■約100万円の家賃を滞納した男性の凶行
1月15日、東京都杉並区にあるアパート前で、居室からの立ち退きを求める強制執行に訪れた家賃保証会社社員と執行官が、住人に刺されて死傷する事件が起きた。一部報道によると、容疑者の男性(41歳)は「スキマバイトをするようになってから生活保護を打ち切られた」という旨の供述をし、家賃滞納は100万円近くに達していたとされる。
生活困窮者支援などを行うNPO法人「トイミッケ」代表理事の佐々木大志郎さんは多くの相談者と出会う中で、この事件の背景にある構造に既視感を覚えたという。
「『働ける』『働きたい』という世代の人たちが生活保護を利用しながらスキマバイトなどの日払いの仕事をすることで、家賃滞納に至ってしまうケースは増えている印象があります」。
佐々木さんは仕事や住まいを失った人に1泊分の宿や非常食などを提供し、公的支援につなげる「せかいビバーク」という活動に取り組んでいる。相談者の7割は20~40代の「働ける世代」だ。
ただ働けるといっても、実態は寮付き派遣や住み込みのリゾートバイトといった全国各地を転々としながらの不安定雇用が多く、こうした仕事が途切れると、文字通り隙間を埋めるようにスキマバイトや日払いの派遣労働で日銭を稼ぎつつネットカフェや友人、恋人の家などに身を寄せる「見えないホームレス」状態の人も少なくない。
■生活保護の制度上の“罠”にはまる
こうした相談者に生活保護の利用を促すと「8割以上が『生活保護は嫌』といい、元の不安定な仕事に戻っていく。そしてそのうちの4割が再び困窮します」(佐々木さん)。
相談者の一部は生活保護につなぐわけだが、彼らはアパート入居によって「足場」ができたことで、それまでのような寮付き派遣やリゾートバイトといった仕事を選びづらくなる。
■金銭管理に失敗し家賃滞納へ
生活保護では、利用中に得た就労収入は「収入認定」され、「勤労控除」などによる控除額を除き保護費から差し引かれる。同制度はあくまでも最低生活費に満たない部分を補うことが目的だからだ。
このため例えばスキマバイトで月13万円を稼いだとしても、手元に残るのは数万円ほど。残りの10万円以上は翌月、福祉事務所の事務作業のタイミングによっては翌々月の保護費から差し引かれるか、もしくは返還することになる。
本来は13万円すべてを“貯蓄”し、翌月以降の保護費減額に備えなければならないのだが、佐々木さんは「ただでさえぎりぎりの生活の中、日々3000円、5000円といった現金が入ってくるスキマバイトの収入をストイックに貯めるという金銭管理は極めて難しい」という。その結果、最も大きい固定費である家賃が真っ先に払えなくなる。
さらにスキマバイトでは翌月も同水準の収入が得られる保障はない。ワーカーが仕事を入れても企業によるキャンセルや、定時よりも早い時刻で退勤させられる「早上がり」のせいで見込んでいた稼ぎが入らないことはざら。月収が半分以下になることもある。
また、体力のある人の中には複数のアプリを掛け持ちし、一時的とはいえ月20万~30万円ほど稼ぐ人もおり、そうなると、今度は生活保護が廃止されてしまう。廃止後は支給されすぎた保護費の返還と家賃滞納と不安定な仕事だけが残る、というのだ。
■「働きたいけど不安定な人」が制度のはざまに
「生活保護を利用することでかえって金銭管理が難しくなって『詰んでしまう』人が、相談者の中にもいます」と佐々木さんは話す。
しかし、関連する法令や通知をまとめた「生活保護手帳」には、廃止の目安として「6カ月を超えて保護を要しない状態が継続すると認められるとき」などの記載がある。廃止の際は半年ほど様子を見てから、という趣旨だ。スキマバイトで短期的に収入が増えたからといって保護が廃止されることがあるのだろうか。
これに対し佐々木さんは「半年という“原則”はありますが、『働きたい』『保護をやめたい』という人を、ケースワーカーが『働くな』『やめるな』と強く言うことも難しい。不安定な仕事の収入が2、3カ月あっただけで廃止になった人は、わりといます。本人たちもそれでいいと思ってるんですよね」としたうえで、次のように結論付ける。
「就労意欲は高いけど不安定な仕事しかない人たちと、生活保護制度の間にミスマッチが起きています」
■アプリ登録者数はコロナ禍を境に急増
佐々木さんの話を裏付けるように別の支援団体のスタッフは「以前は不安定就労の人は、ケースワーカーが半年ほど様子を見たり、安定した仕事に就けるよう指導したりするのが一般的でしたが、コロナ禍以降、不安定な仕事でも、短期間で廃止になる人が増えました」と打ち明ける。
私の取材実感でもコロナ禍ごろから、支援団体のスタッフが稼働年齢層の生活保護利用者に「焦って働かないで」などと声をかける姿を見かける機会が増えた。
一方で不安定雇用の象徴ともいえるスキマバイトのワーカーはコロナ禍を境に急増している。アプリ事業者らでつくる一般社団法人「スポットワーク協会」によると、2019年に約330万人だったアプリの延べ登録者数は、2025年10月には約3800万人に達した。目の前に手軽な選択肢があるのだ。1日も早く生活保護をやめたい人が日払いの仕事に飛びついて「詰み状態」になることと、スキマバイトの急拡大は無縁ではあるまい。
■杉並区「生活保護の廃止は慎重に判断」
事件が起きた杉並区で生活保護行政を所管する杉並福祉事務所は取材に対し、「(容疑者の男性が)生活保護を受給していたかなどの情報は個人情報であり、具体的なお答えをすることはありません」という旨を書面で回答したうえで、就労支援や保護廃止の判断についておおむね次のように説明した。
「(稼働年齢層への)就労支援の基本は安定した収入を目指すもので、いたずらに日雇いのような仕事を勧めることはありません。廃止については、定期収入を恒常的・安定的に得られる見込みがあるか、特別な事態が生じない限り保護を再開する必要がないかなどを見極め、本人からも自立のめどを聞き取るなどして慎重に判断しています。また廃止の際は、今後生活に困窮した場合はいつでも相談するよう伝えることを原則としています」
一方でかつて首都圏のある自治体で、生活保護を利用しながら日払いの仕事をしたという30代の男性はケースワーカーとのやり取りのタイミングが合わず、翌々月に2カ月分の収入の返還を求められ、食費にも事欠く生活を強いられた。男性は「収入認定の仕組みは複雑。もう少し丁寧に説明してほしかった」と振り返る。
■10日分の仕事を一方的にキャンセルされた
また、スキマバイトで生計を立てている50代の男性は10日分の仕事を一気にキャンセルされたことがある。急きょ別の仕事を探したが、その月の収入は激減。こうした経験から「不安定なスキマバイトと生活保護の相性はよくないでしょうね」と指摘する。
生活保護の理想の“ゴール”のひとつは、アパートに入り、安定した仕事を見つけ、自立して地域に定着する――、というものだ。しかし、「就労意欲は高いけど不安定な仕事しかない人たち」にとってはこのゴールは当てはまらない。
一方、この「就労意欲」が果たして本心なのかという疑問もある。稼働年齢層は中でも生活保護への忌避感が強い。SNSなどには生活保護利用者へのデマやバッシングがあふれる。もしこうした“世論”がスティグマ(社会的恥辱感)を植え付け、腰を据えて仕事を探す機会を奪っているのだとしたら、一部のSNS利用者たちの責任も見逃せない。
■「大勢の若者がはぐれ者にさせられている」
ただ佐々木さんが指摘する通り、不安定就労や生活保護の廃止を「本人もそれでいいと思っている」のも事実。たとえスティグマによる呪縛だとしても、本人がいいと言っている以上、矛盾や課題は可視化されづらい。
解決策はあるのだろうか。
佐々木さんは「住まいだけでいいので一時的に無料で確保できる仕組みがあるとよい」といい、具体例として、仕事はあるもののネットカフェなどで寝泊まりする人に居住支援や生活支援を行う東京都の事業「TOKYOチャレンジネット」の利用条件の緩和や、生活保護の住宅扶助の単体利用などを挙げる。
またスキマバイトなど日払いの不安定就労については「一定の規制が必要でしょう」とも。せかいビバークの取り組みの中で、体力も元気もある人たちが公的支援を拒み、雇用の調整弁にされ、数年後に再び困窮して戻ってくるケースに数多く遭遇してきた佐々木さんはこう危機感を募らせる。
「昔は、寅さん(映画『男はつらいよ』シリーズの寅さん)のようなはぐれ者はあくまでも例外的な存在でした。ところが今は大勢の若者や働ける世代の人がはぐれ者にさせられている。そんなふうにした社会は罪深いし、いつかその責任を問われる日がくると思います」
----------
藤田 和恵(ふじた・かずえ)
ジャーナリスト
1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、貧困問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う』(扶桑社)、『不寛容の時代 ボクらは「貧困強制社会」を生きている』(くんぷる)など。東洋経済オンラインで「大人の貧困『雇用の谷間』でもがくミドルエイジ」を連載中。2020年「貧困ジャーナリズム賞」を受賞。
----------
(ジャーナリスト 藤田 和恵)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
