※本稿は、橋本幸治『未来を見通すビジネス教養 日本のすごい先端科学技術』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■なぜ肌の悩みはなくならないのか
皮膚は「人体最大の臓器」である――。この事実は、普段あまり意識されることのない皮膚の重要性にあらためて気づかせてくれます。
面積は約1.6平方メートル(畳1枚分)、重さは成人で約3~4kgにもなり、皮膚は単なる「身体を覆う膜」ではありません。生命を守り、外界との関係を築く、高機能な“生体シールド”なのです。
皮膚は、外的刺激や病原体から体を守る「防御壁」としての役割に加え、「感覚器官」や「体温調節器」としても機能します。さらに、内分泌や免疫の働きにも関与していて、皮膚表面に存在する常在菌は、有害な微生物の増殖を防ぐバリアとして活躍しています。
このように多機能な皮膚ですが、現代の生活環境はその働きを脅かしかねません。たとえば、蒸し暑い夏には背中のベタつきが気になり、エアコンによる乾燥で肌がかゆくなることも。花粉やPM2.5などの影響で肌荒れを起こすケースもあります。
部位によっても悩みは異なり、背中やお尻はニキビや皮脂トラブルが多い一方、腕や脚は乾燥しやすい――。
そんな肌トラブルに新たなアプローチを提示したのが、花王の「皮脂選択洗浄技術」です。肌にとって必要な皮脂は残しつつ、肌トラブルの原因となる「悪い皮脂」を選んで洗い流すという、これまでにない画期的な技術です。
■皮膚洗浄における根本的な課題とは
そもそも石鹸や洗剤は、どのようにして汚れを落としているのでしょうか。
その鍵を握るのが「界面活性剤」と呼ばれる成分です。
界面活性剤とは、水となじみやすい「親水基」と油になじみやすい「親油基」という、性質の異なる2つの部分を併せ持った分子です。この構造によって、水と油という本来は混ざらないものの間に入り、「界面張力(両方を隔てる力)」を下げて混ざりやすくします。界面活性剤はまず油汚れに吸着し、それを取り囲んで微粒子化し、水の中に分散させます。こうして水に溶けやすくなった汚れは、再付着することなく洗い流されるのです。
このように、石鹸や洗剤は、水と油という本来なじまないものを「橋渡し」することで、汚れを効率的に落とす役割を果たしているのです。
しかし、「皮膚洗浄」において、皮脂を完璧に除去することだけを目的にすると、この界面活性剤はある根本的な課題に直面します。
それは、肌荒れなどの原因となる「悪い皮脂」だけでなく、肌のうるおいに必要な「良い皮脂」まで洗い流してしまうことです。
これを実現するために、まずは「悪い皮脂」の正体を突き止める必要がありました。
■意外なところにあった解決策
2023年、花王は、20~45歳の日本人女性33名の皮脂を採取し、皮脂の量・質と、肌のうるおいを保つバリア機能との関連性を調査しました。
その結果、皮脂中の「不飽和脂肪酸」という成分の比率が高いほど、バリア機能が低いことが確認されました。
不飽和脂肪酸は、皮膚に赤みや炎症を起こしたりすることが知られている成分です。「悪い皮脂」とは、「不飽和脂肪酸」の比率が高いことだったのです。
そこで花王は、この不飽和脂肪酸に対する洗浄効果が高く、かつ、その他の皮脂成分への影響が少ない界面活性剤を徹底的に探索しました。
その結果、驚くべきことに、花王自身がサステナブル界面活性剤として開発し、衣料用洗剤に使用されていた「バイオIOS」という界面活性剤が、唯一、まさにこの「皮脂選択洗浄性」を有していることを見出したのです。
従来の界面活性剤の分子は、油になじみやすい鎖のような形をした親油基の端に、水になじみやすい親水基が付いた、マッチ棒のような形をしています。
一方、バイオIOSは、長い親油基(炭素鎖長16~18)を持ちながらも、その親油基の中間部に親水基が付いた構造をしています。この特徴的な「枝分かれ」構造により、通常は溶けにくい長い炭素鎖(親油基)を持ちながらも、水にも溶けやすい性質も併せ持つという、ユニークな性能を発揮します。
これまでトレードオフの関係にあった、「水への溶けやすさ」と「油汚れを落とす性能」を高いレベルで両立することができたのです。
花王は2019年に“花王史上最高の洗浄基剤”としてこの「バイオIOS」を発表。油汚れに強く、かつ水に溶けやすいという特性から、衣料用洗剤「アタックZERO」に採用され、洗浄の世界に大きなインパクトを与えました。2023年には、日本化学会の「化学技術賞」を受賞するなど、その革新性が評価されています。
このバイオIOSが、皮膚洗浄の分野においても「皮脂選択洗浄性」という新たな機能を発揮したことは、開発した花王自身にとっても「大きな驚き」でした。
■日本を代表する科学者集団、花王の挑戦
では、なぜバイオIOSは「良い皮脂」と「悪い皮脂」を“見分ける”ことができるのでしょうか。
花王はそのメカニズムを、「サブの親水基が悪い皮脂と特異的に相互作用するため」と説明しています。
バイオIOSは、大きな親水基(-SO3-)の隣に、小さな親水基(-OH)を持つという特徴的な構造を持っています。このサブの親水基(-OH)が、肌荒れの原因となる不飽和脂肪酸と「水素結合(水素原子を介した分子間の引力)」を形成しやすいのです。
さらに、皮脂の中には不飽和脂肪酸とよく似た「飽和脂肪酸」も存在しますが、花王によれば、「飽和脂肪酸は“固体”で、悪い皮脂であることがわかっている不飽和脂肪酸は“液体”。その運動性も加わり、不飽和脂肪酸だけを“引き抜く”ことができる」とのことです。
花王は、このバイオIOSを皮膚洗浄用途に最適化するため、分子構造のさらなる調整を実施。
そして2025年4月、「皮膚用バイオIOS(オレフィンC16 スルホン酸Na)」を配合し、この技術を応用した初のボディソープ「ビオレ ザ ボディ ととのい肌」が発売するに至りました。
元をたどれば、バイオIOSの開発は「資源の枯渇」という問題意識からスタートしました。界面活性剤の主原料である天然油脂(主にヤシ油やパーム核油)のうち、洗剤に適したものは世界の全油脂生産量のわずか5%程度しかなく、将来的な需要増大に対する安定供給への懸念がありました。
そこで花王は、従来は洗剤用途に不向きとされ、利用が十分でなかった固体油脂に着目。その結果、この特殊な分子構造を持つバイオIOSが誕生し、「油への高い親和性」と「水への優れた溶解性」という、当初の想像を超える高性能を発揮することが明らかになりました。
そして今、「混在する皮脂成分を選択的に洗い分ける」という、新たな可能性が拓かれたのです。バイオIOSは、今後も洗浄技術の常識をくつがえすような、さらなる特性が見出されるかもしれません。
花王は「化学合成の殺虫成分を用いずに蚊を駆除する」画期的な技術や、溶液を肌に直接吹き付けて極細の繊維が折り重なった極薄膜を作る「ファインファイバー技術」など、世界初となる革新的な技術を次々と世に送り出してきた、日本を代表する科学者集団です。
数々のイノベーションの根底にあるのは、「原理の本質理解」だと言います。
「皮脂選択洗浄技術」もまた、界面活性剤の分子構造と機能、そして皮膚表面における皮脂の複雑な挙動という、それぞれの「本質」を深く追究したからこそでしょう。
「肌」という私たちのすぐそばにある日常の悩みが、また一つ科学の力で解き明かされようとしています。
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橋本 幸治(はしもと・こうじ)
テレビ東京報道局所属の報道記者、ディレクター
1989年兵庫県生まれ。2013年3月東京大学工学部卒業。
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(テレビ東京報道局所属の報道記者、ディレクター 橋本 幸治)

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