■海外VIPが訪れる京都の老舗すし店
2020年11月初め、僕は京都にいた。
ジョブズが生前、たびたび京都を訪れていたことはよく知られている。番組に必要な要素を集めるためのリサーチとして、彼の足取りを現地でたどってみることにした。
取材の基本中の基本、「地取り取材」だ。どんなに情報がネットにあふれる時代になっても、その真偽とファクトを自分で確認しなければ、取材したとは言えない。自分の足を使ってネタを探しまわり、相手の話にじっくりと耳を傾けて、知られざる一次情報を聞き出す。新人の頃から続けてきた取材の習慣だ。
まず訪ねたのは名店「すし岩」だった。創業は1960年。京都ですし店と言えば出前がほとんどだったという時代に、当時としては珍しいカウンター席をメインにスタートした。2代目店主の大西俊也さんが英語を話すことから、外国人のVIPも多く訪れる。
■カウンター席の一番奥がお気に入り
それは、ジョブズが亡くなる1年余り前の2010年7月、最後となった京都旅行の最終日だった。昼前、大西さんは「今から外国人の方、3名様をお願いします」という連絡を受けた。
店に入ってきたのは3人の家族連れだった。ジョブズが座ったのはカウンター席の一番奥だった。アメリカのすし店でもお気に入りの席だ。隣に娘のエリン、そして妻のローリーンが座った。ジョブズは、家族にとても気をつかういい父親だったという。ただ、かなりやせていたため、大西さんはすぐにジョブズとはわからず、あとからびっくりしたという。
■大間産の大トロを一口食べると…
妻と娘はコースを注文した。
関西は白身魚で有名なことから、大西さんはまずヒラメをにぎり、続いて、イカ、エビと出していった。ジョブズは、「なにか京都の隠れたいい情報はないか」と大西さんに尋ねて会話も楽しんでいた。
このとき最高級品の青森県大間のマグロが入っていた。海外からの客はトロを喜ぶ人が多いので、大西さんは次にトロを出した。すると、トロを口にしたジョブズは急に話さなくなった。これはなんだという表情で、トロを見ながら2、3分黙っていた。
大西さんが「どうかしましたか。これはマグロ、fatty tuna(大トロ)ですよ」と声をかけると、ジョブズが「このあと、何をにぎってくれるの」と聞いてきた。「いま、ちょっと考えているんです」と答えると、ジョブズは「僕は、あとはトロだけでいいから、ストップと言うまで、ずっとトロをにぎってくれ」と注文した。
■一人で6貫、ペロリと平らげた
大西さんは、ジョブズが「もう、僕はここでいい」とストップをかけるまで、トロを立て続けに合わせて6貫にぎった。
ジョブズはひとりで黙々と食べていた。「お前たちもどうだ」と家族に勧めることもなかった。
それは、特に脂が乗った、スジがなく、食べやすいと人気のある、「カマ」という希少な首の部位だった。大西さんによると、「カマトロ」を続けて食べると、口の中が脂だらけになるそうだ。それだけに、ジョブズの食べっぷりは、大西さんに強烈な印象を残した。
「途中で気に入ったからあとはトロばかりでいいと言うお客様は、まずいません。大間のトロはすごく脂が乗っていて、けっこうヘビーな味で、にぎるたびに素早くパッパパッパと召し上がったので、よっぽど好きなんやなと思ってびっくりしました」
■「もう京都には来られないかもしれない」
食事を終えると、ジョブズが「名刺をくれ」と言ってきた。大西さんが「次回もどうぞよろしくお願いします」と声をかけて名刺を渡したところ、彼はショッキングなことを言った。
「実はもう、京都には来られないかもしれない。僕はすごく大きな病気をしていて、体調もあまりすぐれない。だから、もしかしたら、京都への旅行はこれが最後になるかもしれない」
その言葉どおり、ジョブズには最後の京都になってしまった。
これが最後と思ったからだろうか。
ジョブズはカマトロをよほど気に入ったのだろう。大西さんを驚かせることを言った。
「きょうのすしはすごくおいしかった。僕がアメリカでいつも行っているすし店に教えに来てくれないか」
大西さんが思わず、「それはあなたの店ですか?」と聞くと、「いや、僕が通っている店だ」と答えた。大西さんは、「あなたの店ならコーチに行きますが」という気持ちだった。
同業者としてはあり得ないことを言われてびっくりした。
■プライベートジェットでの配達を依頼
ジョブズはこんなことも言った。
「きょうのすしを気に入ったので、もし、僕がここへ来られなくても、連絡をするからアメリカにデリバリー(配達)に来てくれ」
大西さんが「ちょっと遠いな」と思いながらも、「時間もかかるし、前もっておっしゃってくだされば行きます」と答えると、ジョブズは、「プライベートジェットで迎えに来て、あなたもスタッフも道具も全部積み込んで、うちに直接来てくれたら大丈夫だ」と言った。
そのときを振り返って大西さんが言った。
「やっぱりVIPは考え方も違うし、おっしゃることも違うんだなと、ものすごくびっくりしました」
ジョブズはきっと、店ごとアメリカに持ち帰りたかったにちがいない。
■ことわざを最後まで書ききらなかった
「すし岩」には、このときのジョブズのサインが壁に掛かっている。
サインにはこう書かれていた。
All good things.
直訳すれば「すべての良いこと」だ。
ただ、これは「All good things must come to an end.(どんな良いことにも終わりがある)」という諺の一部でもある。「良いことはいつまでも続かない」という意味だ。
大西さんは、「ジョブズさんは死期を悟っていたのか、すべてを書かずに、この言葉だけを残したことが印象に残りました」と話した。ジョブズが店を訪れたのは、「あとにも先にも1回きりだった」と言う。
禅に親しんでいたジョブズは、「幸せの時間は短く、すぐに過ぎる。人の世は無常だ」と言いたかったのかもしれない。
■親友のサインと並べて店に飾られている
その後、さすがにアメリカからデリバリーの注文はなかったが、ジョブズは友人や知り合いにすし岩を紹介していた。直接の紹介で店を訪れた客もいた。
その1人がラリー・エリソン。
企業などの業務用ソフトウェアの開発や販売などを手がけるアメリカの企業オラクルの創業者だ。ジョブズのいわば戦友であり、親友だった。
エリソンは店に来てジョブズのサインを見つけると、「なんで僕のサインがないの。僕も書くよ」と言ってサインを書いた。「ジョブズの下に飾ってくれ」と言って帰ったという。それはジョブズのサインとともに飾られた。
THE WORLD’S BEST SUSHI... FROM THE OCEAN AND FROM THE HEART(世界最高のすし……海から、そして心から)
ジョブズの仕草や言葉。そのディテールに触れることは、京都に来なければ、かなわなかっただろう。ただ、話を聞く中で、一つの疑問が浮かんできた。
「ジョブズは、どうやってこの店にたどり着いたんですか?」
大西さんに尋ねると、こう答えた。
「ジョブズさんの予約をしたのは、オオシマさんという運転手でした」
この“オオシマさん”こそ、京都の真のキーマンだった。
■「京都のキーマン」オオシマさんをさがせ
太陽が沈んで空はもう暗くなり、すでに街灯がともっていた。
すし岩のあと、もう1カ所寄って話を聞いてからホテルへ向かう途中、鴨川沿いを三条大橋方面へ歩きながら、僕はiPhoneで京都のタクシー業界の関係者を手当たりしだいに探しては、必死に問い合わせていた。
「オオシマさんという方をご存じありませんか?」
翌日には、東京に戻らなければならない。でも、記者の直感でわかる。オオシマさんにはきっと何かがある。なんとか手掛かりをつかみたい。電話をかけまくっていた。
同行したバディ(相棒)の荒木ディレクターが「オオシマさん、見つかるといいですね~」と、横から声をかけてくる。しばらくすると……。
「知ってますよー。つなぎましょうか?」
突然、オオシマさんを知っているという人につながった。
■ジョブズが信頼したドライバーの「証言」
その人に教わった電話番号にかけると、やわらかい関西弁の男性が電話に出た。僕は手短に取材の趣旨を説明した。
「急なお願いで申し訳ありませんが、あす、お目にかかれませんか?」
ぶしつけなお願いにもかかわらず、その男性は快諾してくれた。
それが、ジョブズが信頼したドライバー、大島浩さんだった。
翌日、大島さんは車を運転して、僕らふたりをジョブズゆかりの場所に案内してくれた。
大島さんの話には“生身”のジョブズがいた。それは、至福の2時間だった。大島さんの口から、ジョブズのエピソードが出てくる、出てくる。やわらかい関西弁で話された数々のエピソードは、知られていないものばかりだった。
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佐伯 健太郎(さえき・けんたろう)
元NHK記者
1963年生まれ、東京都出身。1987年に上智大学法学部法律学科を卒業し、NHKに入局。主に記者として、秋田→東京→マニラ→東京→福岡→八戸→青森→松山→水戸→東京で勤務。2023年9月の退職までの8年間、ジョブズが日本文化から受けた影響の取材が「ライフワーク」になる。その集大成として、ジョブズがいかに日本の美術や企業から多くを吸収してモノづくりに活かしたのかを解き明かしたNHK BS番組「日本に憧れ 日本に学ぶ~スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点~」と、取材の過程や葛藤を綴ったウェブ記事「NHK取材ノート:スティーブ・ジョブズ1.0の真実(前・中・後編)」が大きな反響を呼んだ。Xアカウントは@SaekiSJ20。
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(元NHK記者 佐伯 健太郎)

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