老後を安心して過ごすには、どうすればいいのか。税理士の森田貴子さんは「まずは年金がいくらもらえるのかを把握して、老後の設計図を描くことが必要だ。
また、退職金の受け取り方次第では、税制面で損することがあるので注意してほしい」という――。(第2回)
※本稿は、森田貴子『世帯年収1000万円超の人が知っておきたいお金のルール』(あさ出版)の一部を再編集したものです。
■「老後の年金額」を知る
「私たちって、老後はいくら年金をもらえるの?」
まずはここを知ることから、老後の家計づくりは始まります。かつてのシニア世代は「夫が会社員で厚生年金、妻は専業主婦で国民年金」という組み合わせが一般的でした。
一方で、いまの現役世代は男女とも20歳から40年間しっかり年金に加入している人が多く、基礎年金は満額を(※)受け取れる見込みです。会社員であれば、さらに厚生年金が上乗せされ、夫婦ダブルで加入している場合は年金総額は増える仕組みになっています。
※基礎年金は満額(令和8年度、月額7万608円、昭和31年4月1日以前生まれは月額7万408円)
厚生年金の受給額は「加入年数」と「現役時の給与」によって決まるため、個人差があります。夫が平均的な給与水準で40年間加入し、妻もその半分程度の報酬で同期間加入していた場合には、世帯で年間約360万円前後を受け取れる計算になります。これが、共働き世帯における年金生活の収支を考えるうえでの一つの目安となります。一方、次のように日本年金機構が例示している年金額は、夫が会社員として40年間加入し、妻が専業主婦(第3号被保険者)である片働きモデル世帯を前提とした金額です。
日本年金機構のホームページで例示されている令和8年度の年金額の例(昭和31年4月2日以後生まれの方の場合)では、厚生年金(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)は23万7279円。年額は約280万円となります。

※男性の平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)45.5万円)で40年間就業した場合に受け取り始める年金(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準です。
自分がどれくらい年金がもらえるのかについては確認しておきましょう。
■老後に“支出が減る傾向”も踏まえる
50歳以上の方なら、「ねんきん定期便」のはがきに将来の年金見込み額が記載されています。また、年齢にかかわらず、インターネットの「ねんきんネット」に登録すれば、現在の加入状況から将来の年金見込額を確認できます。
ただし、2021年には事務処理ミスが1347件あったと報告されています。転職回数が多かった方や、姓の変更が複数回ある方などは、登録内容に誤りがないか記録の内容をしっかり確認し、気になる点があれば問い合わせましょう。
老後の生活費としてよく引用されるのが、生命保険文化センターの調査です。2025年度生活保障に関する調査では、「ゆとりのある老後生活費」の平均は月額39万1000円。年金収入が月23万円と仮定すれば、毎月16万円の不足が生じる計算になります。
ただし、この不足額は「ゆとりある生活」を前提にしており、実際には高齢になると支出は減っていく傾向もあります。老後の資金計画を立てる際は、最低限の生活費とゆとりある生活費、どちらの基準で試算するのか? 医療や介護費の増加をどう見込むか? といった前提条件も踏まえて、自分たちの暮らしに合った試算をしましょう。
老後には、生活費や医療費の増加など、どうしても不確実な要素がつきまといます。
世帯年収1000万円の場合、実際には共働きで500万円+500万円など、日本の平均的な年収層で不安も強いでしょう。
■「3つの準備」から“いくら必要になるのか”を導く
老後資金に関する漠然とした不安は、具体的な準備をすることで軽減できます。たとえば、以下のような(1)~(3)を描いておくとよいでしょう。
(1)住宅ローンなどの借金は、年金受給開始前に完済しておく

(2)年金で暮らせるお金の計画を立てる

(3)「子や孫への遺産」はいったん脇に置く(そのときの状況で柔軟に考える)
足りない部分がわかれば、「あといくら必要なのか」「毎月いくら補塡すればいいのか」が明確になります。現状を知ることで、家計のどこを整えればよいのかを自然に判断できるようになります。
持ち家があっても現金がこころもとない状態になった場合には、「リバースモーゲージ」など、自宅を担保にした借入制度があります。生きている間は元本の返済はなく、利息のみを支払います。亡くなった後に担保にしていた自宅を売却して一括返済する仕組みですが、利息が高めに設定されることも多く、仕組みやリスクを十分に理解しないまま利用すると、かえって家計を圧迫する可能性があります。
この方法に頼る前に考えたいのは、資産の多くが自宅という形で固定されている状態です。世帯年収1000万円の家庭では、住宅ローンを組み、都市部で70平米前後・5000万円~7000万円のマンションを選ぶケースが少なくありません。
その結果、家計のバランスシートが自宅という不動産に大きく偏る構造になりがちです。老後は自宅を売却して小さな住まいに住み替える、あるいは郊外へ移るなど、よりシンプルで確実な方法を検討することも一つの選択肢です。

■70歳まで年金繰り下げで「42%増」
「年金の受け取りを遅らせたほうが得というのは本当ですか」という相談を受けることがあります。答えは「YES」です。
70歳まで年金の受け取りを遅らせると42%増える仕組みになっています。今50歳の方なら、65歳で年金を受け取り始めるまで15年、70歳まで働くなら20年。まだまだ老後の資金や暮らし方を考え準備できる時間はあります(2025年11月時点)。
「長生きリスク」という言葉があります。その言葉どおり、長生きすることで生じるリスクのことです。そう聞くと不安に感じるかもしれません。しかし、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が著書『ライフ・シフト』(東洋経済新報社刊)で示したデータによれば、1970年代生まれ、現在50代の人々が90歳まで生きる確率は男性41%、女性67%です。むやみに恐れるのではなく、どう生きたいかを前向きに考えるきっかけにしたいところです。
そのうえで、自分らしい人生の土台として「お金とどう向き合うか」を考えることが、とても大事になってきます。
共働き夫婦が60歳以降に受け取るお金には、大きく3つの柱があります。

(1)公的年金

(2)会社から受け取る退職金や企業年金

(3)自分で準備してきたお金(預貯金・投資信託などの金融資産)
これらをどう組み合わせて、どのタイミングで、どのくらい使っていくのか。その設計図を描くことが、安心して老後を迎えるための第一歩です。年金の受け取りを繰り下げれば増額されることを踏まえて、人生100年時代を見据えて、「いつから」「どのくらい」受け取るかを設計することが、老後の安心につながります。
■退職金は「一括」が税制面で有利
「退職金って一括で受け取るのがいいの? 年金のように分割で受け取るほうが安心?」
迷う方も多いテーマです。退職金には次の3つの受け取り方があります。
(1)全額を一括で受け取る(退職一時金)

(2)全額を分割して受け取る(企業年金)

(3)一部を一括で、残りを分割で受け取る(一時金+年金・併用型)
なかには制度上、選択肢が限られる会社もありますが、選べる場合には税金面で有利な方法を知っておくことが大切です。
【退職一時金で受け取ると大きな節税効果が生まれる】
一時金で受け取る場合は所得税の計算において退職所得となります。その場合「退職所得控除」が適用され、さらにその控除を差し引いたあとの所得の2分の1の部分だけに税金がかけられるという優遇があります。控除額が大きいことと、課税される部分が半分になるのが大きなメリットです。
勤続40年なら控除額は2200万円(800万円+ 70 万円×[40-20]年)。2200万円以下の退職金なら所得税も住民税もゼロになります。このように、退職所得控除によって課税の対象となる所得が大きく圧縮され、場合によっては所得税がほぼゼロになります。
高所得世帯にとっては、5%から45%の累進課税を避けられる一時金のメリットは大きく、手取りを最大化するなら一時金が基本といえます。
(退職所得控除の計算式)

退職所得=(退職金額-退職所得控除額)×1/2

勤続20年以下:40万円×勤続年数

勤続20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)

■「年金型」は退職所得控除が使えない
【年金型は生活の安定性がメリット】
一方で年金で退職金を受け取ると所得税では「雑所得」扱いとなります。雑所得は給与などの他の収入と合算され総合課税され累進税率で課税されます。退職金のような大きな控除はありません。税金面では不利ですが、毎月の生活費を補うメリットがあるため、世帯のキャッシュフローを安定させやすいというメリットがあります。
公的年金と同様に「公的年金等控除」は受けられますが、一時金と同じような退職所得控除や2分の1の金額のみの課税といったものはありません。
支給パターンには以下のような種類があります。
・支給期間:5年、10年、15年、20年、終身など

・支給間隔:2カ月・3カ月に1回など

・保証期間:受給者が途中で亡くなったあとも遺族に一定額が支給されるケースが多い
【世帯で考えたいポイント】
退職金は個人に支給されますが、使い道は世帯と結びつけて考えましょう。

・住宅ローンの繰り上げ返済や教育費に充てるなら、一時金が有利

・配偶者の扶養や社会保険料への影響を考えるなら、分割受け取りの方が負担が少ないケースもある

・夫婦の退職時期がずれる場合、「誰の退職金をどう受け取るか」で世帯の収支計画が変わる

・併用型は柔軟性があるが、制度によって制限がある
■「世帯の資金計画にどう位置付けるか」がカギ
退職金は、制度上は個人に支給されるものですが、家計の中では「世帯の資金」として機能します。世帯全体の資金計画にどう位置づけるかがカギ。大きな出費と老後の生活資金、両方のバランスを見ながら受け取り方を選びましょう。基本的には税金面でのメリットが大きい一時金がおすすめです。

iDeCoの一時金と会社の退職金を両方受け取る場合は、受け取るタイミングに注意が必要です。2026年1月1日以降は、iDeCoの一時金を受け取ってから10年以上あけて会社の退職金を受け取ることで、それぞれに退職所得控除をフルに使えるようになります。
もし10年あけずに受け取ると、退職所得控除が調整され、同じ金額でも税金が増えて手取りが減る可能性があります。
手取りを最大化するなら、10年あけて受け取るのが基本戦略です。

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森田 貴子(もりた・たかこ)

富裕層専門税理士

税理士30年、起業22年目。山口県の起業一家に生まれ社長を支えたいと大学院卒業後25歳で税理士に。経済学修士・商学修士・MBA(豪州)。アーサーアンダーセンなど世界4大会計事務所を経て2003年会計事務所を創業。YojiYamamoto、ダイエーなど100件以上の大型再生案件を税務チームとして担当。日本有数のお金持ちの領収書1000万枚以上や申告から共通するお金の使い方と価値観を発見。栄枯盛衰を見た学びから、税金の正しい知識と自分資産を継続的に積み上げることの大切さを伝えている。明治大学や会計大学院での特別講義、東京都年収の壁セミナー講師、東京商工会議所税務相談員を務める。2023年フジテレビ「めざまし8」専門家出演。著書に『億万長者になるお金の使い方』(SBクリエイティブ)、『儲けのしくみがわかる!決算書の読み方』(三笠書房)、『幸せへのマネーバイブル 新・女性のライフステージ別ガイドブック』(中央経済社)などがある。

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(富裕層専門税理士 森田 貴子)
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