夫婦関係を良好に保つためには、どうすればいいのか。解剖学者の養老孟司さんとエッセイストの阿川佐和子さんとの対談を収録した『男女の壁』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。

■「女」は一様に怖かった
【阿川】養老さんはどういう男の子だったんですか。腕白?
【養老】いや、そうでもない。
【阿川】素直な子?
【養老】そうですね。強情を張るとか強い子じゃなかったですね。非常におとなしい子だった。
【阿川】お母さまに怒られた思い出は……。
【養老】おふくろは怒んなかった。怒るほど、子どもを見てないんですよ。
【阿川】たまに子どもを見るお父さんみたいな感じ?
【養老】そうそうそう。
【阿川】お母さまに対する気持はどうだったんでしょうね。もっと甘えたいとか。
【養老】それは絶対あったと思う。
しょっちゅう熱出して病気をしてたのは、たぶんそれですよ。
【阿川】病気になると、お母さまが診てくれるからね。
【養老】そうそう。
【阿川】お母さまからはじまった女性観はうるさいっていうのと、怖いってことですか。
【養老】やっぱり、女、怖かったな。一様に怖かった。
【阿川】そうお?
【養老】そう言っても、みんな必ずニコニコして「私は怖くないでしょ?」って言うんだ。それが怖いんだって……(笑)。まったく意識してないんですよね。
■身近な異性と同じタイプを好きになる?
【阿川】アハハハハ。何が怖いんですか。
【養老】二人でいるっていうのが気詰まりなんですよ。
どんな人でも。
【阿川】え~、嬉しくないのぉ(笑)。
【養老】そこらへんが微妙だね。要するに、そういう状況が怖いんです。
【阿川】でも、養老さんは黙ってタバコでも吸ってればいいんじゃないですか。何かしゃべらなきゃいけないとか考えなければ、相手のほうが気を遣ってしゃべってくれたりするから。
【養老】そこがわからないの、若い頃は。
【阿川】ほとんど女性に囲まれて生きてきたことが、養老さんの女性観とか男女の性の違いの解釈に影響してますか。
【養老】そりゃ、してますよ。
【阿川】うちの兄や弟の例で察するに、男はおしなべて、身近な女性と逆のタイプを理想とする傾向があるような気がするんですけど。
【養老】僕もそうです。でも、意識してない部分で、身近な人と似た人を好きになる。
これはもうわかってるんですよ、心理的に。
■医師だった母親は、着物姿で診察していた
【阿川】養老さんも似た人を好きになっちゃったりしました? おつきあいした数多くの女性たちを振り返ってみると。
【養老】そんなこと考えるのは暇潰しだと思うんで(笑)、あんまり考えたことない。訊かれるまでは……。
【阿川】今、訊いてるんですってば!(笑)
【養老】ハハハ、そんなに簡単に答えが出るもんじゃないですよ。ただ、おふくろと女房が関係があるなと思うのは、僕はうちのおふくろって死ぬまで着物姿しか見たことがないんです。
【阿川】着物で診察してらしたんですか?
【養老】診察室にいようが、往診に行こうが、着物ですから。下駄履いて。その上に白衣着てると、患者さんが「割烹着着てるみたいだ」って。
【阿川】アハハハハ。
■「銀座ママ」に感心したワケ
【養老】前にね、京都出身のママがやってる銀座のクラブに行ったら、着物の日なんてのを決めてて、女の子が全員着てたんですよ。僕、はじめてその店に行ったとき、「何でこんなに田舎のババアを集めたんだ」と思ったわけ。
ママはやっぱり着こなしが見事ですけど、不思議だなと思ってハッと気がついたのは、ママ以外は動きがダメなんだ。普段から着慣れてないのがバレる。
【阿川】着物はそうですね。
【養老】うちの奥さんはそこに破綻がないんですよ。
【阿川】奥さまとはどこで知り合われたんですか。
【養老】家内は店をやってたんです。そこで着物で働いてて、様になる人だなあとパッと目に飛び込んできた。おふくろが働いてるのと同じだから、僕にはまったく違和感がなかったのね。
【阿川】なるほど。
【養老】ところが、そういう人って滅多にいない。着物だと晴れ着を着た感じ、特別になっちゃう。そうすると違う人種みたいな気がして、それにはつきあい切れないなと。

【阿川】養老さんもお母さまと違うタイプを理想としつつ、やっぱり似たところがある方にホレちゃったんですね。
【養老】そういうところはあるね。
■「自由」は自分のためにならない
【阿川】女の人とつきあって失敗して別れても、また同じタイプの女性を好きになる男の人もよくいますよね。
【養老】それはもう僕も経験的にわかってる。
【阿川】ご自身の経験で?
【養老】いや、そうじゃない(笑)。人間はしばしば同じことをやるでしょ? 僕はそういう人を学習しない、進歩しない人だと思う。結局、大騒動しても、本心は自分が変わるほどではないんだ、その失敗は。
【阿川】ああ、その程度だと。
【養老】さっき話した銀座のクラブで、「同棲がいいか、結婚がいいか」っていう議論になったことがあってね。女の子たちはほとんどが同棲がいいって言った。ママだけは結婚しないとダメだって。僕もママと同意見。

【阿川】なんでですか。
【養老】結婚は外側からどうしても一緒にいなきゃいけないという枠がかかるから、折り合っていくには自分を変えざるを得ない状況がどっかで来るんですよ。同棲はそういう状況にならなくてすむ。嫌になったら、自分を変えなくたって離れればいい。それで淋しかったら、またくっついて……。その自由度が大きいから、自分のためにならないんですよ。
■同じ過ちを3回やればバカ
【阿川】成長しない。
【養老】結局、薬にならないのよ。薬にならないと同じことを繰り返すでしょ?
【阿川】何度も同じタイプの女性を好きになって、失敗を繰り返して……。
【養老】もっと言えば、前のことを失敗だと思ってないってことですよ。
【阿川】恋愛の数が増えれば増えるほど、経験豊かになって人間が成長するってわけじゃないんですね。
【養老】同じことを三度やったらバカだね(笑)。一回目はしょうがないです、誰でも間違えるんだから。
【阿川】離婚しないでずーっと添い遂げる人の成長度は……。
【養老】そりゃもう、問題によりますよね。三度、四度、五度と離婚する人たちは、結婚を社会契約だと見てないってことでしょう。今、社会契約の意味が非常に薄れてますから。
【阿川】結婚を社会契約とは……思ってないかも。
【養老】アメリカがそうでしょ? お互いにバカみたいなことをやってるから、社会的コストが高くなる。でも、いくら取っ替え引っ替えしても「帯に短し、襷(たすき)に長し」で、それほど違うわけないんですよ。
■妻は「世間の常識」の代表
【阿川】養老さんは奥さまと結婚なさって、何か変わりましたか。
【養老】女房はきちんとしてるんで、もう僕の教育になってますでしょう(笑)。僕、いろんなことを考えて書いたりするけど、そういうときに女房に相談してもしょうがない。だけど、女房を見てると、世間の人ってこうだなってわかる。非常に常識的な、世論調査みたいな人だから(笑)。
【阿川】奥さまが世間代表(笑)。どういうところが?
【養老】何してもちゃんとしてる。お茶をやってるから、社会的なつきあいの能力もあるし。
【阿川】私、今回、はじめて奥さまにお会いしたのに、まったく壁を感じなくてスーッと溶け込めちゃったのが不思議で。
【養老】そういうつきあい方ができる人なんですね。僕は性格が偏ってますから、考えることも偏っちゃう。だから、女房みたいな人がいないとね。そこからあまり遠くに行くとマズイなという判断材料として。
【阿川】失敗したこと、ありますか。
【養老】けっこうありますよ(笑)。
【阿川】世間とではなくて、奥さまとのことで「ああ、女房はこう感じてたのか。そうは思わなかった」とかいうことは?
【養老】僕のいちばん悪い癖は、あらかじめものを考えること。でも、女房のことなんか考えたって意味がないって何となくわかってきたから、もう考えない。
【阿川】そんなきっぱりと……。
【養老】まあ、さんざん懲りたからね。結婚ってある程度大人じゃないとダメですね。
【阿川】経験者は語る(笑)。

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養老 孟司(ようろう・たけし)

解剖学者、東京大学名誉教授

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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阿川 佐和子(あがわ・さわこ)

エッセイスト

1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。2012年に刊行した『聞く力』が170万部を突破して、年間ベストセラー第1位に。14年、菊池寛賞受賞。主な著書に『強父論』『ウメ子』『婚約のあとで』『正義のセ』などがある。テレビでは「ビートたけしのTVタックル」などに出演中。


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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、エッセイスト 阿川 佐和子)
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