※本稿は、粂和彦『脳がないのにクラゲも眠る 生物に宿された「睡眠」の謎に迫る』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■脳がないのに眠るサカサクラゲ
2017年にカリフォルニア工科大学のチームが、中枢神経系を持たないサカサクラゲが眠っていることを報告し、衝撃が走りました。睡眠の起源は脳より古い、もっと根源的なものだということが明らかになったからです。もっとも脳がないといっても、感覚情報などに基づき、統一的に行動を指令する中枢神経機能がないだけで、「散在神経」といって全身に神経は張り巡らされていますし、個体として統一した行動をすることはできます。
サカサクラゲは、刺胞(しほう)動物門に属し、名前の通り傘を下にして浮遊するクラゲです(英語でもアップサイド・ダウン・ジェリーと呼ばれています)。体内にいる植物性プランクトンの褐虫藻と共生しており、光合成によってエネルギーを得ると同時に、動物性プランクトンを食べて生きています。
では、サカサクラゲが寝ていることはどのように調べたのでしょうか。サカサクラゲは浮いているより水底でさかさまになっていることが好きで、容器の底に近いところで傘を開いたり閉じたりしています。底が動く容器の中に入れて、底だけ下に動かしてクラゲを浮いた状態にすると、すぐに下に向かって泳いで、底に近づきます。
■夜になると動きが少なくなり…
ところが、夜になると、この傘の開閉回数が昼間の3分の2程度と少なくなることに加えて、底の位置を変えても、しばらく浮遊したままになり、眠っているような変化を示しました。また、この夜の時間帯に、20分ごとに10秒間の水流を当てて、刺激をして動かしたところ、翌日の日中の活動量が落ちました。
これらの結果から、夜の休息状態には睡眠とみなせる特徴が認められました。
サカサクラゲの研究は、実は3人の大学院生たちが雑談の中で思いついて、指導教員には全く相談をせずに勝手に始めたそうです。いろいろな工夫をしてデータが取れ始めたところで相談したところ、面白いから続けなさいと言ってもらったそうで、論文もこの3人が並んで筆頭著者になっています。
■睡眠不足だと細胞増殖が低下
サカサクラゲに続いて2020年に、原始的な神経系しか持たないのに、睡眠に似た状態があると報告されたのがヒドラです。ヒドラというと怪獣を連想する人もいるかもしれませんが、サカサクラゲと同じ刺胞動物門に属する生物です。細い糸のような触手を5~8本ほど持ち、触手の付け根に口があり、そこからのびる細長いゴムのような円筒形のからだの末端にある足盤で水草や水中に沈んだ落ち葉などにくっついて生きています。
ヒドラの睡眠について研究を始めたのは、九州大学基幹教育院自然科学実験系部門の伊藤太一准教授と、当時は学部の学生だった金谷啓之さんです。彼らは、ヒドラの1日の活動リズムを観察するシステムを作り、先に紹介した定義にもとづき、20分以上行動が静止する時間を睡眠と定義し、その間反応性が低下していること、睡眠を妨害するとリバウンドがあること、さらに哺乳類で睡眠を促進するメラトニンを培地に添加すると睡眠が誘発されることなどを確認しました。そして、ヒドラの遺伝子を網羅的に解析し、ショウジョウバエの睡眠遺伝子として知られる遺伝子がヒドラにもあることや、マウスやショウジョウバエ、線虫で睡眠制御にかかわる酵素がヒドラの睡眠に関係していることなどを明らかにしました。
睡眠を阻害したヒドラは細胞の増殖が低下してしまうので、睡眠が、からだを維持し、成長させるために重要な働きをしていると考えられています。
■日中に「眠る」夜行性の軟体動物
海にすむ無脊椎動物で軟体動物の頭足類に属するタコは、高い知能を持っていることで有名です。
このタコの睡眠について研究しているのが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のサムエル・ライター准教授で、彼もローラン博士の研究室の出身です。彼らが使っているのはソデフリダコという2005年に発見された沖縄の固有種です。皮膚にある無数の小さな色素細胞を利用して体色模様をつくり出し、背景に合わせてからだをカムフラージュしたり、捕食者を脅したり、互いにコミュニケーションをとったりしています。夜行性なので、光を感知して日中はじっとしていて、夜はエサを探して動き回ります。じっとしている時に刺激をしても覚醒時よりも強い刺激を与えなければ反応しないので、行動学的な睡眠の基準を満たしていることがわかりました。
■レム睡眠のタコは夢を見ているかも
このタコは1日に12時間程度眠ります。よく観察してみると、眠っている時には、からだの色が白っぽくなりますが、約45分に1回の規則正しい間隔で、色が黒っぽく変化します。次の図表2には、色が変わっているところを示していますが、1分ほどの間に、とても濃い色になり、すぐに戻ります。
この色の変化を長時間観察したのが、下のグラフで、下向きの三角が色が黒くなったことを示します。
そこで、タコの脳に電極を入れて脳波を調べたところ、じっとしている時には、全ての周波数で脳波の活動が覚醒時よりも弱まっていました。しかし、色が変わっている時間帯は、覚醒時よりも強い脳波活動が観察されました。そこで彼らは、タコの睡眠には、脳波が弱まる「静的睡眠」と、覚醒状態にも似た脳波の「動的睡眠」という2種類があると考えて、2023年にNature誌に報告しました。静的睡眠中のソデフリダコは、体色が白く、じっとしているのですが、「動的睡眠」の時には、覚醒中に見られるものと似た黒っぽい皮膚色のパターンが出現することから、彼らは、この時には「敵に威嚇されたときのデモンストレーション」をしているのではないかと考えています。つまり、動的睡眠は、哺乳類のレム睡眠に相当するかもしれず、そうすれば、この時、タコも夢を見ているのかもしれません。
■脳がなくても眠る生物からわかること
2022年にはなんと、クモのレム睡眠様行動が報告されました。この研究に使われたのはシッチハエトリ(Evarcha arcuata)という歩きながら餌を探す徘徊(はいかい)性のハエトリグモです。ドイツ、コンスタンツ大学の行動生態学者であるダニエラ・ローズラー博士は、あるときこのクモの幼体が無防備に糸にぶら下がったまま足を丸め、ほとんど動かず、たまにからだを震わせていることに気づきました。
そこで赤外線カメラでクモの八つの目の動きを観察することにしました。ハエトリグモは生後10日くらいまでは脳内が半透明で、そのほとんどが眼球で占められているので、観察にはもってこいなのです。その結果、20分に1回くらいの割合で周期的に網膜をギョロッと動かすこと、同時に足をぴくぴくさせたり丸めたりしていることがわかり、レム睡眠に相当すると考えました。
こうした研究報告から、どんなことがいえるのでしょうか。これまで、睡眠は脳の休息、脳と密接に関係するものだと考えられていましたが、脳がないクラゲやヒドラが眠るような行動を示すことから、それだけでは説明がつきません。睡眠という行動そのものは生物の進化の過程上、脳より先に進化したと考えるほうが自然です。
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粂 和彦(くめ・かずひこ)
分子生物学者・医師(日本睡眠学会睡眠医療指導医)
1962年愛知県生まれ。名古屋市立大学大学院薬学研究科教授。東海高校・東京大学医学部卒業、大阪大学大学院博士課程修了。立川相互病院研修医、東京大学助手、ハーバード大学研究員、タフツ大学研究員、熊本大学発生医学研究所准教授を経て現職。概日リズムと睡眠の制御機構を研究。Cell、Nature、Science誌などに論文を多数発表。睡眠障害診療も行う。著書に『時間の分子生物学』(講談社)、『眠りの悩み相談室』(筑摩書房)などがある。
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(分子生物学者・医師(日本睡眠学会睡眠医療指導医) 粂 和彦)

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