家づくりで重要なことは何か。建築家の谷尻誠さんは「僕が自分の家づくりをするとき、自分が本当に住みたい住まいとはどんな家なのかを考え抜くと、自分が幼少期に育った“とにかく不便”な広島の長屋に辿り着いた。
子ども時代に過ごす家は大切だが、『不便』さこそが実はとても豊かである」という――。
※本稿は、谷尻誠『建築家で起業家の父が息子に綴る「人生の設計図」』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「不便」こそ、自分の財産
建築家として150軒以上の「人の住まい」をつくっていた僕が、2019年、生まれて初めて自分の家を建てることになりました。
僕は44歳。家族は料理家の妻と、当時5歳になったばかりのひとり息子です。
「住まいづくり」のプロである建築家が、自分や家族のために自分で設計して建てる、いわゆる「建築家の自邸」は、ちょっと特別な存在です。それまでに培ったアイデアや技術の集大成でもあるし、自分の家ですから実験的な試みや斬新な表現もできる。
ある意味、自分が理想とする暮らし方を体現した建築になるはずだからです。
自分が本当に住みたい住まいとは、どんな家なのか?
それはもう真剣に考え抜いた結果、たどり着いたのは……自分が幼少期に育った広島の長屋。
それは、ひと言で言うと、とにかく「不便」な家でした。
実家があったのは、広島県北部の三次という田舎町。間口が4メートル弱、奥行きが25メートルある長屋です。

細長い敷地に木造の母屋と離れが建っていて、その真ん中に中庭がありました。台所でご飯を食べたり母屋にいるときは靴を脱いで過ごしますが、寝るときはいったん靴を履いて中庭を通り、また靴を脱いで離れの部屋へ上がる。
雨の日に、母屋と離れを行き来するには、いちいち傘をささなくてはなりません。過ごしているうちに家の外と内の境界がわからなくなるような、そういう家でした。
■「不便な家」がクリエイターとしての芽を育む
風呂も五右衛門風呂のスタイルで、薪をくべて沸かさないと入れません。建物の外の焚口から火吹き竹をフーフー吹いて火をおこすやり方も古臭くて本当に嫌でしたし、どんなに夢中で友達と遊んでいても、夕方になれば風呂を沸かすために、否応なく家へ帰らなくてはなりません。
すべてが不便で、面倒くさい。
昔の長屋ですから家の中が薄暗いのもイマイチで、友達の明るい家から自分の家へ帰ってくるたび、本当にうんざりしていました。「早く大人になって自分の城を建てたい」と、そんなことばかり口にしていたのです。
ところが、大人になって振り返ったとき、あの「不便」さこそが実はとても豊かだったのかもしれない、と気がつきました。
なぜなら、不便な家に住んでいると、それを克服するためのさまざまな工夫を、いちいち考えながら生活しないといけないから。
家の前の道路に打ち水をすることで、暑くて狭い室内へ涼しい風を通すという先人の知恵を取り入れたり、軒下に雨がかからないようにDIYで屋根を直したり、あるいは、できるだけ早く薪の炎に風を送る方法を編み出したり……。

自分自身の知恵でどうにか工夫せざるを得なかったことが、考える鍛錬になっていた。
「あの不便な暮らしが、クリエイターとしての芽を育ててくれたんだな」

「不便も悪くないな」
そう思うようになりました。
■人一倍あきらめが悪く、往生際が悪くなった
もうひとつ大きかったのは、あきらめられない体質になったことです。
「なんで僕の家だけ貧乏でボロいんだろう」

「なんでシャワーがないんだろう」

「なんで僕が薪割りも掃除もしなきゃいけないんだろう」
……とても理不尽に感じていましたが、お金がないのも家が古いのも現実で、どうしようもない。
そんな環境で育ったので、僕は人一倍あきらめが悪く、往生際が悪いのです。
「できないんだから我慢しなさい」と言われても、「でも、何か方法があるんじゃないか、何かやれるんじゃないか」と思わずにいられない。
何もチャレンジしないまま済ませることができない“体質”は、この不便な実家によって育まれたものだと思います。
■便利な家が「よりよく生きようとする力」を鈍らせる
今の時代、多くの人が便利で機能的な家を求めています。
でも、簡単に「快適」が手に入ってしまえば、住人は工夫をしないし、それ以上によくする術を考えなくなる。それどころか、「家を建ててはみたものの、住み始めたらここが使いにくい、もっと便利にしたい」などと言いだす始末です。
快適ではないことを家のせいにしている時点で、「考えていない人」ということではないでしょうか。便利な家は、人間が本来持ち合わせている「よりよく生きようとする能力」を鈍らせてしまう。

僕は、いちばんの根っこの部分に「不便」があったからこそ建築家になれたし、「不便という豊かさ」を設計できる能力も手に入れた。子ども時代に過ごす家がどれだけ大切なのかを、日々改めて噛みしめています。

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谷尻 誠(たにじり・まこと)

建築家、起業家

1974年広島生まれ。2000年、建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2カ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外で多数のプロジェクトを手がける。近年は「絶景不動産」「tecture」「DAICHI」「yado」「Mietell」など多分野で開業。事業と設計をブリッジさせて活動している。2023年、広島本社の移転を機に商業施設「猫屋町ビルヂング」の運営をスタート。2025年には「葉養」というサプリメントをリリースするなど、ビジネスの幅を広げている。著書に『CHANGE 未来を変える、これからの働き方』(主婦の友社)など多数。

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(建築家、起業家 谷尻 誠)
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