米国と中国の覇権争いはどこに向かうのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「米国が関税や制裁という『鞭』を振るうたびに、中国の影響力が静かに、しかし確実に強まっている。
その背後には、2500年前に書かれた古典『孫子』の中核思想が、驚くほど忠実に実装されている」という――。
■第1章:帝国の「居ぬ間」に、世界は書き換えられている
――「一帯一路(ハード)」から「社会OS(ソフト)」、そして「資源OS」へ
米国のトランプ政権が関税と威嚇というわかりやすい力で「裏庭」を締め上げるほど、世界はその足元で、まったく別の論理に従って動き始めている。年初に米国に滞在し、ベネズエラや中南米をめぐる報道、さらには国内分断や治安をめぐるニュースに日々接して筆者が強く感じたのは、政治に真空は存在しないという、国際政治の最も古く、最も重い原理だった。米国が同盟のコストを惜しんで距離を取った場所、あるいは関税や制裁という「鞭」で叩いた場所には、必ず別の秩序が入り込む。その空白を、いま最も巧みに、しかも目立たない形で埋めているのが、中国の習近平政権である。
かつてモンロー主義が支配した中南米、すなわち米国の「裏庭」は、もはや裏庭ではない。ペルーのチャンカイ港、ブラジル各地に広がる中国製EVの生産拠点、エネルギーや通信インフラへの深い関与。これらは個別の投資案件ではなく、「米国抜きでも回る経済圏」という巨大な面が、すでに静かに形成されつつあることを示している。米国が守ろうとしているのは国境線と同盟という「地図」だが、中国が書き換えているのは、その地図の下にある人々の日常、すなわち生活基盤である。地図は変わらないが、生活が変わる。この違いこそが、21世紀の覇権争いの本質である。
中国の影響力拡大を、「港を奪う」「債務の罠」といった古い語彙だけで説明するのは、もはや現実を捉えていない。
現在の中国の浸透は、はるかに洗練され、深い。彼らが輸出しているのはコンクリートや鉄骨ではなく、社会そのものを動かすオペレーティング・システム(基本ソフト)、すなわち社会OSである。
その第一層がエネルギーOSだ。中国製EV、太陽光パネル、蓄電池、送電網は、脱炭素とエネルギー安定を同時に実現する「即効薬」として都市生活の中枢に入り込む。重要なのは製品単体ではない。充電規格、部材調達、整備網、電力制御までが一体で提供され、都市の血管そのものが中国仕様に書き換えられていく点にある。
■産業と生活の「静かな中国化」
第二層は情報OSである。5G通信、海底ケーブル、クラウド、スマートシティ。中国は「統治を効率化する道具」を、安価かつ迅速に提供する。行政、治安、監視の神経系が中国仕様に再設計されることで、国家の運営感覚そのものが変わっていく。これは単なる通信インフラ整備ではない。国家がどのように社会を把握し、管理し、反応するかという「統治の作法」そのものの転換である。

第三層は決済OSだ。人民元決済網やデジタル決済は、SWIFTとドルを介さない経済循環を生み出す。金融は見えない主権であり、血流が切り替われば、政治的選択肢は音もなく制約される。制裁を科されなくても、圧力をかけられなくても、「選べない」状態が生まれる。
そして、これら社会OSが機能するための最下層に横たわっているのが、レアアースをはじめとする重要鉱物とサプライチェーンである。ここで決定的に重要なのは、「鉱山を持つかどうか」ではない。資源を掘り、分離・精製し、加工し、部品にし、最終製品へと変換する経路そのものを支配しているかどうかである。
中国が握っているのは資源そのものではなく、資源が生活に変わる「変換装置」だ。EVモーターの磁石、風力発電の永久磁石、通信機器の中核部材。世界の産業はすでに、中国の分離・精製能力を前提条件として設計されている。一度中国製EVが街を走れば、充電、部品、整備、リサイクルまでが中国仕様になる。一度中国製通信が入れば、更新、保守、データ管理も中国仕様になる。
地図は変わらない。しかし、産業と生活を支える骨格は、静かに、しかし確実に中国化していく。
これは軍事占領ではない。国旗も立たず、兵士も来ない。それでも逆らえば、自国の産業と国民生活が止まる。逃げ場のない資源OSが、国境線の代わりに引かれていく。米国が鞭を振るうほど政治の真空は広がり、その真空に、中国のOSは水のように流れ込み、いつの間にか前提条件として定着していく。こうして世界は、気づかぬうちに書き換えられている。
中国が実際に米国に対して実行したことは以前の記事で詳解したのでご参照いただきたい(「トランプ関税」が習近平には完全に裏目に出た…アメリカが見誤った中国の「恐るべき経済兵器」)。
■第2章:孫子の兵法で読み解く(I)――謀攻篇・作戦篇
なぜ中国は「戦わずして勝とうとしている」のか、そして「占領しない」のか。
第1章で描いた、中国による社会OS・資源OSの静かな浸透は、思いつきや場当たり的な投資戦略の結果ではない。その背後には、2500年前に書かれた古典、孫子の中核思想が、驚くほど忠実に実装されている。
とりわけ重要なのが、謀攻篇と作戦篇である。ここには、中国がなぜ軍事力を前面に出さず、なぜ占領という手段を避けるのか、その合理性がすべて書かれている。
孫子は、勝利のあり方に明確な序列をつけた。「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」。ここで言う「戦わずして勝つ」とは、敵を撃破しないことではない。敵が戦おうとする前提そのものを失わせることである。相手が武器を取る理由を失い、対立を選ぶ動機が消えた状態こそが、孫子にとっての最高の勝利だった。
中国がグローバルサウスで進めている社会OS戦略は、まさにこの「不戦勝」を現代に翻訳したものだ。ミサイルを向ける代わりにEVバスを走らせ、基地を置く代わりに電力網を整え、条約で縛る代わりに決済と通信を提供する。国民の生活が便利になり、その利便性が日常として定着した瞬間、その国の政権にとって「中国と対立する」という選択肢は、急速に現実味を失っていく。反発すれば生活が悪化することを、国民自身が理解してしまうからだ。
恐怖で従わせる必要すらない。戦う意思が自然に消える。これが、現代における「戦わずして勝つ」という状態である。
謀攻篇が示すのは、戦場で勝つ前に、戦争の意味を消せという思想だ。中国は、相手国の主権を形式的には尊重する。国旗も掲げないし、憲法も変えさせない。しかし、生活を支える前提条件を握ることで、政治的対立という選択肢そのものを空洞化させる。これは、武力による服従よりも、はるかに安定した支配形態である。
■孫子が「理想」とした戦い方とは
次に作戦篇である。孫子は、戦争のコストについて容赦がない。「兵久しくして国利あるは未だ之れ有らざるなり」。戦争は長引けば必ず国家を疲弊させ、勝ったとしても利益は残らない。
孫子にとって、長期戦は失敗の兆候であり、占領は最も割に合わない選択だった。
中国が軍事占領を避ける理由は、ここにある。占領は、治安維持のための人的・財政的コストを生み、必ずナショナリズムの反発を招く。米国が中東で経験した通り、「勝った後に始まる統治」は、しばしば戦争そのものより高くつく。中国は、この道を意図的に避けている。土地を取らない。政権を倒さない。国境を塗り替えない。その代わりに、機能だけを取る。港湾の運営権、通信の帯域、電力の制御、決済システム。国家が回るために不可欠な機能だけを押さえる。
この方法の巧妙さは、統治コストが中国側にほとんど発生しない点にある。行政、治安、社会保障といった厄介な責任は、すべて現地政府が引き受ける。中国が得るのは、安定した収益、データ、そして影響力だ。これは、孫子が理想とした「勝っても疲弊しない戦争」、すなわちコストを外部化した勝利に他ならない。
謀攻篇と作戦篇を合わせて読むと、中国の戦略の輪郭がはっきりする。第一に、戦争を起こさず、対立を選ばせない。第二に、占領という高コストな手段を避け、機能支配によって同等以上の効果を得る。この二つが噛み合ったとき、米国が関税や制裁という「鞭」を振るえば振るうほど、政治の真空は広がり、その空白に中国のOSが自然に流れ込む構図が完成する。
重要なのは、ここまでの段階では、まだ「見える対立」がほとんど生じていない点だ。軍事衝突もなく、革命も起きない。それでも、選択肢は静かに減っていく。この不可視の変化こそが、孫子が最も重視した戦い方であり、中国が最も得意とする領域なのである。
■第3章:孫子の兵法で読み解く(II)――形篇・虚実篇
勝敗は「戦場」に現れる前に、すでに決まっている。
第2章で見た通り、中国の戦略は、戦わずして勝ち、占領という高コストな手段を回避する点に本質がある。では、なぜそのような勝ち方が可能なのか。その答えは、孫子が兵法の核心として位置づけた概念、「形」にある。孫子にとって、戦争とは偶然の連続ではなく、勝敗が内包された構造を事前に作る行為だった。
孫子はこう記している。「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求む。敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」。この一文は、現代の覇権争いを理解する上で、驚くほど示唆に富んでいる。勝つ側は、戦場での巧拙や交渉力に頼らない。勝てる形を先に作り、その形の上で戦うかどうかを選ぶ。負ける側は、その逆だ。
中国がグローバルサウスで行っているのは、まさにこの「形」を作る作業である。外交交渉や市場競争の場で優位に立とうとするのではない。競争が始まる前に、競争の前提条件を書き換える。充電規格、通信プロトコル、行政デジタル基盤、決済ネットワーク。これらは単なる技術仕様ではなく、社会が動くための共通言語だ。一度これが定着すれば、後から参入しようとする企業や国家は、互換性の壁と莫大な乗り換えコストに直面する。市場は開かれているように見えて、実質的には閉じている。これが「形」が持つ排他性である。
重要なのは、中国がこの形を形式的には強制していない点だ。多くの場合、相手国は自ら選び、自ら導入する。なぜなら、短期的には安く、速く、便利だからである。だが、その選択の積み重ねが、後戻りできない構造を作る。孫子の言う「勝ち易きに勝つ」とは、相手が自ら敗北の条件を整えてしまう状況を指す。中国の社会OS戦略は、その現代的実装に他ならない。
形篇が示すもう一つの重要な含意は、勝敗が可視化されるのは最後だという点である。生活が回り、都市が機能し、経済が成長している間、敗北は認識されない。しかし、いざ政治的に対立しようとした瞬間、選択肢が存在しないことに気づく。その時点で、勝敗はすでに確定している。
■米国の「実」を避け、「虚」を突く
ここに虚実篇が重なる。孫子は、敵の堅固なところ、すなわち「実」で戦うことを戒め、「虚」を撃てと説いた。「兵の形は、実を避けて虚を撃つ」。中国は、米国の実――軍事力、ドル覇権、最先端半導体――と正面から衝突しない。それらは堅く、代償が大きすぎるからだ。代わりに狙うのは、インフラが不足し、公共交通が脆弱で、行政が非効率な地域、すなわち世界の「虚」である。
米国が民主主義や人権という理念を語り、条件を突きつけている間に、中国は「明日の電気」「今日のバス」「すぐに使える通信」を差し出す。これは理念の競争ではない。生存条件の競争である。水が低いところへ流れるように、中国の影響力は世界の隙間を自然に満たしていく。虚を突く戦いは、反発を生みにくい。なぜなら、相手は「攻撃されている」と感じないからだ。むしろ「助けられている」と認識する。
この点で、形篇と虚実篇は密接に結びついている。形を作る場所として、最初から虚を選ぶ。虚を満たすことで形が完成し、その形が次の競争を無意味にする。こうして、中国は戦場で勝つ必要がなくなる。交渉で譲歩を引き出す必要もない。勝敗は、交渉の場に現れる前に終わっている。
米国が関税や制裁という「鞭」を振るうとき、それは往々にして実を叩く行為になる。堅固なところに圧力をかけ、正面衝突を招く。一方、中国は虚に入り込み、相手が気づかぬうちに前提条件を変える。この非対称性こそが、現在進行している「真空地帯」の静かな中国化を理解する鍵である。
形篇と虚実篇が教えるのは、戦争の巧拙ではない。競争が始まる前に、勝敗を決める設計思想である。中国の戦略は、この二つの篇を組み合わせることで、21世紀の覇権争いを「地図」から「生活基盤」へと移行させた。その結果、戦場は見えなくなり、敗北もまた、見えなくなっている。
■第4章:孫子の兵法で読み解く(III)――軍争篇・九地篇
「先を取る」ことで、相手から選択肢を奪う。
第3章で見た通り、中国の戦略は、戦場で勝つことではなく、戦う前に勝敗が決まる「形」を作ることにある。だが、その形が真に力を持つためには、単に有利であるだけでは足りない。相手がそこから離脱できない状態にまで持っていく必要がある。その段階を説明するのが、孫子の軍争篇と九地篇である。
孫子は軍争篇で、正面から争うことの愚かさを戒め、敵よりも先に有利な地点を確保することの重要性を説いた。「迂直の計」とは、近道を競うことではない。相手が気づく前に、勝敗を左右する地点を押さえることである。中国が行っているのは、この教えを軍事基地ではなく、資源・インフラ・規格に適用することだ。
リチウムやレアアースといった重要鉱物の権益確保、港湾や空港の長期運営権、海底ケーブルや送電網の敷設権。これらは一度押さえられると、数十年にわたって使われ続ける。後から奪い返すことは、法的にも経済的にも、そして政治的にも極めて難しい。中国は、争って勝つのではなく、最初の設置者になることで争いそのものを不要にする。これは地政学的な陣取り合戦ではない。未来の生活基盤を先に買ってしまう行為である。
軍争篇の恐ろしさは、先手を取られた側が、競争に参加する資格そのものを失う点にある。中国製インフラが導入された後に、米国や欧州の企業が参入しようとしても、規格が合わず、互換性がなく、乗り換えコストが高すぎて現実的な選択肢にならない。ここで重要なのは、中国が「排除」を命じていないことだ。構造そのものが、排除を自動的に生み出す。これこそが、軍争篇が示す「先を取る」戦い方である。
この先取りが一定の規模に達すると、次に現れるのが九地篇の世界だ。孫子は、戦争の終局において、敵を「逃げ場のない地形(亡地)」に追い込めと説いた。「投之亡地、然後存」。これは、敵を物理的に包囲することではない。選択肢を消すことである。
■国境ではなく「生活」を囲う
中国は国境線を囲まない。代わりに、生活を囲う。電力、通信、物流、決済、そして行政データ。これらが中国製OSとサプライチェーンで一体化すると、相手国は「中国の一部だけ」を切り離すことができなくなる。通信を止めれば行政が止まり、電力を切れば交通が止まり、決済を外せば経済が止まる。逆らうという行為そのものが、自国の生活を止めることと同義になる。
九地篇型の包囲が恐ろしいのは、それが暴力ではなく、自発的な選択の積み重ねとして完成する点にある。安いから選び、便利だから使い、代替がないから続けた。その結果として、逃げ場のない地形が出来上がる。軍靴の音はしない。占領軍も来ない。それでも国家は、動けなくなる。これは、古典的な帝国主義よりも、はるかに洗練された包囲である。
軍争篇と九地篇を重ねて読むと、中国戦略の最も重要な特徴が浮かび上がる。それは、対立を激化させず、気づかれないまま終局を確定させる点だ。米国が関税や制裁という鞭を振るうたびに、対立は可視化され、反発も生まれる。一方、中国の先取りと包囲は、反発を最小化したまま、選択肢だけを静かに奪っていく。
ここに至って初めて、「真空地帯」は単なる空白ではなく、不可逆の支配空間へと変わる。戦争は起きていない。だが、逃げ場は消えている。この状態こそが、孫子が九地篇で描いた「最も危険な終局」であり、同時に、21世紀における中国の勝ち筋の核心なのである。
■第5章:孫子の兵法で読み解く(IV)――用間篇
現代の「間」は人間ではない。データが国家を動かす。
第4章までで、中国の戦略が「戦わずして勝つ」ために、形を作り、先を取り、逃げ場を消していく過程を見てきた。だが、孫子の兵法において、これらすべてを最終的に貫き、勝敗を確定させる要素がある。それが用間篇である。孫子は、勝利の源泉を兵力や勇気ではなく、「先知」に置いた。敵より先に状況を知り、先に動けること。それこそが戦争の帰結を決めると考えた。
「先知なる者は、必ず人に取りて得る」
古代において、この「人」とは間諜、すなわちスパイであった。敵の陣営に潜り込み、将の性格や兵の配置、補給の状況を探る。しかし21世紀において、この「人」はもはや必要ない。現代の「間」は、人間ではなくデータである。
中国が社会OS、資源OSを通じて掌握しつつあるのは、単なる個人情報ではない。国民の移動、消費、通信、行政手続き、世論の揺らぎといった、国家がどのように動くかを規定する行動パターンそのものである。スマートシティのカメラ、決済アプリのログ、通信トラフィック、行政データ。これらが統合されることで、国家は「何が起きたか」を知る段階から、「何が起きそうか」を予測する段階へと移行する。
■兵を動かさず、選択肢を管理する
ここで起きている変化は、監視社会という単純な言葉では捉えきれない。問題は「見られている」ことではなく、意思決定の自由度が静かに削られていくことにある。データを握る側は、相手がどの選択を取りやすく、どの選択を恐れるかを知っている。外交交渉、国際会議、投票行動、発言のトーン。そのすべてが、無意識のうちに「相手の反応」を織り込んだものになっていく。
中国製の社会OSを導入した国家では、現地政府よりも中国の方が、その社会の実像を深く理解している可能性がある。経済がどこで詰まり、どこに不満が溜まり、どのタイミングで抗議が起きやすいか。これは軍事力では得られない情報であり、同時に、最も効果的な圧力を「使わずに」済ませるための基盤でもある。
重要なのは、中国がこの段階に至ると、力を行使する必要がなくなる点だ。電力を止める必要も、通信を遮断する必要も、決済を凍結する必要もない。「切れる」という事実そのものが、恒常的な抑止として機能する。相手は常に、最悪の事態を想定しながら行動するようになる。孫子が言う「先知」とは、まさにこの状態を指している。相手が動く前に、相手の動きを織り込んでおくこと。戦争は起きない。だが、結果は決まっている。
用間篇の恐ろしさは、ここにある。戦争を起こさず、敵意を顕在化させず、反発を生まずに、相手の行動範囲を狭めていく。これは、兵を動かす戦争ではなく、選択肢を管理する戦争である。相手が「自由に選んでいる」と感じている間に、実際には選べる範囲が限定されている。この段階に至ると、覇権はすでに確立している。
孫子の兵法は、ここで終わる。なぜなら、これ以上先に進めば、それは兵法ではなく、統治と倫理の問題になるからだ。用間篇は、「どう勝つか」を示す最後の章であり、「勝った後にどう振る舞うか」については沈黙している。この沈黙こそが、現代中国戦略を考える上で、次の問いを突きつける。
すなわち、ここまで完成度の高い「戦わない戦争」は、果たして永続するのか。人々が、自分たちの生活が設計され、選択肢が管理されていることに気づいたとき、何が起きるのか。この問いは、孫子の兵法の外側にある。だが、まさにそこに、21世紀の覇権争いの次の局面が待っている。
■最終章:「煉獄(Purgatorio)」を越えて
――孫子が描かなかった「信頼の国家(クオリティ・ステート)」への登攀
中国の勝利は、なぜ永続しないのか。日本はどこに立つべきなのか。
第5章までで見てきた通り、中国の戦略は、孫子『兵法』の完成形にきわめて近い。戦わず、占領せず、勝てる形を先に作り、弱点に浸透し、先を取り、逃げ場を消し、データによって先知する。戦争は起きず、反発も最小化され、結果だけが静かに確定する。孫子が描いた「最も美しい勝利」が、21世紀のテクノロジーとインフラを通じて、現実の国家戦略として実装されている。
では、なぜ孫子自身は、この先を描かなかったのか。
答えは明確だ。孫子の兵法は、「どう勝つか」を極限まで突き詰めた書であって、「勝った後、どのような秩序を維持するか」を扱う書ではないからである。兵法は統治論ではない。戦争を起こさずに勝つことはできても、その勝利がどこまで続くかは、兵法の射程外にある。
ここに、中国戦略の最大の強さと、同時に最大の脆弱性がある。
中国の社会OS・資源OS・データOSによる支配は、短期から中期にかけて極めて安定的に機能する。生活は便利になり、経済は回り、治安も維持される。だが、この安定は一つの前提の上に成り立っている。それは、人々が自分たちの生活が設計され、選択肢が管理されていることを明確に自覚しないという前提だ。
しかし、現代社会において、その前提が永続することはない。情報は必ず可視化され、比較され、語られる。なぜこの国では別の技術が使えないのか、なぜこの選択肢が最初から存在しないのか、なぜ政治的発言に無意識の抑制が働くのか。こうした問いが共有された瞬間、これまで「便利さ」として受け入れられていた構造は、意味の問題へと転化する。
歴史が示す通り、帝国主義が長続きしない理由は、軍事力の不足ではない。外からの恐怖による支配が、時間差で必ずナショナリズムを刺激するからだ。これは中国に限った話ではない。どれほど洗練された支配であっても、完全に管理された生活は、やがて「選べないこと」への不満を内包する。孫子が描かなかったのは、まさにこの段階である。
さらに、中国型の完全制御は、別の逆説も抱える。先知によってすべてを予測し、最適化しようとするほど、社会は硬直する。予測可能性が高まることは、同時に、逸脱や創発の余地が狭まることを意味する。短期的には安定だが、ひとたび想定外の衝撃が加わると、システム全体が急速に不安定化する。この脆さもまた、孫子の兵法が扱わなかった領域に属する。
■日本が直面している「危機の本質」
ここで、トランプ2.0の出現を、単なる混乱や例外として理解するのは誤りである。それは世界の終わり(地獄)ではない。むしろ、戦後秩序が抱え込んできた歪みを強制的に露出させるための「煉獄」である。ダンテの『神曲』において、煉獄は罰の場ではない。地獄と天国の間に置かれた、再生のための通過点だ。苦しみはあるが、そこには明確な方向性と意味がある。
我々はいま、二つの巨大な力に挟まれている。一つは、トランプという「燃え盛る火(試練)」。もう一つは、第5章までで見た中国という「静かに浸透する水(支配)」である。この二つの力の間で、日本が直面している危機の本質とは何か。そして、どこへ向かうべきか。
1.日本の「罪」は精神論ではない――構造的怠惰(Acedia)の克服
煉獄の中腹で裁かれる「怠惰(Acedia)」とは、単に何もしないことではない。本来やるべきことから目を逸らし、楽な代替手段に逃げ続けることだ。日本が長年続けてきたのは、まさにこの怠惰である。
円安で価格競争力を保てばよい(質の軽視)。
安全保障は米国に任せればよい(自律の放棄)。
中国とはビジネスだけしていればよい(原則の先送り)。
これは保守でも改革でもない。「決断の先送り」を制度化した国家運営である。トランプ2.0は、この逃げ道を「関税」と「要求」という炎で意図的に塞ぐ。過酷である。だが同時に、これは日本にとって数十年ぶりの構造改革の強制装置でもある。
しかし、我々が目覚めなければならない理由は、トランプの圧力だけではない。我々が微睡んでいる間に、隣人・中国は「孫子の兵法」を現代に蘇らせ、世界を「戦わずして支配する」システムへと書き換えつつあるからだ。
2.「完璧な兵法」の落とし穴――中国が抱える三つの亀裂
中国の戦略は、孫子の「謀攻(戦わず勝つ)」「形(不敗の態勢)」「用間(データ先知)」を完璧に実装した、恐るべき完成度を誇る。しかし、逆説的だが、「孫子の兵法を完璧に実行しようとするあまり、孫子が最も重視した『人間』と『変化』を窒息させている」のが、現在の中国の姿でもある。
■「見えない万里の長城」の致命的な亀裂
彼らが築いた「見えない万里の長城(OS支配)」には、以下の三つの致命的な亀裂が走っている。
【九変の欠如】

修正能力の麻痺:恐怖政治によって現場からの「悪い報告」が遮断され、誤った方針(ゼロコロナや不動産バブル放置など)を修正できない。平時の拡大には無類の強さを発揮するが、想定外の危機に対しては驚くほど脆い「ガラスの要塞」である。
【道の欠如】

信頼なき依存:孫子が説く「道(民と意を同じくす)」がない。グローバルサウス諸国は、中国のインフラに「依存」してはいるが、「信頼」はしていない。「金の切れ目が縁の切れ目」となる脆弱な支配である。
【将の萎縮】

アニマル・スピリッツの窒息:党の統制が、かつてのアリババのような民間の「異端の将」をいったん排除し、イノベーションの源泉である野心と自由を枯渇させている。

中国は「形(システム)」を作ったが、その中にある「心(道)」を置き去りにした。この空洞こそが、日本が入り込むべき戦略的余地である。
ここでの最後として、孫子はこの段階に至った軍が、最も危険な状態に入ることを明確に警告していることを強調しておきたい。
孫子は九地篇でこう述べた。
「囲師必闕(囲むならば、必ず逃げ道を作れ)」
孫子にとって最大の敗北とは、敵に追い詰められることではなく、自らが現実を修正できなくなることだった。
逃げ道を与えない軍は、平時においては異様なまでに強く見える。だが有事において、最も誤算を起こしやすい。
理由は明白である。
修正が利かない。現実が歪んだまま上層に届く。小さな判断ミスが連鎖し、臨界点を超える。
まさに今、中国国内で起きている一連の粛清――司法トップ、軍制服組の中枢、地方指導部、党中枢にまで及ぶ反腐敗の激化は、単なる規律回復ではなく、「逃げ道なき統治」への移行を示している。
恐怖によって忠誠を純化すれば、短期的には統制は強まる。だが同時に、悪い報告が消える、現場判断が萎縮する、上意下達だけが肥大化するという、孫子が最も忌避した状態が完成する。
中国は外に対しては「不戦勝」を実現しつつある。
だが内に対しては、自軍・自官僚を“亡地”に近づけている。
この逆説こそが、完璧に見える「見えない万里の長城」に走る、最初で最大の亀裂である。
■「信頼」という決定的な資源
3.「クオリティ・ステート」への道――第三のOSとしての日本
煉獄の先にある「地上楽園」は、夢物語ではない。それは、日本が中国の弱点を補完し、米国の圧力とも異なる価値を提供する「クオリティ・ステート(質の国家)」へと変貌した姿である。
クオリティ・ステートとは、単に製品の品質が良い国ではない。「代替不能な信頼(Trust)」を国家のOSとして提供できる国のことだ。
【「九変」への対抗】

現場力というOS:中国のシステムは硬直的だ。対して日本は、相手国の現場に入り込み、共に汗をかき、問題に合わせてシステムを微調整する「現場の柔軟性(カイゼン)」を提供する。巨大なブラックボックスを押し付けるのではなく、相手に合わせて進化するOSである。
【「道」への対抗】

透明性というOS:中国はデータを吸い上げるが、日本はデータ主権を相手国に残す。ブラックボックスを作らず、約束を守る。この「裏切られない安心感」は、長期的には中国の「安さ」を凌駕する価値となる。
【「将」への対抗】

人材育成というOS:自国の労働者を連れてくる中国に対し、日本は相手国の人材を育て、技術を移転し、彼らが自立できるように支援する。「支配する」のではなく「育てる」。この姿勢こそが、グローバルサウスの若者たちの「アニマル・スピリッツ」に火をつける。

まとめ:火の中を通り抜けよ
トランプ2.0という時代を、恐れる必要はない。だが、通り抜ける覚悟は必要だ。炎は熱い。関税は痛い。しかし、それらを避けようとする国は、再び「依存」と「安売り」に戻り、次の煉獄でより深く焼かれるか、あるいは中国という水に飲み込まれて「選択肢のない平和(服従)」を受け入れることになる。
顔を上げよ。見るべきは地獄ではない。登るべき山と、その先にある国家の姿である。
孫子が描かなかった「その先」とは、勝利の技術ではなく、勝利を受け入れ続けてもらうための秩序である。そこでは、恐怖でも利便性でもなく、「信頼」が決定的な資源になる。この煉獄を通過したとき、日本は「従う国」でも「安い国」でもなく、価値と信頼で選ばれる真正の独立国家――クオリティ・ステート――として、次の秩序の設計側に立っているだろう。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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