アメリカのテック企業で大規模な人員削減が続いている。その実態はどのようなものか。
米シリコンバレーの企業で要職に就いていた井上恭輔さんは、ある日、突然レイオフ(業績不振や事業再編といったビジネス上の理由による整理解雇)を告げられたという。ルポライターの伊田欣司さんが取材した――。(第1回/全2回)
■「ズーム会議」でいきなり告げられたこと
社長とのミーティングは1対1の予定だった。Zoom(ズーム)の会議室に入ると、社長の横に別の画面が表れた。なぜか、人事担当者が参加している。
「あれ、URLを間違えました?」
何かの手違いだろうと尋ねてみると、
「いえ、これで合っています」
社長の冷静な声を聞いた瞬間にすべてを悟った。レイオフだ。
井上恭輔さんは2018年から6年近くシリコンバレーのスタートアップ企業に勤め、最終的に「Interim CTO(暫定最高技術責任者)」「Software Architect(ソフトウェア設計者)」と呼ばれる要職に就いていた。
レイオフの通告は、失言を避けるようにきわめて事務的に進んだ。雇用の継続が難しくなったこと、井上さんに選択権はないこと、雇用保険は自費での任意継続が可能なこと、退職金が支払われること、これまでの貢献に感謝していること……熟慮のすえに下された決断であることが理解できた。やむなく井上さんは、レイオフを受け入れると伝えた。プロダクト開発が楽しかったこと、雇用を通してグリーンカード(永住権)を取得できたことへの感謝も述べた。

■同僚への「さよなら」すら許されなかった
ミーティング終了と同時にすべてが停止した。会社のグーグルアカウントも、プログラムのソースコードを管理・共有するGithub(ギットハブ)のアカウントも使えない。Slack(スラック)からは完全にBANされ、同僚にさよならを伝えることさえ許されなかった。
「本当なんだな、と思いました。話に聞いていたままを経験しました」
身近にレイオフが起きたことは何度かあった。衝撃だったのは、この会社に初めて足を踏み入れた日のことだ。
「まだ社員になる前、仕事を手伝ってほしいと言われてオフィスにきたんです。アメリカ人のエンジニアがたくさんいて、これから同僚になるからよろしくとみんなに挨拶したら、ガン無視されたんですよ。なんか怖い人たちだなぁと思って」
社長に挨拶した井上さんは、率直に第一印象を述べた。
「職場の空気、めっちゃ悪いっすね」
社長の返事は意外なものだった。
「実はね、彼ら全員をレイオフしたばかりなんだ」
エンジニアたちの冷たい態度も無理はなかった。井上さんは彼らが去ったあとの会社を立て直すファウンディングエンジニアとして雇われるのだ。
「そんな日に呼ぶなよって思いました」と井上さんは苦笑する。
■米国で「レイオフ」は日常茶飯事
井上さんがレイオフされる前年、別の会社で働いていた妻もレイオフを経験した。幸いなことに、その通知の1週間前に夫婦で渡米10年目にしてグリーンカードを取得したばかりだった。
グリーンカードがあれば、雇用に依存せず無制限でアメリカに滞在できる。職業も自由に選べる。H-1Bなどの就労ビザで働く外国人にとって、レイオフは深刻だ。ビザは雇用に紐づいているため、解雇されると60日間の猶予期間内に次の雇用先を見つけるか、帰国しなければならない。たとえ再雇用が見つかっても、ビザの移行が完了するまで就労が許されないから、アルバイトで食いつなぐこともできない。井上さんの就労許可は、妻のビザで配偶者として与えられたものなので、もしグリーンカード取得前に妻がレイオフされていたら、帰国を迫られた可能性がある。
「まるで映画みたいな綱渡りのタイミングでした」と井上さんは振り返る。
アメリカのレイオフは、正確には日本でいう「クビ」とは異なる。Fire(懲戒解雇)が個人の問題を理由とするのに対して、Layoffは業績不振や事業再編といったビジネス上の理由による整理解雇。
At-will(自由意志雇用)が原則のアメリカでは、企業側も従業員側も、いつでも理由なく雇用関係を終了できる。
「アメリカでは、レイオフは日常茶飯事なんです」
Zoomでの通告は青天の霹靂だったとはいえ、予兆はたしかにあった。数カ月前から、役職者の異動や離職が相次いでいた。井上さん自身も、開発現場から外されて先進技術調査を担当する1人部署になっていた。
「自分が重要な役割を担うフェーズが終わったのだと思います」
■年収1500万円でも「最低ライン」
井上さんが2024年5月にレイオフされたHOMMA(ホンマ)は、シリコンバレーでスマートホームを開発するスタートアップ。壁一面のタッチパネルや音声操作の必要なく、住む人の動きをセンサーで検知しながら、自然に生活をサポートする住宅を目指していた。
最大の強みは、スマートホームを超効率的に施工するシステムやツール、各種デザインや施工フローをワンストップで提供するサービスだった。マンション全体で数百戸におよぶ施工でも、建築スケジュールにほとんど影響を与えずに完了できる。実際に複数棟の約60室を施工して賃貸運用すると、賃料が周辺相場から20%プラスであっても入居希望者は殺到した。
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井上さんの事業貢献度は高く、「最終的な年収はストックオプション に加えて170Kから180Kだった」と話す。17万ドルから18万ドルは、当時の為替レートで2800万円から3000万円。日本の感覚ではかなりの高給取りに見える。
だが、シリコンバレーでは少々事情が異なるらしい。
「ベイエリアではジュニア・エンジニアの最低ラインが120Kといわれます。ポートランドあたりでは100Kぐらい。ただし実際には、ベイエリアで120Kを出しても、まともなエンジニアは集まらないですね」
■「AIによる人員削減」の背景事情
シリコンバレーから離れたオレゴン州ポートランドあたりは物価や賃金が安く、駆け出しのエンジニアが年収1500万円ほど。シリコンバレーを含むサンフランシスコ湾周辺では、年収1800万円であってもまともな人材は採用できないという。スタートアップなら、毎月の給料とは別にストックオプションがつかないと優秀なエンジニアは集まらない。
「ただしレイオフされると、ストックオプションは一定の価格で買い取るか、放棄するかを迫られるんです。僕は意地ですべて買い取った。おかげで貯金は底をつきそうになりました」
日本の給与水準では、羨ましいほどの高給。しかし井上さんによると、シリコンバレーでは「生活実感として1ドルが100円ぐらい」なので、年収1800万円でも生活に余裕はない。なにしろ地域全体で給与も物価も高い。マクドナルドの最低時給は20ドルだから、日本の2倍以上だ。

「シリコンバレーの給与体系は異常です。人件費が高すぎるから、企業はAI、自動化などの技術革新を加速させる。AI導入によるレイオフも日常茶飯事。プログラミングができれば誰でも稼げるといわれたシリコンバレーの給与体系は、もう完全に崩壊したように見えます」
■日本人は優秀なのに給料が安すぎる
ITで世界の最先端を走ってきたシリコンバレーで“AIレイオフ”の嵐が吹き荒れている。AI導入によって「ITエンジニアの生産性は8倍以上になる」と井上氏は語る。1人で8人分の仕事ができれば、7人が不要になる。大規模なレイオフが起きても不思議はない。
「僕自身、AIを使うと1日に出力できるプログラムの量は8倍になった。24時間働くジュニア・エンジニアを8人、10人と雇っている感覚です。ただし、僕たちの仕事でAIをフル活用するには、頭の中で瞬時に指示を設計できる能力が必要。いくらAIを導入しても、使う人間がポンコツでは生産性は上がらない。中途半端なエンジニアは大量にレイオフされる。
広くて深い知識をもつ人間とAIがビジネスを支配する時代に入っています」
最先端のシリコンバレーだからこそ、AI時代に起こる「人間の働き方問題」がいち早く顕在化していることがわかる。日本でも将来起こり得る動きと考えたほうがいいのだろうか。
この点について井上さんは、「日本は逆に働く人が優秀なのに給料が安すぎるから、急いでAIなどに置き換えるメリットがない。技術革新が進まない理由です」と語る。
■高専から「腕一本」でシリコンバレーへ
井上さんは2008年に津山高専専攻科からミクシィ(現・MIXI)に就職した。初めてシリコンバレーで働いたのはミクシィ在籍中のこと。叩き上げのエンジニアであり、シリコンバレーで活躍する日本人には珍しいタイプだ。
「シリコンバレーで会う日本人のほとんどは東大、京大などの出身者か、大手日系企業の駐在員。僕が知る限り、腕だけで食ってきたITエンジニアの夫婦はうちぐらい。超レアキャラです」
HOMMAにファウンディングエンジニアとして参画したときは、まだ事業計画も技術プロダクトもない状態だった。コンセプトやビジネスモデルを手探りで設計し、プログラムを書き、回路を設計し、エンジニアを採用してチームを育てた。ソフトウェアだけでなく、建築の施工プロセスにテクノロジーをどう組み込むかという現場仕事も手がけた。
「僕が建築現場という物理的な領域に入れるのは高専出身のおかげです。ヘルメットを被ったり工具を使ったりすることに慣れてるから。構想段階から現場作業まで自分で手がけ、6年かけてプロダクト全体を育てた。僕にとって子どもみたいなものです」
井上さんの強みは、何もないところから課題を設定して解決できる点。ITエンジニアとして〈0→1〉部分が得意な一方で、現場仕事も含めて〈1→100〉も自ら推進できる。スタートアップでは頼りにされる存在だ。
■渡米してから初めての「休息」期間
しかし事業が軌道に乗ると、社内状況が少しずつ変化した。スタッフが増えて組織が大きくなる。分業が進む。井上さんの強みが発揮できる分野は減ってきた。最終的には開発現場から外され、全社的な先進技術調査を担当する1人部署になった。やがてその役割も不要とされてしまう。
レイオフの一件は、SNSなどで発信する気になれなかった。自信を失い、自尊心は傷ついた。ストックオプションを買い取ったことで貯金も激減。「生きることに少し疲れてしまった」というのが正直な気持ちだった。
しかしグリーンカードを取得したから、日本への帰国を迫られることはない。選択肢は山ほどあり、じっくり次のステップを考えることができた。ひとまず選んだのは、人生初の「働かないアメリカ生活」。走りつづけた15年間を経て、初めて得られた休息だった。
井上さんのライフワークにワインづくりがある。カリフォルニア・ワインに魅せられ、2019年10月に妻や友人たち4人で「SUNSET CELLARS」という小さなワイナリーを買い取り、共同オーナーになった。年間生産数は500ケースと少ないものの、手間暇をかけた手作りによる豊かな果実味が特徴のクラフト・ワイナリーだ。
■日本のスタートアップで「新たな挑戦」
しばらくワインづくりに熱中しながら、いくつかオファーを受けていた業務委託のプロジェクトに着手しはじめた。フルタイムの仕事は探さない。自分のペースで働きながら、好きなワインに没頭する暮らしが10カ月ほどつづいた。
新たな挑戦は2025年3月に始動した。日本のスタートアップSANUの執行役員(CCXO兼ソフトウェアエンジニア)に就任したのだ。
SANUの事業は、日本各地で自然の中に「もう1つの家」を建築し、サブスクや共同所有から気軽に自然へ通える暮らしを提供するというもの。山中湖や軽井沢といった首都圏からのアクセスがよい場所を中心に、北はニセコ、南は奄美大島や石垣島まで「もう1つの家」の建築を進めている。井上さんの知識と経験を活かせる「建築+IT」の分野だ。
きっかけはワイナリーの空いている土地に、宿泊施設を建設したいと考えたこと。日本のリゾート事業者と連絡をとるうちに、SANUの福島弦社長と出会って意気投合。初めはパートタイムの業務委託エンジニアとして、同社の事業に参加した。
■ものづくりで「究極の夢」を実現する
執行役員に就任する際、アメリカに住みつづけ、SANUの仕事に支障がない範囲で、ワイナリー事業や他の仕事もできることを条件とし、快く受け入れてもらえたという。
「建築とテクノロジーの融合、そしてフルスタックエンジニアとしての全方位開発という前職で果たせなかった夢への再チャレンジです。SANUは全国各地に35拠点、231室を構えて現在も拡大中だからビジネスのスケールも大きくなる。ただ最近はおカネや地位や名誉より、世界がこうなったら楽しいな、こういう暮らしって豊かだなと思えることに価値を感じるようになりました。自分がつくった世界中の別荘を巡りながら、自分のワインに手料理を合わせ、大自然の中でサウナや露天風呂を楽しむといったイメージがSANUの事業に描けました」
井上さんは自分の役割を「フルスタックエンジニア(物理)」と定めている。ソフトウェア、ハードウェアの全方向でものづくりができるエンジニア。地球上のありとあらゆるものを自分でつくれるようになる――究極の夢を実現するための一歩になるという期待がSANUにはあるという。レイオフや働かない期間も、次なる飛躍への大きな糧となったようだ。

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井上 恭輔(いのうえ・きょうすけ)

SANU執行役員CCXO

1985年広島県福山市生まれ。津山工業高等専門学校専攻科卒業。2008年ミクシィ(現・MIXI)に新卒入社。新規事業としてアプリ開発支援サービスDeployGateを共同創業。2013年に米国シリコンバレーに渡米し、クックパッド米国法人の技術責任者、DeployGate米国法人代表、スマートホーム開発を行うHOMMAのInterim CTOなどを歴任。現在はシェア別荘開発を行うSANUにおいて執行役員CCXO(Chief Connected-Experience Officer)を務める。個人ではカリフォルニアに住みながら小規模ワイナリー「SUNSET CELLARS」を経営し、ワイン造りにも取り組む。料理とワイン、自然とDIYを愛するフルスタックエンジニア。

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(SANU執行役員CCXO 井上 恭輔、ライター 伊田 欣司)
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