月給30万円、寮完備、まかない付き。そんな好条件の海外求人に応募した20代の日本人女性が、たどり着いた先はミャンマーの特殊詐欺拠点だった。
詐欺拠点にはどんな人たちが集まっているのか。ジャーナリスト・藤川大樹さんの著書『ルポ特殊詐欺無法地帯』(文春新書)から紹介する――。
■国軍と武装組織が手引きする闇ルート
タイは国境警備を厳しくしていたものの、引き続き外国人が密かにメーソート経由でカイン州に渡ってきていた。
地元住民によれば、越境ポイントは主にモエイ川沿いの三カ所で、中国系犯罪組織は「新都市建設のための住宅建設プロジェクト」名目で連れてこられている。偽の求人で騙され、人身売買された被害者もいれば、特殊詐欺と知った上で自らの意思でやってくる人もいる。
一方、タイ側の警備強化に伴って、ミャンマーの最大都市ヤンゴンからカイン州まで車で移動してくる中国人らも出始めていた。
この住民は「タイ当局は国境管理をすごく厳しくしており、検問では車内をくまなく調べられます。でも、詐欺師たちはたくさんいます。一部はミャンマー国内の空港から入国しており、国軍の関与が濃厚です」と語った。ヤンゴンからカイン州へ至る道中では激しい戦闘が続くが、詐欺師たちは武装組織に警備されながら来るという。国軍が入国を認め、BGFやDKBAが護衛する構図だろう。
国軍と相対するKNUやPDFなどの抵抗勢力側もこうした中国系犯罪組織を狙って攻撃することは、今のところない。
カイン州で国軍と戦うPDFの民兵は「私たちの優先事項は国軍を倒すこと。私たちも特殊詐欺は嫌いですが、正直な話、BGFやDKBAをあからさまに敵に回したくはありません。戦争は戦争、詐欺は詐欺です」と複雑な心中をのぞかせた。
■「自ら戻る」被害者たち
筆者はカイン州を数十キロにわたり縦断する中でチャウカット以外にも、複数の詐欺拠点とみられる施設が稼働していたり、新たな建物の建設が進んだりしている様子を確認した。カイン州の詐欺拠点はタイ国境にあるカジノを中心に発展したが、一連の取り締まり後、より内陸部へと移り、タイからのアクセスは難しくなり、その活動はより厚いベールに包まれるようになっている。
詐欺拠点で拘束され、母国へ送還された外国人は、いったんは有罪判決を受けて収監されるものの、出所後に再び特殊詐欺に手を染めるケースが少なくない。
日本政府関係者は、インドネシア政府高官と特殊詐欺に関する情報交換をした際、「人身売買被害に遭ったインドネシア人を保護して国に送り返しても、自国で仕事を見つけることができず、また自主的に戻ってくる人がかなりいる」と頭を抱えていた、と教えてくれた。
再び詐欺に手を染めたり、自らの意思で詐欺拠点に居続けたりするのはインドネシア人に限らない。別の日本政府関係者によると、ある二十代の日本人女性はインターネットで「月給二千ドル(約三十万円)。寮完備でまかないあり」「仕事をしながら英語とタイ語が学べます」という謳い文句で人身売買被害に遭った。
彼女はDKBAが支配する詐欺拠点に捕らわれていたという。そこから救出された後、「詐欺拠点には一万人以上の外国人がいた。
アフリカ出身者は嫌な顔をせず、『我慢して仕事をすれば、給料は振り込まれるし、ビュッフェで二十四時間食事が食べられる』と口にしていた」と証言した。
■中国系組織が日本人を標的に
犯罪組織はこうした比較的貧しく、大使館や領事館のリソースが限られる国の人々を狙って人身売買しているのが実態だ。エチオピアやケニアなどアフリカ大陸出身者がその一例である。こうした国々の人々はたとえ詐欺拠点から保護されても、母国の政府と連絡が取れず、送還に難航するケースが少なくない。
中国系犯罪組織は中国国境のシャン州やタイ国境のカイン州での大規模な摘発から、「人身売買した中国人に強制労働をさせ、中国人を騙すことは北京の怒りを買う」という「教訓」を得た。一部の組織は中国人以外の外国人を人身売買し、日本や欧米諸国を標的とするようになっている。
その結果、新たに出現しているのが「愛国的な詐欺」である。
特殊詐欺の主な手口の一つは、オンラインでやりとりを重ねて恋愛感情を持たせ、偽の仮想通貨へ投資させるというものだ。被害者を太らせてから財産を奪うやり方が、豚の肥育に似ていることから「Pig Butchering Scam(豚の食肉解体詐欺)」と呼ばれていることは、既に述べた。中国語では「杀猪盘」と書くが、これをもじった「杀洋盘」という言葉が聞かれるようになった。「洋」は外国人を指しており、「中国人ではなく、外国人を騙す」との意味だという(※1)。
米財務省によると、米国における特殊詐欺の被害額は過去数年間で着実に増えてきた。
東南アジアを拠点とする詐欺組織による被害額は、二〇二四年に少なくとも百億ドル(約一兆五千億円)に達し、前年比六六%の大幅増となった。
■アメリカも危機感を募らせる
ただ、タイ・ミャンマー国境の詐欺拠点に対する米中を中心とした国際的な圧力は徐々に強まっている。
米財務省は二〇二五年五月五日、BGFが米国人をターゲットにした特殊詐欺に関与しているとして、BGFと、組織を率いるソーチットゥ大佐及びその二人の息子に経済制裁を科した。同省はその後もBGFに関連する企業や個人への制裁を重ね、十一月十二日にはDKBAのソースティール総司令官を含む四人の幹部を制裁対象に加えた。
さらに米政府は東南アジアに蔓延る詐欺拠点の撲滅に向け、コロンビア特別区連邦検察局、司法省刑事局、連邦捜査局(FBI)、シークレットサービス、麻薬取締局で構成する「特別捜査チーム」を立ち上げた。特別捜査チームは主にミャンマー、カンボジア、ラオスの特殊詐欺に焦点を当てて捜査するという。米政府による矢継ぎ早の措置は、拡大する特殊詐欺被害への危機感の表れである。
米政府の制裁と時を同じくして、中国政府が国際刑事警察機構(インターポール)を通じて手配していた悪名高い実業家が勾留先のタイから中国へ送還された。
ソーチットゥのビジネスパートナーで、シュエコッコの開発を手がけた「亜太国際控股集団」のトップ、佘智江である。佘は違法なオンライン賭博に関与したとしてインターポールのレッド・ノーティス(指名手配書)に基づき、二〇二二年八月にタイで拘束された。佘がカンボジア国籍を取得していたことなどから中国への引き渡しが遅れていたが、長い法廷闘争の末、送還が決まった(※2)。
■追い詰められた国軍の「摘発」ポーズ
中国に引き渡された佘は、シュエコッコでの特殊詐欺に関する重要な情報を中国当局に提供するだろう。
ソーチットゥらの特殊詐欺への関与が明確になれば、中国はミャンマー国軍に身柄の引き渡しを求める可能性がある。
一方で国軍が抵抗勢力との戦闘においてBGFの助力を必要としているのもまた事実だ。ソーチットゥに対する国際社会の包囲網が狭まる中、国軍はその圧力をかわすためBGFが管理するKK園区やシュエコッコで「摘発」に乗り出している。
国営紙によれば、国軍は十月十九日、BGFの了承を得てKK園区を急襲し、計二千百九十八人の外国人らを見つけ、スペースXが提供する衛星インターネットサービス「スターリンク」の受信機などを押収。二十三日からKK園区内にある計六百三十五棟の建物の爆破解体に着手した(※3)。
ミンアウンフラインは十一月十五日、カイン州の州都パアンを訪れ、ミャンマー・タイ国境の詐欺拠点を「根絶する」と宣言。国軍とBGFの合同部隊はその三日後、シュエコッコの詐欺拠点を摘発し、中国人を中心に三百人以上の外国人を拘束した(※4)。それ以降も摘発を続けている。



1 “Exporting fraud: China’s acquiescence to Myanmar’s military regime fuels ‘foreigner butchering’ scam epidemic” The Global Initiative, 10 October 2025

2 “Chinese-Cambodian tycoon extradited” Bangkok Post, 13 November 2025

3 “Buildings demolished in KK Park” The Global New Light of Myanmar, 12 November 2025

4 “Scam Workers Flee as BGF Vows ‘Final War’ on Shwe Kokko Scam Hub” The Irrawaddy, 18 November 2025

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藤川 大樹(ふじかわ・ひろき)

東京新聞記者

1980年、静岡県静岡市生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業。2004年、中日新聞社(東京新聞)入社。経済部、社会部、バンコク支局などを経て、現在は国際部デスク兼論説委員。

2019年に「税を追う」取材チームで「日本ジャーナリスト会議(JCJ)」大賞を受賞。

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(東京新聞記者 藤川 大樹)
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