元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。
今回のお題は「組織にとってブランド力とは」です――。
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2026年1月16日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
「ブランド力」こそが組織の要である理由
企業にとっても政党にとっても「看板」の力、ブランド力が一番大事だと橋下さんは強調します。その理由は?
■Answer
結党以来のブランドを見失えば自民党との違いがなくなってしまう
組織にとって最も大切なのはブランドだと僕は考えています。ただ、パーパスと違って、ブランドとは組織の外から見たイメージ、みんなが抱いている期待感ですから、自分たちの思う通りにはなりません。日本維新の会(および大阪維新の会)を例に考えてみましょう。
結党以来の維新の特長とは、公金の扱いに徹底的に厳しく、政策実現による改革にとことんこだわる姿勢です。改革のためには、自民党を支援しているような各種業界団体などの既得権者にも遠慮せずに切り込んでいく。その根幹の思想は「合理性」。保守やリベラルなどの上っ面のイデオロギーにはとらわれず合理性を追求する。個人を尊重し、個人を支えるためにこそ国家があるという思想によって、手段にすぎない国家を個人のために変えていくことにエネルギーを注ぐ。これが大阪維新を発足させた際のパーパスでした。
このパーパスを徹底したからこそ維新ブランドが形成され、そのことによって維新国会議員団も誕生したのです。
組織も金もなく、ゼロから立ち上げた地方議員による新興政党が既成政党を相手に国政選挙で勝つことは至難の業です。それができたのは、まさしく維新ブランド・看板によって票を集めることができたからです。
維新は今、自民党と連立したことで維新ブランドの独自性をこれまで以上に問われるようになっています。もし政策や議員たちの行動が自民党と同じであるなら、自民党に呑み込まれ、あっという間に消えてなくなります。
自民党と維新の間にはいくつもの共通項があります。その中核に、維新国会議員団はいわゆる「保守」という概念を置いているように感じます。保守の定義は極めてあいまいですが、この概念を好む政治家は多いんですよね。確かに一般的な意味では自民党も維新も同じ保守。ただ、それだけなら維新の存在意義はなく、自民党だけがあればいい。維新が生き残るには、維新のパーパス、ブランドが決定的に重要になってきます。そして維新が維新のブランドを保持し、さらに磨きをかけるには、ブランドが形成された経緯を深く探求し、そこに凝縮されたパーパスを読み解かなければなりません。

この姿勢こそが保守だと思うんですよね。小難しく「保守」を語るのではなく、自分が属する共同体のブランドをとことん読み解く。そこには先人たちの思いや苦労の汗が凝縮されています。そのような組織のパーパスやブランドの形成過程を探求することなく、新規メンバーが自分の思いだけをぶちまけるのは、保守と真逆のいわゆる設計主義、革新系というやつでしょう。
もちろん過去の経緯にとらわれるだけではだめです。過去の経緯をしっかりと踏まえたうえで、そのブランドを磨くために新しいものをどんどん加えていく。そうではなく過去の経緯とは全く異なることをやりたいのなら、そのような経緯のある共同体に入ってくること自体がそもそもおかしいのです。
■「国家」を前に出すか 「個人」を尊重するか
今の維新、特に国会議員は、維新のブランド形成過程を深く理解し、それをさらに磨くための実践をしていると言えるでしょうか。維新の国会議員が身内企業に多額の事業を発注していたという事案が報道されています。当事者たちは「どこをどう見ても適法だ」と主張しますが、こと政治とカネの問題に関しては禁止ルールがなくても「これはマズイ」というところに敏感なのが維新のブランドだったはず。
禁止ルールがなければ問題ない、という姿勢であれば、他党と変わらず維新ブランドは輝きませんよね。しかも組織がいったんそのような認識を持てば、そこからはもうカネに関してはズルズルになります。

カネに厳しいというブランドを築くには、これでもかというほど厳しく自らを律し続けなければなりません。自分では頑張っているつもりでも、とんでもないほどの行動が伴わなければ相手に伝わりません。「身を切る改革」と口にするだけでは、カネに厳しい維新のブランドはすぐに廃れていきます。
国会議員同士で陣中見舞いと称する数十万円のカネの配り合い、政党支部を通じての政治資金規正法をすり抜ける献金受領。スナックやキャバクラでの会合……。ここまでくれば、旧来型のザ・永田町スタイルの政治そのもの。維新ブランドの影も形もありません。
かつての維新は自ら率先して、それはそれは厳しいカネの扱い方をしてきたからこそ、財政再建と同時に大阪・関西万博やカジノの開業、高校授業料無償化などの金のかかる政策も実現できたのです。
役所では、公金を使う仕事の発注には第三者の審査を入れます。いくら素晴らしい業者であっても直接の発注をしないのが原則。国会議員の場合はすべての発注に第三者審査を入れることはできないでしょう。だからこそ、身内とは思われないところに発注しなければならないし、そこまで徹底するのが維新ブランドだと思います。

ブランドを育てるには何十年とかかるけど、壊すのは一瞬です。それがわかっているから、民間のハイブランドはブランド価値をさらに磨き上げる努力をする。その意味で、共産党やれいわ新選組といった政党はブランドに徹底的にこだわっていますよね。
翻って維新はどうか。政権入りしたはいいが、自らのブランドを失わず、さらに磨きをかけて進化しているのか。
国家を前面に出して、国家の防衛力を高める自民党的保守。個人を前面に出して国家の防衛力に消極的な立憲民主党的リベラル。ここに個人を前面に出しながら、個人を守るために国家の防衛力を高めるという“第三の道”を目指したのが維新の始まりでした。ゆえに「自立する個人」を最上位概念とすることに自民党との違いがある。
今般、高市政権と維新の連立合意にあたっては「自立する国家」が最上位概念となり、「自立する個人」はすっぽり抜け落ちました。これは維新ブランドの磨き上げなのか、それとも革新的革命なのか。維新ブランドがはっきりしなくなった根幹理由の一つでしょう。

例えば高市早苗首相が国会で台湾有事を巡って「存立危機事態」発言をし、日中関係が急激に悪化しましたが、高市さんの政治姿勢を応援する政治家や論客たちは、中国による数々の対抗措置を受けてもなお「高市さん、よく言った!」と快哉を叫んでいます。しかし事態は今、中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射という武力行使一歩手前のところまで過激化しています。
ここで維新の取るべき姿勢とは何か。それは首相の発言によって負の影響を被るかもしれない「個人」に対して思いを致すということでしょう。観光業や対中国ビジネスに関わる企業、働く人たち、そしてその家族たち、つまり「個人」です。マクロの統計数字を見て「大した影響はない」とうそぶく人もいますが、維新の国会議員はこうした具体的な個人の痛み、苦しみに対して、国家のために少々の我慢はしょうがないと考えるのか。
本当に国益を考えての発言で、実際に日本の具体的な利益につながっているのであれば、国民も少々我慢する必要があるでしょうが、今回の高市さんの発言は、戦略なき「ポロッと」発言です。このような政治家の行動で、国民が具体的な不利益を受けることをどのように考えるかは、各政党のパーパス、ブランドによるところです。国家を前面に出す政党なら、個人に我慢を強いるでしょう。
変化する時代に適応しつつも、組織のブランドをしっかりと守ることを常に実践していれば、どこの組織と一緒に仕事をしようが、自らの組織はなくなりません。維新でいえば、「カネに厳しく、政策実現にとことんこだわる。そして国家の体面よりも個人を尊重する」というところが核。
維新国会議員が保守と名乗るのであれば、維新ブランドが形成された経緯についてもう少し探求し、そこから時代に合わせて変化させる姿勢をもってもらいたいものですし、それが高市政権と連立をしても維新が生き残る道だと思います。

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橋下 徹(はしもと・とおる)

元大阪市長・元大阪府知事

1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美)
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