アウトドアブランドは、コロナ禍のキャンプブームの終わりに伴って正念場を迎えている。そんな中、広告費ゼロで即完売を連発し、顧客の4人に1人が100万円以上を費やすブランドが存在する。
経営コンサルタントの高橋功さんは「2014年に創業したneru design works(ネルデザインワークス)の戦略は、『低コストで無駄のない商品』が正義とされる日本メーカーの常識を覆している」という――。
■238人のアンケートが示す「異常な熱量」
キャンプブームの終焉が囁かれています。キャンプ人口はコロナ禍で急増した後、減少に転じました。大手アウトドアメーカーの業績も軒並み厳しい状況です。しかしそんな逆風の中、発売と同時に即完売、イベントを開けば数百人の行列ができるアウトドアブランドがあります。「neru design works(ネルデザインワークス)」――インスタグラムのフォロワー約7万人に対し、直近3カ月の閲覧数は1200万回超。広告宣伝費はゼロです。
筆者は経営コンサルタントとして中小企業の競争優位戦略を専門としており、現在は大学院で技術経営(MOT)を学んでいます。その研究の一環として、neru design worksのファン層を中心に238人へアンケート調査を実施しました。
結果は驚くべきものでした。回答者の半数以上が同ブランドの製品に累計50万円以上を費やし、さらにそのうちの約半数――つまり全体の4人に1人が100万円以上を投じていたのです。ファン層中心の調査であるためバイアスは考慮すべきですが、モンベルやスノーピークと肩を並べるほどのブランドロイヤルティが、このガレージブランドには息づいているのです。

なぜ、この小さなガレージブランドがこれほどの熱狂を生み出せるのか。コンサルタントの視点から分析していきます。
■テントに「穴」を開けた非常識な設計思想
暦は2月。本来ならキャンプはオフシーズンです。しかし近年、テント内に薪ストーブを設置し、氷点下のフィールドでTシャツ一枚で過ごす「冬キャンプ」が注目を集めています。この流れに決定的な役割を果たしたのが、neru design worksが2022年にリリースしたテント「CAVE」です。天井に最初から「薪ストーブの煙突を通すための穴」が開けられています。
大手メーカーは一酸化炭素中毒や火災のリスクを恐れ、テント内での薪ストーブ使用を推奨してきませんでした。当然、煙突用の穴が付いたテントなど作りません。しかし現場のキャンパーたちは自己責任で高価なテントにハサミを入れ、DIYで穴を開けていました。ニーズは確実にあるのに、メーカーが応えない。neru design works代表の重弘剛直氏(以下、neruさん)は、そこに切り込みました。

彼は単に穴を開けたのではありません。耐熱加工による安全な煙突ポートを、テント全体の美しいシルエットに溶け込ませ、「洞窟のような安心感」という世界観へと昇華させました。そして何より、メーカーとユーザーの間に高い信頼関係がなければ成立しない「自己責任の再定義」を行ったのです。
「大手はリスクを排除するためにやらない。しかし、日本の四季を本当に楽しむためには、冬の薪ストーブは不可欠だ」
大手が「禁止を前提とした設計」をする中で、彼は「使用を前提とした設計」を公言し、リスクと楽しみを共有できる成熟したコミュニティに向けてメッセージとともに販売しました。
この挑戦により、冬キャンプは一部のベテランだけのものから、多くのキャンパーが憧れるスタイルへと変わりました。その後、他メーカーからも煙突穴付きモデルが続々と登場したことが、「CAVE」のインパクトを証明しています。
■「メーカーの論理」に反逆した元営業
neruさんの正体は、大手総合繊維メーカーに約20年勤めた元ビジネスパーソンです。海外でインフラ機器を売り込む泥臭い新規開拓営業も経験しています。そんな彼が2014年にブランドを立ち上げた理由は、「メーカーの論理」に対する強烈な違和感からでした。
メーカー時代、「こうすれば消費者は絶対に喜ぶ」と確信したアイデアがあっても、「コストがかかりすぎる」「手間がかかりすぎる」と却下されてきました。削ぎ落とされ、丸められ、最終的に市場に出るのは、合理性の塊のような無難な商品ばかり。
「メーカーが作るのは、合理性に合致したものだけ。
ならば僕がやるべきは、メーカーが絶対にやらない『非効率』や『無駄』の追求だ」。大手企業が技術的に「やれない」のではなく、立場として「やらない」領域にこそ勝機がある――この逆転の発想が、彼の原点です。中小企業の支援を生業とする筆者にとって、これは典型的な「ニッチトップ戦略」の成功例に映ります。大手と同じ土俵で戦うのではなく、大手が構造的に踏み込めない領域で独自のポジションを築いているのです。neruさんの発想の勝利は、多くの企業戦士の胸に刺さるのではないでしょうか。
■「経年優化」接着剤を使わないテントの秘密
neruさんの製品を貫く設計思想は「経年優化」です。工業製品は通常、新品が最も価値が高く、使えば劣化します。メーカーは買い替えサイクルを組み込むために、ある意味で劣化を計算に入れることさえあります。しかしneruさんが目指すのは、使い込むほど手に馴染み、傷さえ味になり、価値が増していくモノ作りです。
象徴的なのがテントの防水処理です。一般的なテントには縫い目からの雨漏りを防ぐ「シームテープ」が接着剤で貼られていますが、加水分解により数年で剝がれるのが宿命です。
多くのメーカーは「寿命です。買い替えてください」で済ませます。それが最も合理的だからです。
しかしneruさんは「剝がれるなら、最初から貼らなければいい」と考え、水を含むと膨張する糸の性質を利用して縫い目を塞ぐという、非常に手間のかかる手法を採用しました。生地そのものにも妥協はありません。既存の生地を選ぶのではなく、オリジナルの糸から開発し、他にはない理想の風合いと強度を実現しています。
「新品の状態が最も価値があり、古くなれば価値が毀損する。そんなスクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた日本だが、海外では古いものでも価値が落ちないものがたくさんある」――この思想が、ファンに「一生モノ」としての信頼を与えています。
■職人に「コストは考えなくていい」と言い切る覚悟
「経年優化」を支えるのは、日本の卓越した職人技術です。筆者が愛用する斧や薪ばさみは、人気ブランド「asimocrafts」とのコラボレーションから生まれた逸品です。
日本の町工場は長年、メーカーから「もっと安く、早く、大量に」と要求され、自慢の技術を封印させられてきました。neruさんはそんな職人にこう伝えます。
「コストは考えなくていいです。技術的に可能か、最高の仕上がりになるか。それだけを教えてください」。金属加工の聖地・燕三条の職人と膝を突き合わせ、既製品の刃を流用せず、ゼロから独自の刃を設計しました。
「日本のものづくりが衰退しているのは、技術がないからじゃない。活かす場所がないだけなんです。僕は彼らに『稼げる仕事』ではなく、『誇れる仕事』を発注したい」。工場側にとっても、neruさんとの仕事は自社の技術力を示すポートフォリオになります。だからこそ最高の仕事で応える。ここには、契約書だけでは築けない強固な信頼関係が存在します。経営コンサルタントとして多くの中小企業を見てきましたが、下請け構造からの脱却を目指す製造業にとって、このような「対等なパートナーシップ」の構築は一つの理想形といえるでしょう。
■「不便さ」こそが最強のフィルターになる
neruさんはインスタグラムで完成品の美しい写真だけでなく、開発中の苦悩、工場の様子、試作品の失敗をリアルタイムでさらけ出します。
これは、私たちビジネスパーソンが普段隠したがる「弱み」や「未完成」の部分です。しかし、これを見せることで、顧客は単なる「購入者」から「ファン」であり「仲間」へと変わります。「あんなに苦労して開発していたギアが、ついに完成したのか!」というストーリーを共有した顧客は、発売の瞬間に歓喜して購入ボタンを押します。ファンは商品を「買う人」ではなく「語る人」になり、彼らが自発的に宣伝を担うエコシステムが完成しているのです。
一方で、このブランドには明確な「弱点」もあります。錆びやすい鉄製品やオイルケアが必要な木製グリップなど、維持管理が極めて手間です。「お金を払ったのだから、メーカーが快適さを保証してくれ」という受動的な顧客にとっては、これほど面倒な商品はありません。在庫を持たない戦略は、裏を返せば「欲しい時に買えない」ストレスを生みます。筆者も予約から半年以上待たされることはザラで、数万円、時には十数万円を前払いし、いつ届くかもわからない商品を待ち続けます。アマゾンの翌日配送に慣れた現代人にとっては苦行でしょう。さらに、製造プロセスのSNS公開は競合にデザインを模倣されるリスクも伴います。
■自分の内側は、ちゃんと仕事に反映されているか
しかし、この「面倒さ」こそが最強のフィルタリング装置として機能しています。手入れを「愛着」に、待つ時間を「楽しみ」に変えられる人だけが顧客として残ります。結果、手間を惜しまない濃いファンだけが純粋培養され、冒頭のアンケート結果――4人に1人が100万円以上を投じる――という驚異的なロイヤルティにつながっているのです。便利さを捨てた先にしか得られない体験があることを、彼らは知っています。
筆者は大学院で「Authenticity(オーセンティシティ:真正性)」を研究テーマとしています。経営学においてこの概念は、経営者の内面的な価値観と外部への発信・行動が一致している状態を指します。「neruさんにとってのオーセンティシティとは?」というこの問いをぶつけると、こう返ってきました。「自分の内在している内側と、発信する外側が一緒の状態ですかね。自分の思っていることと作るもの、売り方の外側が整合性を取れている状態のことなのかなと思います」
メーカー時代は「売れるもの」のために内側を押し殺していました。その乖離こそがストレスであり、製品から熱量を奪う原因だったのです。しかし今は、自分が本当に欲しいもの、正しいと思うプロセス――非効率であっても職人技術を活かすこと――をそのまま製品化しています。この内と外の完全な一致が、顧客に強い信頼感を与え、熱狂を生み出す源泉となっています。
■「売れる」だけでは人の心は動かせない
機能や価格、効率だけを突き詰めれば、結局はアマゾンのような巨大プラットフォームの中で価格競争という消耗戦に飲み込まれます。自社の、あるいは自分自身の「Authenticity」とは何か。データや前例に基づく正解ではなく、自分たちが「本当に良い」と信じる価値観を製品やサービスで嘘偽りなく表現できているか――その内と外が一致したとき、手間がかかっても、価格が高くても、「替えの利かない価値」が生まれます。
この週末も、筆者はneruさんの薪ストーブ用ポートが付いたテントに籠もり、職人が魂を込めた斧を眺めながら過ごすでしょう。利便性だけを追求せず、使う側が主体的に関わる余地を残してくれる道具たち。その「対話」のような時間が、効率化に追われる平日とのバランスを取ってくれます。neru design worksの熱狂は、合理性の追求だけではもはや人の心は動かせないという事実を、雄弁に物語っています。

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高橋 功(たかはし・いさお)

経営コンサルタント/日本工業大学大学院 技術経営研究科

1997年、明治大学理工学部機械工学科卒業。約30年にわたりプラントエンジニアとして、半導体工場を中心に制御システム構築プロジェクトを多数指揮。2013年からは「Business Concierge UWAN」代表として、エンジニアリングで培った現場力と論理的思考を基盤に、中小企業経営者の支援に従事。現在、日本工業大学専門職大学院にて技術経営(MOT)を専攻し、実践知の体系化に取り組む。特に中小企業の競争優位確立に資する「オーセンティック・アイデンティティ」を研究テーマとしている。

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(経営コンサルタント/日本工業大学大学院 技術経営研究科 高橋 功)
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