入浴する時、どんなことに気をつければいいのか。医師の早坂信哉さんは「浴槽で亡くなる人は交通事故の死亡者より多い。
主にヒートショックが原因だが、これは全年代で起こりうる。入浴する前後にできる対策があるので徹底してほしい」という――。(第4回)
※本稿は、早坂信哉『入浴 それは、世界一簡単な健康習慣』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■風呂場の死亡事故は「交通事故」より多い
消費者庁のデータによれば、2021年の1年間に交通事故で亡くなった65歳以上の高齢者の数は、2150人。対して、入浴中の溺死や溺水の数は5097人です(消費者庁「高齢者の不慮の事故」)
つまり、交通事故で亡くなる方より、浴槽で亡くなる方のほうが圧倒的に多いのが現状なのです。この上なく手軽で、健康になれる入浴ですが、入り方を一歩間違えば死亡事故につながるということも、ぜひ覚えておいてください。
死亡につながる入浴中の体調不良というと、脳卒中や心筋梗塞を思い浮かべるかもしれません。確かに、これらは入浴中の死亡事故の主な原因です。急激な温度変化による血圧の乱高下が引き金となり、心臓や脳の血管に負担がかかり誘発されます。一般に「ヒートショック」と呼ばれています。
また、高温の湯に長時間浸かることで体温が過剰に上昇し、脱水や意識障害など、熱中症と同様の症状を引き起こす「浴室内熱中症」というものがあります。こちらも、入浴中の死亡事故のリスク要因の1つと考えられています。

■入浴関連の死亡者数は「年間1万9000人」と推定
ところで、冒頭で挙げた入浴中の死亡者は直接の死因が「溺死・溺水」に限った場合です。脳卒中や心筋梗塞では? と思われたでしょうか。
実は、入浴に関連した脳卒中や心筋梗塞の多くが浴槽の中で起こると考えられ、意識を失いお湯に顔がついてしまい溺死、ということになるのです。溺死だけでなく、入浴に関連した病死なども含めた死亡者数は2012~2013年の厚生労働省の研究班による調査では、年間1万9000人と推定されています。
私たちの調査では、入浴10万回あたり2~3回程度の割合で、体調不良が起きることが確認されています。しかし、入浴は多くの方が毎日行う生活習慣です。
例えば昨夜も1億人くらいの方が、湯船に入ったかもしれません。入浴という行為そのものが多くなされれば、一定の数の入浴事故が発生してしまいます。そこで本稿では、入浴を「安全な健康習慣」にする心得をお伝えします。
■「なんとなく体調悪い」を軽く見てはいけない
具体的にどこが、とははっきり言えないのだけれど、なんとなく体調が悪い……そんな日がありますよね。こうした「なんとなく体調が悪い」という違和感を、軽視しないでいただきたいのです。
自分の体調に対する感覚は、健康を守る上で欠かせない判断材料です。
“いつもと違う”という感覚は、体からのSOS、決して気のせいではありません。
入浴は体にとって、負担になることもあります。だからこそ、「今日は、止めておこう」と判断できることが、一番の事故予防になります。
特に、次のような症状があるときは、無理に入浴をしないでください。
・疲れが抜けず、体が重い

・体に力が入らない(脱力感がある)

・強い頭痛がある

・だるさがある

・めまいや吐き気がする

・息苦しさがある

・脈がとぶ、心拍が乱れる感覚がある

・胸が痛い、重苦しい

また、湯船に浸かっている最中に「おかしいな」と感じたら、迷わず湯船から出てください。入浴中の事故の多くは「少しおかしい」と感じながらも我慢してしまったことによって起こっていると思われます。
私たちに備わっている「違和感を察知する力」は、日々の健康を支える大切な感覚です。2~3日、湯船に浸からなくても体調をくずすようなことはありません。
■「湯船から出るとき」が危ない
入浴中の事故や体調不良は、次のうち、いつが一番多いと思いますか?
A 浴室に入ったとき

B 体を洗っているとき

C 湯船に浸かっているとき

D 湯船から出るとき

湯船に浸かっているとき、と答える方が多いと思いますが、実際には入浴後の発症も多く、「D 湯船から出るとき」が多いと考えられます。
湯船の中では、温熱作用で血管が拡張しているものの、水圧によって血管がほどよく圧迫されています。ところが、急に立ち上がるとその圧力が一気に解放され、血管が拡張して血圧が急激に低下します。「起立性低血圧」と呼ばれる状態で、脳への血流が不足し、立ちくらみや意識消失、それにともなう転倒事故につながることがあります。

湯船から出る瞬間に起こる、この血圧の急激な変化は、「ヒートショック」と呼ばれる状態の1つです。
ヒートショックには、2つのタイプがあると私は考えています。
■誰にでも起こりえる「谷型ヒートショック」
1つは「山型ヒートショック」。冬場など、寒い脱衣所から熱い湯船に入ることで血圧が急上昇し、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こすタイプです。特に高齢の方や、高血圧の方に多く見られます。
近年、「ヒートショックに注意」ということを見聞きすることが増えたと思いますが、多くの場合はこの山型ヒートショックの話をしています。ですから、みなさんがヒートショックと聞いてイメージするのは、こちらのタイプでしょう。
もう1つは「谷型ヒートショック」。湯船から出るときに、血圧が一気に下がることで起こるタイプです。先に挙げたように、立ちくらみなどを引き起こします。こちらは年齢や持病の有無にかかわらず、誰にでも起こりえます。
次に詳しくご紹介しますが、谷型ヒートショックによる血圧の急激な低下は、「湯船」から出るときの動作で防げます。

なお、谷型ヒートショックの大きなリスク要因に、「脱水」があります。入浴中に汗をかくと血液の粘度が高まり、脳への血流が減少しやすくなります。すると、立ちくらみや意識障害を引き起こしやすくなるのです。
予防のため、入浴前にコップ1杯の水分を飲んでおきましょう。
■湯船から出るときは「いきなり立ち上がらない」
事故や体調不良が一番起こりやすいのは、「湯船から出るとき」。だからこそ、お風呂の入り方と同じくらい、お風呂の上がり方も大切にしてほしいと思います。
大前提は「いきなり立ち上がらない」です。
【湯船のふちにつかまり、上体を起こす】

湯船のふちにつかまり、上体を起こす湯船のふちや手すりにつかまり、体を起こして数秒待ちます。これは、血圧の急降下(谷型ヒートショック)を防ぐためです。
【軽くおじぎをするように前かがみになる】

軽くおじぎをするように頭を低くして、前かがみになります。こうすることで、脳の血流を保ちます。
【ゆっくり立ち上がる】

最後は、ゆっくり立ち上がって湯船から出ます。
場合によっては、いったん湯船のふちに腰かけてひと呼吸ついてから2段階で立ち上がるようにします。
低血圧の方は、湯船から上がる前に冷たい水で手を洗ったり、冷たいシャワーを顔に当てたりしておくと、より安心です。
■室内・脱衣所・浴室の温度差は「5℃以内」に
冬場、暖かいリビングから寒い浴室に入って、心臓発作を起こして倒れてしまう。あるいは、熱い湯に急に入って倒れてしまう。「ヒートショック」という言葉を聞くと、こんな場面を想像するでしょうか。
これは、2つあるヒートショックのうち、「山型ヒートショック」のほうです。山型ヒートショックは、急激な温度差により血圧が急上昇します。脳出血や心筋梗塞、狭心症などを引き起こす危険性が高まるのは、このときです。
主に高齢の方に多く見られます。しかし、若くても高血圧や糖尿病、コレステロールや中性脂肪が高いまま放置している方は動脈硬化が進むので危険があります。
山型ヒートショックを防ぐには、温度差をなくすこと。具体的には、室内・脱衣所・浴室の温度差を「5℃以内」に抑えることが有効です。
例えば、室温が25℃であれば、脱衣所や浴室は20℃以上ということです。
■湯船のふたを開け、シャワーで1~2分温めておく
温度計があればご使用いただきたいのですが、ない場合は以下の方法で温度差を少なくできます。
・脱衣所を暖める 暖房器具で暖めます。

・浴室を暖める 湯船のふたを開けてお湯を張ると、蒸気で浴室が暖まります。

・浴室を暖める 服を脱ぐ前に、浴室の床を1~2分シャワーのお湯で温めます。

これらの対策をした上で浴室に入ったら、かけ湯をして体がお湯の温度に慣れるようにしましょう。
それから、湯上がり後にも、温度差を意識してください。湯船で温まった体が冷たい空気にさらされて急激に体温が下がると、血圧が不安定になることがあります。湯冷めを防ぐために、リビングや寝室なども入浴前に暖めておくとよいでしょう。

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早坂 信哉(はやさか・しんや)

東京都市大学人間科学部教授・医師、一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長

温泉療法専門医、博士(医学)。浜松医科大学医学部准教授、大東文化大学スポーツ・健康科学部教授などを経て、現職。公益財団法人中央温泉研究所理事、一般社団法人日本銭湯文化協会理事、一般社団法人日本温泉気候物理医学会理事、日本入浴協会理事。著書に『最高の入浴法』(大和書房)ほか。メディア出演も多数。環境省の「新・湯治効果測定調査プロジェクト」の調査の研究責任者を務める。

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(東京都市大学人間科学部教授・医師、一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長 早坂 信哉)
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