医療の進歩に必要なものは何か。大阪公立大学大学院教授で肝胆膵外科医の石沢武彰さんは「『神の手』と呼ばれるような一部の外科医しか使えない手術テクニックだけでなく、どこでも誰でも再現できる新たな科学技術も重要だ。
私は偶然にもがんを光らせる方法を発見し、今では世界中のオペでその技術が使われている」という――。
※本稿は、石沢武彰『変革する手術』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■より多くの患者を救うには新しい技術が必要だ
テクニックさえ上達すれば、手術はもっと多くの患者さんを、もっと小さな傷で治すことができるようになるのだろうか。
答えは「ノン!」である。
例えば、がんの「取り残し」をなくすには、微小な病変を見つけやすくする必要があるし、そういう残党を退治してくれるメス以外の武器があれば、劇的に手術の成績は良くなるだろう。そもそも、ごく一部の外科医しかできない超絶技巧の手術法には、日本中、世界中の患者を救う力はない。
つまり、「神の手」の器用さ、視覚、脳内の判断を「どこでも、誰でも再現する」ための技術が待たれている。
外科医が手術に全集中するように、手術支援技術の開発に情熱と能力を注ぐ研究者やエンジニアが、世の中には大勢いる。そこには、企業が新たに誕生したり、グローバルに発展したりするチャンスもあふれている。生々しい競争もあるが、社会全体のベクトルとしては、「手術でニンゲンをもっと健康にする」という壮大なプロジェクトを、メンバーが各自の得意分野で分業しているのだと僕は思っている。
だから本気で「より良い手術」を目指すなら、外科医だって「手術屋さん」ではなく、サイエンティストであるべきだ。
■外科医は手術屋であると同時にサイエンティストたるべし
実験室に籠って基礎研究に打ちこむ「本職」の方々に向かって、オペ室から「僕はサイエンティストです!」と宣言するのは恥ずかしいかもしれないが、決して難しくはない。

「手術が上手くなること」だけに突っ走るのではなく、「なぜ上手くいかないのか、思ったように治らないのか」振り返ること。そして、「こういう方法や道具があれば良いかもしれない」と想像し、仮説を立て、検証すること。
何もすべてひとりでやる必要はない。オペ室のアイディアを実験室に伝える、あるいは新薬や新製品を外科医の視点で評価する、こういう「橋渡し役」だって立派な科学だ。胸を張ろう!
■手術に必要な「光」
臆せずに宣言すると、「サイエンティスト石沢」のアプローチは、「肉眼に不可視な構造が見えるようになれば、もっと正確で安全な手術ができるだろう」というアイディアに基づいている。
当たり前だが、暗闇では安全な手術はできない(「神の手」ブラック・ジャックを除いて)。だから、ヨーロッパの古い病院では、ガラス窓で囲まれたエリアに手術室が配置されていた。現代の手術室には無影灯という専用の照明が付いているし、テレビやスマホと同じく、内視鏡手術の画像も進歩している。
しかし、いくら視野が明るくなっても、いざお腹の中を観察すると、臓器や血管は厚い脂肪に覆われている。がんだって、手術前の検査ではっきり写っていた病変が、体内で実際にどこにあるのか、どこまで広がっているのか、手術中に見極めることは実は意外に難しいのだ。
血管を上手く見つけられなければ、傷つけて出血させてしまうかもしれない。がんの範囲を見誤ると、不必要な部分を切除して合併症を発生させ、あるいは腫瘍に切り込んで再発の確率を上げてしまう。
名医と呼ばれる人たちは、経験という光に導かれて正確な手術ができる。
それでも、自分の辞書にない特殊な状況に陥った時、重要な生体構造を誤認してしまうことはゼロではないだろう。神の手の手術を再現するには、脂肪や炎症といった邪魔者に隠された血管、あるいはがん組織を白日の下に照らし出す新しい「光」が必要だ。
■偶然の発見――がんが光った
2007年の夏、とある手術中の出来事。大学院生として蛍光胆道造影(検査用のICG〈インドシアニングリーン〉の性質を利用し、胆のうや胆道を光らせる手法)の研究にハマっていた僕は、何気なく、ICGを投与する前の術野の様子を外から蛍光カメラで撮影してみた。すると、肝臓の中で、奇妙な白い球体がボワっと光っているではないか。術者に肝臓の超音波検査をしてもらうと、どうやら光に一致して腫瘍があるらしい。
予定通り肝切除が終了し、おにぎりくらいの標本を「ほいっ」と受け取った僕は、大きなカッターナイフで腫瘍の部分をスライスする。断面の見た目は、典型的な肝細胞がんだ。怪しい光の正体を突き止めるために、もう一度蛍光カメラで撮影すると――なんと、がん自体がピカピカ光っているではないか。
何じゃこりゃー!
がんが光る理由を必死に考えても、目がチカチカするだけだった。
次の手術、またその次の日も、がんは光った。
どうやらこの現象には、うちの治療戦略が関係する、何か共通の原因があるに違いない。
■がんを光らせられれば取り残しを防ぐことができる
ひよっこサイエンティストが絞り出したストーリーはこうだ。東大では、「幕内基準」で肝機能を評価するために、患者はもれなく手術の数日前にICG15分停滞率検査を受けていた。つまり、体重当たり0.5ミリグラムのICGが静脈注射されていた。
ICGは、肝機能が正常なら注射後15分で90%以上が血中から消失するくらい代謝が速いのだから、手術の頃には肝臓を含む全身から完全に「抜けて」いるはずだ。肝臓がんだけが光るとすれば、がん細胞や近辺の組織にICGが残存する、未知のメカニズムがあるのだろう。
僕は教授室をノックし、國土お父さん(國土典宏・現国立健康危機管理研究機構理事長)に報告した。
「事前にICG検査さえしておけば、手術中に肝臓がんを光らせることができそうなんです。そうすれば、がんの取り残しを防ぐことができますよね。画期的じゃないですか!」
教授は前のめりに画像や動画を凝視し、これはすごい発見かもしれない、と驚いた。ただ、椅子に戻り深く腰掛けると、冷静なコメントを忘れなかった。
「すごいね、すごいけど、メカニズムを解明しなければ、結局誰も実際のオペで使ってくれないよ」
■「がんが光る謎」を解明すべく泊まり込み
手術の役に立たないなら意味がない。
すぐに論文報告したい気持ちを今回はグッと抑えて、僕は「切除標本の断面を片っ端から蛍光カメラで観察する」という研究に着手した。3日連続で病理検査室に泊まり込み、撮影を繰り返したこともある。
病理の部屋では、大学病院のあらゆる診療科で切除された標本が、長いヒモがついたネットに収納され、巨大なホルマリンのタンクに漬けられている。タンクから外に延びたヒモの先端に、識別用の番号が記された木札がくくられているのだが、病理医でない僕には何科の標本なのか正確には分からない。何本ものヒモの中から、肝臓と思われる木札を見つけ、タンクからゆっくり引き上げるのだが……番号を間違えると、切断した手や足が浮上してくることもある。時刻はまさに丑三つ時。
40件近い手術標本の撮影が完了したので、満を持して解析に着手した。驚くべきことに、ほとんどすべての肝臓がんが光を放っていた。一方、蛍光のパターンを見てみると、「がんの内部が光っているもの」と、「がん自体は光らず、周囲の肝組織が光っているもの」に分類できた。
■がんが光るメカニズムを突き止めた
これを病理検査の結果と照合すると面白い事実が浮かび上がった。分化度が高い肝細胞がん(肝臓を構成する肝細胞から発生し、悪性化する前の性質を失っていない)は腫瘍そのものが蛍光を発していたのに対し、低分化の肝細胞がん(肝細胞の性質を失っている)や大腸がんの肝転移(そもそも肝細胞の性質を持たない)は腫瘍の周りがリング状に蛍光する傾向が明らかになったのだ。
詳しく標本写真を観察すると、肉眼では何も見えないのに、はっきりと蛍光を発している領域があった。
病理医にこの部分を追加で調べてもらうと、蛍光に一致して早期のがんを認める、という診断が返ってきた。
さらに、「ICGの近赤外蛍光」を捉えることができる顕微鏡システムを試行錯誤の末に組み立て、ICGの分布――肝細胞がんの細胞内や、胆汁排泄経路、がんに圧迫された周囲の肝組織にICGが滞っている様子――をミクロでも確認した。遺伝子発現解析という方法も応用した。
その結果、よく光る肝細胞がんでは、血液からICGを内部に取り込むトランスポーター(輸送タンパク)の働きは失われていないが、それ以降の胆汁排泄機構が破綻していて、結果的にICGが内部に貯留するという機序が示された。こうしてようやく、ヒヨコの仮説が大筋で正しかったことが証明されたのだった。
■世界中の肝臓外科医がオペで「新しい光」を使う時代に
となれば、多くの外科医に活用してもらいたい。僕は学会で、「肝臓がんを光らせて切除する」手術のビデオを積極的に発表した。しかし、期待に反して、聴衆からのコメントはしょっぱいものだった。
「とっても面白いね! ただ、がんが肉眼で見えなくたって、手で触ればコリっと場所が分かるのだから、わざわざ光らせる必要はないでしょ」
ところが、だ。時代が強力な追い風となる。ちょうどこの頃、肝臓の手術も開腹から内視鏡に急速な形態変化を始めたのだ。そうすると、術者はもはや自分の指先でがんを触れることができない。
結果、「カメラのボタンを押すだけで、いつでも腫瘍の場所が表示される」という蛍光イメージングの価値が高まり、今では世界中の肝臓外科医に重用されるまでに成長を遂げたのである。
この一連の研究は僕の学位論文となり、2009年にCancerという英文誌に掲載された。論文の被引用数(後続の研究でどのくらい参照されたかを示す指標)は1000回に到達しようとしている。がんを光らせたほうが肝切除が早く終わるだけでなく、腫瘍の露出を予防し再発率を低くできることを示す研究も海外から相次いで報告された。
国際学会で「ICGで肝臓がんが光るんで、便利に使ってますわ。なんでか知らんけど」という外国人外科医の発表を聴くことも増えた。「キミ、知らないの?」と聞かれることもある。僕はほくそ笑む。「最初に発表したのが誰だったのか気にならないくらい普及する」様子を見るのは、開発者冥利に尽きる。

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石沢 武彰(いしざわ・たけあき)

大阪公立大学大学院医学研究科肝胆膵外科教授

1973年、東京都生まれ。千葉大学医学部を卒業後、東京大学医学部肝胆膵外科に入局。肝臓手術の権威である幕内雅敏教授に師事する。同大学院修了、医学博士。パリで腹腔鏡手術の第一人者、ブリス・ガイエ教授に学び、がん研有明病院などを経て、2022年4月より現職。開腹手術からロボット手術まで、すべての選択肢を揃えた上で最善の一手を提供する外科医療を目指すと共に、「蛍光ガイド手術」の開発と普及をライフワークとしている。主な著書に、『手術を受ける前に読む本 これだけは知っておきたい基礎知識』(佐久間哲志名義、講談社ブルーバックス)、『Gayet腹腔鏡下肝胆膵手術 ムービーでみる局所解剖』(共著、南江堂)、『手術はすごい』(講談社ブルーバックス)などがある。

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(大阪公立大学大学院医学研究科肝胆膵外科教授 石沢 武彰)
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