中国が日本への攻撃を強めているのはなぜか。評論家の宮崎正弘さんは「中国が対外的に強硬な姿勢を演出するとき、国内では深刻で非常にまずい事態が進行している。
実際習近平の周辺ではある異変が起きている」という――。(第3回)
※本稿は、宮崎正弘『地獄の中国』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■中国が高市首相に怒り狂うワケ
日本の中国分析には重大で、本質的な視点が欠けている。最も大事なことを見逃しているのだ。中国は軍事ですべてが動く国であること、それが中国政治の本質という真理を現在の平和惚(ぼ)けの日本人は忘れている。
高市早苗政権誕生以後、日中関係は冷戦状態となった。中国がこのような状況をつくり出したのだ。
何事もうまくいかないとき、拳を挙げてぶったたくサンドバックの代わりが欲しい。歴代日本の首相は中国に拝跪(はいき)して朝貢してきた。それがこともあろうに中国の「レッドラインを越えたらひどいことになるゾ」という脅しを平然と撥ねのけ、「台湾有事は日本有事」、つまり「存立危機事態」だと女性宰相が言ってのけたのだ。
中国の皇帝を前にして「『倭王の摂政』ごとき」が主従関係をひっくり返した図式になる。こういう歴史感覚がわからないと中国の横暴さ、度を越した日本攻撃は理解できないだろう。

■習近平の周囲で生じる異変
あたかも聖徳太子が遣隋使へ持たせた書簡に「日没するところの天子へ」と居丈高に言い切れたのは、隋の煬帝(ようだい)が高句麗(こうくり)との戦争に連敗し、政治が疲弊している隙を突けるという冷静な情勢判断があったからだ。これは現在の状況に酷似する。
「習近平は今それどころではない」という中国の内部事情を高市政権が掌握できていたからこそ、このタイミングを狙えた。周到な準備と情報の交換がトランプ大統領との間にあったと考えるべきだろう。
中国の言う「レッドライン」とは「台湾」と「歴史認識」である。この一線を越えると「ひどいことになる」と王毅外相は習近平の顔色を見ながら日本を脅迫した。対外的に強硬な姿勢を演出するとき、中国内部では深刻で、非常にまずい事態が進行している。
第一は経済不況である。不動産バブルの惨状についてはすでにその惨状は述べてきた。第二は共産党の宣伝機関が習をからかい始めていることだ。
例えば『人民日報』は「習近平」を「習近乎」と書いて、「あれは誤植だった」と言ってのけ、そればかりか「最高指導者」を「最後の指導者」と書いた。
「習近平が発表した」と書くべき箇所を「発狂した」と書いた。

『人民日報』を毎日「愛読している」チャイナ・ウォッチャーたちは気がついたのだ。「なにかとてつもない異変が起きているのでは?」と。
■汚職は中国の伝統文化
2025年10月に開催された四中全会で、懸案だった中央軍事委員会の3名の欠員が補充されなかった。帳升民(ちょうしょうみん)の副主任昇格が発表されただけである。
習近平は福建閥の軍人たちを抜擢し、そのなかの8名を中央委員にまで押し上げた。彼らが自分のボディガードと考えてきた福建閥を率いてきたのは苗華(びょうか)である。
福建閥、すなわち南京軍区の幹部らが面従腹背(めんじゅうふくはい)であったことに衝撃を受けた習近平は前国防相の李尚福、その前の国防相の魏鳳和も失脚させた。これら一群の忠誠組の粛正は毛沢東が「朋友」として「後継者」と指名した林彪(りんぴょう)の粛正を彷彿(ほうふつ)とさせるほどの重大事件なのだ。
福建閥(南京軍区は台湾攻撃担当。福建閥とは広く習近平の福建省時代の部下たちを指す)を一斉に失脚させたが、その理由が「重大な党規違反」「汚職」という言い分はオカシイだろう。
なぜなら「汚職は中国四千年の文化」であって誰もがやっていること。忠誠を誓ってきた部下を汚職などの理由で失脚させるはずはないではないか。

■国家主席に上り詰めた胡錦濤の不遇
もう少し過去に遡ってこの問題を検証しておく。
習近平が反腐敗を政治利用して「政敵」の粛正を始めたのは江沢民(こうたくみん)院政時代の胡錦濤(こきんとう)閥を圏外へ追いやることからだった。「胡錦濤の10年」というのは煎じ詰めて言えば「江沢民院政」であり、軍も江沢民が任命した軍人たちのピラミッド構造になっていた。
エンジニア出身の胡錦濤は、名前は軍事委員会主席だったが実権は何もなく、胡錦濤の指示を受けて動く軍閥はなかった。軍はいつまでも共産党に忠誠を誓う旧態依然の軍ではなく「国軍」とすべきだとする議論も軍論客の一部にはあった。国家に所属しない軍は私軍となり、軍閥化する。近年では袁世凱(えんせいがい)、張作霖(ちょうさくりん)、閻(えん)錫山(しゃくざん)をみれば明らかだろう。
江沢民から胡錦濤時代に軍事委に君臨したのは徐才厚(じょさいこう)と郭伯雄(かくはくゆう)だった。江沢民は、鄧小平に媚びへつらい、それを基軸にせっせと人脈を広げ、軍人を腐敗させて籠絡(ろうらく)し、そうした工作によって権力を掌握した。
■「密輸船護衛」を副業にした中国海軍
江沢民は「党の指導者」であったにもかかわらず、非難された。江沢民は賄賂の好きな、権力志向と拝金主義の官僚を登用したのだ。江沢民の時代、中国共産党は腐敗と愛人が蔓延する好色拝金時代を迎えた。

「中国人民大学危機管理研究センター」2012年の調査(「官僚イメージ危機報告書」)によれば、汚職官僚の95%に愛人がいたといわれる。江沢民自身にも愛人がおり、有名歌手の宋祖英がその調査報告書に含まれていた。
ただ、徐才厚と郭伯雄は、習近平にとって潜在的な政敵だったので追い落とされた。
2015年4月、軍制服組の最高位をつとめた郭伯雄・前中央軍事委員会副主席の身柄を拘束し、汚職の疑いで取り調べを始めた。その前に郭の息子、郭正鋼・浙江省軍区副政治委員(少将)を収賄容疑で立件し、正鋼夫人の呉芳芳も拘束した。
父親が軍事委副主席だった立場を利用して、多額の賄賂を受け取り、昇進や軍用地の民間転売などで便宜をはかっていたのだ。こうした軍の腐敗は江沢民が軍の副業を黙認し、というより奨励し、ついには密輸船を海軍艦艇が護衛し、税関も買収されてフリーパスするという未曾有(みぞう)の「廈門(あもい)事件」まで発生した。
■習近平「汚職粛清」の実態
また、江沢民は軍を手なずけるために上将辞令を乱発して、軍の歓心をカネで買った。江沢民時代の上将は実に62名にものぼり、そのポスト獲得相場は1億円とも噂された。
同じ時期に軍事委副主席だった徐才厚は2014年に党籍を剥奪され、2025年3月に北京の病院で死亡した。
ついで公安系を牛耳(ぎゅうじ)っていた周永康(しゅうえいこう)を拘束し、汚職で起訴した。陣頭指揮は王岐山(おうきざん)がとった。
王岐山は汚職追放に辣腕(らつわん)を振るったが、粛正の対象は習近平の政敵の派閥だけに絞り込んでいたのである。温家宝一家も取り調べを受けた。
最初は王岐山の摘発活動に国民は喝采を送ったが、やがて王岐山一族の海南集団の大規模な金融詐欺が発覚すると、人気を失った。
習近平の国家主席就任前に最大の政敵とされた薄熙来(はくきらい)は、夫人の英国人殺害事件に連座するかたちで失脚していた。
この薄と周永康は親密な間柄とされ、いずれも習近平にとっては専制政治の障害になる人脈だったのだ。

----------

宮崎 正弘(みやざき・まさひろ)

評論家

1946年生まれ。石川県出身。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。1982年、『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。30年以上に亘る緻密な取材に定評がある日本を代表する中国ウォッチャー、海外からも注目されている。近著に、『常識 コモンセンスで取り戻す日本の未来』(ハート出版)、『豊臣兄弟と家康』(育鵬社)、『テクノ・リバタリアンの野望』(ワック)、『あの人の死にかた 死ぬことは生きることである』(ビジネス社)、『ステルス・ドラゴンの正体』『悪のススメ』(いずれもワニブックス刊)など。
著作は300冊近い。5冊が中国語に翻訳されている。また作家として『拉致』『謀略投機』(共に徳間書店)などの国際ミステリーも執筆。

----------

(評論家 宮崎 正弘)
編集部おすすめ