の心象風景を比較してみると、大きな差を感じることができます。
■定点観測し続けてわかった「失敗」
場所を固定して、継続的に観察や記録を行うことを「定点観測」と言います。
これを心の中でやっているようなもので、変化の程度を把握するときに有効な方法です。たとえば、家のまわりの風景にしても、子どもの頃に比べると、同じ場所とは思えないくらいに人や建物は大きく変わっています。
原因はいろいろありますが、とくに強く印象に残っているのは価値の変化によるものです。バブル経済の頃は、都内の土地の資産価値が爆発的に上がりました。一見すると、よいことに見えますが、それゆえの弊害もありました。そのことが原因で、同じ場所に住み続けることができなくなった人もいたのです。
大きな原因は相続税です。資産価値の高い不動産の相続は、大きな税負担を強いられます。日常的に使うことができる資金からそれを捻出するのはたいへんだったようで、地域から広い土地に建つお屋敷がどんどん消えていきました。相続税を払うためのお金を、土地を切り売りして捻出したのでしょう。お屋敷を維持するだけでもたいへんかつ面倒で、建物を取り壊して、土地を分割して売却するケースもありました。
一方で、土地の広さを活かして、マンションが建つこともあったので、地域から次第に庭や木立があるお屋敷がすっかり消えて、こぢんまりとした建物やマンションが並んでいるいまの姿になりました。

■バブル崩壊後に見られた失敗
私が住む地域の人や建物が様変わりした背景には、こんな事情もありました。土地の価値が年々上がるのが当然だった頃は、銀行がその土地を担保にお金を借りることを勧めてくることがあり、誘いに乗った人が結構いました。
借りたお金を株や別の土地の購入に使って資産を増やすというのが、一部の人たちの間で当たり前のようにやられていたのです。バブル経済の崩壊後、状況が大きく変わって、こういう人たちがたいへんな思いをさせられたのは周知のとおりです。
このことから得られる教訓は、世の中は常に変化するもので、「正しい」とか「価値がある」というのもそのときどきで変わるということです。たとえば、土地はあるときまで「上がるもの」というのが常識でしたが、バブル経済の崩壊以降は「下がることがある」というふうに人々の認識が大きく変わりました。
価値の変化では、かつて私もこんな失敗をしたことがありました。多くの人が経験したバブル崩壊後の失敗の典型例のようなものです。
■せっかく老後のために買ったのに
あるゴルフ場の会員権を1200万円で購入したものの、それから15年後に処分したときには6分の1の200万円ほどになっていました。年に2回ほど利用していたので、15年間で30回ほど行きましたが、差額の1000万円をプレー代と考えると、1回に約30万円払っていた計算になります。
もともとゴルフには興味がなかったものの、仲間うちの話で「年を取ってから一緒に楽しめるのはゴルフと囲碁と麻雀と酒盛り」となり、始めることにしました。酒盛りは別にして、囲碁と麻雀は後から覚えるのがたいへんなので、しぶしぶゴルフを選択しました。

「早く始めないと覚えられない」とか「できなければリタイアしたときに遊んでやらない」と脅された上、「みんなで遊べるし、ホームコースを持ったほうが早く覚えられる」と提案されて、お金をかき集めて会員権を購入しました。
財テクのつもりはなかったものの、それが一つの財産のように見えていたので決断することができましたが、その価値が15年後に6分の1まで下がるとは思いもよりませんでした。
幸か不幸か、定年後は以前より忙しくなり、のんびりとゴルフを楽しむ余裕はなかったので、手痛い失敗のことでくよくよ悩まずに済んでいます。先のことがすべてわかる予知能力があれば、こういう失敗を回避することができますが、現実にはほとんど不可能です。
できるとすると、感度を鋭くして、変化をいち早く感じ取るくらいです。それなら実際に起こる前に手を打ったり心の準備くらいはできるでしょう。ただし、あまり感度を鋭くしすぎると、心配事が増えて平穏で暮らすことができなくなりそうなので、さじ加減を自分なりに調整するしかなさそうです。
■目先の利益で動くとろくなことがない
人は損得勘定で動きます。自分にプラスになることには積極的に取り組むし、マイナスになることは納得できる理由がなければやりたがりません。失敗が忌み嫌われるのも、同じ理由からです。
失敗をして、それがまわりに知られると、ダメな人間のような低評価をされるかもしれないという不安が生じます。そうしたマイナスの影響を避けるには、前向きな人は失敗をしないように頑張るし、後ろ向きな人は失敗しそうなことをなるべくしないか、失敗したときにはそのことをまわりに知られないように隠そうとします。

恥ずかしいと思ったとき、それをなるべくまわりに知られないようにするのはふつうのことです。それはおかしなことではないので、とくに報告する義務がなく、隠すことで心が平穏になるなら、そうすればいいのです。
ところが、それで失敗から得られる大切な知見や教訓まで隠されてしまうことがあるから困りものです。これはじつにもったいないことです。
失敗から得られる知見や教訓は貴重なものなので、社会の共有財産にして活用すべきというのが失敗学の考え方です。失敗の当事者が傷つくようなことはあってはならないので、そうさせないための配慮や仕組みづくりを同時に行うことを前提に提案してきました。
■「絶対にやらない」と決めていたこと
損得勘定は大事ですが、だいたい目先のことばかりを考えて動くとろくなことがないのが世の常です。多くの失敗も手抜きやインチキが原因で起こっています。
険しい道と楽な道の二つがあれば、だれだってふつうは後者を選びますが、一時的な利益が後に大きな不利益になって返ってくることがわかっていたら変わります。長い目で見たら、愚直にやり続けるほうがいいこともあるのです。
高校生の頃、心に決めて、以来ずっと守ってきたことがあります。「絶対にキセルをしない」というものです。

いまは自動改札が当たり前で、キセル行為はほとんど聞かなくなったのでどんなものか知らない人もいるでしょう。電車に乗るときに最低料金の切符で改札を入り、降りるときにはあらかじめ持っている定期券を使うというのが一般的なやり方でした。遠方の駅から戻るとき、正規の料金を払うと高額になるので、インチキをして大幅に節約するわけです。不正行為なので、バレたときには当然、ペナルティがあります。
私が学生だった頃は、まわりは当たり前のようにキセルをしていました。防止するシステムもなく、手軽にできたので、仲間うちには「やって当たり前」という空気がありました。その中で「自分は絶対にキセルをしない」と決めて実行していたので、おかしな人のように見られてもいました。
■「天網恢々疎にして漏らさず」
強く決意して、それを守っていたのは、インチキが嫌いだったからです。とくに自分が悪いと思っているようなことは、それをやることでやましい気持ちになるので避けるべきと考えていました。
やりたくないことは、やらないに越したことはありません。これまで大事な場面で誘惑に駆られてつい不正に走ったり、取り返しのつかない失敗を起こすことがなかったのは、このような愚直さのお陰です。
中国の老子が残した有名な言葉に、「天網恢々疎(てんもうかいかい そ)にして漏らさず」というのがあります。
天の法の網は粗く見えるものの、決して悪事を見逃すことがないという意味の言葉です。初めて聞いたときから、不思議と頭に残っています。とくに好きな言葉というわけではありませんが、意味している内容が共感できるものだったからでしょう。
真面目にしっかりやっていたところで、世の中ではなかなかうまくいかないことのほうが多いものです。悪いことが続くと、嘆きたくなるし、真面目に生きることをやめたくなります。しかし、真面目に生きている人にはそれ相応の結果がついてくるし、逆もまた真なりです。
多くの失敗を見てきて、その思いがより強くなりました。やるべきことを愚直にやり続けることが失敗を回避するための大きな力になるし、やってはいけないことをやると、失敗を起こしやすくなるのはたしかなのです。
だいたい目先の利益ばかり考えていると、視野が狭くなり、見えるものも意識しているものも小さくなります。これでは面白くありません。大所高所に立ったほうが、世界がより広がり、豊かに生きることができます。これも多くの失敗を見ながら得ることができた教訓です。

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畑村 洋太郎(はたむら・ようたろう)

東京大学名誉教授

1941年、東京都生まれ。失敗学の提唱者で、失敗学会の設立に携わる。2001年より畑村創造工学研究所を主宰。『老いの失敗学 80歳からの人生をそれなりに楽しむ』(朝日新書)、『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(朝日新書)はじめ著書多数。

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(東京大学名誉教授 畑村 洋太郎)
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