ビジネスの場面では使わない方がいい言葉がある。心理学者の三宮真智子さんは「言われた相手が迷ってしまう『間接的拒否』の表現だ」という――。
(第1回)
※本稿は、三宮真智子『なぜ、あなたの話し方は誤解されるのか』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■「大丈夫」はYESなのかNOなのか
大阪には、名物のたこ焼きを売るお店が、あちこちにあります。
次は、そこでの会話。
たこ焼き屋の店員さんから、「マヨネーズ、おつけしますか?」と聞かれたあなたが、思わず「大丈夫です」と答えた時、店員さんはたこ焼きにマヨネーズをつけるでしょうか? それともつけないでしょうか?
このような場合、「大丈夫です」は、「つけても大丈夫です」「つけなくても大丈夫です」のどちらの意味にも解釈されます。たこ焼き屋の店員さんが、「お客さんは、きっとマヨネーズをつけてほしいだろう」と考えていれば、「つけても大丈夫」と受け取るでしょう。
しかし、「つけてほしくないだろう」と考えていれば、「つけなくても大丈夫」と解釈する可能性が高くなります。通常は、つけてほしければ首を縦に振り、つけてほしくなければ首や手を横に振るといった動作をすることが多いので、それが手がかりになります。
でも、店員さんはたこ焼きをひっくり返すのに忙しくて、お客さんの動作まで見る余裕がないかもしれません。
■褒めたつもりが失礼になる言葉
このように、飲食店の店員さんからの問いかけにお客さん側が答える際には、「大丈夫です」「いいです」といった言葉がよく用いられますから、誤解も多くなります。
誤解を防ぐためには、「マヨネーズをつけますか? つけませんか?」などと、わかりやすい質問をするとよいでしょうし、答える側も、「つけてください」「つけないでください」など、はっきりと答えることで意思表示が明確になるでしょう。
他にも、紛らわしい言葉として「ヤバい」があります。あなたが上司のお宅に招かれて、手料理など振る舞われた際に、「ヤバいっすね、この味!」と言ったらどうでしょう?
もちろん、あなたはほめ言葉として「すごく美味しいです!」と伝えたかったはずです。
でも、上司ご夫妻がたまたま、そうした言葉の使い方に不慣れであった場合、どう受け取られるでしょうか?
実は、「ヤバい」という言葉は、「危険だ」「不都合だ」というのが本来の意味でした。それがいつの間にか、「すばらしい」といったポジティブな意味合いで用いられるようにもなったのです。
しかしながら、若い世代であっても、この言葉がネガティブな意味で使われることもあり、実に紛らわしい表現だと言えます。
■オジサンに若者言葉が通じない必然
若者言葉が上司世代に通用しにくい例としては、他にも「ありよりのあり」「なしよりのあり」「ありよりのなし」「なしよりのなし」といったものがあります。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、念のために説明しておきましょう。
たとえば、「前に没になっていた企画、復活の可能性はあるかな?」と上司から尋ねられた場合、次の4パターンの返答があり得ます。
慣れていないと頭がこんがらがりそうなので、一応「訳」をつけておきます。
「ありよりのありですね」(訳:可能性は非常に高いです)

「なしよりのありですね」(訳:可能性は低いですが、あり得ます)

「ありよりのなしですね」(訳:可能性はないとは言えないけど、低いです)

「なしよりのなしですね」(訳:可能性は、ほぼゼロです)
よく考えると意味は取れるようにも思いますが、上司はかなり混乱し、「わけのわからないことを言わないでくれ!」と、心の中で叫びたくなるかもしれません。若手のみなさん、ビジネスシーンでは、この表現を使わないようにしましょう。
■逆に伝わってしまう言い回し
コミュニケーションの世代間ギャップは、しばしば問題になることですが、世代を超えて誤解されやすい言葉もあります。
たとえば、「気の置けない」という言葉。これは元来、「気を遣わなくてもよい」「打ち解けた」というポジティブな表現でした。
「気の置けない友人」「気の置けない間柄」といった具合に、よい意味で使われていました。
ところが、いつの間にか、「気をつけなければならない」「油断できない」といったネガティブな意味合いに受け取られるようになってきたのです。残念なことに、今では多くの人が、よくない意味に誤解するようになりました。
したがって、この言葉は、使わない方が無難でしょう。
■専門用語のすれ違い
一般の人と専門家との間で、言葉の使い方や解釈が違っている場合があります。
たとえば、冬場にヒートショックという語でよく見かける「ショック」という言葉。医学的には、「血圧が下がり生命の危険がある状態」を指す言葉だそうです。でも、一般の私たちは、「驚き」「衝撃」といった意味合いで用いることが多いものです。
医学関連でさらに例を挙げると、「頓服」という言葉。これは、医学的には「症状が出た時に薬を飲むこと」を指しますが、一般には、「包装紙に包んだ薬」を頓服と言うことが多いようです。
実際、私の両親も、昔「包装紙に包んだ薬」の意味で使っていました。また、薬を飲むタイミングについて「食間に服用」というものがありますが、この「食間」は食事と食事の間(食後約2時間程度)を意味します。

ところが、食事の間つまり食事中に飲むものだと思い込んでいる人が少なからずいるようです。
他にも、たとえば、「命題」という言葉がありますが、これは、論理学、心理学、数学などでは、「AはBである」(たとえば、「ソクラテスは人間である」)といった形で表される文であり、真か偽か(それが正しいか否か)を判断することができるものを指します。
ところが、日常的な用法では、達成しなければならない最重要課題を「至上命題」と呼んだりするわけです。これは、厳密には誤用だとされていますが、かなり広く用いられている表現ですね。
■ビジネス語の誤解
その他にも、ビジネス界では、「この事業は、高い収益が期待できる」といった予想を「仮説」と呼ぶことがあります。将来のことに限らず、現在や過去のことについても、「おそらく、こうだろう」というものを仮説と呼ぶ場合があります。
しかしながら、研究における仮説は、「ある現象を統一的に説明するために、仮に立てた説」を意味します。また、検証可能な説(実際に調べて証拠立てることができる説)だけに限定して用いられる場合も多いものです。
なお、本書に後から出てくる「トップダウン」という言葉も、通常の用い方とは少し違います。
職場でトップダウンといえば上意下達、すなわち上層部が決めたことに従業員が従うという意思決定法を指しますが、心理学では、個人が予想や期待に基づいて情報を処理することをトップダウン型情報処理と呼びます。
こうした言葉がある特定の文脈の中で使われる分には問題がないのですが、ひとたびその文脈を離れると混乱をきたす場合があります。たとえば心理学者が、心理学の授業ではなくビジネス研修の場で「トップダウン」という言葉を使えば、「上意下達」の意味だと受け取られるでしょう。

■あの人の「簡単だよ」は信用できない
スキーの話です。
Aさん:「あそこのゲレンデ、チョー面白いよ」
Bさん:「えっ、でも僕には難しいんじゃないかな」
Aさん:「いや、簡単、簡単」
その言葉を真に受けて出かけた初心者のBさんは、死にそうな思いをしました。上級者のAさんには、きっと簡単で面白かったのでしょうが……。
また、次のような話もあります。彼氏と別れて寂しそうにしているAさんを心配して、同僚のBさんが声を掛けました。
Bさん:「そろそろ気分を変えて、新しい人と付き合ってみたら?」
Aさん:「うん。でも、そんな出会いもないし、マッチングアプリもちょっと……」
Bさん:「じゃあ、私が紹介しようか。実は知り合いに素敵な人がいるのよ。あなた絶対、気に入るわよ」
Aさん:「ほんと? そんな人がいるの?」
ウキウキした気分のAさんは、久しぶりに思い切りおしゃれをして待ち合わせの場所へ。ところが、待ち合わせ時刻を15分過ぎても、彼は現れません。
不安になったAさんが彼のスマホにメールすると、「ゆうべ飲み過ぎて寝坊したんだ。すぐ行きます」とのこと。
その30分後にようやく現れた彼の、しまりのない顔とボサボサ頭にビーチサンダルばきの姿に、Aさんは唖然としてつぶやきます。
「Bさんの言う素敵な人って、いったい何なのよ⁉」
「面白い」「簡単」「素敵な」といった主観的な表現ほど、当てにならないものはありません。相手がウソをついたわけではないとしても、人の主観はまちまちだということです。こうした多義的表現や専門的表現、主観的表現などの意味の取り違えを意味論的誤解と呼ぶことができます。
■「行けたら行く」で信用を失う
上司抜きの同期のメンバーとの飲み会は、あまり気を遣うこともなく、一般には気楽に楽しめるものです。
しかしここでも、幹事さんが意図の解釈に迷う場合があります。
それは、誘いに対する「行けたら行く」という返事。これは、もしかすると「乗り気ではない」「本当は行きたくない」という間接的な拒否なのか。それとも、「本当は行きたいんだけど、ちょっと用事もあり、今のところ、どうなるかわからない」という意味なのか。
誘いや依頼を直接的な表現でズバリと断るのは、相手の気分を害したり、人間関係をギクシャクさせたりすることになりがちです。そのため、大人どうしの会話では間接的拒否の表現が多く用いられます。しかしながら、これがまた、誤解の原因になりやすいのですね。

何かを打診されて、「考えておきます」と答えることもよくあるのですが、多くの場合、間接的に断っている拒否の言葉として解釈されます。ですが、本当に考えてから返事をしたいという意味で使われることもあるので、言われた相手は判断に迷います。
「また今度」という返事も、言葉通りに受け取ってよいものか、それとも「もう誘わないで」と解釈すべきか、相手を迷わせる要素があります。間接的拒否の表現は、真意を測りかねるため、何かとやっかいなものですね。

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三宮 真智子(さんのみや・まちこ)

大阪大学名誉教授/鳴門教育大学名誉教授

大阪府生まれ。大阪大学名誉教授、鳴門教育大学名誉教授。専門は認知心理学、教育心理学。大阪大学人間科学部卒業、同大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了、同後期課程単位取得満期退学。1985年学術博士(大阪大学)。鳴門教育大学講師、助教授、教授、大阪大学大学院人間科学研究科教授などを歴任。著書に『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める』(北大路書房)、『誤解の心理学』(ナカニシヤ出版)、編著書に『メタ認知』(北大路書房)、『教育心理学』(学文社)など。

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(大阪大学名誉教授/鳴門教育大学名誉教授 三宮 真智子)
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