リニア静岡工区の着工に残された課題がまた一つ解決した。ジャーナリストの小林一哉さんは「トンネルで出る要対策土について、JR東海が大きな方針転換をし、県が了承した。
JR東海はここにきてカネと時間をかけてでも着工を目指す方針に舵を切った」という――。
■残された「土」の問題もついに解決
静岡工区のリニア工事について、川勝平太前知事は「水」と「土」の大きく2つの置き土産を残した。このうち大井川の「水」についてはことし1月、JR東海が無期限で補償するという形で決着がついたが、トンネル掘削で出る「要対策土」をどこでどう処理するかについては議論が続いていた。
だが、ついにJR東海は「土」の解決ももぎ取った。
2月4日の県地質構造・水資源専門部会で、ヒ素、フッ素、セレンなど自然由来の重金属を含む要対策土の発生土置き場問題について、JR東海が示した新たな提案が了承されたのだ。
これまで、JR東海は要対策土を南アルプスの「藤島」地域に盛り土する計画を届け出ていた。だが、県は川勝知事時代の「置き土産」を理由に難色を示していた。
「藤島」が認められないのは、2021年7月の熱海土石流災害を機に制定された静岡県の盛り土等に関する規制条例で、自然由来の重金属等の要対策土の盛り土を原則禁止したからである。
そのため、県は川勝知事がトップだった時代、JR東海に計画そのものの見直しを求めてきた。
川勝知事は「リニア計画時にこのような厳しい条例は制定されていなかった。しかし、新たな条例に書かれている通り、重金属などの要対策土の盛り土は認められない。『藤島』の場合、適用除外にならないこともはっきりしている」と何度も述べていた。

JR東海は条例の適用除外として「藤島」を認めてもらえるよう県に働き掛け続けてきた。しかし、「藤島」は適用除外となる要件を満たさないという県の強硬な姿勢は変わらず、JR東海は条例の壁を突き崩すことができずにいた。
■磁力で土を浄化する「オンサイト処理」を提案
このような中で、昨年10月29日の専門部会でJR東海は大きな方針転換を行った。
それが、要対策土をオンサイト処理(磁力選別による浄化処理)で減量化するという新たな手法である。
リニア静岡工区で発生する要対策土は、ヒ素など自然由来の重金属等を含む汚染土壌と酸性土があり、JR東海は、静岡工区のトンネル工事で汚染土壌約3万立方メートル、酸性土約3万立方メートルが発生すると見込んでいる。
このうち、静岡県が条例で盛り土を禁止しているのは自然由来の重金属等を含んだものであり、酸性土は含まれない。つまり、酸性土であれば、二重遮水シートによる封じ込めなどの対策を施した「藤島」に盛り土しても条例に触れないから、何ら問題ないことになる。
一方、要対策土は条例の高い壁に阻まれるから、それを何とかしなければならなかった。
JR東海の提案したオンサイト処理とは、要対策土に鉄粉等を混合し、重金属等を鉄粉に吸着させたあと、磁力によって選別を行い、重金属等が含まれない「浄化土」と重金属等を大量に含む「濃縮土」に分離する方法である。
オンサイト処理を施した浄化土は通常の盛り土をすることが可能だ。
一方、重金属等を含む濃縮土は可能な限り速やかにリニア工事現場外に搬出して、最終的な汚染土壌処理施設に運ぶことになる。
■体積が減り、搬出するトラックも少なく済む
県はこれまで、重金属等を含む要対策土については大井川流域外への搬出をJR東海に要請していた。

これに対してJR東海は、いちばん近くの汚染土壌の最終処分場まで約100キロと遠く、搬出までの仮置き場として新たな土地の確保が必要となることや、搬出のための工事用車両が増加し、騒音、振動、大気汚染等の影響が出ることから合理的ではないと説明していた。
新たな汚染土壌施設を設置するにしても、許可権限を有する静岡市に申請してから供用開始までに数年単位の期間を要することが見込まれるとして消極的だった。
これに対して、オンサイト処理で重金属等を含む濃縮土とすれば、体積が全体の10分の1程度となる。1日の汚染土壌の最大処理量150立方メートルが、オンサイト処理を施せば、1割の15立方メートルほどの濃縮土に圧縮され、搬出のためのダンプトラックは1日最大4台程度で済むという。
すべての汚染土壌を搬出するには、従来は1日最大40台のトラックが必要とされていたが、それが4台程度のトラックで済めば、騒音、振動や環境負荷などの点でも許容範囲内になるという。
■オンサイト処理は部会であっさりと承認された
オンサイト処理を実施するには汚染土壌処理業の許可手続きが必要となり、維持管理、緊急時の実施でも法で求められる基準に適合した対策が求められる。
静岡市によれば、オンサイト施設は中間処理施設の位置づけであり、環境アセスの手続きを踏まなければならない濃縮土などの最終処分施設に比べて、許可手続きは短縮されるという。供用開始まで数年単位の期間は不要で、1年以内に縮められる可能性が高いという。
ただオンサイト施設でトンネル発生土を処理した実績は極めて少なく、トンネル掘削と並行して行った例はこれまでない。すでに着工しているリニア工事の他工区でもオンサイト処理は採用されていない。
しかし、南アルプスの険しい場所に位置し、適地が限られる静岡工区ではオンサイト処理を採用するのが合理的だとJR東海は説明した。2月6日の専門部会で、JR東海はオンサイト処理施設の候補地などを初めて示したが、県、専門部会とも何らの異論もなく、JR東海の提案をすんなりと受け入れた。

これで重金属等の要対策土の対話はすべて完了した。川勝知事時代のゴタゴタを思い返せば、あまりにあっけない幕引きである。
部会後の囲み取材で、記者の1人が「これまでと違い、非常に難しい課題が一気に解決している。過去のような徹底した議論もなく、簡単に対話が完了したのは驚きだ」などと専門部会の姿勢を皮肉ったが、JR東海の提案したオンサイト処理に疑問を投げ掛けたわけではなかった。
■なぜ最初から「オンサイト処理」を提案しなかったのか
それではJR東海はなぜ、「藤島」に固執して、最初からオンサイト処理を採用しなかったのか?
そもそもJR東海は2014年8月に国土交通大臣に送付した環境影響評価書(環境アセス)で「リニア静岡工区では汚染土壌が発生する可能性はない」という見解を示していた。
この見解に静岡県は汚染土壌の発生を危惧した知事意見書を送った。
だがJR東海は「評価書に記載した通り、環境基準を超過する可能性は想定していない。工事中に想定とは異なる地質が見られた場合は適切に対応する」などと汚染土壌の発生を頭から否定していた。
実際には、南アルプス周辺は重金属の含有が想定される地質を有しているため、トンネル工事の発生土の一部は汚染土壌となる可能性を指摘する専門家らの意見が多かった。
それでも国は工事実施計画を認可し、2014年12月の品川―名古屋の両駅を皮切りに工事がスタートした。JR東海が「2027年開業」を最大の目標としていたから、厳格な環境アセスに縛られないで、何が何でも早期に工事を進めていくことを優先したのだろう。
■「条例」で状況が一変し、追加費用を計上
だが、2021年7月、死者28人もの犠牲者を出した熱海市の大規模な土石流災害が発生。
静岡県は2022年7月、自然由来の重金属など汚染土壌の盛り土を禁止する厳しい条例を施行した。
汚染土壌があれば、JR東海が環境アセスで示したようにただ「適切に処理」するだけでは済まされなくなった。汚染土壌の発生を想定した上で、要対策土の発生置き場を決めて、適切な処理方法を示すことで、ようやく静岡県の許可が得られる――というプロセスが必要になったのだ。
2021年4月にJR東海が工事費を当初の約5.5兆円から1.5兆円増の約7兆円にした際、「藤島」の運搬費、設計費、整備費、環境調査費などを盛り込んだ。国も「藤島」を要対策土置き場として許可した。
さらに昨年10月29日、開業時期を2035年に仮置きした上で、総工事費を当初のほぼ倍額となる11兆円を見込むことを発表した。この中で難工事への対応1.2兆円を計上して、今回のオンサイト処理に伴う費用も盛り込まれた。
どんどん膨らむ費用の裏づけを得た上で、JR東海は2月4日の専門部会で正式に自然由来の重金属の汚染土壌を処理するオンサイト施設の建設を表明した。
同専門部会で、「藤島」では約6万立方メートルの要対策土処理が可能としてきたが、その予測には不確実性が高く、実際に発生する重金属等を含む汚染土壌が増える可能性があることまで言及した。
■JR東海はカネと時間をかけることを選んだ
川勝知事は「藤島」の計画そのものの見直しを求めたが、当時、JR東海は従わなかった。それが静岡工区着工を年内に見据えるいまになって、オンサイト処理施設建設という大胆な計画見直しに舵を切った。
すでに着工したリニア沿線の各工区でさまざまなトラブルが発生し、その対応にJR東海は追われている。
静岡工区はリニア全線の中でも、最大の難所と言われている。少なくとも10年間の工事期間が見込まれるのだ。
JR東海は、時間、費用を掛けてでも万全の策を講じることこそ、早期のリニア開業へつながることをようやく自覚したのだろう。

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小林 一哉(こばやし・かずや)

ジャーナリスト

ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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