AIが劇的な進化を遂げる中、どんな人が生き残るのか。脳科学者の茂木健一郎さんは「AIの情報圧縮速度は人間の100万倍にもなる。
ただ、だからこそ人間は足を使って、直感を鍛えることが重要になってくる」という――。
■AIが共通テスト“ほぼ満点”の本当のすごさ
受験シーズンがピークを迎える中、先日、衝撃のニュースが耳に入ってきました。
OpenAIが開発した生成AIの最新モデル「GPT-5.2 Thinking」に今年度の大学入学共通テスト15科目を解かせたところ9科目で満点を取り、その正答率が97%に達したというのです。
このニュースを聞いて僕の頭に思い浮かんだのは、国立情報学研究所が2011年から進めた「東ロボくんプロジェクト」です。大学入試レベルの問題をAIに解かせるという試みは、5年の歳月を経て結局のところ断念せざるを得ませんでした。
そんな出来事から丸10年経った今、「AIは東大には合格できない」というレベルから大学共通テストで正答率が97%に達するレベルにまで進化したというわけです。大学共通テストに限らず、知的作業のさまざまな領域においてAIがすでに人間を凌駕していることは誰の目から見ても明らかです。
とはいえ、AIはテストのような過去の事象を正確に解くのは当然で、正答率97%も頷けるところです。私が感心しているのは、情報取得速度の飛躍的な進化です。
最近では「タイパがいいから」と映画やドラマ、あるいはYouTubeといった動画コンテンツを2倍速で再生するという方が増えているそうですが、今AIの世界で起こっているのは1万倍速とか100万倍速という速度での情報圧縮です。
人間が何年もの歳月をかけて習得してきた知識を、AIはたった数秒で情報として学習している。その一端が今回の試験結果です。

■人間よりはるかに賢いAIとの付き合い方
僕たちのような科学者も、昔までは学会などで必要な論文をひとつひとつ読み込んでは重要な部分にはマーカーなどで線を引く。そんな情報収集をしていた時代もあったわけですが、今ではAIを活用すれば10個の論文も1分ほどで要約してくれます。
こうした事例からも、AIの情報圧縮力が進化すればするほど、僕たち人間の賢さの意味が失われていくのです。もちろん、働き方にしても同じです。
情報収集のみならず、物事を記憶する、入力をする、計算をする、データを集計する、分析をする、あるいは、日々同じことを繰り返すルーティン作業の数々……。これらは人間より、AIのほうが得意だということは皆さんもすでにお気づきのはずです。
にもかかわらず、それらの作業を朝から晩までせかせかと必死にこなしていくことが果たして今の働き方として正解だといえるでしょうか。そうした努力は、これからのAI時代には「無駄な努力」として扱われるだけでなく、今皆さんが気にしている「コスパ」「タイパ」の無駄遣いになってしまうことは火を見るより明らかなのです。
AIの進化を、人間にとっての脅威だと考える専門家もたしかにいますが、僕はむしろAIは上手に利用すればいいと考えています。
■なぜ超一流は手ぶらなのか
これからの時代の働き方として、情報収集ひとつとってもAIが得意とする作業はAIに任せ、僕たち人間は人間の脳が得意とする分野で力を発揮する。すなわち人間とAIがお互いに棲み分けをしながら共存していくことを僕は提唱したいのです。人間とAIがお互いの長所を活かし合うことが、これからの労働環境ではますます求められるからです。

では、AIを100万倍速という情報圧縮エンジンとして活用しながら、「1倍速」の人間だけが持つ能力をどのように駆使すればいいのか。
最近、ある講演会に呼ばれたときのことです。
その講演会を主催する方から、「茂木先生、本日はよろしくお願いします。ところで、今日お話しされる際にパワーポイントなどの資料はございますか?」と当たり前のように尋ねられました。
そこで僕は、「資料など一切ないです。イーロン・マスク方式でやらせてください!」と答えると、講演会を主催する方の頭の上には「?」が浮かんでいました。
自身が率いる宇宙開発企業スペースXがAI企業xAIの買収を発表して大きな話題にもなったイーロン・マスク。彼の講演やプレゼンを見るとわかりますが、資料など一切用意せず、ふらっと会場に来て本質を言ってさっと帰っていくというスタイルを貫いています。
■100点満点の資料は本当に必要か
これは、OpenAIのCEOであるサム・アルトマンやAppleのCEOであるティム・クックも同様です。彼らは決して準備をしていないというわけではありません。むしろ、自分の頭の中にある叡智をフル活用している。
彼らは事前に100万倍速のAIを活用して膨大な資料を読み込ませ、その上で、自身の直感で話す内容を選び、聴衆の前で1倍速で話しているのです。

言うまでもなく、人の心を動かすのは1倍速です。面接でも商談でも、資料に目を落としながら話のと、面と向かって話すのでは、まったく違います。AIに長けた彼らはそのことをよく知っています。これが今の最先端の働き方なのではないでしょうか。
多くの日本人は常識や慣習を大事にする文化があります。無駄な資料作成もその最たる例でしょう。
これを読んでいるビジネスパーソンの中にも、資料作成に多くの時間を費やしているのではないでしょうか。中には、資料作成のために残業をしているという人も少なくありません。
そもそも、「これって本当に必要なのかな」という資料はありませんか? たった1回の会議の資料をそこまで綺麗に作り込む必要はありますか?
これもまた、「コスパ」「タイパ」の無駄遣いです。
■「可動域を広げる」
巷では通称「霞が関曼荼羅」「霞が関パワポ」などと言われて嘲笑の対象となっている資料があります。もとは官僚が大臣などに説明する際に作成されたり、後々突っ込まれたときに「あの資料に書いてありました」と言い訳をするための資料と言われていますが、その価値や必要性をあまり考えずに無駄だと思いながら作り続けている資料があるとしたら、すぐにやめるべきなのです。
やはりこれからの働き方として大事なのは、常識や慣習にとらわれることなく、いかに本質を見据え、選び取ることができるかどうか。
そんな直感を鍛えるためにやるべきなのは、AIにはない“足”を動かすこと、特に「可動域を広げる」ということです。
なぜ「可動域を広げる」ことが大事なのか。日本の発展が止まってしまっている大きな理由のひとつに、多くのビジネスパーソンが狭い領域でしか物事を考えることができない、ビジネスができないということが挙げられます。
今は生成AIの進化やDX化など、変化が激しく不確実性の高い時代だからこそ、可動域を広げて答えのない問いに挑み、リスクを取る可動域の広い働き方が不可欠なのです。
■世界を知れるアプリの名前
国内の狭い世界で小さいマーケット争いに終始するのではなく、より広い世界で自分の働き方を模索することが、この時代を生き抜く本当の働き方です。
「ハードルが高すぎる」と思った人は、もうすでに時代の流れに乗り遅れているといえます。言葉の壁ですらAIを活用すれば簡単にクリアできるのです。だからこそ、今こそ可動域を広げて世界のマーケットで勝負するべきなのです。
世界を知る手掛かりとして僕がおすすめしたいのが、Spotifyやポッドキャストです。グローバルトップ10では世界の流行曲がわかります。最新のAI研究がわかるレックス・フリードマンのトークを聴けば、まだ日本には入ってきていない有益なAI情報を手に入れることができます。両方とも基本無料です。

こんなふうに、誰よりも先取りしたトレンドを押さえておくだけでも、可動域を広げるいいトレーニングになるはずです。
■ドイツでベストセラーになった本
日本という枠組みの中で勝負することからいったん離れてみませんか。僕は海外で『ikigai(生きがい)』という本を出しました。これが世界31カ国、29の言語で翻訳出版され、2024年、2025年とドイツで年間ベストセラー第1位になりました。ありがたいことにスイス、ポーランドでも1位になっているそうです。
聞いた話によると、ドイツで放送されている人気ドラマ(日本の『相棒』に相当するような刑事ドラマ)で、犯人がこの『生きがい』を読んで反省するというシーンがあって、それで火がついたようです。
これもまた、可動域を広げるという好例です。
大谷翔平選手にしてもメジャーリーグに行って可動域が大きく広がったわけです。さらにいえば、今年はサッカーのワールドカップが開催されますが、日本サッカーがこれほど強くなったのも多くの代表選手が海外でプレーするようになって可動域が広がったからだと私は思うのです。

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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)

脳科学者

1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。
理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院特任教授(共創研究室、Collective Intelligence Research Laboratory)。東京大学大学院客員教授(広域科学専攻)。久島おおぞら高校校長。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞、『今、ここからすべての場所へ』で第十二回桑原武夫学芸賞を受賞。著書に、『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本(共著)』『最高の雑談力』(以上、徳間書店)『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)『最高の結果を引き出す質問力』(河出書房新社)ほか多数。

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(脳科学者 茂木 健一郎)
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