優秀なリーダーとダメなリーダーは何が違うのか。臨床心理士の中島美鈴さんは「ダメなリーダーほど根拠がない推論をして、決めつけをしてしまう。
優れたリーダーは結論を急がず、検証を速めることに注力している」という――。(第2回)
※本稿は、中島美鈴『なぜあの人は時間を守れないのか』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■褒められて素直に喜ぶ人とそうでない人の違い
想像してみてください。あなたはある会議でプレゼンテーションを担当しました。はりきって念入りに準備して挑み、終わった直後に上司から次のように言われたのです。
「声がよく通っていた」
あなたはどんな気持ちになりますか。ここで3人の社員に登場してもらいましょう。
まずは、上司の言葉をそのまま受け止めて、お礼を言ったAさん。「ありがとうございます! 緊張しましたが、がんばった甲斐があります!」
怪訝な表情のBさん。「声のことにしか触れないなんて、ちゃんと聞いてたんだろうか。この人」
どこか不安な表情が見え隠れするCさん。「声以外に褒めるところがないんだろうな。
中身がなかったってことだ」
あなたは、3人のどの反応に最も近いでしょうか。同じ出来事を経験したはずなのに、3人の反応はさまざまですね。Aさんは喜んでいるし、Bさんは不信の念で警戒しているし、Cさんは自分を責めました。この違いはどうして生まれるのでしょうか。
■「考え方」が心に影響を与える
多分、上司とのこれまでの関係性も大きく影響しているようです。生まれつきの性格も大きいでしょうし、学生時代の出会いやさまざまな経験も関係するでしょう。私たち人間はこの年齢になるまで実にさまざまなことから影響を受けて、今の自分に至っています。さまざまな要因の中でも「考え方」の違い、物事の受け止め方に注目すると、シンプルに影響を整理できます。
これまで過去にいろいろあったけれど、その影響を全部受けたレンズのようなものが「考え方」です。このレンズを通して、私たちは世界を見ています。レンズ次第で、いいようにも悪いようにも受け止められるかもしれません。もちろん経験する出来事にかなり影響を受けますが、事実以上に落ち込んだり怒ったり不安になったりするかどうかは、この「考え方」に強く影響を受けています。

「考え方」が感情に影響を与えることを最初に理論づけて説明し、うつ病の治療法を確立した一人がアメリカの精神科医のアーロン・ベックです。多くのうつ病の方を治療していたベック先生は、やがてうつの人に共通する考え方のクセに気づくようになりました。次第に彼は、この考え方を見直すことで、うつの辛い落ち込んだ気持ちを軽くできるようになっていったのです。
こうして生み出されたのが認知行動療法です。
■上司に注意されて凹む人の脳内
認知行動療法は、日本では2010年から医療機関において診療報酬点数化されました。現在ではうつ病以外にも不安障害や統合失調症、ギャンブル依存、発達障害、性犯罪や薬物使用の問題改善などにも効果があることがわかり、医療だけでなく福祉、教育、産業、司法矯正分野でも用いられています。
認知行動療法では、考え方が感情に影響を及ぼすということを基礎として、人を理解していきます。この基礎を「認知モデル」と言います。それまで私たちは、出来事が直接自分の感情や行動に影響を与えると考えていました。たとえば「あんなに上司に注意されたのだから、落ち込んで当然だ」という図式は、広く世間で認められているでしょう。
しかし、それに異を唱えるのが認知モデルなのです。認知モデルでは、次ページのように「考え方」が出来事と感情を媒介すると仮定します。
たとえば上司に注意されたときに「自分は何をやってもダメだ」と考えるから、落ち込むのです。
このとき仮に「問題点がわかってよかった」と考えれば、「自分であれこれ問題点を探して、改善までに時間がかかるよりも近道だ」などとも考えられて、やる気が起こるかもしれません。つまり、考え方次第で、抱く感情が大きく異なるということです。
【出来事】上司に注意された → 【考え方】自分は何をやってもダメだ → 【感情】落ち込む

【出来事】上司に注意された → 【考え方】問題点がわかってよかった → 【感情】やる気

■考え方のクセを見直す前にすべきこと
この例に限らず、プレゼンの後に上司から「声がよく通っていた」と言われた場合の、3人の例も認知モデルで説明できますね。この「考え方」に気づいて、調整することで、少しでも辛い感情を和らげたり、抱えている問題を解決するのを目指すというのが認知行動療法です。
しかし、考え方のクセを見直すにはちょっとしたコツが必要です。自分にどのような考え方のクセがあるのかを自覚していなければ、なかなか気づけないのです。というのも、考え方は出来事と出くわすと、自動的にどんどん出てくるので、あまり私たちは意識しないのです。
しかし「私にはこういうクセがある」とわかっていれば、「あれ? 今日はやたら悲しくてやる気が湧かないな。何か考え方のクセにつかまっていないだろうか」と自己点検を始める契機になります。
考え方のクセの一つに、十分な証拠集めをしないままに結論を出してしまうことがあります。長く生きていると、これまでの経験則から「こうに違いない」とわかった気になってしまい、判断を誤る場面はありませんか? はっきりした証拠がないのに、「きっとこうに違いない」と結論を急いでしまうのです。
しかも本人にはその自覚がありません。なぜなら誰しも、「自分が見ている現実は正しい」と信じているからです。
■部下との信頼関係を失う危険な「思い込み」
月曜日、入社3年目の会社員エンドウさんは、社内プレゼンの資料作成を上司から頼まれました。締め切りは金曜の午後6時。火曜の朝、上司から進捗を確認されました。エンドウさんは「今、整理中です」と一言言っただけでした。上司は内心こう思いました。「またギリギリまで手をつけていないな。これは間に合わないぞ」。
しかし、これは推測であって、事実ではありません。進捗が本当に遅れているかどうか、データや中間成果物を確認したわけではありませんでした。それにもかかわらず、上司は「きっと遅れている」と結論づけたのです。
これが「根拠がない推論」です。
この思い込みの背景には、上司の経験が影響していました。以前、別の部下が似たような返答をしたとき、実際に締め切りに遅れたことがあったのです。その記憶が“データベース”のように脳に残っていて、「あのときも遅れた=今回もそうだ」と短絡的に結びつけてしまったのでしょう。
私たちは、証拠を「今の事実」からではなく、「昔の出来事」から引っ張ってくることがよくあります。こうして過去の失敗が、現在の判断を曇らせるのです。
この考え方のクセを放置すると、上司と部下の間に不信感が生まれます。
■チームの停滞を防ぐ「思考の整理術」
上司は「どうせ遅れる」と決めつけ、細かく口出しし、部下は「どうせ信用されていない」と感じ、報告を控えるようになるのです。結果として、遅れが本当に発生する――という予言の自己成就が起こるのです。つまり、「根拠がない推論」は、部下の行動を萎縮させ、チーム全体のパフォーマンスを下げてしまうのです。
上司として大切なのは、「現在の証拠」と「過去の印象」を分けて考えることです。そのために、次のように整理してみましょう。

・現在わかっている事実は締め切り:金曜18時、火曜時点で「整理中」との報告あり、Google Drive上で新しいスライドデータが更新されている

・推測にすぎない部分:「間に合わないはず」「また遅れるに違いない」「仕事の優先順位が低いのだろう」

こうして可視化してみると、「私は今、“証拠の乏しい推論”をしているな」と気づくことができます。気づくことこそが、修正の第一歩なのです。上司はその後、エンドウさんにこう声をかけました。「金曜の完成前に、途中の段階を一度見せてもらえますか。60%の完成度でいいです。早めに確認しておけば、手直しも一緒にできますから」。
■叱責するのではなく“検証”する
これは叱責ではなく“検証”です。曖昧なまま想像する代わりに、小さく観察し、小さく試すこと。これが、根拠がない推論を防ぐ最も現実的な方法です。
実際に中間チェックをしてみると、エンドウさんの資料は想像よりもずっと進んでいました。彼は見出し構成を整理しており、図表の下準備も整っていました。
「まだ整理中」と言ったのは、「構成の精度を上げている途中」だったのです。上司は反省しました。勝手に“遅れている物語”を作り上げ、それを真実のように信じていたのですから。それこそが、根拠がない推論の典型例でした。
この場合、上司から「どこが一番時間がかかりそう?」と分解して聞くことのほうが、ずっと建設的です。タスクを要素に分ければ、部下も「ここまではできています」「ここは手伝ってほしい」と言いやすくなります。
それによって、実際のボトルネックが見え、フォローできるでしょう。この「分解の対話」を重ねると、エンドウさんも自分の作業見積もりを現実的に組み立てられるようになりました。
■「決めつけない勇気」を持つのが真のリーダー
そして上司も「過去の印象に頼らず、今の状況を見る」練習を続けることができたのです。根拠がない推論を手放す3つの習慣として、まとめると次のようになります。
1.気づく習慣

「私は今、証拠のない推論をしていないか?」と心の中で問いかける。感情が先に動いているときほど、立ち止まる。
2.確認する習慣

曖昧な状態のまま想像を膨らませず、小さく確認する。たとえば「今、どの段階まで進みました?」と具体的に尋ねる。
3.現在を見る習慣

「前回はこうだった」ではなく、「今回どうか」に焦点を当てる。過去は参照例にはなるが、証拠ではない。

上司という立場では、判断の速さもさることながら、判断の確かさが問われます。そのためには、思い込みを手放し、「決めつけない勇気」を持つことが必要です。結論を急がず、検証を速める――。この姿勢こそが、エンドウさんのような部下を信頼で動かし、チームの成長を支えるリーダーシップの基盤なのです。

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中島 美鈴(なかしま・みすず)

臨床心理士

福岡県生まれ、臨床心理士。専門は認知行動療法。2020年、九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などでの勤務を経て、現在は九州大学大学院人間環境学府で学術協力研究員、肥前精神医療センター臨床研究部非常勤研究員。主な著書に『マンガで成功 自分の時間をとりもどす 時間管理大全』(主婦の友社)、『もしかして、私、大人のADHD? 認知行動療法で「生きづらさ」を解決する』(光文社新書)、『会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』(日経BP)など。

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(臨床心理士 中島 美鈴)
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