■闇夜に集結した12隻の民間船
昨年8月17日の夜、広東省沿岸で異様な光景が目撃された。民間船舶12隻が闇夜に紛れるようにして、軍事基地近くのビーチへ向けて一斉に動き出してゆく。
日没から1時間ほど経った頃、最初の貨物船が広東省捷勝鎮付近のビーチ沖40キロ地点に到着した。その後6時間かけて残りの船も次々と集結し、一斉に岸へ接近していった。
ロイターは船舶の位置情報信号と衛星画像を頼りに動きを追跡し、昨年11月下旬に結果を報じている。それによると12隻の内訳は、車両をそのまま乗り入れて降ろせる「ロールオン・ロールオフ」型のフェリー6隻と、建設資材などの重量物を甲板に載せて運ぶ貨物船6隻だったことが判明した。
台湾軍の元参謀総長で、安全保障問題の第一人者として知られる李喜明(リー・シーミン)氏は、この演習の狙いについてロイターに説明。「民間部門の支援を受けた(軍用目的の)小型の水陸両用揚陸艇を大量に開発しようとしているのだろう」と分析する。台湾侵攻を念頭に置いた訓練ではないかと懸念される。
画像に映るうち1隻の貨物船は、甲板に約20台の車両を満載し、ビーチに接岸していた。こうした全長約90メートル級の民間貨物船は、船尾にランプ(傾斜路)を備え、甲板に屋根がなく、喫水(船体が水面下に沈む深さ)が浅い。そのため港湾施設がなくても、積載したさまざまな貨物や車両を直接砂浜に届けられる。
こうした船舶は第二次世界大戦で広く使われた軍用上陸艇に近い機能を持ち、中国では商業輸送に広く使われているため、安価で数も多い。過去の演習で軍用装備を運んだことはあるが、ビーチに直接車両を降ろす様子が確認されたのは今夏が初めてだと、ロイターが取材した7人の海軍専門家は口を揃える。
■民間船舶の軍事利用する「影の海軍」
中国は現在、こうした民間船の軍事転用を積極的に進めている。2015年以降、すべての民間造船会社に対し、新造船を有事に軍事転用できるよう設計することを義務付けている。
英紙テレグラフによると、対象となるのは、コンテナ船や、大型車両を積み下ろしできるロールオン・ロールオフ船(ローロー船)など5種類にのぼる。元アメリカ海軍の潜水艦将校で、シンクタンク「新アメリカ安全保障センター」(CNAS)の上級研究員を務めるトム・シュガート氏は同紙に対し、「人民解放軍海軍の揚陸艦だけを見れば、台湾侵攻には到底足りない」と指摘する。そこで、正規の海軍艦艇だけでは足りない輸送力を民間船で補う。これが「影の海軍」とも呼ばれる民間船転用構想の正体だ。
動員体制の整備も着々と進んでいる。
アメリカのシンクタンク、外交政策研究所で中国を研究するデビン・ソーン氏によると、2017年に国防交通法が制定されたのを皮切りに、2021年以降は高度な訓練を積んだ新型の地方民兵部隊が創設された。2022年末からはNDMS事務所が各地に新設されている。
このシステムが本格的に稼働した暁には、仮に中国が武力で台湾を統一したいと決めた場合、民間と軍の資源を一括して指揮系統下に置き、中国社会全体を動員できるようになる。
■軽視できない中国の造船能力 米国の200倍
中国は世界有数の造船大国だ。専門家はテレグラフ紙に、中国の造船能力はアメリカの少なくとも200倍に達するとの推計を示す。
2025年時点の軍事予算では、中国が2460億ドル(約37兆9000億円)なのに対し、アメリカは8500億ドル(約131兆円)と大きく上回る。にもかかわらず、造船分野ではこの力関係が逆転しているのだ。
艦艇の保有数でも中国が優位に立っている。現在、中国海軍は推定405隻の軍艦を保有し、295隻のアメリカ海軍をすでに上回る。2030年までにはさらに少なくとも30隻を増やす見通しだ。
中でも脅威となるのが、ローロー船の量産だ。船体に備えたランプを使えば、搭載車両が自走で乗り降りできる。米シンクタンクの外交政策研究所によれば、1隻で少なくとも車両300台と乗客約1500人を運べるといい、台湾侵攻の際には戦車や装甲車、兵員を一度に送り込む輸送の要になるとの分析がある。
2023年1月時点で、中国が運用していたローロー型フェリーは約31隻だった。しかし米戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国本土の造船所が2023年から2026年の4年間で最大200隻を建造するとの見通しを示している。見た目は民間の貨物船でありながら、上陸作戦を支える軍事的資産。そうした船舶が年間50隻のペースで着実に増えている。
■台湾周辺に出没する“漁船”の身元隠蔽工作
中国は既存の漁船も「影の海軍」として活用している。
アメリカの戦略国際問題研究所によると、中国共産党は武力行使こそ避けているものの、平和的な外交とも言えない「グレーゾーン」と呼ばれる領域で、将来の軍事作戦に向けた地ならしを進めているという。
南シナ海では、その手口が繰り返し確認されてきた。「海上民兵」と呼ばれる漁船団が係争中の岩礁に群がり、外国船の航行を妨害し、海軍艦艇を追尾する。しかし軍の記章や旗は一切掲げない。
こうした「グレーゾーン活動」に従事する船舶を見分けるのは、簡単ではない。
同研究所のフューチャーズ・ラボは独自の分析手法により、台湾近海を航行する約1万2000隻を分析。複数の判定基準を組み合わせた結果、関与が疑われる船舶は128隻から最大209隻に及ぶことが判明した。
疑わしいと判定された船舶は、大きく2種類に分けられるという。
1つ目は、軍事演習区域に長時間とどまりながら、漁をしている様子がない漁船だ。明らかに漁以外の目的があることを示唆している。
2つ目は、AIS(自動船舶識別装置)を不審な形で操作している船舶である。AISとは、船舶の位置や船名などの識別情報を自動発信する装置で、海上の安全確保のため搭載が国際的に義務づけられている。ところが一部の船舶は、このAISの信号を意図的に消したり、船名を書き換えたりしている。
こうしたAISの操作は、違法漁業で身元を隠す手口として以前から知られていた。だが本件においては、組織的に存在を隠蔽しているとの疑いがある、と同研究所はみる。
■年に1300回名前を変えた不審船
特定された128隻超の中でも、とりわけ巧妙な隠蔽工作を見せる船舶が1隻ある。
フューチャーズ・ラボは、「オプティクス」と呼ばれる追跡分析ツールを使い、2024年の1年間にわたってこの船舶を追い続けた。浮かび上がったのは、異常としか言いようのない行動パターンだった。
当該船は、船舶ごとに割り当てられる固有の識別番号「MMSI」を11種類も使い分け、船名を年間1300回以上変更していた。位置や航行情報を自動発信する「AIS」と呼ばれる装置の信号を意図的に切っていた回数は、推定998回に達する。出港地の記録は一切残っていない。
この船は台湾の防空識別圏内に一時的に姿を現しては消えるという動きを繰り返していた。2024年1月から8月にかけて断続的に出没しながら、不気味なほど何もない空白期間を挟むなど、まさに神出鬼没だ。1隻の船が識別番号を次々と切り替えているのか、それとも小規模な船団が識別番号を共有して使い回しているのか。CSISは両方の可能性を視野に入れている。
中国軍が10月に実施した軍事演習「連合利剣-2024B」の期間中、この船舶の活動は急激に活発化した。10月14日のAIS検出は25件だったが、翌15日には180件超に跳ね上がっており、演習海域に長時間とどまっていたことがうかがえる。
漁船を装いながら、実際には軍事演習を支援していたのではないか。データはその可能性を強く物語っている。
■封鎖に弱い台湾 エネルギー依存は97%
影の艦隊は兵員の輸送以外にも、台湾の人々の暮らしを締め上げる脅威になるおそれがある。
台湾英文新聞は次のように分析する。民間船舶であれば台湾海峡を往来する商船に容易に紛れ込めるため、中国側は作戦準備の動きを察知されにくくなる。
また、台湾の港湾施設を使わずとも大型装備を運搬でき、上陸作戦の持続力が高まる。万一の侵攻の際、台湾側は港湾施設を自ら破壊することで上陸を防ぐとみられるが、こうした防衛手段が機能しなくなる。
さらには海底ケーブルへの妨害やエネルギー封鎖といった、重要インフラへの圧力作戦にも利用可能だ。こうした船は軍事行動かどうかの見極めが難しく、台湾側は常に緊張を強いられると同紙は指摘する。
米タイム誌は実際、中国の軍事戦略は全面侵攻よりも封鎖を優先しているとの見方を示す。その背景にあるのが、台湾が抱える深刻な弱点だ。
エネルギーの97%、食料の70%を輸入に頼る台湾は、封鎖されればごく短期間で物資不足に陥る。中国は海警局の船舶約600隻を保有するほか、「海上民兵」と呼ばれる武装漁船約3000隻も動員できる態勢にある。これらを投入すれば、台湾を経済的に締め上げることが可能だ、と記事は指摘する。
■3.5時間あれば上陸できる 米軍より高速の浮桟橋
日本も全くの無関係ではない。
台北の総統府で米タイム誌の取材に応じた台湾国家安全保障会議(NSC)の高官は、「展開状況を見ると、台湾だけを標的にしているわけではない」と警告する。「日本、台湾、フィリピンへの攻撃演習のようだ。アメリカがこの地域に介入するのを阻む訓練をしているように見える」
昨年12月の演習では、100隻を超える中国艦艇を投入して台湾を取り囲んだ。演習では海軍と沿岸警備隊の艦艇が台湾を完全に包囲し、空母「遼寧」もフィリピン近海に展開していた。
もう一つ、意外なところで警戒が必要とされるのが、「桟橋」の存在だ。中国の「自走式仮設桟橋システム」は、港湾を確保できない場合でも、ビーチから直接物資を揚陸できる。大型貨物船やフェリーがこの浮き桟橋に接岸すれば、兵員や装備、物資の荷下ろしを大幅に迅速化できる、と軍事専門家はロイターに語る。
このシステムは2020年代初頭の演習で初めて登場したが、2023年以降は姿を消していた。アメリカ海軍大学校の2025年の報告書では、技術的な問題を抱えているのではないかと推測されていた。しかしロイター通信が入手した昨年8月の衛星画像から、復活が確認された。
8月23日の演習では、組み立てから解体までわずか約3.5時間で完了。衛星画像には浜辺に車両が集まっている様子も写っており、少なくとも短時間ではあるが、実際に車両を揚陸する運用も行われたとみられる。
中国システムの即応性は圧倒的だ。比較対象として、アメリカが2024年、ガザへの支援物資輸送のために建設した仮設桟橋がある。こちらは悪天候で複数回の解体を余儀なくされ、完成まで約3週間を要した。アメリカ当局者はロイター通信に対し、理想的な条件下であれば24時間以内で運用可能だと説明したが、それでも中国の3.5時間とは比較にならない。
■台湾有事をちらつかせる中国
西側の研究者の中には、脅威論を否定する声もある。
人民解放軍の軍事的準備レベルは侵攻に不十分であり、統一を強行すれば中国が負う経済的コストも甚大だとする意見だ。
だが、アメリカの外交政策研究所は、中国がこれらの課題を十分に認識したうえで、影響を最小限に抑えようと先手を打っているのだと指摘する。民間と軍の補給体制を体系的に統合しており、有事には素早く展開するだけでなく、作戦を持続できる態勢が整えられているという。
中国共産党の習近平総書記は2017年、第19回党大会で「中国の夢」構想を発表した。中華民族の偉大な復興を掲げるこの構想の中核に据えられたのが、台湾統一である。習氏にとって、台湾の「祖国への回帰」は自身の政治的遺産として欠かせない要素なのだ、と同シンクタンクは指摘する。2024年12月31日の新年に向けた演説でも、「誰も祖国統一の歴史的大勢を阻止することはできない」と宣言している。
中国は動員制度を変革するに留まらず、民間インフラを軍事演習に動員し、そして台湾周辺での威圧的な演習を常態化させている。少なくとも圧力を強めていることは確かであり、有事への発展が懸念される。
日本の最西端・与那国島は、台湾からわずか110キロに浮かぶ。万一、台湾有事となれば地政学的リスクや物流の混乱が生じると予想され、日本にとっても遠い異国の出来事では済まされない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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