※本稿は、佐々木れな『自滅する米中』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■「琉球」と口にした中国軍将校
「琉球はもともと中華文明圏だが、もし独立すると言ったら?」
――その問いを投げかけてきたのは、中国人民解放軍の何雷(からい)中将だった。
2023年6月、シンガポールで開かれたIISSアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)の夕食会。筆者は若手研究者として招かれ、運悪く、いや幸運にも、中国人民解放軍の軍人ばかりが座るテーブルに割り当てられた。会場では豪州のアルバニージー首相が基調講演をしており、筆者は彼の言葉を聞きながら、国際政治の現場が目の前に広がっていることに興奮を隠しきれなかった。
筆者がそのような貴重な夕食会で席をともにした何雷中将は人民解放軍内部でも比較的理論派として知られる人物である。
1955年に生まれ、中国人民解放軍軍事科学院で作戦理論・軍令研究の要職を歴任し、2014年に中将に昇進。最近引退したが、香山(こうざん)フォーラムという中国が主催する世界有数の規模の安全保障会議の指揮を執っている。台湾統一問題や軍事戦略について公言が多く、対米強硬派としてメディアに登場することも少なくない。
当時、筆者は米国で博士課程に進学する直前で、研究の方向をまだ決めかねていた。日本を軸にするか、中国を対象にするか、それとも米国を中心に据えるか。
「米国では、中国が2027年に台湾へ侵攻すると言われている。だが、なぜ米国が時期を指定するのか? それは、中国にその時期に攻めてほしいというメッセージなのか、それとも米国にとって2027がラッキーナンバーなのか?」
■台湾の次は沖縄なのか
彼はそう皮肉を言い、続けて、「米国の経済発展は世界の富を奪い、それを維持している。では、中国の経済発展の目的は何か?」と問いを投げかけた。筆者は一瞬ためらいながらも、これまで文献等で読んできた中国共産党の公式見解を踏まえ、半ばリップサービス的に「中国人民の幸福のためでは」と答えた。すると彼は満足そうに頷き、「その通りだ。中国の発展の目的は収奪ではない」と言った。
この夜の会話は、私にとって転機となった。いくつかの収穫があった。
1つには、米中対立や台湾問題は、日本や沖縄を抜きに語れないということを痛感した。大国の駆け引きは、独立して行われるわけではなく、その間に連なる国々とのかかわりの上に成り立っている。視野を狭めれば、国際政治の全体像を見誤る。
もう1つは、中国人民解放軍が台湾の「次」に沖縄を見据えているという現実である。彼らにとって、台湾と琉球は切り離された存在ではなく、同じ戦略地図のなかに描かれている。
■かつてないほど高い米中間の緊張
筆者は現在、米国の首都ワシントンDCに所在するジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)博士課程に在籍している。同大学院は、国際政治・安全保障・経済の分野で世界屈指の教育・研究機関と評されており、歴代の米国政府高官や外交官を多数輩出してきた名門である。
また、筆者の主な研究分野は東アジア安全保障、台湾海峡危機管理、防衛産業政策である。具体的には、米中戦略競争下における台湾・日本の安全保障政策、地域の防衛産業、地域外交の地政学的意義などについての論文を主に英語で執筆している。
博士課程進学以前は、戦略コンサルティングファームに5年半在籍し、防衛産業・安全保障政策分野に携わり、政府機関や研究機関と協働して政策分析・装備調達・国際協力に関する実務に従事した経験を有している。こうした実務経験に基づき、学術研究と政策分析の双方から、東アジアの安全保障を総合的に分析している。
■台湾は「最も危険な潜在的火種」
理論と現場、そして米国、日本、中国、台湾を行き来するなかで、筆者はこの数年、世界が不安定化していくのを肌で感じてきた。ロシアによるウクライナ侵攻は、一方的な力による現状変更が再び大国の対外政策の選択肢となりうることを世界に思い出させた。中東では、パレスチナ・ガザをめぐる紛争が再燃し、現在はイスラエル政府とハマスの間で和平が成立しているものの、国際社会の分断を一層深めている。
そして、何より米中の対立はもはや一時的な現象ではなく、国際秩序そのものの構造変化を示している。
米中が衝突するのであれば、その火種は台湾であると言っても過言ではない。
実際に、多くのアナリストや当局者は、台湾をめぐる紛争の可能性が高まっていると警告している。米国のカーネギー国際平和財団の最近の研究では、台湾を米中関係における「最も危険な潜在的火種」とし、米国、中国、台湾の関係は、現在「少なくとも1970年代以来、最も紛争に近づいている」と指摘している。
■ホワイトハウスも台湾情勢を注視
台湾をめぐる緊張はここ50年で最高レベルに達し、米国の外交関係のメディアで台湾の文字を見ない日はない。
2024年10月、筆者は米国、日本、インド、豪州から約10名の若手中国研究者が集まるワークショップに参加した。数日間にわたり、米中競争の行方とインド太平洋地域秩序の再構築について熱い議論が交わされた。
その成果を報告書としてまとめた筆者らはホワイトハウスを訪れ、国家安全保障会議(NSC)の中国担当の政策立案者らと意見交換を行った。
会議が始まるやいなや、彼らが発した質問はただ一言――「それで、台湾はどうなる?」だった。
その瞬間、米中対立の抽象的な議論が、現実の政策の最前線にあることを痛感した。
なぜ台湾はそれほど敏感な問題なのか?
北京とワシントンは台湾をまったく異なる観点から捉えている。
中国にとって、台湾を支配下に置くことは、中国共産党の正統性にかかわる国家の核心的な使命だ。
鄧小平(とうしょうへい)が中国最高指導者を務めた1980年代以降、台湾に対しては武力統一を最終手段としつつも、まずは経済的・人的交流を通じて台湾社会を中国本土に引き寄せる「統戦(統一戦線)工作」が主軸であった。
■トップが習近平になっての変化
習近平(しゅうきんぺい)はこれまでの方針を踏襲しながらも、より明確で強硬な姿勢をとっている。
これまでの他の指導者と異なり、習近平は台湾統一の問題を「無期限の課題」とせず、「民族復興(中華民族の偉大な復興)」の一環として、中華人民共和国建国100周年の節目となる2049年までに実現すべき国家目標の1つに位置づけている。
武力による統一の放棄を否定し、実際に中国人民解放軍による軍事演習や台湾周辺での威嚇(いかく)行動を常態化させている。2027までに台湾侵攻能力を整えるとの推測も多く、軍事的圧力は習政権下で質的にも量的にも大きく変化している。
一方、米国とその同盟国は、台湾が現状のステータスを維持することが地域のパワーバランスと民主主義の価値の防衛に不可欠だと考えている。
台湾は約2300万人の人口を擁(よう)する活気ある事実上の民主主義国家に発展し、九州沖から沖縄、台湾、フィリピンを結び南シナ海へと至る西太平洋防衛上の概念である「第一列島線」の中央に位置する地政学的な要衝である。台湾が事実上の独立を維持すれば、中国が独自に人民解放軍を台湾に展開することはできず、よって中国の太平洋への軍事的影響力を制限することができる。
■中国にとっては民族主義のため
しかし、中国が台湾を統一し、台湾に解放軍を展開・常駐することで、中国の軍事的影響力は拡大する。このことは、米国が日本、韓国、フィリピン等のアジアの同盟国を防衛するうえで、重大な脅威となりうる。
要するに、台湾の現状を維持することは、米国とその同盟国にとって、中国の帝国主義的な拡大を封じ込めるためのカギとみなされている。
こうした対立する見方は、台湾を米中関係における究極の火種としている。
実は、過去に3度(1954~55年、58年、そして95~96年)、台湾海峡危機、というものがあった。
人民解放軍が台湾実効支配地域への上陸・砲撃・ミサイル演習を実施し、これに対して米軍が第7艦隊や空母打撃群を派遣し中国側を抑止した台湾海峡危機。この危機がありつつも、台湾をめぐり、米国と中国が正面からぶつかり合う事態は長年想定されていなかった。
しかし、米中の近年の動向は、台湾有事がごく近い将来に発生する可能性があるという切迫感を生み出している。
では、具体的に一体どのような状況の変化が見られるのだろうか。
■台湾有事は数年後に起こるか
まず、中国の台湾に対する軍事的圧力が高まっている。
米国当局者もこの圧力を認識している。
英国国際戦略研究所(IISS)は、毎年シンガポールでアジア最大級の安全保障会議であるIISSアジア安全保障会議を開催している。会場のホテルの名前にちなみ、通称はシャングリラ・ダイアログ。
このシャングリラ・ダイアログの2025年会合で、ピート・ヘグセス米国国防長官(現在は同じ肩書を「戦争長官」と呼ぶ)は、人民解放軍の軍事演習の強化と急速な軍事力増強を理由に、中国が武力による台湾統一を試みる「可能性が高まっている」と警告した。
習近平国家主席は、人民解放軍が台湾を武力制圧できる能力を人民解放軍創立100周年にあたる2027年までに備える目標を掲げている。注目すべきは、米軍指導部が2027年を中国が台湾侵攻を試みる可能性のある年として頻繁に言及している点だ。
すなわち、少なくとも米国側は、中国側から示されている「意図」(習近平の発言等)と「行動」(台湾周辺での軍事演習の強化等)の両方を踏まえ、台湾有事がもはや遠いシナリオではなく、今後数年間で迫る危機であることを懸念している。
■中国軍の演習は攻撃と変わらない
解放軍は、台湾周辺で頻繁な軍事演習を実施しており、その演習と実際の攻撃を区別することはほぼ不可能になっている。サミュエル・パパロ米インド太平洋軍司令官は、中国が台湾包囲のために展開した大規模な軍事演習について、「単なる演習ではなくリハーサルだ」と指摘している。
そして、この「演習」と「本番」の境界線の曖昧化は、台湾、米国、そして日本を含む米国の同盟国が台湾有事の「本番」がいつなのかを見誤るリスクを大幅に高めている。継続的な圧力は台湾の軍隊や社会を疲弊させ、台湾市民の士気を低下させる可能性もあり、これは中国が戦闘を回避しつつ台湾を屈服させるための戦略の一部かもしれない。
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佐々木 れな(ささき・れな)
国際政治学者
早稲田大学卒業後、外資系戦略コンサルティングファームStrategy&に在籍し、防衛省および防衛装備庁、防衛関連企業等との複数のプロジェクトに携わる。2023年、米ジョージタウン大学外交政策大学院で修士号を取得。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)博士課程在籍。専門は東アジア安全保障、台湾海峡危機管理、防衛産業政策。
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(国際政治学者 佐々木 れな)

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