急な商談や会議が決まったら、どのように準備をして臨むといいか。ジャーナリストの大野和基さんは「ビジネスパーソンは“トピック”ではなく、事前に少しでもその人となりを知りフォーカスすることで、準備期間の短さも十分リカバーできる」という――。

※本稿は、大野和基『世界基準の「質問力」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■準備のクオリティが、仕事の出来のすべてを握る
第一弾で、とりわけ日本人が注意すべき点を中心に、いくつか質問力のポイントを指摘した。すなわち、長い質問、数珠つなぎの質問はNGだということ。また雑談や、相手のガードを下げるネタ振りが大事だということなどだ。
こうした、ポイントに共通することがある。それは、いずれも準備の仕方次第で、いくらでもマイナスをプラスに転じられるということだ。では、具体的にどのように準備を進めればいいのだろうか。
考え方は大きく分けて次の3点となる。
①トピックに関する準備

②人物に関する準備

③サブトピックに関する準備
①について当たり前だと思う人が大半ではないか。もちろん、誰か特定の人に話を聞く場合、当然のことながら予習がマストとなる。私の場合だと、学者やジャーナリスト、エコノミストといったいわゆる“知識人”に話を聞くことが多い。
彼らは、インタビュー記事や雑誌への寄稿はもとより、著書も多数出している。
それらを取材前に読み込むのは、大事な仕事のひとつだ。
ただし、ここで一番重要なのは読み込むことそのものではない。まさに前項で見た“イソコ化”がしばしば起きる理由、それは事前の情報の精査が足りなかったこととともに、その戦略的な打ち出し方を十分に検討しなかったことにある。
つまり、資料を読んで、その概要を頭に入れるのと同時に、どのように“攻める”のかをイメージするのも、準備の重要な一環なのだ。
■一歩踏み込んだ回答を引き出す方法
たとえば、まだまだコロナ禍が騒がれていた2022年、『銃・病原菌・鉄』(草思社)などで知られるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のジャレド・ダイアモンド教授にインタビューをした。テーマは「国家の危機」だ。
ご存じの方も多いかもしれないが、彼は多くの作品を世に送り出しており、しかもどの著作も等しく長い。当然、英語の原著をじっくり読んでいたら、あっという間に取材当日になってしまう。
そこで、話題となっている著作、そして最新作には目を通しておいた。せめて、それらの概要や主張、あらすじのポイントくらいは把握しておかないと、相手に足元を見られてしまうのは、火を見るより明らかだったからだ。
事実、もし私が彼の最新刊『危機と人類』(日本経済新聞出版)をろくすっぽ読まずに「コロナ禍についてどう思いますか?」などと質問したら、まず間違いなく「それは、『危機と人類』に書いてあるから読んでおいてほしい」と冷たく返されていただろう。
だが、前述のように私は事前に同書に目を通していた。
だから、通り一遍の質問にならぬよう、「あなたは、危機こそが人や国が学ぶチャンスだと言いますが、このパンデミックから我々が学べることは何でしょうか?」と質問できたのだ。
すると彼は、「フィンランドのような国になれ」と答えた。そして、それに続いて「新型コロナは気候変動、資源枯渇、格差と同様だ」と述べたのである。これはどういうことか。
フィンランドは第2次世界大戦でロシア(ソ連)から攻め入られたことを教訓に、常に悪い事態を予測しているため、コロナ流行の3年前にすでにマスクを備蓄していた。前者の答えは、そうした国としての姿勢をフィンランドに学べということだ。
■最短、最速で資料を読み込める方法
そして後者は、新型コロナはグローバルな解決が必要だが、グローバルな問題はそれだけではない。気候変動、資源枯渇、格差もまた新型コロナ同様、解決へ向けてグローバルな取り組みが必須だという指摘である。そして、その点において日本人も傍観者ではいられないという旨のことを語っていた。
こうした受け答えができたのは偶然ではない。先述した彼の最新刊『危機と人類』の日本語文庫版が、「世界的危機としてのコロナ禍」という寄稿から始まっていたのだ。そしてそれに目を通していたのは、私流の「準備の方程式」に則ってのことである。

すなわち、前述したように時間がないときに、準備に多くをかけることはできない。そのため私が常に資料を読む際に心がけていることがある。
それが、最初と最後だけしっかり読むということ。そのうえで、項目ごとに最初のほうだけ目を通しておくというものだ。これが、間違いなく最短、最速で資料を読み込める方法であろう。
どんな資料でも、最初に読む人の目を引くネタを載せているはずだ。先ほどのジャレド・ダイアモンドの本で言えば、冒頭の「世界的危機としてのコロナ禍──日本語版文庫に寄せて」と、ココナッツグローブというクラブでの火事について書いた「プロローグ ココナッツグローブ大火が残したもの」がそれに当たる。
■時間をかけない「準備の方程式」を用意する
そこを読むだけで、コロナという当時の最新事象に対する彼の考えと、危機に際し国民がどう対応するのかという主旨がわかるわけだ。
あとは章ごとに頭の部分だけ、さっと目を通す。ただし「第8章 日本を待ち受けるもの」だけ、やや細かく内容を追い、そして最後の「エピローグ 教訓、疑問、そして展望」を一読。これで終わりだ。
もっとも、この最初と最後だけ読むことについて、おそらくビジネスパーソンなら慣れているのではないか。
たとえば、ビジネスの現場で使われるパワポの資料や、あるいは白書などの公的な文書を思い返してほしい。
いずれも、冒頭に要約があり、重要事項が番号を振られて羅列され、そして結論が当たり前だが最後に待っている。こうした明示的な重要ポイントだけを読み込んでから会議に出席する、ということも間々あるはずだ。
私がやっているのも、それと大差ない。ここで言いたいのは、つまりは「枝葉末節は捨てていい」ということだ。
何度も繰り返すが、質問の目的は聞きたいことを聞き出すことである。だからこそ、話の主導権をしっかりとグリップするためにも、最低限の前提だけは把握しておかなければならないのだ。
もちろん、準備に抜かりがないに越したことはない。ただ、私たちが臨むのは何年もかけて準備する大学入試ではないのだ。往々にして短期決戦が要求される。だからこそ、時間をかけない「準備の方程式」を用意しておくべきなのである。
CONCLUSION

自分なりの「準備の方程式」が

短期決戦には不可欠である!
■“逆算”をすれば、時間は必ずつくり出せる
前項で見たように、質問力を上げるためにも“正しい準備”はマストの事項だ。
ただし問題は、忙しい日々を送る人にとって、準備の時間にどれだけ時間を割けるかだろう。おそらく、十分に準備する時間を取れる人は、ほとんどいないのではないか。
しかも、とりわけそれなりに“上”の人とのアポ取りは、急に決まることが多い。当然、ただでさえ忙しいなか、きわめて短い時間しか準備に使うことはできないはずだ。
私もそんな経験を何度もしてきた。なかでも、群を抜いて急に決まったのが、長崎県出身のイギリス人作家で、2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロをインタビューしたときのことだった。
ノーベル文学賞受賞より11年先立つ2006年、私は当時、別の仕事でロンドンにいた。そこで、たまたま前年の2005年に出た『わたしを離さないで』に出会い、ざっと目を通したところ類まれなる面白さを感じた。
そこで、彼がどんな人物なのか取材してみたいと思い立ち、ダメ元でエージェントを通じてインタビューをしたいと申し込んだ。すると、何と「明日ならインタビューOKだ」という返事が来たのだ。
私はうれしさとともに、困り果ててしまった。なぜなら、『わたしを離さないで』の概要は把握していたものの、しっかりと読んではいなかったからだ。

インタビューできることになったとしても、どうせ先のこと。だったら、それまでに読んでおけばいい、と軽い気持ちで申し込んでいたのである。
■個人に関する部分を時間の許す限り洗い出す
他方、エージェントにしてみたら、インタビューを申し込むくらいだから、当然、作品を読み込んでのことだろうと思っていたはずだ。
自分の得意分野である科学や社会分析だったら、まだ1日でどうにかできる。ただ、小説は、そうはいかない。しっかり内容を読み込み、理解するのは当然のこと、そこから質問も考えなければならない。しかも次の日までにだ。指定された取材の時間まで残り20時間。だが、ここで慌てたところで、残り時間が増えるわけでもない。
大上段から人生を語るつもりも、そんな資格も私にはないが、大事なことほど得てして想定通りに進まないもの。だから、先方の無茶振りにイラついても仕方がない。
そのあいだも時間は刻々と過ぎていく。だとしたら、取材の時間から逆算してできることを考えるほうが、よほど生産的ではないか。
そこで、まずその日の夜8時までに彼の『わたしを離さないで』を読むことにした。そして、内容に関して聞きたいところ、あるいは大事な部分のメモを取った。
そして、作品に関して聞くのはメモしたものだけと割り切ったのだ。それから、カズオ・イシグロの経歴や交友関係など、個人に関する部分を時間の許す限り洗い出した。
そして翌日。私は次のようなことを聞いた。
■“人物像”そのものを浮き彫りにする
小説作法についてお伺いしたいと思います。ポール・オースターにインタビューしたときに、彼は、同じく作家である妻のシリ・ハストヴェットの言葉を引用して、こう言っていました。
「小説を書くということは、実際に起こらなかったことを思い出すようなものだ。その意味で、小説を書く方がノンフィクションを書くよりもはるかに難しい」。このコメントに同意されますか。
もちろん、『わたしを離さないで』についても聞くつもりだったが、まだまだ知らない人も多かったであろうカズオ・イシグロの“人物像”そのものを浮き彫りにすることを、インタビューの中心テーマに据えたのだ。
言い換えれば、前項で述べた②人物に関する準備に重きを置くことにしたのである。
その結果、長崎で生まれ育ち5歳でイギリスに行くことになったこと。そのときの思い出で自身の日本像をつくり上げたが、それは記憶と想像が混ざり合った架空のプロセスを経たイメージであったこと。
そうした思考の過程は、小説家が小説を書くものと似ているといったことを、カズオ・イシグロから聞き出すことができたのである。
■日本人にもなじみが深いネタを掘り下げる
さらに「好きな小説家は誰か」という質問もした。
ぱっと見“ベタ”な問いに思われるかもしれない。だが、前の晩のリサーチで、村上春樹作品のファンだということがわかっていた。当然、今回の取材結果は日本の媒体に掲載される。
であるならば、日本人にもなじみが深いネタを掘り下げたほうが、読む人にとってもカズオ・イシグロがどういう人物か、伝わりやすい。
結果、彼は、村上春樹が最も興味のある作家のひとりであるとともに、それは日本人だからではなく、国を超えた作家だからであること。また、村上と会うときは文学論ではなく、互いに好きなジャズを中心に他愛もない話をすることなどを明かしてくれた。
そのほかにも、両親がとくに日本語教育を押しつけなかったので、日本語は5歳で話すのをやめたこと。日本についての小説を書き終えるまで日本を訪れないように決意したため、再び日本に戻ってきたのは35歳のときだったこと。
自分が日本だと思っていたのは、すべて長崎のイメージだったため、京都や東京など訪れたことのない場所は“異国”であったことなどを赤裸々に語ってくれたのである。
■人となりを知れば、得られる答えの幅も広がる
ちなみに、『わたしを離さないで』を数時間で何とか読めた理由。それは、カズオ・イシグロの英語が、とてもやさしかったからだ。ただし、それには理由がある。
彼は日本語教育を受けていないとはいえ、両親とは日本語を使って話すこともあったため、まったく日本語がわからないわけではない。
その点、「なぜそんなに簡単な英語を使うのか」と聞いてみた。すると、「誤訳されたくないからだ」と教えてくれたのだ。こうして、とにもかくにも、どうにか取材は成功に終わった。
ビジネスパーソンは、対外的な商談やプレゼン、あるいは社内の事業計画や人事のように“トピック”をめぐって質問する機会が多いだろう。
だが、その交渉相手が誰であれ、事前に少しでもその人となりを知っておけば、質問の幅=得られる答えの幅も広がるはずだ。その調べにこそ、多少でもいいので時間を割きたい。
忙しい取引先のたっての希望で、急遽翌日にビジネスミーティングが決まったとしても、慌てる必要はない。いまここで挙げた時間までの逆算、そして人物へのフォーカスをしっかりと意識すれば、準備期間の短さも十分リカバーできるのである。
CONCLUSION

人へのフォーカスこそ、

ピンチを救う力となる!

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大野 和基(おおの・かずもと)

国際ジャーナリスト

1955年、兵庫県生まれ。大阪府立北野高校、東京外国語大学英米学科卒業。1979~97年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学ぶ。その後、現地でジャーナリストとしての活動を開始、国際情勢の裏側、医療問題から経済まで幅広い分野の取材・執筆を行なう。1997年に帰国後も取材のため、頻繁に渡航。アメリカの最新事情に精通している。

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(国際ジャーナリスト 大野 和基)
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