※本稿は、河野龍太郎、唐鎌大輔『世界経済の死角』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■コロナ禍、先進国で中国だけが違った対応
【河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト)】中国経済については、よく「すっかり衰退している」と言う人がいますが、私は少し違う見方をしています。
たしかに人口減少局面は続いていますし、不動産バブル崩壊の後遺症は今も残ったままです。おまけに、米中対立で、これまで国内の過剰生産能力を吸収していた輸出が停滞している点で、さらに厳しい状況にあるのは間違いないでしょう。
また、トランプ2.0による関税政策は、中国にとって非常に大きな影響を及ぼすリスクがあります。ただ、コロナ禍や不動産バブル崩壊時もそうでしたが、近年は、危機が訪れた場合でも、中国はマクロ経済政策において、無茶な政策や極端な手段には出ていません。
【唐鎌大輔(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)】日本に比べると、裁量的なマクロ政策を適宜、温存しているようにも見えますね。
【河野】はい。2021年以降、世界でインフレが進んだ原因を振り返ると、その点が明確になると思います。まず、コロナの影響などでサプライチェーン(供給網)が寸断され、モノの供給に制約が生じました。
その一方で、先進国は景気を支えるために大規模な財政支出を行いました。
つまり、供給ショックだけが原因ではなく、先進国の総需要政策が行きすぎた結果として、世界的なインフレが引き起こされたということです。ところが、中国はコロナ危機の際に、主要国の中では唯一、こうした過剰な対応を取っていなかったのです。
■一番健全なマクロ政策
【河野】その背景には、中国の過去の反省があります。リーマンショック後のグローバル金融危機(2008~2009年)において、中国は4兆元規模という大規模な財政出動を行いました。
これは当時のGDPの約13%に相当します。後になってわかったことですが、当時の中国経済は、それまで続いていた二桁成長の高度成長期の終わりを迎えつつありました。つまり、経済の実力である潜在成長率が、ちょうど下方屈折する局面に差しかかっていたのです。
しかし当時の中国政府は、リーマンショックによる一時的な景気後退と、潜在成長率の低下という構造的な変化を、うまく見分けることができなかったわけです。
もはや二桁成長はできないはずなのに、それを無理に維持しようとして、過剰な財政政策を発動したわけです。それがGDP比13%という大規模な景気刺激策でした。
その結果何が起こったかというと、資源配分が大きく歪んで、不動産や株などのバブルを誘発し、大きな不均衡が生じてしまったのです。
胡錦濤から習近平に最高指導者が代わったタイミングでしたが、政権を引き継いだばかりの習近平は、しばらくバブルや過剰設備、過剰債務の処理に追われたわけです。
その反省からか、今回のコロナ禍では、経済を噴かすような大規模な財政政策はほとんど行われていませんでした。そもそも資本蓄積が過剰でお金が余り気味だから、大規模な財政政策や金融緩和を行うと、バブルを再燃させるリスクが常にあります。
2020~2021年に先進各国の政策担当者と話をしたとき、「一番健全なマクロ政策をやっているのはどこかといえば、大きな声じゃ言えないけど仮想敵国の中国なんじゃないか」という意見が多かったんです。
■バブルのリスクを避けるため、金融緩和もゆっくり
【唐鎌】たしかに中国は過去の教訓を踏まえた慎重な政策運営をしていた印象です。河野さんがおっしゃるように、先進国よりもバブルへの警戒感をしっかり抱いていたのかもしれませんね。先進国は悪い意味で、景気循環に対して過剰な機動性を発揮する傾向にあると思います。
【河野】はい、その通りだと思います。コロナ危機の際、先進国では、政策が小さすぎる失敗を避けることが重要であって、大きすぎる失敗は恐れる必要はない、というのが政治指導者の意向で、日本を含めなんでもありのような政策が繰り返されていました。
だから世界的なインフレが訪れたのですが、日本ではあまりこの話は知られていませんし、その教訓は日銀の金融政策運営などにも活かされていませんでした。
私は2023年に『グローバルインフレーションの深層』(慶應義塾大学出版会)を書いて、欧米の失敗を繰り返さぬよう警告を発したのですが、政策修正が遅れ、残念ながら今も日本は円安インフレで苦しみ、歴代政権の支持率の低迷が続いているわけです。
中国は景気が大きく落ち込んだときには財政政策を発動するけれど、回復が見えてきたら、すぐにストップさせる。
今回のトランプ関税へのマクロ経済政策対応も、同じスタンスだと思われます。もちろん、2027年からの四期目を見据える習近平国家主席が、景気に強く配慮しているのは言うまでもないことですが。
■特に成長分野、新分野での産業の育成に注力
【唐鎌】たしかに中国の財政政策は、メリハリが利いている印象はありますよね。拡張財政から抜けられない日本、無理して緊縮財政にこだわるユーロ圏との違いを感じます。
【河野】ただ、中国は需要があまり強くない一方で、供給力を大幅に強化しています。「新質生産力」といって、特に成長分野、新分野での産業の育成に力を入れています。
たとえば先ほども出てきたEV産業がこれに該当しますが、EVは消費財の一つでもあり、自動車の値段が安くなれば、家計の実質購買力も増えます。同時に化石燃料からのエネルギー転換にもつながります。
彼らはグリーンエネルギーへの移行を進めながら、輸入エネルギーへの依存を減らそうとしています。
すでに無人タクシーが北京や武漢、上海、深圳などの主要都市で広がっているのは、よく知られていますよね。
しかし、中国の需要が弱いままだから、こうした成長分野の強化は、必然的に輸出を増やす形になり、ドイツをはじめとする他国にとっては厳しい状況が続いています。
■中国経済はバブルが発生しやすい
【唐鎌】そうですね。かつて中国で生産されたユニクロの商品などを、日本が輸入している状況を指して「デフレの輸入」という言葉がよく使われましたが、今後はそれがEVになるのかもしれません。
【河野】つまり、中国の需要は低迷しているけれど、輸出競争力は強い。その中でもEVやIT分野などのような新分野で新製品、新サービスがどんどん出てきているわけです。
さらに、現在の中国経済は潜在成長率が5%を下回り、4%台になっている可能性もあります。それでも過剰な資本蓄積が続いているので、先にも触れましたが、お金が余ってバブルが起こりやすい状況は今も変わっていません。
つまり、中国経済はバブルが発生しやすい環境だから、中国当局も金融緩和を慎重に進めている。
近年、話題になっていたのが、中国で国債バブルが起こり始めているという点です。これまでの不動産バブルや株式バブルを生んだマネーの次の行き先が、今度は国債市場になっている可能性があるというわけです。
経済学でいう「バブル代替」、つまり「バブルリレー」が始まっていると、私はにらんでいます。だから、国債バブルを煽らないよう、中国政府も極端な金融緩和をあえて避けているのではないかと思っていますが、唐鎌さんは中国経済をどう見ますか。
■ユニクロに続きBYDがデフレを助長する可能性
【唐鎌】今おっしゃった「中国が供給力を強化している」という点が、非常に大きなポイントだと思います。先ほどお話しした通り、日本でデフレが問題視されていた時期、ユニクロのような中国製の低価格商品が日本市場に流れ込んできたことが注目されました。
今、そうした中国の供給力の象徴が、かつてのようなアパレルではなく、EVのような先進国としても看過できない財に振り替わっている。中国経済はアパレルを輸出していた頃に比べれば格段に成長しましたが、それでも中国製EVは極めて価格競争力があります。
EVを大量に生産・輸出することで、やはり世界にデフレを輸出しているような状況になっていくのだとすれば、インフレに思い悩んだ2022年以降の世界経済が、中国要因で曲がり角に差しかかるという展開も予見されます。
ご理解の通り、ドイツのフォルクスワーゲン問題、日本の日産問題は、中国が自動車市場で頭角を現してきたことと無関係には語れないはずです。
結論めいたことを言えば、世界的に見れば、中国がEV・AI・半導体の3分野で競争力を強め、輸出を拡大すればするほど、世界のインフレを抑える方向に作用するのではないでしょうか。
世界がインフレ退治に勤しんでいる今、やや突飛な発想になりますが、中国の輸出を通じてデフレが世界的に助長される未来もないわけではないと思います。かつてのユニクロ、今はBYD……といったところでしょうか。
■モノの輸出が滞れば、成長の足を止めざるを得ない
【河野】中国によるダンピング(投げ売り)のリスクが出てきたというのは、悩ましいところですね。
その裏側にある資本の流れを見ると、新興国、とりわけ中国は経済規模が大きくなっているにもかかわらず、「安全資産」をこれまで供給できなかったために、アメリカやドイツ、日本などの先進国の国債を買ってきたわけです。
この点も改めて詳しくお話ししますが、短中期的には、中国の資本が海外に流れ出ることで、先進国は大規模な財政政策を実施しても、長期金利の急騰が避けられていた、という側面があります。
アメリカの公的債務残高が増え続けても大丈夫なのは、まさにこのグローバルな資金の流れが存在していたおかげですよね。アメリカ国債への中国からの資金流入が続いていたから、全体のバランスが取れていた。
しかし、もしトランプ関税をきっかけに世界経済の分断が進めば、これまで保たれていたバランスが崩れかねません。モノの輸出が滞れば、中国は成長の足を止めざるを得なくなります。
そして、新興国からの「資本輸出(米国債の購入)」が止まれば、先進国の長期金利が急騰し、アメリカ経済にも停滞の波が押し寄せる可能性があります。
■日本で好まれる“中国衰退論”の盲点
【河野】とりわけ、トランプ政権になって、基軸通貨国のアメリカは、ドル国際金融システムに各国がフリーライド(ただ乗り)していると批判し始めているため、この問題を見過ごすことができなくなりました。この問題は、後ほど議論しましょうか。
もう一つ興味深いのは、中国を仮想敵国として批判することが多いせいか、日本では“中国衰退論”が好まれます。たしかに権威主義国家の中国は多くの問題を抱えているのですが、日本などの先進国の失敗を「他山の石」として、うまく対策を講じているようにも見えます。
たとえば、2020年代初頭にアリババなどの巨大テック企業への規制を開始しましたよね。そのとき、多くの人が「中国はITデジタル分野の成長を自らつぶしてしまうし、成長は期待できないだろう」と考えました。さらに、教育格差の拡大を理由に、塾産業を禁止しました。
【唐鎌】ありましたね。非常に極端というか、中国らしいアプローチだと感じました。
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河野 龍太郎(こうの・りゅうたろう)
BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト
東京大学先端科学技術研究センター客員教授。1987年、横浜国立大学経済学部卒業。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て2000年より現職。23年より東京大学先端科学技術研究センター上級客員研究員を兼務、25年より同大客員教授。日経ヴェリタス「債券・為替アナリストエコノミスト人気調査」で、2024年までに11回の首位に選出。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、『日本経済の死角』(筑摩書房)など。
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唐鎌 大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト
2004年、慶應義塾大学経済学部卒、JETRO(日本貿易振興機構)、日本経済研究センター、欧州委員会を経て08年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。財務省「国際収支に関する懇談会」委員(24年3月~)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(24年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(ともに日経BP)など。TV・ユーチューブ出演:テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、TBS CROSS DIG with Bloomberg「CROSS DIG Economic Labo」など。Note「唐鎌Labo」で考察を発信中。
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(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト 河野 龍太郎、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌 大輔)

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