■リコーのDNAは「OA宣言」にあり
【田中道昭教授(以下敬称略)】2026年は、文章や画像の生成だけでなく、ロボットや自律システムを通じて現実世界を理解し、考え、そして実際に動く「フィジカルAI」の時代が本格化すると予想されています。新時代の幕開けを感じさせる一方、さまざまな分野でAIが人間の仕事を奪うといったネガティブな面も目立ってきそうです。
【リコー・山下良則会長(以下敬称略)】AI化の流れは私も強く感じています。ただ、リコーにとっては「突然の変化」でもないんですね。実は当社は1977年にオフィスオートメーション、OAという言葉を世界で最初に提唱した会社です。この造語のコンセプトは「機械にできることは機械に任せ、人間はもっと創造的な仕事をしよう」でした。
世界初の事務用高速ファクシミリを開発したり、複写機とコンピュータを組み合わせてソリューションを提供したりと、当社は製品とサービスを通してOAを実現してきました。AIはその延長線上ですから、リコーのDNAは何ひとつ変わりません。
【田中】実際に、社内でロボット活用の実証を進めていますね。
【山下】進めています。
■誰も読んでいない「月報」は必要なのか
【田中】米ギャラップ社の最新調査を見ると、従業員エンゲージメント(仕事への熱意や職場への愛着)の世界平均21%に対して、日本はわずか7%。調査対象141カ国の中で、エジプトなどと並び世界で最も低いグループに位置しています。さらに「いつAIに仕事を奪われてもおかしくない」という危機感が加わりかねません。
【山下】日本人のエンゲージメントが低いのは、仕事や組織の問題より「自分が役立っている」という実感がないことが原因ではないでしょうか。
【田中】仕事に意義や価値が見いだせないと。
【山下】私自身も若い頃に経験があります。当時は生産現場にいて社内向けの「月報」をまとめるのに、データ集計などで夜遅くまで残業することがありました。ある月に重大な誤りを掲載して配布してしまったんです。苦情が押し寄せると覚悟していたのに問い合わせひとつない。「ひょっとして誰も見てないのか」と、上司と相談して試しに配布をやめてみたら、やっぱり何の反応もない。
■本当に必要なのは「働きがい改革」
【田中】逆に「いつもありがとう」と言われる仕事は張り合いがある。現在なら、月報まとめはAIに任せていい領域です。
【山下】AIの仕事ですね。まさに「機械にできることは任せる」。その見極めが重要なので、AI導入には「仕事の因数分解」が必要だと私は考えています。
【田中】因数分解、ですか。
【山下】例えば、仕事を「創造的業務」「判断業務」「定型的な作業」の3つに分ける。価値を生むクリエイティブな仕事、状況を捉えた意思決定、そして手順通りのルーティンワーク。AIに任せるのは、3つ目の定型作業。
【田中】因数分解を徹底したAI導入なら、むしろエンゲージメントは高まるでしょう。
【山下】社長に就任した2017年前後は、働き方改革が叫ばれていました。当時「残業代はどれくらい減りましたか」と質問されたときに、違和感を覚えました。残業代の削減を成果と見るのは会社の都合。つまり「働かせ方改革」です。本当に必要なのは「働きがい改革」じゃないかと。
【田中】エンゲージメントを高めたいなら「働きがい」を優先すべきです。因数分解が有意義な理由です。
【山下】人間が本来やるべき仕事を明確にし、専念できる環境を整える。働きがい向上と業績向上の両立です。
■イノベーションとは「その手があったか」
【田中】ただ、そうやって人間に求められる領域が「創造的業務」にシフトすればするほど、一種の「格差」が生まれませんか。
【山下】おっしゃる通り、いきなり「イノベーションを起こせ」と言われたら、誰だって尻込みしてしまいます。実はリコーでも、創業の精神である「三愛精神」に加えて、新しい7つの価値観(バリューズ)を定めた際、「イノベーション」をどう定義するかで議論になりました。そこで私は社員に「あなたにとってイノベーションとは何ですか?」と問いかけたんです。
【田中】社員の皆さんはどう答えましたか。
【山下】いろいろな意見が出ましたが、最終的に我々が腹落ちしたのは、イノベーションとは「発明」ではなく、「その手があったか!」だということでした。
【田中】「その手があったか」。おもしろい定義ですね。
【山下】例えば、お風呂にお湯を溜めるとき、昔はよく溢れさせてしまった。そこに「ブザーが鳴るセンサー」を付けたら溢れなくなった。これはものすごいハイテク発明ではないけれど、聞いた瞬間に膝を打つような「その手があったか」ですよね。これをイノベーションと呼ぼうと決めたんです。
■AI時代は人間にとって「怖いもの」ではない
【田中】それならハードルが下がりますし、誰の仕事にもチャンスがあります。
【山下】そうです。「自分の仕事を1時間から20分に短縮した」というのも立派な「その手があったか」です。そう定義を変えて、小さな工夫でも褒めるようにすると、社員の意識が変わります。「自分にもできるかもしれない」と思えるようになる。
【田中】イスラエルを訪問した際、現地のユダヤ人たちが異口同音に言っていた言葉を思い出しました。「人は誰でも、何かを生み出すために生まれてきた」というんです。起業家のような大きなビジョンでなくてもいい。絵を描くことかもしれないし、新しいルールを作ることかもしれない。
【山下】それは、すばらしい考え方ですね。
【田中】人によって生み出すものは違いますが、必ず何か役割がある。「創造的な仕事」というと大仰に聞こえますが、自分なりの「その手があったか」を見つけることだと考えれば、AI時代は人間にとって決して怖いものではありません。
【山下】そうした小さなイノベーションに気づくためには、心と時間の「余白」が必要です。忙殺されていると「その手があったか」なんて思いつきませんから。だからこそ、AIやデジタルを使って効率化し、空いた時間で自分の仕事を見つめ直す。それが私の考える「働きがい改革」の本質なんです。
■無人ダンプカーに「運転席」をつける若手
【田中】AI任せの仕事が増えると、人間の能力が落ちるという懸念もあります。
【山下】依存しすぎると能力が劣化してもおかしくありません。一例として、ある会社で若手社員たちに「無人ダンプカー」を設計させた話があります。現在は経験が浅くても、AIがデータベースから最適な部品の組み合わせを提案してくれるので簡単に設計できる。完成した設計図を見ると、運転席やハンドルがついている。無人ダンプに運転席は必要ないですよね(笑)。「運転席は必要か」という根源的な問いが浮かばなかったんでしょう。設計思想にかかわる問題です。
【田中】目的を見失ったり、思考停止に陥ったりするおそれはありますね。
【山下】人間の精度を落とさないために、あえてAIを使わないプロジェクトも走らせることも必要かもしれません。人間とAIは両輪です。どちらか一方に依存する経営は長続きしないでしょう。社員とAIは同じ速さで成長しないと本当の仲間にはなれないですよ。
■「秘伝のタレ」をデータ化する
【田中】リコーさんは2020年に「OA機器メーカーからデジタルサービスの会社への変革」を経営方針に掲げました。具体的にはどのような事業を展開されているのでしょうか。
【山下】一言でいえば、データの力でお客様の現場を支える事業です。現場では、品質や生産性のポイントが勘や経験、つまり暗黙知に依存しています。決め手なのにレシピに書かれていない。いわば「秘伝のタレ」です。しかしAIなどを使えば、形式知へと変換できます。
【田中】どのように暗黙知を吸い上げるのですか?
【山下】そこがリコーの強みです。複合機、プリンター、産業用カメラ……など当社のデバイスはすでにお客様の現場に入っているので、日々のデータを収集できます。
【田中】デバイスのデータからデジタル空間に現場を再現し、AIを用いて最適化する。ソフトウェアだけの企業にはできない仕組みです。
【山下】例えば、熟練工がどういう手順、どういう力加減で作業しているかは、センサーで数値化してデータベースに蓄積する。AIに学習させれば、再現可能な技能・ノウハウになる。私たちは、現場に眠っている秘伝のタレをデータの形で抽出し、AIで分析してお客様にお返しするわけです。
【田中】社内の働きがい改革で実践して、お客様への価値提供につなげたのですか。
【山下】機械にできることを増やし、人間はより価値が高い仕事に専念する。リコーDNAの現代版です。
■100年経っても変わらない「創業の精神」
【田中】AIに任せる仕事が増えるほど、人間の役割が明確になりますね。
【山下】リコーの原点は、創業者・市村清が1946年に掲げた「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神です。国を愛するという部分は、現在は地球を愛すと読み替えています。私が好きなのは「人を愛する」からはじまり、人をすり減らす仕事を前提にしていない点です。
また、2036年の創業100周年に向けて掲げた企業ビジョンには「“はたらく”に歓びを」があります。これは今では“使命と目指す姿”としています。「歓び」というのは単なる楽しさや幸せではありません。創造的な仕事を通じた充足感、達成感、自己実現です。ルーティン作業はAIに任せ、人間は創造力を発揮すれば「歓び」につながると思います。
【田中】創業の精神は、100年経っても変わらない。
【山下】技術やプロセスは進化しても、三愛精神の実践とお客様に寄り添う姿勢は変わりません。
実は先週、孫が生まれました。ネイティブアメリカンの言葉に「地球は先祖から受け継いだものではなく、未来の子どもたちから借りているもの」というものがあります。いま生まれた子は100歳まで生きる可能性が高い。孫の顔を見たら、100年後の世界が空想ではなく現実になります。
【田中】経営者は常に100年先と現在を比較して進むべき方向をチェックする必要がありますね。
【山下】未来の人たちに責任を果たすうえでも、しなやかで力強い経営が必要だと考えています。
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山下 良則(やました・よしのり)
リコー会長
1957年生まれ、兵庫県出身。80年、広島大学工学部卒業後、リコーに入社。95年から2002年まで英国駐在。08年から11年までリコーエレクトロニクス,Inc.(米国)社長。17年、社長に就任。23年から現職。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(リコー会長 山下 良則、日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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