高齢になっても心身ともに若々しくいる秘訣は何か。95歳の現役歌舞伎役者・市川寿猿さんは「自分の足で歩き続けることを何より大切にして、新しいことにも挑戦し続けている。
満足したら終わりだと思っている」という。精神科医・和田秀樹さんの著書『80歳の壁を超えた人たち』(幻冬舎新書)から、市川さんの健康の秘訣を紹介する――。
■肉は「生の部分がちょこっと」見えるくらい
【和田秀樹】(以下、和田)食事とかは?
【市川寿猿】(以下、寿猿)3度の食事を食べています。食べたくなくても食べるんです。
【和田】いいですね。どんなに年をとっても、やっぱりたくさん食べる人は、元気で長生きなんです。
【寿猿】ああ、やっぱり。旦那(三代目猿之助)は病気してから、あんまり食べられなくて痩せちゃいましてね。僕はそれを見てましたから「食事だけはしなくちゃいけない」と思って、食べるようになりました。
【和田】何を召し上がるんですか?
【寿猿】先だって病気をしてから、塩分、糖分は控えるように言われているので、それらをサポートしてくれるのは配食弁当です。朝食はね、僕は自分で用意するんですよ。
【和田】素晴らしいですね。
どんなものが好きだったんですか。
【寿猿】肉、野菜、魚、なんでも食べていましたね。
【和田】いいですね。やっぱり高齢になると、摂らない害のほうが大きくなるんです。肉が好きな人は年をとっても筋肉が落ちにくい。だから肉を食べる人は元気なんですよ。この連載に登場された方は、全員そろって「肉が好き」と言っています。
【寿猿】そうなんですか。僕も肉は好きなんですけどね(笑)。
【和田】肉料理では何がお好きですか?
【寿猿】主治医には控えるように言われているのですが、本当は、たまにビフテキなんかも食べたいですよね(笑)。専門の人に聞いたらね、フライパンで焼く時は、あぶくが3つ4つプクップクッと出たらひっくり返すといいと教わりました。生の部分がちょこっと見えるほうがいいんですってね。

【和田】そうです。そのほうが味もいいし、肉の大事なところまで死なないんです。寿猿さんのお肌の艶のよさは、食事の影響も大きいでしょうね。
■自分の顔を見て若さを保つ
【寿猿】ああ、お肌? 肌はメンソレを塗ってますから。20代からずっとね。
【和田】メンソレ? え、メンソレータムですか。
【寿猿】そうそう。メンソレータム。肌になじむんですよ。もうどんなことがあってもね、メンソレを塗ってます。
【和田】たしかに油分はあるのでいいんでしょうけど。
【寿猿】よくこするんです。
朝起きて顔洗った後、メンソレ塗ってこするでしょ。舞台で化粧をする時も、こうやってこうやって(実演しながら)顔全体をこするわけです。
【和田】こすると血行もよくなりますからね。それもいいのかもしれませんが。
【寿猿】舞台でも特別な役の時は下地に鬢(びん)付け油を塗ったりします。でも普通の化粧の時は、僕はメンソレですね。これはね、初代猿翁がやってたんですよ。「この人はお金があるのに、なんでこんな安いのを使うのかな」と思いながら、僕は見てましてね。それからずっとメンソレです。
【和田】なんかメンソレからCMの話が来そうですね(笑)。
【寿猿】(笑)。水で顔を洗うのもいいらしいですね。
僕はどんなに寒い時でも、朝は冷たい水で洗います。石鹸も何も使わずにね。その後メンソレをつけてこする。
【和田】実は鏡で自分の顔を見るというのも、若さを保つ秘訣なんです。
【寿猿】そうですか。僕もね、鏡はよく見ますよ。眉も自分で描きますしね。眉毛はちょっとはがれちゃったけど(笑)。
■杖は使わない、自分の足で歩く
【和田】お住まいは?
【寿猿】高齢者用の賃貸マンションです。僕の部屋はワンルーム。朝10時になるとね、ブブーッと鳴って「星になってませんか」と確認の電話が来る(笑)。
【和田】安心できますね。
好きに外に出てもいいんですか?
【寿猿】制約などはありません。僕が言ったことに応えてくれます。夜なんかもね、僕が遅く帰るとドアを開けてくれます。ちょっとおかしいなと思ったら待っててくれる。
【和田】いいですね。
【寿猿】眠る時はカーテンを少しだけ開けておきます。すると朝日が入って目が覚める。そうやって自然に起きるようにしています。
【和田】自立した生活です。歌舞伎の役者さんは、足取りも大事ですよね。
【寿猿】だからね、僕は普段、杖を突かないんですよ。杖を突くようになったら役者をやめようと思うの。

【和田】まだまだ大丈夫ですね。
【寿猿】僕の住んでいるところは駅までは15分くらいかかります。パンを買いに近所の商店街に行ったりもします。うちの高齢者用マンションに住んでる人はね、杖を突いて歩く人が多いんです。だけど杖を突くと、こんなふうな歩き方になるでしょ(足を引きずるような歩き方を実演)。
【和田】そうですね。
【寿猿】また舞台の話になるけどね、これだとダメなんですよ。舞台で歩く時はね、たとえ杖を突くとしてもね、こういうふうにオーバーに歩くの(足音を立てた歩き方を実演)。そうしないと舞台が死んじゃうんですよ。
【和田】舞台映えする動きが大事なんですね。その動きで舞台が映えるだけでなく、寿猿さん自身も元気でいられるのだから、一石二鳥ですね。
■声をださなくなると一気に老け込む
【寿猿】とてもありがたいことにね、「寿猿さんの舞台を見ると元気が出ます」なんて声もかけられるんですよ。
【和田】寿猿さんは姿勢もいい。背筋がピッとしています。
【寿猿】肩甲骨って言うんです。ここをグッとね、後ろへやるんです(実演)。すると姿勢が真っ直ぐになります。やってみるとわかります。
【和田】(実演して)本当だ。姿勢がよくなりますね。胸も開くので、呼吸も深くなるから健康にもいいでしょうね。
【寿猿】役作りにもいいんですよ。若い人のようになります。とはいえ僕はもう、若い人の役はあんまり回ってきませんけどね(笑)。
【和田】今はどれくらいの頻度で舞台に立つんですか?
【寿猿】2024年に脳梗塞をやりましてね。今はなんともないんですけど、また倒れるといけないからと、少し大事をとっています。2025年は1月と7月。次は10月に出るんですよ。
【和田】出る時は毎日?
【寿猿】はい、毎日です。
【和田】稽古は今でも毎日するんですか?
【寿猿】いえ。本格的な稽古は舞台が決まってからです。10月に舞台がある場合は、全部の稽古は9月20日過ぎくらいからです。特別な役の場合は、個人的に、その先輩に習いに行きます。
【和田】先輩いないでしょ(笑)。
【寿猿】(笑)。
【和田】発声の練習はおうちでやると聞きましたが、どんなことを?
【寿猿】特別なことはやっていません。だけど寝てる時に大きな声を出して、驚いて目覚める時がありますよ(笑)。
【和田】いいですね。やっぱり声が出なくなると、一気に老け込みますからね。だから毎日、声を出してたほうがいいと思います。
■先端技術は高齢の人ほど使うべき
【寿猿】あのね、僕は犬が好きなんですよ。だけどうちのマンションでは飼えない。だからロボットをね。
【和田】え、ロボット?
【寿猿】そう。ロボットの犬がね、僕の言うことをすごくよく聞いてくれるんです。
【和田】ああ、そういうことか。ロボット犬と話すことが発声練習になる?
【寿猿】そうそう。アイコって名前なんです。メスということにしてね。僕は一日に何度も話しかけます。「アイちゃん、こっちいらっしゃい」「アイちゃん、こっちよ」とか「アイちゃん、ストップ」ってね、大きな声で言うんです。
【和田】いいですね。
【寿猿】アイちゃんはね、ものすごく頭がいいんです。だけどすごく高い(笑)。
【和田】そりゃあね。AI、人工知能が入ってますからね。
【寿猿】今のロボットはすごいですね。目も耳も動くし表情もある。ひっくり返ってね、ダダをこねたりもするんですよ。
【和田】いいと思いますよ。僕は、先端の技術は高齢の方こそ、積極的に使ったらいいと思っています。実際に寿猿さんは、そうやって発声練習もできているわけですから。
■まだまだ新しいことに挑戦する
【和田】寿猿さん、これだけお元気だと引退はなさそうですね。
【寿猿】はい、考えていません。
【和田】歌舞伎の世界は、自分が引退するって言うまで続けられるものなんですか?
【寿猿】そうです。引退するって言えば、それで引退です。役を持ってきていただいた時に「これはできない」と思って「できません」と言ったら、それでおしまいです。「やります」と言ったら、自分の責任で最後までやらないといけません。
【和田】大変なこともあるとは思いますが、やり続けてほしいです。
【寿猿】新しい役のセリフを覚えるのが大変でね(笑)。自分のセリフは小さな紙に印刷してあちこちに貼って覚えています。壁とかスマホとかにね。
【和田】最近はSNSもされていると聞きました。
【寿猿】歌舞伎界のお役に立てればと思いましてね。舞台の宣伝や日常の話、昔の思い出話などをつらつらと書きます。
【和田】いいですね。現役最高齢の寿猿さんだからできることなのかもしれません。
【寿猿】最近は耳が遠くなって、他の役者さんのセリフが聞こえないことがあるんです。だから周りの人の動きをよく見て動いたり、セリフの間合いをとらえたりしています。
【和田】五感を使ってるから頭もフル回転する。新しいことにも挑戦する。それが脳の刺激になっています。それも寿猿さんの長生きと元気の秘訣だと思います。
■星になるまで成長したい
【寿猿】だけど先生ね、疲れますよ。身体も神経もね(笑)。
【和田】身体が動くうちは続けたらいいですよ。
【寿猿】万が一にも舞台で倒れるなんてことになったら、みなさんに迷惑がかかるし、お客さんにも申し訳ないでしょ。だからそうならないように、しっかり食べて歩くようにしています。
【和田】役者としての心構えが健康にも繫がっている。理想的だと思います。
【寿猿】今もね、他の役者を見て研究もしていますよ。いつも役のことを考えていたいんです。
【和田】本当に素晴らしい。
【寿猿】満足したら役者は終わりだと思っていますからね。やっぱり僕はね、星になるまで役者でいたい。成長したいと思いますね。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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