■御前試合で見せた“藤吉郎の卑怯さ”
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。第6回(2月15日放送)では秀吉と秀長の“兄弟の絆”が描かれ、いよいよ美濃攻めへと盛り上がっている。
1週前の2月8日は衆院選の選挙特番で放送休止となった。同じ乱世でも、夢も希望も置き去りに、絶望しかないのは現代のほう。だが、ドラマの中の戦国時代と、現代日本の政治状況には、決定的な違いがある。
戦国時代には「こいつはヤバい」と思ったら逃げることができた。現代の我々は、そう簡単に逃げられない。そして今、ドラマの中で最も「ヤバい」人物が鮮明になりつつある。それは秀吉ではない。織田信長だ。
信長のヤバさが如実に垣間見えたのは、第5回(2月1日放送)で描かれた御前試合だ。
だが決勝で、強敵・前田利家(大東駿介)と対峙する。追い詰められた藤吉郎は、素手で逃げ回りながら利家を挑発。「素手の相手に勝ってうれしいか。自分ならそんなまねはしない」と言って、利家に木槍を捨てさせた。
ところが次の瞬間、藤吉郎は自分の木刀を拾って素手の利家に襲いかかったのだ。
■信長の経営・人材戦略への“批判”
放送直後からSNSには「いかさま」「汚い」「カス」「卑怯過ぎる」という視聴者の呆れた感想が並んだ。だが、ここで注目すべきは藤吉郎の卑怯さではない。この試合を設計した信長の「経営手法」だ。
視聴者は藤吉郎の卑怯さに怒った。だが、この卑怯な方法を信長が許容していることのほうが、よほどヤバい。
御前試合は「士気高揚」という名目で開催された。しかしルール設計は曖昧だ。不正・卑怯・挑発はどこまで許されるのか。その境界線は、現場の武士たちの判断に丸投げされた。藤吉郎は木刀を拾って素手の相手に襲いかかったのも卑怯であると怒り呆れる者はいる。
しかし、信長はノーカウント。それどころか、この卑怯な勝ち方を黙認するにとどまらず、むしろ評価しているのだ。
能力主義で人材を巧みに利用したとされる信長だが、後世の識者から「経営・人材戦略」を高く評価されているとは言い難い。
例えば江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵が著した『甫庵信長記』。この本は太田牛一の『信長公記』をベースに、創作を交えて信長を描いている。長篠の戦いにおける三段撃ちは、この本が発祥の創作とされる。甫庵は信長を「知勇兼備の名将」と評価する一方で、武道のみを専らに用いて文を疎かにしたこと、家臣に対して酷薄であったことを批判している。
■「道徳が顧みられず、武力や策略に優れた者ばかり重用された」
江戸時代中期の朱子学者・新井白石は、著書『読史余論』で、さらに強烈に信長を批判した。
すべて此人天性残忍にして詐力を以て志を得られき。
白石は「詐力」「詐術」という言葉を用いて、信長の勢力拡大を残忍かつ卑怯なものとして繰り返し非難している。そして、その批判は秀吉にも向けられる。
此人匹夫より起り天下を掌にし給ひしかば、世の人是を称するなり。かかる事我朝には希なりしかど、異朝には其のためし少なからず。但し時の運に乗せられしによるか。
白石の視点から見れば、秀吉が庶民から天下人になったことを当時の人々は称賛したが、それは日本では珍しいだけで「時の運に乗せられし」に過ぎない。乱世で道徳が顧みられず、武力や策略に優れた者ばかりが重用された結果だというのだ。
甫庵も白石も、いずれも江戸時代になり戦乱が遠くなった時代の儒学者である。儒教的価値観から見れば、信長も秀吉も、乱世ならばこそうまくいったが、人間としては最低極まりない人物だったと考えていたわけである。
■「やったもん勝ち」の経営方針
つまり、信長の勢力拡大のベースにあったのは「既成の価値観の打破」――と言えば聞こえはいいが、実態はもっと生々しい。
現代風に言えば、「リーガルチェックが追いつく前に市場を取れ」「グレーゾーン? 違法じゃなければセーフだろ」という発想である。
ここまでではないだろうが、現代でも、法的なルールなどが明確でないことを背景に、シェアを取った事例はある。電柱にケーブルを張り巡らせ、有線放送の市場を掌握した例。空き部屋を貸し出すという発想で、民泊市場を創出した例。インターネットの独占的な市場の開放を訴えて、既得権益を打破し、その後の競争環境が激変した例。
どれも、ルールブックが整備される前に市場を取りにいった。
信長のやっていることはまさにこれ。戦国の世であればもっと苛烈だろうし、いわば「やったもん勝ち」だったのだ。
もちろん、挙げた例はいずれも事業として成功し、現在は社会と折り合いをつけてコンプライアンスにも厳密な企業になっている。だからこそ「昔はすごかったよね」と笑い話にできる。問題は、その成功体験を引きずり続けることだ。「これがイノベーションだ!」「既得権益をぶっ潰す!」――そのまま突っ走れば、いつかは必ずコケる。
■信長はまるで“スタートアップの経営者”
白石が信長を評したのは、まさにこの点だ。「やったもん勝ちだ! 成果が出たら報酬、出ないヤツはクビ!」こんなやり方で突っ走っていたら、反感を買ってコケるのは当たり前だろう。秀吉なんて、そんなヤツの尻馬に乗っただけじゃないか。白石の視点は、そういうことである。
とりわけスタートアップ企業では、こういうタイプの経営者を見ることが少なくない。
「悪用? ユーザーが勝手にやってることなんで。弊社のプラットフォームは悪くないです」
「うちのサービスがなかったら、もっと困る人が出るじゃないですか。多少のリスクは仕方ないですよね」
「『グレーです』って言うんですけど、弁護士は『違法じゃない』って。
批判をまったく意に介さない。むしろ「既得権益の抵抗だ」と言い返してくる。
面白いのは、こういう経営者に限って、表向きは「既得権益と戦ってます!」とアピールしながら、裏では大企業や政治家と仲良くして社会的影響力を高めている点だ。規制当局に「イノベーションを阻害するな」と圧力をかけつつ、自分たちは業界団体を作って新規参入を妨げたりする。
そして何より厄介なのは、本人が本気で「俺たちは正しい」と信じ込んでいることだ。コンプライアンスを逸脱している自覚がない。いや、正確に言えば「これは逸脱じゃない。合理的な判断だ」と思っている。
だから、止まらない。
■明智光秀は“合理性”に違和感を覚えたか
さらに、こうしたタイプは異論を唱える仲間のみならず、古参でもフィーリングが合わなくなったら切り捨てることを厭わない。だから、狂信的とまでいかなくとも、思想が似たような者ばかりが集まり純化していくことになる。
信長のやっていたことは、まさにこれである。こう考えると、本能寺の変が自業自得な必然だったことも見えてくる。
現代のスタートアップに置き換えて考えてみよう。
明智光秀は、信長の下で最も優秀な幹部の一人だった。能力を認められ、重要なプロジェクトを任され、結果も出していた。いわば、創業メンバーではないが「No.2」として急成長企業を支えてきたエグゼクティブだ。
だが、彼は次第に気づいていく。
「このやり方、おかしくないか?」
比叡山焼き討ち。一向一揆の皆殺し。次々と繰り返される「合理的な判断」という名の虐殺。光秀は教養があり、倫理観も持っていた。だからこそ、信長の「合理性」に違和感を覚え始める。
だが、組織はすでに純化している。異を唱える古参は切り捨てられ、残っているのは信長の方針に疑問を持たない者ばかりだ。
■光秀は“ワンマン社長に振り回される幹部”
光秀が何か言えば、こう返ってくる。
「光秀、お前は甘い」
「これが乱世だろう。綺麗事を言ってる場合か」
「結果を出してる俺たちが正しいんだよ。文句があるなら出ていけ」
これ、ブラック企業でワンマン社長に振り回され、追い込まれる幹部そのものではないか。
「売上目標は達成しろ。でも予算は削る。人も増やさない。コンプライアンスは守れ。どうやるかは現場で考えろ」
光秀は気づいた。このまま信長についていけば、自分も「詐力」の片棒を担がされ続ける。
……いや、もうこの会社、完全にヤバいだろ。
周りを見渡せば、状況はさらに深刻だった。
秀吉なんて、もう完全に信長イズムにノリノリである。「社長、こうしましょう!」と、次々と「合理的な施策」を提案する。その中身は、光秀から見れば明らかにアウトだ。いや、これ後で絶対に告発されるだろ! と思うような案件を、秀吉は平気で処理している。
「いやいや、これマズくないですか?」と光秀が指摘しても、秀吉はこう返す。
「光秀さん、考えすぎですよ。社長が認めてるんだから問題ないでしょ」
「結果出してるんだから、細かいこと気にしてたら勝てないですよ」
「うちのやり方についてこれないなら、無理しなくていいんじゃないですか?」
もう、話にならない。
■歴史では“裏切り者”だが、現代なら“内部告発者”
さらに悪いことに、信長は秀吉のような「ノリノリで突っ走るタイプ」を高く評価している。光秀が慎重に進言しても「お前は臆病だ」と一蹴され、秀吉の無茶な提案は「さすが秀吉、よくやった」と褒められる。
組織内での力関係も逆転し始めていた。かつては光秀の方が上だったのに、今や秀吉の方が信長に近い。このままでは、自分が追い出されるのも時間の問題だ。いや、追い出されるだけならまだいい。最悪の場合、「共犯者」として全責任を押し付けられる。
このまま信長が暴走を続ければ、組織全体が破綻する。その時、誰が責任を取らされる? 間違いなく、自分のような「古参の幹部」だ。秀吉のような新参者は、うまく逃げるだろう。もう、このままでは終わらせられない。
歴史は光秀を「裏切り者」として記録した。だが、現代の企業不祥事の文脈で見れば、彼は「内部告発者」だったとも言える。
……もし信長が現代に生まれていたら、どうなっていただろうか。
おそらく、グレーゾーンを突いたスタートアップで急成長し、一時はメディアに「革新的起業家」ともてはやされる。だが、規制が追いつき、内部告発が相次ぎ、最終的には出資法違反か金商法違反で実刑判決……そんなシナリオが見える。
出獄後は、YouTubeチャンネルを開設。そこで、毎回こう語るのだ。
「ワシみたいになったらいかんて。マジだで」
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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