※本稿は、佐々木れな『自滅する米中』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■習近平は台湾に実力行使するか
習近平の頭のなかには、驚くほど多くのメーターが並んでいる。軍事力の整備度合い、経済の安定性、台湾世論の動向、人口の推移、米中関係の緊張、技術格差の広がり――彼はそれらを1つの「ダッシュボード」のように見つめながら、今が動くべき時なのか、まだ待つべきかを計っている。
つまり台湾問題は、単なるナショナリズムや歴史的宿命ではなく、複雑な現実要素が絡み合う“計算問題”として扱われているのだ。
米国パトリック・ヘンリー大学のグレゴリー・J・ムーア教授は、この「習近平の台湾ダッシュボード」を詳細に分析している。
彼によれば、そこには13の主要な指標があり、そのうち11が「時間は中国の味方ではない」と警告を発している。軍事と経済だけは時間を稼ぐことで有利に働くが、他の要素――台湾社会の意識の変化、中国の高齢化、半導体をめぐる地政学、米国の台湾関与の強化、米中関係の悪化など――は、待てば待つほど不利になる“閉じゆく窓”を示しているという。
言い換えれば、習近平にとって「今はまだ早い」という現実と、「今こそ動くべきだ」という心理が、同時に点滅しているのである。
ムーアの結論は明快だ。習近平は単なる思いつきで台湾を狙っているのではない。だが、ダッシュボード上の計器の大半が「待つほど不利」と傾いているため、彼が2027年末までに何らかの“行動”を起こす可能性は高い。
軍事的準備はなお不完全だとしても、時間が味方でなくなるという焦燥感が、慎重さよりも決断を前へ押す力として働くかもしれない。習近平のダッシュボードを読み解くことは、台湾海峡の未来を占ううえで最も危険な針の動きを知ることにほかならない。
■台湾有事のシミュレーション
台湾有事について世の関心の中心は、台湾有事が「いつ」来るかにあるが、真に重要なのは「どのように」台湾有事が始まるかということである。
台湾有事を想定したシミュレーションは、ここ数年、ワシントンの有力シンクタンクをはじめとして、世界各地で繰り返し実施されている。東京でも防衛関係者や有識者による机上演習(TTX)が定期的に行われており、台湾有事はすでに国際的な「思考の戦場」で発生している。
ちなみに台湾を研究する中国の学者はこのような軍事シナリオを想定したシミュレーションについて批判的である。中国が台湾を統一する方法は何千通りとあり、軍事シナリオはそのごく一部にすぎないと。
■中国にとって有力な4つの戦略
台湾が中国の支配下に置かれる道筋は、単純な「戦争か、平和か」という二択では語れない。中国は明確な武力行使を避けつつ、台湾を徐々に吸収していく戦略もとりうる。
そこで本章では、中国がとりうる戦略シナリオを以下の4つに大別する。
1)平和的統一
政治的合意や経済的誘因、台湾政界への統一戦線工作などを通じて、事実上の統合を達成する。
2)グレーゾーン活動
領域侵犯や輿論(よろん)戦・心理戦・法律戦、そして経済制裁など、軍事一歩手前の手段を組み合わせ、台湾の主権を徐々に侵食していく長期戦。
3)封鎖
海空の制圧を通じた「準戦争」状態。補給線の遮断によって台湾を経済的に孤立させ、時間をかけて交渉・降伏に持ち込む。
4)全面侵攻
解放軍が本島に上陸し、実力によって台湾政府を崩壊させ、政権交代を実現する。
これらは独立したシナリオとして発生する可能性もあるが、複数のシナリオが並行して進められたり、複合されたり、シナリオ間で段階的に移行したりすることもありうる。例えば「グレーゾーン活動→封鎖→限定侵攻」といった「階段的エスカレーション」が、各地で実施されているシミュレーションにおいて現実的なものとして議論されている。
■日本では「全面侵攻」を警戒
興味深いのは、台湾危機に対するシミュレーションの焦点が、地域によって大きく異なるという点である。
日本では、「全面侵攻」シナリオに最も関心が集まっている。南西諸島の地理的脆弱性、台湾との近接性、さらには在日米軍の存在などを考慮すれば、この傾向は地政学的に極めて自然なものである。読者にとっても、「中国が攻めてくる」、「自衛隊や米軍はちゃんと守ってくれるのか」という恐怖心や心配はわかりやすいのではないだろうか。
一方で、ワシントンの主要シンクタンクでは、むしろ「封鎖」シナリオへの関心が突出している。
これは、中国が台湾を即時に占領するのではなく、まず海空から包囲して物資・情報・経済を遮断し、じわじわと屈服に追い込むというアプローチへの警戒感の反映である。
米国にとって、この封鎖シナリオはわかりやすい軍事侵攻ではないため、極めて厄介な課題を突きつけてくる。ただでさえ、海外への米軍派兵、軍事介入のハードルが年々高くなっているなか、議会や世論に対して、米軍による軍事介入の正当性を説明する政治的ハードルがより高くなるシナリオなのだ。
つまり、全面侵攻なら米国としては単純な軍事介入がしやすいが、封鎖であれば対応しづらい。だからこそ研究の必要があるということだろう。
■台湾が恐れる「今そこにある危機」
他方、当の台湾において最も現実感を持って語られているのは、「グレーゾーン活動」の脅威である。すでに現実に起きている日常的な空域侵犯、サイバー攻撃、情報操作などが、明白な戦争行為を伴わずに社会の自由と自己決定を浸食し続けている。
台湾にとって中国による台湾統一とは、ある日突然の上陸戦ではなく、じわじわと進行する「現状変更」の連続のなかで静かに訪れるものかもしれないのだ。
■中国のグレーゾーン活動とは?
中国が台湾に対して行っている圧力は、いわゆる「戦争」とは呼べないものである。だが、平時でもない。その狭間にある曖昧な領域――これこそが、「グレーゾーン活動」と呼ばれる新しい戦争の形である。
グレーゾーン活動とは、明白な軍事衝突に至ることなく、領土・領空・領海等の主権を侵害したり、それらの領域で法執行・行政活動を行ったり、サイバー空間等の新たな領域で、相手に圧力をかけ、行動の自由を奪い、望ましい戦略的成果を獲得しようとする戦術である。
■「台湾上空を飛ぶのは国内問題」
米国を代表する戦略シンクタンクであるランド研究所の2023年の報告書によれば、中国はこの分野において「巧妙で執拗なプレイヤー」であり、台湾への統一を軍事侵攻によらずに達成しようとする長期的戦略の一環として、グレーゾーン活動を多段階的に構築している。
中国による台湾に対するグレーゾーン活動の代表的な手段が、台湾の防空識別圏(ADIZ)への人民解放軍の戦闘機・爆撃機の進入である。
2020年以降、中国は台湾西南空域への進出を「日常化」させており、一時期は年間1000回を超える規模で軍用機を飛ばしていた。
この行為は、実際の戦闘を意図するものではない。目的は、台湾軍の即応力を疲弊させること、そして「中国の軍機が常に上空にいる」という心理的な圧迫感を植えつけることである。
同時に、国際社会に対して「台湾は中国の一部であり、その上空を飛ぶのは国内問題だ」という事実上の主権主張を繰り返し可視化することにもなっている。
■軍隊ではなく海警局や取締船が動く
この例では軍用機が使われているが、グレーゾーン活動の特徴は、その実行主体が必ずしも軍ではないという点にある。中国海警局や漁業取締船、さらには税関や地方政府までもが動員され、「法執行」「安全管理」「気象観測」などの名目で、台湾周辺海域へのプレゼンスを拡大している。
例えば2024年2月、台湾が領有する島のなかで中国大陸に最も近い島の1つである金門(きんもん)島付近で、台湾当局が取り締まり中に違法操業していた中国漁船が転覆し2名が死亡した事故があった。
■なぜ中国はグレーゾーンを選ぶ?
これに対し、中国が行ったのは、定番の「遺憾表明」ではなかった。本来台湾が領有する金門島周辺での中国海警局の巡視活動を常態化させ、周辺海域の管轄権を主張するという形で応答した。
この事例は、偶発的事象をあえて政治化し、自らの主張を正当化するという、典型的な「法律戦」の構図である。
ところで法律戦とは何か。
2003年の「中国人民解放軍政治工作条例」改正で新たに追加された概念である三戦(輿論戦・心理戦・法律戦)の一角である。輿論戦はメディア等を通じた敵戦闘意欲の減退、心理戦はプロパガンダ、軍事的威嚇、偽情報の流布などを通じた敵抵抗意思の破砕、法律戦は法解釈・法執行上の正当性による優位性確保をそれぞれ意味している。
では、なぜ中国はグレーゾーン活動を好むのか。
その最大の理由は、米国や日本が「手を出しにくい」領域だからである。平和的統一と同じ理由だ。
■アメリカや日本が介入しにくい
たとえ台湾に対してADIZ侵犯や金門島周辺の漁船取り締まりを行っても、それだけで米軍が台湾のために介入することはまず見込めない。実際、南シナ海では、米国の同盟国であるフィリピン当局が自国の排他的経済水域(EEZ)内で、中国の海警局から衝突を含む威圧行為を受けているが、これらの事案について米国は介入していない。つまり、中国にとっては「コストの低い挑発」なのだ。
米軍は台湾に対する「封鎖」や「侵攻」には対応する意志を示しているが、グレーゾーン活動に対しては慎重で、明確なレッドラインを引けていない。この曖昧さこそが、中国が現状を変更するための新たな機会・領域を与えているのだ。
米国にとって、グレーゾーン活動による統一過程は介入のハードルが高い。軍事侵攻のように明白な武力行使がなければ、日米安保条約や台湾関係法を根拠に軍事力を行使することは困難である。
言葉では台湾支援を表明し続けても、実際には抑止力を発揮できないという矛盾が露呈するのである。実際、具体的な支援を伴わない米国や日本によるフィリピン当局への支持表明は、中国の行動を抑止できていない。
日米同盟にとってもこのシナリオは試練となる。条約の適用対象外であるため直接の行動は起こせず、しかし何らかの対応をしなければ信頼性を保てない。このジレンマは同盟の実効性を著しく損なう。日本にとって戦争被害は及ばないが、最終的に同盟が空洞化し、地域の安全保障基盤が失われる。
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佐々木 れな(ささき・れな)
国際政治学者
早稲田大学卒業後、外資系戦略コンサルティングファームStrategy&に在籍し、防衛省および防衛装備庁、防衛関連企業等との複数のプロジェクトに携わる。2023年、米ジョージタウン大学外交政策大学院で修士号を取得。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)博士課程在籍。専門は東アジア安全保障、台湾海峡危機管理、防衛産業政策。
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(国際政治学者 佐々木 れな)

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