※本稿は、布留川勝『ニュー・エリート論』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■伝達する対話、共創する対話
コミュニケーションという言葉を、単に「話すこと」や「報告・連絡・相談」と捉えている人はまだ多い。だが、いまこの時代に本当に必要なのは、自分の考えを的確に表現し、相手を受け止め、共に成果を創出する力だ。
伝えたつもりで伝わっていない。わかってくれていると思っていたのに誤解されていた。そんなすれ違いが、組織やプロジェクトの足を引っ張っているケースは少なくない。「伝える」とは、相手の文脈に乗せて届けることだ。伝えることはゴールではない。
相手がどう受け取り、どう反応し、どう行動を変えるか。その変化までを見届けて初めて、コミュニケーションは成立する。コミュニケーションとは、単なる一過性の伝達ではなく、全体を設計する行為(コミュニケーション・デザイン)なのである。
■権限ではなく共感で動かす
かつての組織は、「命令と服従」で動いていた。しかし現代は、年齢も職種も国籍も異なるメンバーがオンライン・対面の両方で協働する時代だ。立場だけで人は動かない。
問われているのは「この人の言葉なら耳を傾けたくなる」という信頼と共感だ。共感とは単なる優しさではない。相手の立場に立ち、行動の意味を伝え、誠実に振る舞う力である。
あるリーダーは、プロジェクトが行き詰まったときに次のように語った。
「たしかにいまは進みが遅く、フラストレーションを感じる人もいるかもしれない。でも、この遅れは『チームで納得して進む』ために必要な時間だと思っている。無理やり進めてあとで壊すより、いま丁寧に確認し合おう」
この一言で、メンバーの緊張が解けて表情が変わったという。
これはコミュニケーションスキルのなかでも高度な「リフレーミング」の好例である。
リフレーミングとは、「フレーム(額縁)」を変えること。
「傾聴」や「質問力」と同じ、コミュニケーションスキルの一つであり、とくに「感情マネジメント」や「モチベーション喚起」に直結する高次の技法だ。
今回の例では、停滞している状況を「問題のある遅れ」から「チームの合意形成に必要な時間」へと再定義することで、メンバーの感情をほぐし、行動を促している。
■コミュニケーションはスキルの集合体
「コミュニケーション」と一口にいっても、それは多様なスキルの集合体だ。プレゼン、交渉、会議ファシリテーション、1on1面談、ストーリーテリング、メディアインタビュー……。
場面ごと、目的ごとに最適なスキルを組み合わせ、設計して、使い分けるのがコミュニケーション・デザインである。
こうした細分化はとくにローコンテクスト文化圏(言葉で明確に伝えることが重視される社会)で発達してきた。
しかし日本では、「あうんの呼吸」に代表されるように、同じ文脈を共有しているがゆえに相手を察する文化が強く、コミュニケーションスキルが細分化されていることに気づかない人も多い。
そのため、「話がうまい人」や「ムードメーカー」といったわかりやすい印象だけで評価されがちだ。コミュニケーションによって相手の理解をどれだけ引き出せたか、関係性をどれだけ築けたかといった本質の部分が軽視されやすいのだ。
結果として、訓練可能なスキルではなく、その人固有の才能や性格の延長で片づけられ、本質的なスキル開発があと回しになることも少なくない。
一方、欧米やアジアのプロフェッショナルは、これらをスキルとして体系的に訓練している。
■事実と自分の希望を率直に伝える方法
グローバル人材が身につけているコミュニケーションスキル群のなかの一つが、アサーティブ・コミュニケーションだ。攻撃的でも受け身でもなく、事実と自分の希望を率直に伝える方法であり、異文化に身を置く相手と信頼関係を築くために重要なスキルである。
海外留学先で起こった事例を用いて解説しよう。
イギリスでのホームステイ初日。研修生がホストマザーに案内された部屋は、隣の部屋の半分ほどの狭さだった。スーツケースを開けるのにも苦労しそうだ。隣は空き部屋のままだった。
日本のコーディネーターに連絡が入り、「なぜ広い部屋を使わせてくれないのか」と聞かれたコーディネーターはこう答えた。
「ホストマザーに直接聞いてみましょう。出発前のオリエンテーションで紹介したアサーティブ・コミュニケーションを覚えていますか? 異文化の環境でアサーティブ・コミュニケーションの練習をすると思って、ぜひやってみましょう」
3日後、研修生は勇気を出してホストマザーに質問した。
「なぜ自分は隣にある広い部屋を使えないのですか?」
返ってきた答えは意外なものだった。
「広い部屋はインターネットの接続環境が悪い。あなたは事前アンケートでインターネットの接続環境を重視すると書いてあったから、この部屋にしたんだ。でも広い部屋のほうが良ければ移っていいよ」
■間接的に伝えることで信頼が崩れる
実は、ホストマザーはインターネット環境を重視する研修生の希望を踏まえた判断で、小さい部屋を選んでいたのだ。
こうして誤解は解けた。本人が直接伝えたからこそ、すぐに理由が明らかになり、解決につながったのだ。しかし、もしこの不満をホストマザーに直接ではなく、コーディネーター経由で伝えていたらどうだろう。
ホストファミリーには「陰で不満を広げるアンフェアな人」と映り、信頼は簡単に崩れていただろう。この事例からは、異文化環境でのアサーティブ・コミュニケーションに関して3つの重要な示唆が得られる。
信頼構築の武器としてのアサーティブ・コミュニケーション
攻撃的でも受け身でもなく、相手と自分の双方の立場を尊重しながら事実と希望を率直に伝えることが、異文化における長期的な関係維持に不可欠。
直接型と間接型のギャップへの対応
日本的な間接表現は国内では問題ないが、欧米では「回りくどい」「正直でない」と評価されやすい。文化の前提を理解し、伝え方を設計することで誤解を防ぐ。
現場で試すことで設計力が磨かれる
事前研修で学んだスキルや異文化理解は、現場で使うことで初めて自分のものになる。
■幹部たちが学ぶハーバード流交渉術
もう一つ例を見ていこう。交渉スキルは、ビジネスにおいて成果を左右する中核の能力だ。
とくに複雑な利害や不確実性が絡む場面では、単なる条件のすり合わせではなく、長期的に価値を生む合意形成が求められる。このため、ハーバード・ビジネス・スクールをはじめとするアメリカのビジネススクールの幹部教育プログラムには、必ずといっていいほど交渉に関連するプログラムが複数存在する。
これらのプログラムは、交渉を「戦略設計」「価値共創」「感情・認知のデザイン」の3つの観点で分解し、再現可能なかたちで体系化している。戦略設計では、誰を関与させ、なにを議題とし、どの順序で進めるかを組み立てる。
価値共創では、勝ち負けの関係ではなく、相互のニーズを結びつけて新たな選択肢を生み出す。感情・認知のデザインでは、言葉や順序、情報提示の仕方によって相手の理解と意思決定の流れを設計する。
これらを理論として学ぶだけでなく、ケース演習やロールプレイを通じて行動レベルまで落とし込む。
ハーバード流交渉術には、「立場ではなく利益に焦点を当てよ」という有名な原則がある。
たとえば幼い姉妹が1つのオレンジをめぐって喧嘩しているとしよう。
つまり、「オレンジをどう分けるか」という立場にこだわるかぎり解決はないが、それぞれの利益を理解すれば、双方が望むものを100%手に入れることができる。
■相手の立場ではなく、利益を理解する
交渉はしばしば「勝ち負け」のゲームだと誤解される。だがハーバード流交渉術は、次のような原則にもとづいている。
・ 人と問題を切り分けて考えること
・ 立場ではなく、背後にある利益を探ること
・ 相互に利益となる選択肢を創造すること
・ 客観的な基準で合意を築くこと
・ 交渉が決裂した場合に備えて、BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement:交渉がまとまらなかった場合の最善の代替案)を持つこと
この「BATNA(バトナ)」があるかどうかで交渉の強さはまるで変わる。合意できなければどうするか――その道筋があるからこそ、不利な条件に押し切られることなく、冷静に交渉を進められるのだ。
ビジネスの交渉も同じである。相手の「立場」に引きずられているかぎり硬直する。だが相手の「Win」、つまり本当の利益を理解し、同時に自分のBATNAを握っていれば交渉は動き出す。
こうした手法を学ぶプログラムに参加するのは、多国籍企業の経営層、事業責任者、M&Aや法務を担う専門家など、日常的に難しい交渉に臨む人々である。
彼らは交渉やコミュニケーションが「経験を積めば自然にうまくなるもの」ではなく、意図的に学んで練習し、振り返らなければ上達しないことを理解している。そのため、時間と費用を投じてでも、自らのスキルを体系的に磨く機会を求めるのだ。
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布留川 勝(ふるかわ・まさる)
グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ創業者
2000年に「グローバル人材育成を通して日本に貢献すること」を目的に、グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ株式会社を創業。世界中の教育機関やビジネスパートナーとの協働を通じて、400社以上の企業向けグローバル人材育成プログラムの企画・開発・コーディネートを手掛ける。2020年に同社の代表を退任後も、企業向けプログラムの講師・コーチとして活躍。著書に『パーソナル・グローバリゼーション』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『gALfな生き方』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。プライベートでは長年のバイク愛好家であり、近年は別荘やヴィラのプロデュースにも取り組む。
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(グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ創業者 布留川 勝)

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