■議員会館から退去する元立憲議員たち
「真冬の悪夢」は高市早苗首相の電撃解散で、急きょ結成した新党・中道改革連合にまともに覆いかぶさった。
「まるで見えない敵と戦っているようだった」
「悪い夢を見ているような気持ちで現実感が持てない」
壊滅的な敗北で、多くの仲間とともに落選した立憲民主党出身の中道の前議員は、議員会館の自室を退去するための荷造り用の段ボール箱の山を見ながらそうつぶやいた。投票日から4日で荷物を出して明け渡さなければならない。その作業を黙々とこなすのも議員とともに突然失業した秘書たちだ。
過去落選経験もあるその前議員だが、今度の選挙は、いままでのどの選挙とも違った奇妙な空気のなかで戦っていたと振り返った。
選挙が始まって最初はドタバタだったが、公明党の支持者も加わり、次第に動きは良くなった。中道の劣勢が一斉に報道された中盤以降も、むしろ反応が良くなっていた程だったという。ただ何度も選挙を戦ってきた秘書は、「人の集まりはいいけど、足を止めて演説を聞く人の数はそれほど多くはありませんでした。身内だけが盛り上がって、無党派層には届いていないのではとずっと不安でした」と選挙戦を振り返った。
「高市さんに追い風が吹いているのは確かだが、その影響が全く読めない」
自民党陣営も含めて、選挙中そんな声を各地で聞いた。
■熱狂なき高市ブーム
SNSの影響は圧倒的だった。選挙に関する短い切り抜き動画が拡散し、再生回数は驚異的な数を記録した。自民党広報が制作した広告の再生回数は1億回を超えた。匿名投稿者が首相や自民党を応援する内容の投稿も、数万から数十万単位で再生回数を増やし続けた。
高市首相の街頭演説には、凄まじい数の聴衆が集まった。自民党は組織力で数千人規模の動員をかけたが、さらにその何倍もの群衆が集まったという。
筆者も現場を見に行ったが、手荷物検査に長蛇の列ができ身動きもできないような聴衆なかに、子供を連れた夫婦や学生風の若い男女など、普段の自民党の街頭演説会ではあまり見かけない人達が目立ったことにも驚いた。
「日本を強く豊かに」「日本を守り抜く」
高市首相の演説は、いつも通り、勢いとノリはいいが、内容は抽象的、網羅的で、遠くからでは何を言っているか良く分からない。聴衆の中には日の丸の小旗を振りながら「サナエちゃーん」と叫ぶ人もいるが、大半は静かに演説を聞きながら、みなスマホを高く掲げている。
熱狂と言うより、自分の好きなアイドルを見に来ているような雰囲気だ。回りの人たちの間では「高市さん頑張っているよね」「元気そうで良かった」といった会話が交わされていた。
■ポジティブな「高市推し」
もちろん、そこに参加している聴衆は高市ファンであり自民党を支持する人々だが、そこで撮影されたショート動画がSNSで拡散され、自己増殖するようにけた違いに再生されていく。それを見た人が、高市首相の遊説先を調べ自らも足を運ぶ。アイドルの推し活のように、選挙区を超えて遊説場所にかけつけ、その模様を動画でアップしていくという人も増えていった。
「明るくやさしいポピュリズム」とでも言うのだろうか。ネット上でも、高市さんの演説で元気が出ました。自民党で明るい日本をつくってほしい、などとポジティブな投稿が溢れている。具体的な政策に関することや野党の批判などもないわけではないが、目立つのはあくまでポジティブな「高市推し」のものばかりだ。
だが、もちろんやさしく明るいだけではない。苛烈で陰湿な側面もあった。虚実ないまぜになった誹謗中傷や偽情報も、凄まじい勢いで「サナエの敵」に襲い掛かった。
■猛威を振るった「リベラル狩り」
標的になったのは中道の幹部や大物政治家だ。
選挙の陣頭指揮をとった中道の安住淳幹事長は、遊説中に足を組んでクリームパンを食べたことやポケットに手を突っ込んだまま演説をしたことが「傲慢だ」と非難する投稿がネット上にあふれた。東日本大震災で被災者に冷たい言葉を投げかけたという事実と異なる情報も瞬く間に拡散された。
終盤戦、選挙区に張り付かざるをえなくなるほどだったが、選挙区以外からも対立候補の女性を「辻立ちクイーン」と応援する書き込みが集中的にネット上にあふれ、その候補に4万5000票もの大差をつけられ落選した。
また旧民主党時代から要職を歴任してきた岡田克也氏もネットの攻撃に苦しめられた。台湾有事が日本の存立危機事態になり得るという高市首相の答弁を引き出したことに対し、日中関係が悪化したのは岡田氏の質問が原因だ、岡田氏は中国のスパイだといった批判がネット上にあふれた。
■立憲ベテランから、自民“リベラル派”まで…
岡田氏はネット上で事実関係を説明し、不当な非難に反論し続けたが、立憲の議員のもとにまで、「中国の手先のような岡田氏がいる党はもう応援できない」という支持者からの電話やメールが相次ぐようになっていた。
連続当選14回でテッパンとも言われた岡田氏は、落選が決まった後、いつもの淡々とした表情で説明した。
「敗因は二つ。一つは高市旋風で、これまで私を支持してくれた自民党支持層、無党派層が、今回は自民党に行ってしまった。もう一つはネットですね。ネット上で間違った情報や批判が広がり、それにうまく対処できなかった」
いつも通りの冷静で客観的な分析だ。
東京都知事選での石丸ブーム、二馬力の虚偽情報で自殺者まで出した兵庫県知事選挙、虚偽情報や誹謗中傷もまじるSNS選挙の問題点は、何度も指摘されてきた。虚偽情報が拡散されるだけではない。たとえそれが「真実」であっても、特定の政党や候補者に関する情報が、圧倒的な情報量で拡散されることの影響は小さくない。
しかも、SNSの課金システムによって、政治的な動機とは関係なく、「バズれば儲かる」と真偽不明の情報がネット上にあふれる事態にもなっている。
繰り返し同じような情報を受け続ければ、人はそれを信じやすい。その情報が拡散し増殖し続ければ、それを信じる人の数も幾何級数的に増えていく。
そしてその効果は、中道を壊滅的な敗北に追い込んだだけでなく、自民党内のリベラル派にも強烈なプレッシャーとして及んでいた。
■標的になった石破氏
一番のターゲットになったのは石破茂前首相だった。
いつも通り、開票同時に当確を打ち出すテレビの「ゼロ打ち」で早々と当確を決めた石破氏だったが、今回はいつもと様相が違っていた。
選挙前から、参政党や日本保守党など強硬右派の支持者だけでなく、高市首相を推す右派からも、自ら「自民党のリベラル派」と称する石破氏を落選させようという動きが活発になっていた。ネット上では、「リベラル狩り」という過激な用語も登場した。
ここでいう「リベラル」の定義ははっきりしないが、中国に協調的な外交姿勢であることや高市氏が好む積極財政よりも財政規律を重んじる立場を言うようだ。ようするに「サナエの敵」はみなリベラルか、反日サヨクなのだ。参政党の神谷宗幣氏も公然とリベラル狩りを肯定するような発言をしていた。
これに対して、当選を決めた石破氏は、さっそく圧勝した高市首相への苦言を呈した。
「選挙で大勝したからと言って白紙一任なんてことにはならない。党内の意見や他党の考えを謙虚に聞いていくことが大事だ」
■「リベラルというのは保守の本質だと思っている」
こう述べた石破氏は、さらに本来の自民党こそリベラルなのだとも言い切っている。
「自民党というのは英語で『リベラル・デモクラティック・パーティー』。リベラルということも自民党の存在意義のひとつですから、そこを否定されるのは自民党を否定したに等しい。リベラルというのは保守の本質だと思っている。他者の主張に謙虚に耳を傾け、おのれの足らざるところを直していく。それがリベラルであり、保守だと思っている。それを否定されるということに対しては断固戦わねばならない」
自民党内のリベラルの灯は消さない、という決意表明である。
石破氏の側近で、外相を務めた岩屋毅氏も中国人観光客向けのビザ発給の緩和を表明したことから、ネット上では媚中(びちゅう)政治家のレッテルを張られた。
選挙区の大分3区には、リベラル狩りだと、参政党の候補や参院選・東京選挙区で24万票を獲得した無所属候補が参戦した。
「根も葉もない誹謗中傷が繰り返されている」「自由闊達(かったつ)、侃々諤々(かんかんがくがく)に議論できるのが、本来の自民党だ。人を攻撃することが政治ではない」と防戦一方の選挙戦となったが、なんとかこれを跳ね返した。
ただ、石破氏の得票は6万6000票あまり。前回から約4万票も減少した。大雪で鳥取県の投票率が大幅に低下したとはいえ、厳しい結果だ。岩屋氏も、相手候補に約7000票という僅差にまで迫られていた。リベラル狩りの効果は決して小さくなかったのだ。
■「焼け野原になっちまった」
穏健な保守、つまり保守リベラルと、左派リベラルを統合する効果を狙って立ち上げた新党「中道」だが、高市旋風の前に、壊滅的な敗北を喫した。野党陣営のリベラル勢力は雲散霧消してしまったかのようだ。
特に145人の所属議員が21人にまで減少した旧立憲のグループでは、このまま中道で戦うことができるのか懐疑的な声が強まっている。
「焼け野原になっちまった。立憲と公明の双方に不信感が強く、参院でまとまることさえ難しい。ここから立て直すのは容易ではない」
落選した大物議員の一人は、そう心情を吐露した。中道の新代表に知名度の高い小川淳也氏を選出したが、野党陣営でリベラル勢力を立て直すのには時間がかかるだろう。
高市内閣の暴走を止める勢力はなくなった。国民民主党の玉木雄一郎代表は、選挙前「自民が300議席もとると時速200キロで暴走しかねない」と言ったが、その状況が現実になった。「対決より解決」といっても国民だけでは自民に政策を飲ませることなど到底できない。日本維新の会も同様だ。アクセル役だと訴えてきたがもはやアクセルは不要だ。
そうなると、自民党のブレーキ役は、自民党内の石破氏ら「リベラル派」しかいなくなる。リベラルの灯は、焼け野原の野党陣営ではなく、自民党の中にともり続けることになったのである。それが獅子身中の虫として、高市氏を悩ますほどの存在になっていくのか、それはまだこれからの話だ。
■次の火種は巨大与党の中に
「政治の世界は時計の振り子だ」
かつての宏池会の重鎮・前尾繁三郎が語った言葉だ。自民党は、右から左に振り子を振るように政権を替えて生き延びてきた。この振り子がどう振れるのか。
中曽根康弘首相の「死んだふり解散」(1986年)で自民党は300議席を獲得した。ところが3年後の参議院選挙では、リクルート事件や消費税導入の影響で、歴史的な大敗を喫し、「ねじれ国会」が生じた。これが93年の政権交代につながった。
また2005年には小泉純一郎首相の「郵政解散」で自民党は296議席の圧勝を飾った。しかし、この後も2年後の参院選で歴史的惨敗を喫し、さらに2年後、民主党に大敗して政権交代したのである。
その後、安倍・菅政権と、右に振れ続けていた振り子は、リベラル色の強い岸田政権、石破政権と今度は左に振れていた。それがまた右に振れたのが高市政権だったが、この強硬右派が主導する政権は、かなり強引な解散総選挙で、振り子をブン、とさらに右に振り切った。それが歴史上最大の316議席という結果を生んだのである。しかし、振り子をあまり強烈に振りすぎると、その反動が大きいというのも歴史の教訓だ。
かつてない巨大な数の力を手にした強硬右派が主導する高市政権と、与野党を通じたリベラル派の最後の拠点となった石破氏を中心とするグループ。その行動が、今後の自民党の行方を左右するのかもしれない。
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城本 勝(しろもと・まさる)
ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)

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