東京大学は、2027年の秋に新しい学部「College of Design」を開設する予定だ。どのような狙いがあるのか。
東大生作家の西岡壱誠さんは「本当に優秀な学生は海外大学を目指すようになってきた。新学部には東大の危機感が表れている」という――。
■「既存学部の定員100人」を減らして作る新学部
2027年秋、東京大学に約70年ぶりに新たな学部・「College of Design(以下、CoD)」が開設される予定です。
これは、単なる学部新設という話に留まりません。日本の大学受験市場そのものを揺さぶる、極めて大きな転換点になる可能性がある、と見ています。本記事では、東大に籍を置き、学校現場の声なども聞いている私の視点で、この変化の可能性について、お話ししたいと思います。
東大はこれまで、「国内最難関」「日本語の記述試験」「一般入試の牙城」というポジションを築いてきました。
共通テストと二次試験で高得点を取れる学生を選抜する。特に二次試験はほぼ全ての設問が記述式で、他の大学と比べて科目数や出題範囲が多い。理系でも漢文の問題を課し、文系は二次試験で社会を2科目勉強しなければならない……。
こういう“レベルの高い”二次試験だからこそ、その試験を突破した東大生は“エリート”として位置付けられてきました。
しかし今回、その東大自身が、自らの成功モデルを壊しにいっているのです。

今回のCoD新設で象徴的なのは、「定員を増やす」のではなく、既存学部の定員を100人減らして新学部を作るという点です。つまり、東大全体の学生数は変わりません。これは単なる拡大戦略ではなく、東大という組織の資源配分を大きく変える決断です。
(朝日新聞「70年ぶり東大新学部、入試は2種類 既存学部の募集は計100人減」)
■“優秀層”が東大を選ばなくなっている
注目すべきは、CoDの入試では二次試験を課さないという点です。合否は、共通テストまたは国際バカロレア(IB)、SATなどの国際試験と、書類審査、面接で決まります。
東大の二次試験は毎年多くの教育関係者や予備校関係者が絶賛するような素晴らしい問題が出題されており、それには尋常ならざる労力が割かれてきたと考えています。しかし今回の新学部では、その評価の高い二次試験は受験しなくてもOKとなっています。東大推薦入試でも同様の方式が採用されていましたが、これは内部からの反発も小さくなかったはずです。
それでも東大が踏み切った理由は明確だと思います。それは、「優秀層が、東大を選ばなくなりつつある」という危機感があるのではないでしょうか。
近年、日本の大学受験生で上位にいる“トップ層”の進路は二極化しています。
一方は東大を中心とした国内最難関ルート。
共通テストと二次試験で高得点を取り、法学部や医学部、工学部などに進学する「従来型のエリートコース」です。
もう一方は、ハーバード大学、スタンフォード大学、オックスフォード大学などを目指す「海外大学ルート」です。高校時代から英語で学び、エッセイや課外活動で自己表現力を磨き、世界の優秀層と競争する道を選ぶ層です。
■“本当のトップ”は海外大学へ行ってしまう
この2つは、これまでほぼ交わりませんでした。理由は単純で、東大の記述試験と海外大学の出願準備は、同時並行がほぼ不可能だったからです。
海外大学入試は、志望理由エッセイ、課外活動の実績、推薦状、面接などが中心です。試験勉強よりも、「自分は何者で、何を成し遂げたいのか」を言語化し、実績として示すことが求められます。
一方、東大一般入試は高度な日本語運用能力と、教科書を超えた記述力が求められます。特に文系の論述問題や理系の証明問題は、短期間の準備では対応できません。こうなると、進学校のトップ層は「どちらか一方に全振りする」という二者択一を迫られることになり、その大半がより基準が明確で成功する公算が高い東大受験を選んできました。
しかしここ数年、優秀な成績を収めている生徒さんからお話を聞いていると、「東大は受験しません。海外大学に行こうと思います」という人が肌感覚的に増えている印象です。
学内の試験が優秀で、かつ数学オリンピックやビジネスコンテストなどで結果を出し、留学経験もあって英語もペラペラな人――本来は東大に行くであろうと思われた層が、「東大ではなく海外大学を志望します」と言っている。
早い話、「本当のトップは海外大学に行く」という構図ができてしまっているのです。
■“海外大学を狙う層”も獲得できる仕組み
10年前に東大でも推薦入試が始まり、ダブル受験の可能性も高くなりました。実際、東大推薦合格者の中には「海外大学と東大にダブルで合格し、東大を選ぶ」という人もいましたが、それはあくまで例外的な存在でした。推薦入試の定員は全体のわずか数パーセントに過ぎず、海外大学との併願を前提とした設計にはなっていませんでした。
しかしCoDは、この構造を根底から壊しにきています。
試験形式として、共通テスト+エッセイ+面接、あるいはIB・SATなどの国際試験+エッセイ+面接を課すわけですが、この入試形態は海外大学の出願準備と驚くほど親和性が高いのです。
極端に言えば、「海外大学を第一志望にしながら、東大CoDを“本気の併願”にする」という進路設計が、現実的になりました。
これは日本の進学校の進路マップにとって、かなり大きな変化です。従来なら、「ハーバード大学を目指す」と決めた生徒は、東大を受験する選択肢をほぼ持てませんでした。逆に、「東大を目指す」と決めた生徒は、海外大学を視野に入れることはありませんでした。
しかしCoDの登場により、これからは「海外大学とのダブル合格」を狙える層が一気に広がる可能性があります。
つまり、東大にとっては、海外大学に流れていた優秀層を取り戻せるかもしれない、そういう施策なのです。
■「国内の英語で学べる大学」も影響を受ける
同時に、東大が「海外大学との併願」に向けて動き出したことは、国内の他大学にとっては大きな脅威であるとも言えるのです。
この動きによって、最も影響を受けるのはどこでしょうか。推薦入試の専門家・孫辰洋さんに話を聞くと、こんな回答が返ってきました。
「早稲田大学国際教養学部、国際基督教大学、国際教養大学など、いわゆる『英語で学ぶ系大学』です。これらの大学は、『東大には行きにくいが、海外大学との併願がしやすい』という立ち位置で、英語力と思考力の高い層を獲得してきました。
東大一般入試は難しすぎる。でも海外大学に行くほどの準備もできていない。そんな優秀層の受け皿として、これらの大学は機能してきたのです。しかしCoDは、その層を真正面から奪いにきています。
CoDが本格的に運用されれば、早稲田国際教養やICU、国際教養大学の志願者層が大きく影響を受ける可能性があります。早稲田大学やICUの入試担当者は、今ごろ頭を抱えていると思いますよ。

特に、『海外大学を目指していたが不合格だった』『海外大学も合格したが、戦争の影響もありヨーロッパへの留学が不安』『トランプ政権下でアメリカへの留学が不安』という層が、CoDに流れることが予想されます。」
■本当の狙いは“世界の優秀層”の獲得か
国内の勢力図への影響もありますが、注目すべきは、東大の視線が国内に向いていないのではないかという見方です。東大が見据えているのは、世界の大学市場における生き残りです。
これまで東大は、「日本で最も優秀な大学」ということで、さまざまな場で「東大」のブランド力を発揮してきたように思います。しかし、国内での地位は不動でも世界ランキングでは、アジアの中でも中国やシンガポールの大学に抜かれる場面が増えてきました(ただし東大だけを見れば、少しずつ上昇傾向にある)。
最新のランキング(「THE World University Rankings 2026」)では、アジアに限ると、1位は清華大学(中国)、2位は北京大学(中国)、3位はシンガポール国立大学(シンガポール)ときて、4位に東大が入っています。
また、CoDは秋入学を採用しています。これらは、東大が「世界の優秀層と競争する大学」へ変わる意思表示だとも見ることができます。
英語で学ぶ環境を整え、国際試験を入試に組み込み、分野横断型のカリキュラムを提供する。これは、スタンフォード大学やUCバークレーが長年実践してきたモデルです。東大は、そのモデルを本気で取り入れようとしているのです。
■「正直、東大ってちょっと古臭いよね」という声が…
ここまで見てきたように、CoDの新設は単なる学部増設ではなく、東大自身がこれまで築いてきた「成功モデル」を自ら壊しにいく、かなり思い切った賭けだと言えます。背景には、「優秀層が、以前ほど東大を選ばなくなっている」という、東大内部の強い危機感があるのかもしれません。

自分は各地の学校を訪れますが、進学校の現場や名門校の先生からも、「正直、東大ってちょっと古臭いよね」という声が聞こえてくるようになっています。かつては絶対的な憧れだった存在の東大が、グローバル志向の強いトップ層にとっては「第一志望ではなくなりつつある」。
自分も東大生の一員として、トップ層の若者の目が東大に向かなくなりつつある、数ある選択肢の一つとしか見られなくなりつつある現状は、どこか寂しさを感じます。海外を視野に入れた受験生の目線では、東大が「第一志望」でなくなってしまうことに焦燥感すら感じています。
その現実を、東大自身が誰よりも痛感しているのだと思います。
だからこそ今回のCoDは、国内大学との小さな競争ではなく、「世界の大学市場で生き残るための方向転換」と言えそうです。
■今後の東大がどうなるか、一つの分岐点になる
海外大学と真正面から併願できる入試、英語を軸にした教育、分野横断型の学び……どうなるかは、正直まだ分かりません。内部の反発もあるでしょうし、従来型の東大像を支持してきた層からの違和感も出てくるはずです。それでも踏み切ったという事実自体が、今の東大が置かれている切迫した状況を物語っていると言えるのかもしれません。
東大のこの「一手」が、東大自身にどう影響を及ぼすのか。トップ層の“東大が第一志望”という風潮が戻るのか。あるいはこのままの状態なのか。間違いなく一つの分岐点になるとみています。東大に身をおく一人としても、自分の母校に向けられた目がどう変化していくのか、今後の動きを注視したいと思います。

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西岡 壱誠(にしおか・いっせい)

カルペ・ディエム代表

1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すものの、2年連続で不合格に。二浪中に開発した独自の勉強術を駆使して東大合格を果たす。2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教え、教師に指導法のコンサルティングを行っている。日曜劇場「ドラゴン桜」の監修や漫画「ドラゴン桜2」の編集も担当。著書はシリーズ45万部となる『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大算数』(いずれも東洋経済新報社)ほか多数。

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(カルペ・ディエム代表 西岡 壱誠)
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