健康で長生きするためには、どんな工夫をしたほうがいいか。大阪公立大学病院がんセンター長の川口知哉教授は「昔から『運動は薬である』と言われているが、それは医学的にも証明されている。
激しい運動をしなくとも、少し歩き、少し鍛える程度の運動ができればがん死亡リスクは低下する」という――。(第3回)
※本稿は、川口知哉『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』(ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
■「運動は薬」は医学の常識
運動が健康によいことは誰もが知っている。しかし、「どのくらい」「どのように」運動すればよいのかが科学的に示されるようになったのは、意外にも最近のことである。
その最初の突破口となったのが、1940年代にイギリスの医師ジェレミー・モリスが行った研究であった。ロンドンの2階建てバスにおいて、座りっぱなしの運転手と、立って階段を上り下りする車掌を比べたところ、車掌のほうが心臓病の発症率が明らかに低かった。運動の有無が心臓発作に直結することを、初めて数値で示した画期的な報告だった。
適度の運動は、健康を生み、育て、長もちさせる。

――アリストテレス

現代のエビデンスによって裏づけられたこの言葉は、まさにアリストテレスの先見の明を感じさせる。いまでは「運動は薬である(Exercise is Medicine)」という言葉は、国際的に広まりつつある。歩くこと、階段を上ること、呼吸を意識しながら体を動かすこと、それらの小さな積み重ねが、細胞の老化を防ぎ、脳を活性化し、人生の質を高めてくれる。
古代ギリシャの哲学者たちは、体育を知性の訓練と同等に重んじていた。
健やかな身体なくして、健やかな精神は生まれない。その思想は2000年以上の時を経て、いまなお医学と哲学をつなぐ言葉として輝いている。
その後の疫学研究は、運動が心臓病だけでなく、糖尿病、認知症、さらにはがんに至るまで、多くの慢性疾患を予防することを次々と明らかにしてきた。運動は「がん活」において、まさに食事と並ぶ両輪の輪なのだ。
■大規模調査が示す「驚きの健康効果」
2016年、アメリカとヨーロッパの研究者によって行われた約140万人の大規模解析では、運動量の多い人は、食道がんで0.58倍、肝臓がんで0.73倍、肺がんで0.74倍、大腸がんで0.84倍、乳がんで0.90倍と、幅広いがんでリスクが下がることが示された。
この研究は、米国国立がん研究所(NCI)が中心となり、欧米・アジアを含む複数の前向きコホート研究を統合したプール解析で、対象は12の前向き研究から集められ、追跡期間も平均で10年以上だった。
評価された身体活動は、職業にともなう活動量だけでなく、余暇における中強度から高強度の運動までも網羅された。つまり「仕事で体を動かすか」「余暇で運動するか」という区別を超えて、身体を動かす時間と強度をすべて加算し、がんリスクとの関連を検証したのである。
解析では年齢、喫煙歴、飲酒、食事内容、BMIといった交絡因子が統計学的に調整された。その結果、「活動量そのもの」が、独立した予防要因であることが裏づけられた。特筆すべきは、肺がんや肝がんのように従来は生活習慣の影響が複雑と考えられていた部位においても、身体活動の多い群で有意にリスクが低下していた点である。
■「1日15分」の運動で寿命は3年延びる
さらに、台湾で行われた40万人以上を対象にした10年以上の追跡研究では、一日にわずか15分の軽い運動でも寿命が3年延び、がんの死亡リスクは14%低下することが明らかになった。

これは台湾国家衛生研究院のチームによる研究で、1996年から2008年にかけて受診者の健康診断データを収集し、自己申告による身体活動量と、その後の死亡率を突き合わせた大規模コホートである。
特徴的なのは、活動量を「メッツ時(MET-h/week)」という指標に換算して定量化した点である。「メッツ(MET)」とは、安静時の消費エネルギーを1としたときの運動強度を表す単位で、たとえば早歩きは約4メッツ、軽いジョギングは6メッツ程度とされる。
これを時間で積算したものが「メッツ時」であり、1週間あたりの総運動量を示す。一日15分程度の軽いジョギングや早歩き、あるいは体操程度でも、1週間あたり約90メッツ時に相当し、それだけでがん死亡率を有意に下げる効果が観察されたのである。
しかも活動時間が増えるにつれて、寿命延長と死亡リスク低下の効果は、用量‐反応関係で確認された。一日15分に、さらに15分以上運動を増やすごとに、全死亡リスクで4%、がん死亡に限っても1%の低下が認められたのだ。これは偶然ではなく因果的関連であることを支持する強力な証拠である。とくに一日30分以上運動する群では、がん死亡リスクは27%も低下していた。
■やせ型の人でも運動には健康効果あり
これら2つの研究は、規模・方法論ともに国際的に評価されるもので、米国・欧州の統合解析は、運動が普遍的に「多部位がんに共通する予防因子」であることを示し、台湾のコホートは「少しの運動でも確かな利益がある」という実生活への適用性を示した。
すなわち、運動は高価な薬剤や複雑な治療に匹敵する「万人に開かれたがん予防薬」であることが、疫学的にも裏づけられたのである。
さらに、WCRF/AICRでは、身体活動とがんリスクの関連について、複数の部位で「確実(convincing)」あるいは「ほぼ確実(probable)」と評価している。
とくに大腸がん、閉経後乳がん、子宮体がんでは、日常的に身体を動かしている人ほど発症リスクが低いことを示す一貫したエビデンスが蓄積している。また、国際がん研究機関(IARC)も、身体活動の促進が、がん予防に寄与する重要な行動要因の一つであると位置づけ、がん予防の国際的指針としてもこの見解を支持している。
日本においても、日常生活での歩行時間や、余暇の運動習慣が長い人ほど、大腸がんの発症リスクが有意に低いことが報告されている。さらに、乳がんや肝がんについても、身体活動の多い群でリスクが低下する傾向が示されている。
日本人は欧米に比べて平均BMIが低く、食生活や遺伝的背景が異なるにもかかわらず、欧米と同様の予防効果が再現されている点は注目に値する。これは運動が人種や文化を超えた「普遍的な予防因子」であることを強調している。
■「週末だけの運動」でも効果はある
このように、国際的な統合解析と日本の疫学研究の両方が「運動はがん予防に有効である」という事実を示している。がんは複数の因子が重なって発症する病気であるが、そのなかでも運動は、最もシンプルかつ強力に作用する生活習慣因子の一つなのである。
運動パターンに関しては、最近発表された約8万5000人の前向き追跡研究もある。そこでは、運動を週1~2回に集中させた人でも、毎日コンスタントに運動する人と同様に、全死亡・心血管死亡・がん死亡のリスクが有意に低下することが示された。
とりわけがん死亡については、運動をまったくしない群に比べて約15~20%の低下が認められた。平日はほとんど運動せず、週末にまとめて中高強度の運動を行うスタイルの有効性が示されたのだ。

この成果は、「毎日必ず運動しなければならない」という心理的ハードルを下げ、忙しい人でもどこかで時間を確保して運動すれば、十分に効果が得られることを裏づける。もちろん、日常的に体を動かすことが望ましいが、実生活に即した柔軟なアプローチでも、十分に「がん活」につながることが科学的に示されたのである。
■「2つの運動」で予防効果が倍増
運動の効果は「どれくらいの量をするか」だけでなく、「どんな種類の運動をするか」によっても異なる。運動には、酸素を使う有酸素運動と、酸素を使わず筋肉を動かす運動がある。
有酸素運動は、心臓や肺の働きを強め、血糖や脂質の代謝を整え、炎症を抑えることが知られている。そのため、大腸がんや膵がんなどの代謝異常と関わるがんに対して強い予防効果を示す。
一方、筋力トレーニングは筋肉量を維持・増やすことで基礎代謝を高め、肥満や筋肉の衰えを防ぐ。とくに高齢者では筋肉の減少が糖代謝の悪化につながるため、筋トレは乳がんや肝がんといったホルモン代謝や脂肪肝に関係するがんのリスクを下げる可能性がある。
国際的に行われた複数の前向きコホート研究やメタ解析によると、有酸素運動だけを行っている人でも、がん死亡リスクが有意に低下すると報告されている。また、筋力トレーニング(ウエイト・レジスタンストレーニング)を実施している人では、総死亡リスクが8~14%程度低いという疫学研究が報告されている。
さらに、有酸素運動と筋力トレーニングを併用している集団では、総死亡やがん死亡のリスクが15~20%程度低下するというデータもあり、「有酸素+筋トレ」という組み合わせが、「がん活」において効果的な戦略である可能性が示されている。
■「少し歩き、少し鍛える」が最適解
その背景には、以下の生理学的な補完効果がある。

有酸素運動:血糖や脂質の低下、炎症の抑制、消化管機能の改善

筋力トレーニング:筋肉量の増加、基礎代謝の向上、ホルモンバランスの調整、加齢による筋力低下の抑制

両者のこれらの特性が相乗的に作用することによって、がん予防の効果がより強固になっていると解釈される。
実際の「がん活」としては、日常的に歩行や軽いジョギングなどの有酸素運動を行い、これに加えて腕立て伏せやスクワット、ダンベル運動といった筋力負荷を週に数回組み込むことが、最も現実的でありながら、科学的にも裏づけられた運動の実践法といえるだろう。
要するに、少し歩き、少し筋肉を鍛えるという単純な習慣の組み合わせが、長期的にはがん死亡リスクを下げる確かな手段であると結論づけられる。
最近はがんの予防だけでなく、再発抑制や生存改善といった治療効果にも、運動の有効性が示されつつある。
最近『The New England Journal of Medicine』に報告された「CHALLENGE試験」という研究では、大腸がんの根治切除後に補助化学療法を終えた約900人の患者を対象とし、3年間の運動プログラムを行う群と、従来の健康教育のみを行う群を比較した。
運動プログラム群の運動は、有酸素+筋力運動と、行動支援セッションを段階的に組み合わせ、週150分相当の中等度以上の身体活動を目標に設計された。追跡期間の中央値は約8年だった。
■1万歩は不要、7000歩でいい
その結果は、明確であった。
運動群では無再発生存が有意に延長し、再発や死亡のリスクは約30%低下した。さらに全生存率も改善し、8年時点で90%対83%と、7ポイントの差を示したのである。とくに再発の抑制と、新しい別のがんの発生の減少が顕著であり、運動が体力維持にとどまらず、治療効果に直接寄与することが、高いエビデンスレベルで証明されたのだ。
この試験は、運動が「万人に開かれた予防薬」であるのみならず、術後サバイバーシップの質を高め、再発を防ぐ実践的治療手段でもあることを世界に示した意義深い報告であった。

では、私たちは実際にどれくらい体を動かせばよいのだろうか。
WHOは、成人では週150分の中強度運動、または75分の高強度運動を推奨している。これは一日30分程度の早歩きに相当し、心血管疾患・糖尿病・がん・認知症などの幅広いリスクを下げることがわかっている。
こうした時間ベースでの推奨に加え、以前から「歩数」というより具体的な行動指標が注目されている。2025年にシドニー大学を中心とした国際共同研究チームが英医学誌『Lancet Public Health』に発表した解析によれば、一日7000歩前後の歩行で、死亡リスクが明確に低下することが示された。
対象となった35コホートの57研究からのデータでは、2000歩しか歩かない場合に比べて死亡リスクは47%低下し、心血管病死亡47%、がん死亡37%、認知症38%、うつ症状22%、2型糖尿病14%と、多面的な効果が確認されたのである。
従来の「1万歩」という数字には明確な科学的根拠が乏しく、7000歩程度の現実的な目標でも十分な健康効果が得られることが、最新研究で裏づけられた。とくに高齢者ではこの効果が顕著で、無理のない範囲で続けられる歩数習慣こそが、長寿と健康の鍵となる。
そこで、ヒポクラテスの言葉を改めて思い起こしたい。
歩くことは人間にとって最良の薬である。

――ヒポクラテス

この古代の直観が、21世紀の医学によって再び証明されつつある。

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川口 知哉(かわぐち・ともや)

大阪公立大学病院がんセンター長

1961年生まれ。大阪市出身。大阪公立大学大学院医学研究科呼吸器内科学教授。大阪市立大学医学部卒業。専門分野は呼吸器内科学。大阪市立大学医学部第一内科学教室に入局後、同診断病理学助手、カリフォルニア大学デービス校研究員、国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科系部長、大阪市立大学医学部呼吸器内科学准教授を経て、現職。「DELTA試験」により国立病院機構優秀論文賞最優秀賞、「JME試験」により大阪市立大学医学部長賞優秀賞。大阪公立大学が参加している「がんプロフェッショナル養成事業」で「がん予防」に関わっている。著書に『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』(ブルーバックス)がある。

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(大阪公立大学病院がんセンター長 川口 知哉)
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