豚肉の価格が高騰している。食や農業に詳しいライターの市村敏伸さんは「スペインでアフリカ豚熱(ASF)が発生し、日本が輸入を全面停止したことで、安価なバラ肉の供給が一気に減った。
現地での封じ込めは進んでいるが、輸入再開には時間がかかる可能性が高い。値上げの波はこれから本格化する恐れがある」という――。
■ラーメン店を直撃するバラ肉の高騰
全国のラーメン店から悲鳴が上がっている。ラーメンに欠かせない食材である豚肉の値上げが止まらないためだ。
ここ数年、豚肉の価格は高騰傾向だったが、昨年末に追い討ちをかける出来事がヨーロッパで起きた。昨年11月末のスペインでのアフリカ豚熱(ASF)の発生だ。これを受けて、日本政府は直ちにスペインからの豚肉輸入を全面的に停止し、その影響から豚肉市場の需給は逼迫した。
特に影響が大きいのは、スペイン産の存在感が大きかったバラ肉だ。輸入バラ肉(冷凍)の卸値は1年ほど前まで1キロ800円台で推移していたが、スペインからの輸入停止措置が発表された昨年12月には約1000円まで上がった。
こうした影響はすでにラーメン店などの経営にも響いており、ラーメン店からは「1カ月で2回も豚肉が値上がりした」「もうチャーシューでバラ肉は使えない」といった声が相次いでいる。
■なぜ日本にとってスペイン産が重要なのか
なぜスペインからの輸入停止にこれほど注目が集まっているのか。理由は大きく3つある。

第1に、量だ。日本は国内の豚肉消費量のおおむね半分を輸入しており、その輸入量のうち、スペイン産豚肉は約2割を占める。さらに、主に業務用として流通する冷凍豚肉に限れば約3割をスペイン産が占め、日本にとっては最大の輸入相手先だった。スーパーの店頭などでの存在感は薄いが、飲食店や食肉加工業者にとってスペイン産豚肉は重要な存在だった。
第2に、部位だ。スペインでは豚バラ肉への需要が少ない。そのため、ラーメン店のチャーシューやベーコン・ハムなどの原材料であり、日本でのニーズが高いバラ肉の買い付けがしやすく、バラ肉では特にスペイン産のシェアが高かった。
第3に、価格だ。直近の豚肉価格は高止まりを続けている。特に値上がりが深刻なのは国産で、背景には酷暑の影響がある。夏の記録的な暑さにより、雄豚が夏バテし、母豚の受胎率も低下傾向にあるのだ。その結果、バラ肉で見ると国産の卸値はキロ1300円前後を推移している。
一方のスペイン産は輸入豚肉のなかでも安価で、ASF発生前の卸値はキロ700円台と、国産と比較すると半分近い値だった。
■代わりの豚肉が見つからない
そのスペインでASFが発生し、この供給源が断たれたことで、輸入バラ肉の卸値はわずか1カ月でキロ1000円近くへと急騰。「もうチャーシューにバラ肉は使えない」と頭を抱えるラーメン店が相次いでいるのは、この安くて使い勝手の良いスペイン産の代わりが、世界中どこにも見当たらないためだ。
事の発端は、昨年11月28日にスペイン北東部・バルセロナ県で野生イノシシの死骸が見つかったことだった。検査の結果、ASFの陽性反応が確認され、スペインでは実に31年ぶりにASFが発生した。その後の調査によると、2月6日時点までに少なくとも142頭の野生イノシシでASFウイルスへの感染が確認されている。
ヨーロッパでは各国でASFの発生が確認されており、2022年1月にはイタリアで野生イノシシの死骸からウイルスが検出された。イタリアではその後、北部を中心に養豚場の豚への感染が広がり、現在も生ハムなどの輸入は再開されていない。
そのため、スペインでのこの事態を受けて「これから数年単位でスペインからの輸入も止まるのか」と関係者の危機感は高まった。
だが、ここで注目すべき点がある。発生確認から2カ月以上が経過した現在、スペイン当局は感染拡大の封じ込めに成功しているのだ。
■意外なウイルスの出所
スペイン当局は感染確認地点から半径20キロ圏内を監視区域に設定し、これまでのところ区域外での感染は確認されていない。
また、この区域には約50の養豚場があるが、臨床検査などの結果では2月6日時点で陽性反応は確認されていない。
また、イタリアとの違いではウイルス株の特徴も重要だ。
イタリアで確認されたウイルスはヨーロッパでの流行株と同じ系統であった一方、スペインで検出されたウイルスはそれとは別の、ワクチン開発などに広く使用されている株の系統であることが分かっている。
そのため、ウイルスの「出所」として当初疑われたのは「研究所からのウイルスの流出」だった。野生イノシシの死骸が見つかった地点の近くにはASFウイルスを扱う研究施設が存在するため、そこからの流出が疑われたのだ。しかし調査の結果、研究所からの流出はなく、現在のところ、ASFウイルスに汚染されたソーセージなどを介してウイルスが侵入したと考えられている。
■なぜ中国はOKで日本は禁止するのか
イタリアのように近隣の国からウイルスが侵入したわけではなく、ウイルスが外部から人為的に持ち込まれたものであれば、感染拡大を封じ込められる余地は相対的に大きいと考えられる。
だが、ここで1つの疑問が生じる。感染を封じ込めているのなら、なぜ日本はスペイン産豚肉の輸入を全面的に止めているのか。
実は、EU各国や韓国、英国、中国などはスペイン産豚肉の輸入を止めていない。つまり、バルセロナ県以外のASFが発生していない地域からの豚肉輸入は継続しているのだ。
これは「地域主義」と呼ばれる原則によるもので、簡単にいえば「感染が広がっている可能性が高い県の商品は流通を止めるが、そのほかの県のからは買い続ける」というルールだ。
WTOのSPS協定(※)は、加盟国に原則として地域主義を採ることを求めている。
※食品安全や動植物の健康を守るための検疫措置が不当な貿易の制限とならぬように定められたWTOのルール
これに対して、日本やフィリピン、台湾などは昨年12月時点でスペインからの輸入を全面的に停止している。日本はASFが一度も発生したことのない「清浄国」であることもあり、安全性に関する科学的根拠が不十分な場合に認められている「暫定措置」として、全面的な禁輸措置を採っているのだ。
■値上げに苦しむ外食産業を救う一つの兆し
豚肉の値上げに苦しむ外食産業の関係者たちからすれば、日本が中国や韓国などと違う対応を採っていることには納得がいかないかもしれない。
だが、日本と中国などでは前提条件が異なる。日本はASFの発生が確認されていない清浄国である一方、中国や韓国は国内でもASFウイルスへの感染が広がっている。特に中国では、2018年にASFが初めて発生して以降、国内での豚の飼養頭数が数十パーセント減少したとも指摘されている。
スペインのケースが示すように、ASFウイルスは食品を介しても侵入するおそれがある。万一にもウイルスの侵入を許せば、発生農場の豚は全頭殺処分となり、周辺農場も含めた移動制限や出荷停止措置が採られ得る。また、ASFに有効なワクチンは実用化されていないため、国産豚肉の供給力は数年単位で低下するおそれもある。
しかし、政府によるASFへの対応には柔軟化への兆しも見える。というのも、昨年10月に日本はフランスとの間でASF発生時の地域主義適用を認める合意をしたのだ。
このことがスペイン産豚肉の輸入規制緩和へと直結するわけではないが、全面的な禁輸措置の長期化を抑制する1つの要素にはなるだろう。
またSPS協定は、清浄地域が今後も清浄であることを示す十分な科学的根拠をもって、疫病発生国が輸入の再開を求めた場合には、輸入国がそれに応じることを義務付けている。これに応じない場合には協定違反となり、過去にはロシアによるEUからの豚肉の全面的な輸入停止措置が協定違反と判断されたこともある。
■見通しの立たないスペインからの輸入再開
こうした動向を踏まえると、スペインからの全面的な輸入停止措置は、イタリアのように長期化しない可能性もある。すでに説明したように、スペインとイタリアではウイルスの侵入ルートが違うことに加え、現在のところスペインは感染拡大の封じ込めに成功している。
このまま封じ込めがうまくいけば、日本としても地域主義にもとづく輸入再開を検討せざるを得ないだろう。
とはいえ、スペインからの輸入がすぐに再開する見通しは高くない。
たとえ、このままスペインが封じ込めに成功したとしても、安全性に関する科学的な評価には数カ月かかる可能性もある。
実際、昨年1月にドイツで牛の感染症である口蹄疫が発生し牛肉などの輸入が停止された際は、1月以降に新たな感染例は確認されなかったものの、日本政府が輸入停止措置を解除したのは10カ月後のことだった。
スペイン産豚肉の輸入停止の長期化への備えとして、カナダや米国などからの輸入に切り替える動きが広がるだろう。ただし、安価に大量のバラ肉を調達できたスペインの穴を完全に埋められるかどうかは不透明だ。
■日本政府はどう舵を取るのか
冷凍豚肉の輸入量ではスペインに次いでブラジルが2位だが、ブラジル国内ではバラ肉需要が高く、スペイン産ほどの低価格で大量の調達が可能かどうかは不透明だ。
輸入品の価格高騰が続けば「国産への切り替え」、あるいは「豚バラを使うメニューの提供中止」という苦渋の決断を迫られる飲食店が増える可能性もある。
一方でスペインにとっても、大きなマーケットである日本による輸入再開は悲願だ。スペインの現地報道によると、現地の食肉業界関係者は重要市場である日本とフィリピンが地域主義を適用していないことに危機感を持っているとされ、スペイン農業省も地域主義の適用に向けて日本政府と交渉を続けていると報じられている。
フランスに対してASFに関する地域主義の適用を認めている以上、スペイン政府から十分な科学的根拠と輸入再開の要請があれば、日本としてもそれを無視することはできない。
国民食であるラーメンのチャーシューにも影響が出るなか、スペインでの感染対策の行方と、日本政府がいつ、どのタイミングで「防疫」と「食卓の経済」のバランスを取り、輸入再開へと舵を切るのか、その判断が注目される。

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市村 敏伸(いちむら・としのぶ)

農と食のライター

1997年生、北海道大学大学院博士後期課程在学中。大学在学中からライターとして「現代ビジネス」、『週刊東洋経済』などに農と食にまつわる記事を寄稿。専門は農業経済学。

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(農と食のライター 市村 敏伸)
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