高市首相の「真冬の賭け」は吉と出るか凶と出るか。世論調査では総じて自民党優勢と報じられているが、どんでん返しはあるのか。
国際基督教大学のスティーブン・R・ナギさん(政治学・国際関係学)は「日本の総選挙の結果を世界各国やマーケット、投資家なども注視している。その結果は、4つのシナリオに分類され、2026年のアジア安全保障構造の行方にも大きな影響を与える」という――。
■高市早苗首相の賭けの吉凶は
高市早苗首相は、スピードこそが最大の武器であるという賭けに出た。立憲民主党(中道改革連合)など野党が候補者調整を終える前に、そして2025年10月の首相就任直後の「ハネムーン期間」の支持率が残っているうちに動く――。
2月8日の投開票に向け選挙戦は終盤に入っている。候補者一人ひとりは当選を目指し、声を枯らしてのアピールに必死だが、視点を引いてみれば、もっと大事なものも見えてくる。インド太平洋の安全保障と経済的ステートクラフト(国家運営術)のレンズを通して見れば、高市氏が賭けるお金は「国家の実存」そのものだということである。
日本は国内の生活費高騰に対処しつつ、対外的には信頼に足る、抑止態勢を維持できるマンデート(信任)を確保できるか否か。今、我々が目撃しているのは、日本の「国内政治時計」と、外部の「地政学的タイムライン」の衝突である。
2026年のアジア安全保障構造の行方を理解するには、選挙戦の喧騒を踏まえつつ、4つの異なるシナリオを分析する必要がある。
■シナリオ1:自民党単独過半数
第1のシナリオは、高市氏の賭けが成功する場合だ。自民党が単独で安定多数を確保し、彼女が掲げる「新国家構造」への信任を得る。
これは統治能力の観点からは最もクリアな結果だ。予算は円滑に成立し、連立パートナーの拒否権に政策が人質に取られることもない。
だが、地滑り的勝利は万能薬ではない。それは巨大なリスクを伴う「許可証」でもある。フィナンシャル・タイムズ紙のレオ・ルイス氏が指摘するように、政治的モメンタムと経済的信頼性の間には明白な緊張関係がある。市場は高市氏の積極財政への意欲に敏感に反応している。最近の円相場の変動と国債利回りの上昇は、投資家の不安を物語っている。
もしこの選挙が、高市氏の看板政策である「危機強靭化パッケージ」という名の歳出拡大への信任投票と見なされれば、世界中の投資家はこれを「財政規律の喪失」へのゴーサインと解釈するだろう。
日銀が政策正常化を模索する中で、財政規律から解き放たれた政府は「国債市場の反乱」を招くリスクもある。これは戦略的な大惨事だ。もし、通貨危機への対応に追われることになれば、日本は対中国など東シナ海での影響力を維持したり、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)でのリーダーシップを発揮したりする余力はない。
一方で、外交・安全保障政策においては、強力な信任は変革をもたらす。
ワシントンや台北はこれを「加速への許可」と読むだろう。高市氏は憲法9条改正と台湾との相互防衛枠組みの公式化を明言している。
単独過半数は、改憲の国民投票に向けた法的メカニズムを動かす力を彼女に与える。これは抑止力を安定させる一方で、習近平率いる中国との即時かつ鋭い摩擦を招く。地滑り的勝利は、往々にして指導者に「選挙の数字」を、「戦略的コンセンサス」と錯覚させる誘惑を持つものだ。
■シナリオ2:自民・維新連立
第2のシナリオは、戦略的に最も現実味があるものである。それは、自民党が単独過半数には届かないものの、従来のパートナーである公明党を切り捨て、日本維新の会との連立、あるいは閣外協力を模索するケースだ。
吉村洋文氏率いる維新は、「改革保守」の代替案としての地位を確立している。彼らの狙いは、政府を「改革多数派」へと変貌させることにある。それは規制緩和、労働市場の流動化、そして旧来の自公モデルでは許されなかった強固な安全保障姿勢を意味する。イデオロギー的に公明党の平和主義よりも維新のタカ派に近い高市氏にとって、このシナリオは政治的に十分に生存可能だ。
戦略的に見れば、これは日本の安全保障ネットワークを制度化する上で最適な結果かもしれない。
自民・維新ブロックは、ミニラテラル(少数国間)協力の深化により積極的になるだろう。
高市・吉村政権となれば、AUKUS(オーカス)の「ピラー2」への参加や、日米比のトライアド(3カ国枠組み)の公式化を強力に推進することが予想される。維新のマニフェストにある「能動的防衛」は、日本の反撃能力の運用化というニーズと完全に合致する。
ただし、両党には摩擦も生じるだろう。特に経済領域において。維新が求める「痛みを伴う改革」は、自民党の伝統的な支持基盤を揺るがしかねない。
■シナリオ3:自公依存への回帰
第3のシナリオは、公明党との強制的な和解も考慮せねばならないケースだ。最近の報道では自公関係の冷え込みが伝えられるが、日本の「選挙マシン」の現実として、接戦区における創価学会の集票ネットワークは依然として不可欠だ。
高市氏が政権維持のために公明党に大きく依存せざるを得ない場合、日本は安倍・岸田時代を特徴づけた「アクセルとブレーキ」の力学に逆戻りすることになる。公明党は歴史的に、政策の角を丸め、防衛支出よりも家計支援を優先させる「安定装置」として機能してきた。
この協力関係が復活すれば、政策実施の進捗はのろのろしたものへと引き戻される。「新国家構造」は骨抜きにされ、台湾防衛枠組みの議論は「外交的対話」へと棚上げされるだろう。
対外的には、これを「安定のシグナル」と歓迎する同盟国もあるかもしれない。
だが、より深い問いは、そのような安定が、安全保障環境の変化に追いつくために必要な「改革の加速」を犠牲にして得られるものなのか、ということだ。
公明党に制約された高市政権は、ワシントンがますます強く求める能動的サイバー防御や厳格な輸出管理といった経済安全保障法制の制定に苦慮することになる。「世界は前進しているのに、日本だけが現状維持」という政府になりかねない。
■シナリオ4:脆弱な少数与党政権
高市が過半数を確保できず、ハング・パーラメント(宙吊り国会)や脆弱な少数与党政権となる事態となるのが、第4のシナリオである。テールリスク(確率は低いが巨大な損失をもたらすリスク)ではあるが、2026年の不安定な情勢下では無視できない。超短期決戦は、スキャンダルや野党の突発的な結束といった「ブラックスワン」への感度を高める。
この結果となれば、日本の国内政策環境はカオスと化す。中期的な戦略(賃金、エネルギー安全保障、産業競争力)への信頼できるコミットメントは不可能になる。
インド太平洋にとって、これは悪夢のシナリオだ。麻痺した東京にリーダーシップは取れない。クアッド、日米韓、そして日比といったミニラテラルの枠組みにおける「要(かなめ)」としての日本の役割は蒸発する。

これらのメカニズムが機能するには、官邸の確固たる手綱さばきが不可欠だ。「ネットワーク化された安全保障」の建築物はほころび始め、北京は間違いなくこの政治的空白を、日米同盟にくさびを打ち込む戦略的好機と捉えるだろう。
■「ハーメルンの笛吹き男」トランプ要因
これら4つのシナリオの上に覆いかぶさるものがある。それは、制御不能な変数=ドナルド・トランプの帰還である。私が以前、平和・安全保障研究所(RIPS)の論考で主張したように、第47代大統領は、独特のアメリカ的ショーマンシップで演じられているだけで、実は数世紀にわたり記録されてきた古典的なステートクラフト(権力政治)を実践しているに過ぎない。
トランプは、いわば地政学的な「ハーメルンの笛吹き男」として振る舞い、敵も味方も操る戦略的カオスを創出する。もし、日本政府が弱体化、あるいは内向きになった時、この曲をさばく能力はないだろう。
ワシントンが同盟を「神聖な信託」ではなく「貸借対照表(バランスシート)」として見ている兆候はすでに表れている。東京が国内政治で麻痺する状態に陥れば、法外な駐留経費負担(HNS)の要求や、安全保障と貿易赤字のリンクといった取引的な圧力に反論することなど不可能だ。
日本が政治的に脆弱だと見なされれば、「笛吹き男」は東京を完全に素通りし、北京やソウルと2国間取引を行い、日本の国益を切り崩すかもしれない。
逆に、強力な高市政権誕生ならば、半導体や造船における日本の産業能力をテコに、同盟を「みかじめ料の徴収」ではなく「相互資産」として再定義できる可能性がある。
■「雰囲気」対「力の現実」
フィナンシャル・タイムズ紙は最近、日本政治の観察者トバイアス・ハリス氏の有用な警告を引用した。
選挙は詳細な政策ではなく「雰囲気(バイブス)」で戦われることがある、と。
高市氏は「強さと主権」という「雰囲気」で選挙戦を戦っている。だが、雰囲気だけではトマホークミサイルは買えないし、円安も止まらない。
高市氏にとって、これは統治能力を問われるテストとなる。自民が単独過半数で勝利するなら、彼女は国民から受けた信任を、財政的信頼性と行政執行力として実行しなければならない。また、辛勝であれば、戦略的羅針盤を失うことなく、交渉モードで統治しなければならない。
高市自民が勝利し、連立の重心が右へシフトする場合、「政治とカネ」問題などの腐敗を終焉させることが前提となる。選挙での「強い結果」は白紙委任状ではない。国民からの信任は、一皮むけばそれは警告なのだ。
世界は見ている。この真冬の国民投票は、戦略的カオスに直面した日本が、信頼に足る政治的権威を再構築できるか、と。東京が国内改革を断行しつつ、アメリカの「ハーメルンの笛吹き男」と踊りながらも崖から落ちないだけの賢明さを備えた政府を生み出せるかどうかが問われている。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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