大地震や台湾有事が起きたとき、日本の財政は持ちこたえられるのか。東日本大震災、コロナ禍と、めったに起こらないはずの危機が立て続けに起きてきた。
公的債務が膨張するなかで、次の有事に備える余力は残されているのか。河野龍太郎、唐鎌大輔が書いた『世界経済の死角』より紹介しよう――。
※本稿は、河野龍太郎、唐鎌大輔『世界経済の死角』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■大きな危機が、わずか十数年の間に連続して発生
【河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト)】インフレ税も問題ですが、国の借金、つまり公的債務残高をしっかり管理しなければならない理由は、不測の事態に備えておくためです。いつ、大規模な歳出が必要にならないとも限りませんが、そのときに新たに必要な借金ができなくなると困りますよね。
2008年のリーマンショックは「100年に一度の経済危機」と言われました。そのわずか3年後の2011年には東日本大震災という平安時代の貞観地震以来、1000年に一度の災害が起きました。さらに2020年にはスペイン風邪以来の100年ぶりのパンデミックであるコロナ禍が起こりました。
今回のトランプ関税も、それがもし深刻な不況をもたらせば、1930年の米国による高関税政策(スムート=ホーリー法)以来の“100年に一度のショック”と言われることになるかもしれません。
このように、めったに起こらないはずの大きな危機が、わずか十数年の間に連続して発生しています。そのたびに政府は緊急対応を迫られ、公的債務が大幅に増え、その水準も切り上がっています。
今は大丈夫でも、今後、危機が繰り返されれば、いずれ公的債務残高が限界に達する可能性があります。
限界に達して、危機対応に必要な歳出を行えないといった事態は、何としても避けなければなりません。
特に日本は、首都直下型地震や南海トラフ地震、台湾有事といったリスクを抱えています。それだけでなく、今後数十年のうちに、富士山噴火や千島海溝、日本海溝でも巨大地震が起きる可能性が政府・専門家によって警告されています。
■円安を食い止める2つの手段
【河野】こうした“万が一”の事態が発生したとき、政府が必要に応じて十分な歳出を拡大するためにも、財政の健全性を軽視すべきではありません。
不況時に景気対策として財政支出を増やすことは必要だと思いますが、最近のように景気が回復局面にあるときに、ダラダラとそれらを続けるべきではないのです。
岸田政権は2023年度に13兆円もの補正予算を編成しましたが、コロナ禍はとっくに終息していました。石破政権でも2024年度に14兆円もの補正予算を編成しました。いずれも規模ありきで、積算の根拠は十分に説明されませんでした。
【唐鎌大輔(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)】たしかに、大規模な災害や経済危機が頻発する中で、政府の借金がどんどん増えていけば、その負担に政府が耐えられるのか、市場が不安を抱くようになります。その結果、日本の財政が危ういと見られ、円が売られる動きが強まる可能性はあると思います。
ここで重要なことは、「本当に危ういかどうか」は関係ないということだと思います。「投機的な因縁」をつけられれば、政策当局は否応なしに、それへの対応を迫られてしまいます。
特に、直情的な為替市場では、そのような動きが激烈化しやすいです。
この際、円安を食い止める手段としては「円金利を引き上げる」、もしくは「ドル売り・円買い為替介入を実施する」の2通りがあるかと思います。
円金利はそもそもインフレ調整後の実質ベースではマイナスという極めて低い水準にありますから、まずは「円金利を引き上げる」に訴えるのが正攻法になるでしょう。
しかし、金利を引き上げると「政府債務の返済負担も重くなり、財政が行き詰まる」という懸念に直面します。先ほど出てきた「どうせ利上げできないんでしょう」という思惑です。
2022年3月以降、すでにその展開に賭けて、円売りに注力している向きも相当にあると私は感じています。
■中央銀行による大量の国債購入は問題含みの手段
【河野】おっしゃる通り、日本政府が借金を拡大し続けても大丈夫なのか、また金利が上がったときに利払い費の増大に耐えられるのか――これは最終的に、マーケットの心理に大きく左右されます。
つまり、実際の経済状況に特に問題がなくても、国の借金があまりに大きいと、ある日突然、「このままだと追加的な歳出に耐えられなくなり、政府は借金の返済に窮するのでは」という不安が金融市場に広がり、長期金利が急上昇するリスクが常にあるということです。
長期金利が上昇すると、利払い費が膨らみ、さらに公的債務が膨らむという市場の不安を呼び、悪循環に陥る可能性があります。理論上、経済ファンダメンタルズに問題がない場合に、財政危機が起こるケースを「サンスポット均衡」と呼んでいます。
一種の逆バブルのようなものですが、それを断ち切るために、急激な財政緊縮を行わなければならないとなると、今度は経済に大きなダメージが訪れます。
【唐鎌】中央銀行による大量の国債購入で、不安の連鎖を一時的に断ち切ることはできるでしょうが、もちろん問題含みの手段ですよね。

■イタリア救済にユーロ加盟国がお金を出し合う構図
【河野】はい、そのときには、中央銀行が大量の長期国債を買い入れざるを得なくなるでしょう。しかし、それには大きな問題が伴います。近年ですと、たとえばコロナ禍のときにECB(欧州中央銀行)がイタリア国債を買い支えて、イタリアを救済した例がありますね。
コロナ前に中国と良好な関係にあった当時のイタリアは、中国からの旅行者も多くて、コロナによる死者数が非常に多く、経済の混乱が続く中で「本当にこの国は借金を返せるのか」とマーケットが疑念を持ち、イタリア国債の金利が急騰しました。
【唐鎌】当時のECBは臨時会合を開催して、その政策を決定しました。それほど切迫した状況にあったということです。厳密には「パンデミック緊急購入プログラム(PEPP:Pandemic Emergency Purchase Programme)」と呼ばれる政策で、総額7500億ユーロというすさまじい規模の資産買い入れに踏み切りました。
その効果はてき面で、急騰していたイタリア国債の利回りは落ち着きます。ちなみに、こうしてお話ししている現時点でも、その際に購入された大量の国債は、まだECBのバランスシートに残されており、パンデミック前の姿に戻る見通しは立っていません。
【河野】ここで重要なのは、ECBが国債を買っただけで、なぜ金利が落ち着いたのかという点です。単にファンダメンタルズに基づかない危機――先ほどのサンスポット均衡――だったので、ECBの介入によって逆バブルが終息し、安定したのか。それとも別の理由が隠されていたのか。

実は、これにはやや循環論法というか、いわば堂々巡りのような側面があって、真偽はわかりません。ECBは建て前上、国債買い入れの目的が“イタリア救済”だとは言っていません。
しかし、もしイタリアが財政破綻してECBが保有するイタリア国債の価値が下がれば、ユーロ加盟国がその損失を拠出金に応じて負担することになります。
結局、マーケットから見れば、イタリアを救済するためにユーロ加盟国がお金を出し合っているという構図になります。
■ECBは出資金比率と国債購入を整理するべき
【唐鎌】その議論には結構、複雑な背景があります。長くなるので深入りは避けますが、ECBが金融政策で国債購入に踏み込む際、「加盟国の出資金比率に応じた分しか買えない」という目安があります。
この比率は今、こうしてお話ししている時点ではドイツなら21.8%、フランスなら16.4%、イタリアなら13.1%といった具合です。月間の購入額が100億ユーロの場合、この按分に従うと、イタリアは13億ユーロ程度しか買えないという話になります。
しかし、PEPPの枠組みで国債を購入する際、ECBはイタリアが出資している分を上回る量の国債を購入しており、最終的にはフランスと同程度という局面も実はありました。
これはしばしばECBウォッチャーの間では話題になりましたが、ECBから十分な説明が提供されることはありませんでした。
もちろん、緊急事態への例外対応ですから、杓子定規にやることがすべて正しいというわけではありません。しかし、どういった場合にECBが出資金比率に囚われずに国債購入できるのか。
将来を見据えた場合、整理しておいたほうがよい論点だと思いました。
■市場の間違った思惑は払拭されたのか
【唐鎌】話を日本に引き直すと、有事の際はとにかく迅速かつ大規模に、そして原理原則を無視してまで中央銀行が国債購入を強いられる展開が起こり得るということを、ECBの例は示していると思います。
【河野】時として、市場は誤った観測、思惑を持ちます。ただあのとき、私は市場がイタリアについて間違った懸念を持ち、ECBの国債購入によって、市場の間違った思惑が払拭されたとは解釈していませんでした。
市場は、ECBによる国債買い入れを、イタリアに対するユーロ加盟国からの救済策と正しく捉えたから、危機が回避されたのだと解釈しています。真の危機が訪れるリスクが高まっていたけれど、真に効果的な対策が取られたから、危機が未然に防げたということです。

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河野 龍太郎(こうの・りゅうたろう)

BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト

東京大学先端科学技術研究センター客員教授。1987年、横浜国立大学経済学部卒業。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て2000年より現職。23年より東京大学先端科学技術研究センター上級客員研究員を兼務、25年より同大客員教授。日経ヴェリタス「債券・為替アナリストエコノミスト人気調査」で、2024年までに11回の首位に選出。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、『日本経済の死角』(筑摩書房)など。


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唐鎌 大輔(からかま・だいすけ)

みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト

2004年、慶應義塾大学経済学部卒、JETRO(日本貿易振興機構)、日本経済研究センター、欧州委員会を経て08年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。財務省「国際収支に関する懇談会」委員(24年3月~)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(24年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(ともに日経BP)など。TV・ユーチューブ出演:テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、TBS CROSS DIG with Bloomberg「CROSS DIG Economic Labo」など。Note「唐鎌Labo」で考察を発信中。

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(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト 河野 龍太郎、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌 大輔)
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