現在では全私立大の約9割が実施するAO(総合型選抜)入試。その先駆けは1990年に導入した慶應義塾大学だ。
それだけに同大のAO人気は飛びぬけている。フリーランスライターの清水岳志さんが、この慶應の狭き門を突破した地方高校野球部4番の部員に、どのように野球と勉強を両立させ、合格を手にしたのかを取材した――。
■毎日汗みどろ野球部でも慶應AO突破
慶應義塾大学のAO入試(総合型選抜)は毎年大変な人気だ。
SFC(総合政策・環境情報学部)などで実施される、書類と面接による試験。志望理由書や活動実績(コンテスト、英語資格など)で、主体性や探究心を多面的に評価するのが最大の特徴になっている。
そこへ「我こそは」と全国の精鋭受験生が殺到する。倍率は例年4~6倍だが、10倍超に達することもある。
長野県立諏訪清陵高校の教員・守屋光浩さんはその高く厚い壁を実感している。これまでの歴代赴任校で教え子が挑みながら何度も涙を飲んだ経験があるからだ。2025年度もひとり、教え子がチャレンジした。
自身が監督を務める同校野球部で昨夏のチームで4番打者だった茅野悠喜さんだ。
「(慶應AOには)全国の猛者が集まっているんですよ。
ドキドキしてました。最初の書類(志望理由書)通過の倍率が6倍。狭き門の書類をやっと通った後の面接も、2人に1人しか合格が出ないんです」
茅野は、昨秋に「合格」を果たした。野球部引退からわずか2~3カ月での電撃合格である。その一報を聞いた時、守屋監督は、「前に教え子が東京大に受かったときぐらいうれしかった」と頬を緩ませた。
■野球部入部時に「慶應に行きたい」宣言
茅野さんは、諏訪清陵では1年からレギュラー捕手として活躍し、時には投手としてマウンドにもあがった。その実力は複数のプロ野球球団が視察にきたほどだが、本人は高校に入学してすぐの4月、守屋監督に「慶應に行きたい」と告げていた。
「慶応は華がありますし、他の東京六大学に推薦で入学するには、上位のチーム成績が必要でしたし、まず自分に(野球)選手として相当な実績もなかったです」
高1の秋、慶應大野球部の練習に参加し、憧れはさらに増したそうだ。
茅野の能力を高く買った大学側からは指定校推薦を進められたが、残念ながら諏訪清陵にその枠がなかった。ならば指定校推薦のある青山学院大はどうか、となったが、茅野本人も家族もそれには目もくれず初志を貫く覚悟を決めた。
慶應大学や附属の高校が実践する「エンジョイ・ベースボール」を体現したい強い気持ちは揺るがなかった。これ以後、プロ野球のことも封印した。
つまり、「俺は野球と勉強の両立を高い次元で成立させる」と心に決めたわけだ。
■「家では勉強しない」派だった
高校での勉強は、野球部のハードな部活が終わってから。自転車で15分の自宅へ帰宅してあわただしく夕飯をすませると、塾へ行って夜遅くまで学んだ。「家では勉強しない」派で、とにかく授業と塾時間に集中したという。
理系の選択で数学と英語が得意。英語が特に好きだったことが道を切り開いていく助けになった。
「保育園の年長の時から英語教室に行かされました。親が良かれと思ったんでしょうが、最初はいやいやでした。でも英語に親しめて、なんとなく、聞き分けられるような地力は知らないうちに付いたのかもしれません」
父親が務めている地場産業の精密機械関係の会社ではスリランカ人も働いていて、それが縁で小学校低学年の時にスリランカに2回、旅行に行って、現地の人と交流した。また、中学の終わりにニュージーランドへの語学研修に行ったり、英検2級を取得したり、英語力を蓄えていく。英検は高2の冬に準1級を取った。守屋監督が積極的に取らせているのだ。

「(野球の部活の)シーズンオフに英検対策を練習メニューに明記して時間を取っています」(ちなみに連載1回目で紹介した野球部主将を務めた女性の五味さん、女子マネの笠原さんも準1級を取得している)
英語の定期試験は「コミュニケーション」が70点。「ロジック」は80点ぐらい取れていて、学年(240人中)で10~20番だった。
■平均評定は平凡な3.7からスタート
定期試験の成績は国語が苦手だったこともあり、総合では50番ぐらい。試験前に練習が休みになるときに計画を立てながら詰め込んだという。
「評定を維持できれば、とあまり気負わずあえて気楽な気持ちでいく作戦。(最高の)『5』を取るには、ということを念頭に置いていました」
高3の前期までの評定で英語、数学が5。国語もいいときは5、体育が5、あとは4で、3以下はないというから見事なものだ。
だが、最初から順調だったわけではない。実は高1の前期は「あまり勉強していなくて」平均評定は平凡な3.7でのスタートだった。野球部の活動で1年生は先輩に気を遣うこともある。心身の疲労度は本人が意識する以上にあったに違いない。
「先生に『やばいぞ』と言われて。
『AOを受けるなら評定を提出しなきゃいけないし、ちゃんとやっておかないと』と」
当時は、事実上の不合格判定、スタメン落ちを食らったようなものかもしれない。
野球部は夏に3年生が引退すると1、2年生による新チームになる。秋季大会はすぐに始まるので、ゆっくりする時間はない。毎週末、練習試合が組まれ、遠く県内外へ遠征することもあった。チームの主軸の茅野にとって勉強時間の確保はなかなかままならないのが現状だった。
そんな中、尻に火がついた茅野は自ら手綱を締め1年後期で評定を4.4まで戻すことに成功した。そして2年は4.6、3年でも4.5で、トータルで4.5を保った。
「慶應の面接でも『成績がいいね』と言ってもらえました」
慶應のAOには各校ごとに出す評定の出願基準がないので、受けるのは自由。評定が3台の受験生も存在する。そこに、4.5という数字はかなり高かった。
■なぜ部活終了後3カ月で合格できたのか
とはいえ、本格的な受験準備が始まったのは高3の夏。高校野球が終わってからだ。
7月下旬、夏の甲子園の県大会はもちろん本気で仲間と優勝を狙ったが、4回戦(ベスト16)で敗れた。一方で志願書提出期限は迫っていて、すぐに受験にベクトルを変えた。
志望理由書は、「英語を生かして学びたい」とアピールすることにした。それにはもう一つ、インパクトのある海外経験がほしい、と担任の先生と話した。そこで急遽、夏休みの短期留学を探して決行する。
「8月に、自由に申し込んでロサンゼルスにいくツアーがありました。年齢もばらばらな7人が集まりました。17歳もいたし大学3年生ぐらいの人もいたし。元巨人の選手の息子さんがいて、ステイ先は一緒でした。みんなアメリカの大学で野球をすることが前提で、日本の大学志望と言って参加してたのは自分だけでしたけど」
10日間滞在して地元の学生と練習した。現地の人とは無難に英語で話した。ドジャースの試合も1試合、見ることができて大谷翔平が登板してホームランを打つ、という願ってもないゲームを観戦できた。

志望書の“自由記述”の2000字分のA4サイズ2枚は決まった書式がない。美術が得意な友達がいてレイアウトを頼んで作ってもらった。
「とにかく何とか2000字書いて、先生やAO経験者の先輩に見てもらって、何回も直しました。将来的に発展途上国で野球普及の活動をしたい、と書きました」
■志願書の自由記述に書いた中身を公開
教師側の後押しも熱が入る。提出書類はAO入試の過去の合格者や担任など複数人が文書の添削をしたり、アドバイスしたりする。フォローした教師のひとり、野球部の守屋監督もこう語る。
「提出する志願書は、これ以上はないだろ、というレベルのものを生徒と一緒に作っています。これで落ちたら、教員(自分)の責任みたいでダメージがあります」
そうやって6人に1人しか通過できない1次の書類審査を見事突破して、2次の3対1の面接(30分)に臨んだわけだ。
「志望書をもとに質問されて、『将来、野球の普及って必要あるの』と聞かれたり、物理と野球のデータについて書いたので、『それでほんとにうまくなるの』と聞かれたり。野球部での実績、成績の話は興味を持たれなかったです。
それと、読書しますかと聞かれました。自己啓発系の本を中学の時から好きで読んでいて、過去にも読書の問いはあったようで、対応できるように1冊読んでいて、その話をしました。一橋大学名誉教授・伊予谷登士翁(いよたに・としお)さんの『グローバリゼーションとは何か』(平凡社)という本です」
慶応AO入試は野球(部活)を前面に出したアピールはあまり意味がないのかもしれない。あくまで環境情報学部の試験。面接官(教授など)によるだろうが、甲子園に出たとか、何本のホームランを打ったとか野球でこんな活躍をしてきた、ということは合否にそれほど影響は与えないようだ。
茅野はこの難関の書類選考をどのようにクリアしたのか。その戦略はシンプルだった。自分の武器である英語を最大限に生かした自由記述の冒頭にこう書いた。
〈幼少期から英語によるコミュニケーション力を磨くとともに海外に目を向けて多様性に触れる経験を多く積んできました。将来は自分が打ち込んできた野球を世界に広めたい。SFC(湘南藤沢キャンパス)で野球の打撃を研究して、醍醐味であるホームランを打つための指導を通して野球の普及に貢献したい〉
最後の結びはこうだ。
〈SFCは国際交流が盛んである。英語のスキルを磨きながら海外の人との交流の機会を多く経験したい。SFCの環境に身を置きながら多様な他者との協働、研究することで自分の視野も広げることが可能である〉
茅野は今、清陵の凍てつくグラウンドで1、2年生たちと練習を続けている。
「大学野球部での活躍も楽しみにしています」
入試の統括責任者からも期待の言葉をもらったという。

----------

清水 岳志(しみず・たけし)

フリーランスライター

ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

----------

(フリーランスライター 清水 岳志)
編集部おすすめ