■「かまどさん」普通の土鍋と何が違う?
バスも列車も運行していない、人口約380人の三重県伊賀市の集落に、年間約5万人が訪れる。とくに5月の大型連休には3日間で約3万人が押し寄せ、約1000台の車が山あいの細い道に列をなす。お目当ては、この地で江戸時代から約200年続く伊賀焼の窯元「長谷園」だ。
長谷園の大ヒット商品が「かまどさん」とネーミングされた土鍋。お米をふっくらとおいしく炊き上げると口コミで広がり、2000年の発売以来、累計120万個売れた。陶器でここまで売れるのは、異例のことだ。
黒の釉薬で艶のある丸みを帯びた土鍋は一見すると、冬の鍋料理に欠かせない土鍋と何ら変わらない。しかし、一度でもこの土鍋を使った者は、それを手放せなくなるというのがもっぱらの評判だ。
15年間、かまどさんを愛用している筆者もその一人。中強火で10~15分、外蓋の穴から湯気が噴き出したら火を止めて20分蒸らすだけで、料亭並みのふっくらしたおいしいごはんが炊けるのが大きな魅力だ。
■大手家電メーカーでも再現できない味
「大手の炊飯器メーカーさんがうちに訪ねてきては、かまどさんを超える炊飯器を開発すると言っていましたが、やはり、どこもうちの土鍋を超えることができませんでした。土鍋に金属のものを加工し加熱しても、直火で土鍋を使って炊いたようなふっくらとした甘味のあるごはんの味にはならないのです」
8代目当主、長谷康弘さん(56)は穏やかに話す。
昔の竈(かまど)炊飯は「始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」という言葉があるように火加減のコツが難しいが、それを火加減いらずで土鍋自身が自然に叶えてくれる。そして、年々進化する自動炊飯器も太刀打ちできない。「かまどさん」のおいしくご飯が炊けるヒミツとは何なのか。
■古琵琶湖があった地ならではの土
「原料の伊賀の里の土こそが、他の産地にはない唯一のものなのです。火にかけても耐えられる土は全国で伊賀の土だけです」
実は、伊賀は約400万年前に琵琶湖があった地であり、この地の土は古琵琶湖に生息していた生物や植物の化石が堆積してできているため粗い。この粗い土に、薪で焚いたかまどご飯のように、米のうま味と甘みを引き出す特性がある。
「この陶土でできた土鍋は熱を保つ蓄熱性が高いので、じっくりと穏やかに米に火を通し、火加減の心配もいりません。また、火から下ろした後でも冷めにくく、コトコト煮込んでいるのと同じ高い温度を保つので、蒸らしにも最適でごはんがふっくらとした状態になるのです。
ずんぐりした分厚い胴体に重い内蓋と外蓋の二重構造の形になっているのも、昔ながらの重い木蓋を乗せた羽釜を薪で炊く「かまど炊き」を再現するためだ。
恵まれた陶土と伝統の技を駆使しても、「かまどさん」にたどり着くまでに、発想から約10年の歳月がかかった。そこまでの道のりは、創業1832年(天保3年)の窯の命運をかけた親と子、そして工場長3人の険しい闘いでもあった。
■20代の営業部長が背負った負債18億円
「長谷は終わったな」
地元でこう囁かれた。
1995年、阪神・淡路大震災時に多くの建物で外壁タイルが崩落したことをきっかけに、長谷園の売上の7割を占めていた建築用タイルの施工キャンセルが殺到した。
売上は低迷、運転資金の借り入れだけが膨れ上がり、5億円の売上に対し、負債額は18億円に達した。
大学卒業後、東京の百貨店に勤務していた康弘さんは、傾きかけている家業の窮地を知り、帰郷を決意する。
幼い頃よりゆくゆくは家業を継承するという心づもりでいた。「見聞を広げろ」と父に言われ、高校から東京の4畳半のアパートで1人暮らしを始めて約10年。こう早く、その日が来るとは想像もしなかったという。
膨大な借金の返済、大量の在庫処分、そして、家業の立て直し――。「営業部長」となった20代の肩には重すぎる責務だった。
「伊賀に戻ったその日の晩に、わが家に飛んで来た銀行から、家業をどうするのか、負債をどう返していくのか、問い詰められました。家業は続けていきます、がんばりますとしか言えませんでした」
それに加えて、奈良時代から続く伊賀焼の伝統を守る覚悟も必要だった。
「伊賀では家族や個人で細々続けている小さな窯が多いので、私どものような窯元が踏ん張って、伊賀焼全体を盛り立てないといけないのです」
何としても、事業再生の手がかりを見つけなければならなかった。
■きっかけはアイデアマンだった父親のメモ
「父親の書き記した土鍋のアイデアスケッチを見た時、直感的にこれだってピンときたんです」
事業再生の手がかりを模索していた康弘さんは、ある日、7代目長谷優磁がチラシの裏に書いた大量のメモの中から1枚に目を止めた。それが、「火加減なしで吹きこぼれなし、誰でも簡単においしいご飯が炊ける土鍋」のラフスケッチだった。
「土鍋の蓋を開けた時に立ち上る甘い香り、目に飛び込んでくる炊きあがりの米の艶、そして、口に広がる甘味のあるご飯のおいしさを、皆に味わってもらいたい」
その一念から生まれた7代目のアイデアだったが、事業再生に忙殺され、開発は棚上げになっていた。
この炊飯用土鍋に事業再生のチャンスを見た8代目は、7代目、佐藤和彦工場長とともに起死回生に打って出た。
■試作品1000個以上、4年かけて完成したが…
試作品は、約4年間で1000個を超えた。
試作のたびに炊き上がったごはんは、焦げていたり、芯が残っていたりと食べられた代物ではなかったが、それを来る日も来る日も食べ続けた。
土や釉薬の調合、中蓋と外蓋の厚みや形状、蓋の穴の位置など、微妙に変えながら理想の組み合わせを探す作業は、終わりが見えなかった。
負債の返済が続くなか、開発資金も底をついていき、八方ふさがりの状態だった。それを打ち破る突破口となったのが、7代目が偶然工場で目にした、肉厚の土鍋の失敗作だった。
鍋の厚みを肉厚に改良したことで、2000年、ようやく薪で炊くごはんが再現できる土鍋「かまどさん」が完成した。
完成の喜びもつかの間、康弘さんにとって、最も厳しい試練が待っていた。今までにない製品であっただけに、世の中に浸透させることは簡単ではなかった。
「一人でかまどさんとガスコンロをスーツケースに入れて、日本全国津々浦々営業に回りました。その場でごはんのおいしさを知ってもらいたかったので、実演販売を続けました。かまどさんがいつか売れるという自信はありましたが、この時期が一番つらかったですね」
小売店に営業するものの、伊賀焼の炊飯用土鍋と言っても、伊賀焼の知名度が低く、門前払いが常だった。日本全国行脚の旅は約1年半続いた。
ところが、ある日を境に、いきなり状況が急変した。かまどさんが爆発的に売れ出したのだ。
■突然売れ出し「1年待ち」の人気商品に
従業員40人弱の小さな窯元の事務所に、無数の電話が鳴り響いた。「かまどさんを注文したい」という全国からの問い合わせだった。
「いったい何が起きているのか、最初はわかりませんでした。
従業員が調べたところ、NHKの人気料理番組「きょうの料理」に出演した著名料理家に「この土鍋でごはんを炊くと簡単でおいしい」と紹介されたというのだ。
番組の反響は大きかった。これを皮切りに、かまどさんはテレビや雑誌に引っ張りだこになり、瞬く間に商品予約1年待ちという人気商品になっていった。
かまどさんの波及効果で、蒸し鍋や燻製専用土鍋など他の土鍋も売れていった。
売上はメディアの露出に比例して増えていき、2018年には過去最高売上の9億円を達成。従業員を増やし、生産管理や顧客管理など社内の組織づくりも行った。
■「作り手は真の使い手であれ」という工房訓
現在、商品の種類は200種。かまどさんは一合炊きで1万1000円、一番人気の三合炊きで1万6500円。どれも売れ行き好調で、2025年には過去最高売上を塗り替えた。
コメの価格が高騰しているからこそ「せっかくだったらおいしく食べたい」という消費者の需要を取り込んだ、と康弘さんは見る。
「かまどさんがここまで売れてベストセラーになるとは、まったく予想していなかった」と言うが、単なる運や偶然で成功をつかんだわけではない。一度購入したお客さんがリピーターとして戻ってくるというのは、使い手を感動させる商品力に成功の要因があるのではないだろうか。
「『作り手は真の使い手であれ』という代々の工房訓を守り、ものづくりに妥協しないでやってきたことが結実したのだと思います。あの時、資金のことを優先して妥協していたら、今のかまどさんはなかった」
■使い手の立場に立ち「パーツ販売」を開始
長谷園では、おいしいご飯が炊き上がるという言葉通りの良品を、丹精込めて手作業で作っている。
土鍋の一部が割れても、割れた部分だけを交換する。土鍋の底が黒ずんできても、元通りに仕上げ直す。「使い方が分かりにくい」「うまく炊けない」という声があれば取扱説明書を変える。
土鍋を長く大切に使えるように、使い手の視線に立って商品づくりやサービスを提供している。この心が「作り手は真の使い手であれ」ということだという。
たとえば、割れた部品だけを販売するパーツ販売は、長谷園ならではのサービスの一つだ。
当初、社内からは「割れたパーツと合う組み合わせを何百個のなかから探すのは手間だ」「儲けにならない」と反対意見が噴出した。しかし、康弘さんはそう考えなかった。
「自分が土鍋を使う立場なら、割れて本体を買い直すより、割れたパーツだけを買いたいと思うはずです。作り手としては、使い手に土鍋を使い続けていただくことが大切なので、お客さまが割れた部分だけ欲しいとおっしゃったら、その要望に耳を傾ける。それが私ども代々の教えなのです」
わが家でも外蓋、内蓋を2回割った。長谷園に電話をしたら、パーツ購入できると教えてもらった。今使っているかまどさんは2代目だが、所々欠けていても、おいしいご飯が炊き上がる。
■「伊賀焼を伝統産業にしないといけない」
同社が大切にしてきた使い手主体の精神によって事業再生を果たした。伊賀本店に加えて東京・恵比寿にもアンテナショップ「東京店igamono」を開き、土鍋を使った料理教室やワークショップを開催している。
創業194年を迎える長谷園。約2年前に後継者として手を挙げた長女・早紋さんが、事業に新風を吹き込んでいる。
次に目指す先は、と聞くと、康弘さんは作り手として目指すべきことを実直に語った。
「伊賀焼を、伝統産業としてさらに発展させたいと思っているのです。つまり、昔と同じ物をずっと作り続けるのでなく、今のライフスタイルに合う物を作って、喜んでもらえるものづくりをしていかないといけない。日本の食文化を継承し、お客さまの食卓に楽しさを届ける。こんなやりがいのある仕事はありません」
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中沢 弘子(なかざわ・ひろこ)
ライター
ボストン大学大学院国際関係卒コミュニケーション専門。出版社にて編集者として勤務後、フリーライターとして独立。大手出版社の女性誌やビジネス誌にて人物取材多数。Forbes Japanなどでも記事を執筆中。社会課題の解決に取り組む経営者や起業家を取材。また、NHKドキュメンタリー番組の字幕翻訳や国際ニュース執筆、海外国別分析調査レポート執筆にも従事。最近は、日本の食文化を紹介する英文記事も執筆中。
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(ライター 中沢 弘子)

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