中国でIKEAの7店舗が閉店セールに入り、客同士が家具を奪い合う騒動に発展した。閉店するほど家具が売れない理由の一つとされるのが、中国に広がる深刻な不動産危機だ。
海外メディアは、不動産価格が暴落する中、退職金を全額つぎ込んで購入してしまった男性などの事例を報道。絶望の声が中国全土で聞かれるという――。
■腕力で奪い合うセール会場
1月15日、午前10時。中国のIKEA店舗は混乱を極めていた。
店舗が開くと同時に、広い通路幅をぎっしりと埋め尽くす人の波が店内へ殺到。ダッシュで商品へと群がり、アウトレットコーナーでは小競り合いが繰り広げられた。
シンガポールメディアのチャンネル・ニュース・アジアが取りあげた動画では、ある中年男性が右手にコンパクトチェア、左手に革張りの回転椅子を持ったまま、さらに商品棚の方へ身をねじ込むようにして移動式のシェルフを確保。
別の女性客は腕を交差させながら、右手でキャスター付きラック、左手で昇降式テーブルをつかみ取る。欲しい品を見定める余裕などなく、多くの人はただ一番近くにある商品から手に取っている様子だ。キャスターの付いたあらゆる商品がコンクリートの床の上を振り回され、ガツガツとぶつかり合う音が売り場にこだまする。
人々が鬼気迫る表情で商品を抱え込む中、遅れてやってきたフード姿の男性が奪い合いに参戦。先の中年男性から、移動式シェルフを堂々と奪い取る。
中年男性の連れの女性も加勢して商品を力任せに引き合い、互いに怒号を飛ばす事態に。シェルフは結局、後から来たフードの男性が奪い去った。
■開店3時間前から行列
ハルビンの店内では、カートがひしめき合って身動きが取れない状態になっている。人気商品を巡って客同士が言い争う場面もあった。「イケアがこんなに混んでいるのは人生で初めて」という声がSNSで拡散した。
列は朝7時頃、開店3時間前から伸び始めたという。IKEA中国の担当者は九派新聞の取材に対し、「人混みがすごい。入店まで3~4時間待つお客様もいるかもしれない」と語った。
人々の目当ては、この日始まった閉店セールだ。IKEA中国は、上海や広州、ハルビンなどの計7店舗を2月2日に閉店すると発表していた。
なぜIKEAは、中国で大量閉店に至ったのか。ブルームバーグは、IKEAが不動産危機のあおりを正面から受けたと分析する。

新たな住宅が売れないということは、新居移転に伴う大型家具の購入がないことを意味する。安価な小物しか売れない状況では、比較的高価格帯のベッドや特注のキッチンキャビネットの需要は薄い。IKEA中国にとって、大型のショールーム兼倉庫型店舗を維持する必然性は薄くなった。
■空き家軒数は通常の2倍以上
中国の国家統計局によると、2025年1~7月の全国の住宅着工面積は前年同期比で約20%減った。それでも売り出し中の空き家は減るどころか増え続けている。ニューヨーク・タイムズは、上海市の経済メディア・第一財経のデータをもとに、空き家の数が過去平均の2倍以上に膨らんでいると報じた。
7店舗の閉鎖後も、中国国内では34店舗が営業を続ける。しかし同社は、大型店から小型店へ軸足を移す方針を示した。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、今後2年間は北京と深圳を中心に、小型店舗を10店以上新設する計画だ。小型店を顧客との接点とし、主軸をネット販売に移す狙いがある。
日本では新宿・原宿の都市型店舗を2月8日をもって閉鎖し、IKEA本来のスタイルである倉庫型店舗を残すが、これとちょうど真逆の方針だ。
こうしてIKEAが本来のビジネススタイルの再考を迫られるほど、中国の不動産危機は深刻化している。

あるブロガーは、2021年に約700万元(約1億5700万円)で購入した住宅が、今では300万元(約6700万円)を切っても買い手がつかないと嘆く。ブロガーがこの失敗談を動画で投稿したところ、同じ境遇の人々から数百通ものメッセージが寄せられたという。「自分だけが不動産市場の罠にはまったわけではなかった」と安堵すると同時に、胸中は複雑だ。
■退職金をつぎ込んだ物件が無用の長物に
彼女は中でも切実な声を取りあげ、米中国語週刊紙のビジョンタイムズがこれを掲載している。
最も痛切だったのは、ある中年男性の話だ。結婚する息子のためと退職金を全額つぎ込み、さらに20万元(約450万円)を借りて住宅を購入した。だが、息子の縁談は破談になり、虚しくも不要になった住宅には買い手がつかない。今は毎日2つの仕事を掛け持ちしている。
投稿前月の健康診断で高血圧と糖尿病が見つかったが、治療費を出す余裕は彼には残されていない。おそらくは息子の名義で住宅を購入しており、手続き上は息子がローンの名義人になっているのだろう。父親は、「息子の信用情報をブラックリスト入りさせないように、1銭でも多く返済に回さなければ」と語る。
別の女性は、頭金を工面するため実家の店舗まで売却した。
ところが夫がリストラに遭い、ローンを3カ月滞納してしまう。銀行からの督促電話が朝から晩まで鳴り続けるという。損切り覚悟で売りに出したものの、2カ月経っても問い合わせすら来ない。
2021年に結婚した男性は、両家の貯蓄をすべてつぎ込んで新居を購入した。だが物件の価値は半値に下がり、毎月のローン返済額は家賃を上回る。昼は出前を配達し、夜は運転代行で返済資金を稼ぐ日々だ。子供を持つことも諦めたという。「妻との口論は必ず『なぜこの家を買ったのか』で終わる」と明かす。
■利益どころか購入額の30%の損失
中国では不動産ブームに乗り、投資の意味も込めて物件を購入する動きが過熱していた。厳しいローン審査ゆえに、貯蓄の大部分を頭金につぎ込む人々が多く見られた。
だが、安易に不動産で儲ける算段は甘かったようだ。中国中部の工業都市・合肥市に住み、農業関係のテック企業でマーケティングを担当する35歳女性の例を、ニューヨーク・タイムズ紙が伝えている。

女性は昨年2月、夫と暮らすマンションを売りに出した。3年前に約33万ドル(約5100万円)で購入し、内装と家具に8万ドル(約1250万円)をかけた物件だ。
家具付きのまま購入時と同額という破格の条件で売り出したところ、数十人の仲介業者や買い手候補が関心を示した。ところが、交渉段階で実際に提示された価格は、希望額より15%以上安いものばかりだった。家具の価格も含めると、30%以上の損となる。
安い価格を提示されるたびに、女性は怒りにも似た感情を覚えたという。さぞ利益が出るだろうと期待しただけに、落胆は大きい。「なぜこうなるのか、どうしてここまでひどいのか分からなかった」と同紙に語る。
■「マンション購入は堅実な投資でなかった」
女性は結局、10万ドル(約1560万円)を超える損失を受け入れられず、売却を断念してそのまま住み続けることにした。「マンション購入が堅実な投資だと信じたのが間違いだった」と反省しきりだ。
首都・北京でも状況は厳しい。IT業界で働くある女性は昨年8月、マンションを売却した。
2016年、価格が急騰するなか焦って購入した物件だ。その後も価格は上がり続け、不動産業者から売却の打診が相次いだが、すぐには動かなかった。やがて子どもが生まれて手狭になり、いざ売ろうと決めた頃には、市場はすでに冷え込んでいたという。
内覧に訪れるのは、買う気のない「ひやかし客」ばかり。「誰も真剣に価格を提示してくれず、パニックになった」と女性は振り返る。結局、購入時とほぼ同額での売却となり、「この9年間を無駄にしたようだ」と語った。取引が成立しただけでも幸運だった、と彼女は言う。
■両親含めた「6つの財布」を動員するが…
「負の資産」という言葉が、いま中国で急速に広がっている。購入した住宅の市場価格が銀行から借りた残債を下回り、売却しても借金だけが残る状態を指す。ビジョンタイムズが具体例を挙げて解説している。
600万元(約1億3000万円)で住宅を購入したとする。頭金として180万元(約4000万円)を用意し、残る420万元(約9000万円)を銀行から借り入れた。中国では若い世代が家を買う際、本人夫婦だけでなく、双方の両親、さらには祖父母まで「6つの財布」を総動員して頭金をかき集めることが珍しくない。
その後、毎月の給料の半分以上をローン返済に充て、3年以上にわたって支払いを続けてきた。ところが、ローンの初期は返済額の大半が利息に充てられる仕組みのため、元金は30万元(約700万円)強しか減っておらず、銀行への借金はいまだ約400万元(約8800万円)も残っている。
この住宅がいま売れる価格は300万元(約6600万円)。売却代金を全額返済に回しても、なお約100万元(約2200万円)の借金が残る。家族総出でかき集めた頭金180万元(約4000万円)と、3年間必死で払い続けたローン返済分のすべてが、消えてなくなった計算だ。
■「負の資産」の終わりは見えない
不動産不況が直撃する今、多くの物件購入者が頭を抱えている。
エコノミスト誌によると、金融大手UBSが2500人を対象に行った調査では、昨年4月時点で中国の回答者のほぼ半数が、保有する不動産で含み損を抱えていた。さらに、住宅の価値がローン残債を下回り、負の資産状態に陥るケースも増えている。
UBSのメイ・ヤン氏によると、こうした住宅は昨年末までに70万戸に達し、今年中に180万戸に膨らむ見通しだという。
2月2日で中国から消えた、IKEAの7つの大型店舗。閉店セールの家具には客が殺到したが、景気の良さを象徴するどころか、むしろ真逆の不動産危機を象徴していた。
値上がりを期待し、無理をして購入した不動産。今や「負の資産」となったローンの返済は、曲がれども終わりの見えないIKEAの通路よりも、ずっと長く続く。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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