ビジネスの場で使える英語を身に付けるには何をすればいいか。組織開発・人材開発コンサルタントの布留川勝さんは「日本人の英語を読み書きする力は決して低くない。
それなのに、いざ発言の場になると沈黙してしまうのは、完璧主義という文化的背景から生まれる心理的ブロックがある」という――。
※本稿は、布留川勝『ニュー・エリート論』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■今求められる英語力とは
グローバル化が進んだいま、英語はもはや単なる語学力ではない。「世界とつながるインフラ」として機能するOS(オペレーティング・システム)である。
シンガポールにいる同僚とのオンライン会議、インドにいるエンジニアとのプロジェクト調整、アメリカにいるクライアントとの商談――これらすべてが英語という共通言語を通じて実施される。英語は、異なる文化・価値観を持つ人同士が協働するための起点なのだ。
ここで重要なのは、参加者全員が必ずしも英語を母語としているわけではないということ。実際、世界で英語を使っている人の約80%は非ネイティブスピーカーだ。インド人もフランス人も中国人も、それぞれの訛りやクセを持ちながら、英語でコミュニケーションを取っている。
だから、あなたの英語が文法的に完璧であるかどうかは問題ではない。それよりも、自分の考えを相手に届けようとする姿勢こそが信頼をつくる。伝えたいという意志は、おのずと「どう言えば相手に届くか」という工夫を生む。

たとえば、シンプルで短い文で相手の認知負荷を下げる、曖昧でない言葉を選び誤解を避ける、結論を先に述べて理解を促進するというように表現を工夫する力も磨かれる。
現代のグローバルビジネスにおいて求められるのは、「ネイティブのような英語」ではなく、「多様な背景を持つ人々と意思疎通できる英語」なのだ。
■英語上達の最大の障壁
「ネイティブ並みに話せないから……」と苦手意識を持つ人は多い。とくに多くの人が直面しているのは、英語が必要な場面で発言を控えてしまうことではないだろうか。経営会議で海外拠点からの報告を聞きながら質問を飲み込む。
海外の顧客との商談で異議を唱えるべきなのに黙ってしまう。その背後にあるのは、語学力ではなく心の壁である。「そんなことはわかっている」と思うかもしれないが、その壁の正体をあなたはちゃんと見たことがあるだろうか。
それは「自分の発言が通じなかったら恥ずかしい」という羞恥心、「不完全な英語では能力を疑われるかもしれない」という恐れ、さらに深いところには、「そもそも発信すべき独自の視点を持てていないのでは」という自己否定感が潜んでいる。この心の壁こそが、多くの日本人が英語を使えない根本的な理由だ。
興味深いことに、日本人の英語を読み書きする力は決して低くない。TOEICの平均点を見ても基礎的な語彙や文法の知識は十分に身についているし、英語の読解や資料作成にも十分対応できる。

それなのに、いざ発言の場になると沈黙してしまう。これは能力の問題ではなく、完璧主義という文化的背景から生まれる心理的ブロックだ。
■「間違ったら評価が下がる」と沈黙を選ぶ大人
日本の教育システムでは長らく、間違えないことが重視されてきた。英語の授業でも正確な発音や文法が求められ、間違いは減点対象となる。この減点思考で育った多くの人にとって、英語は「試験で高得点を取るもの」であり、「コミュニケーションの道具」という感覚が育ちにくい。
その影響は大人になっても残る。会議で「間違ったら評価が下がる」と無意識に感じ、沈黙を選ぶ。リスクを避ける姿勢が、結果的に発言機会やリーダーシップ発揮の機会を奪っているのだ。
実際のグローバルビジネスの現場では、流暢に話せるかどうかよりも、「この人はなにを伝えたいのか」が即座にわかる明快さと相手を理解しようとする姿勢が評価される。言語の正確性よりも、伝えたい内容の明確さと、相手に理解してもらおうとする真摯な態度が重要だ。
文法的な間違いがあっても、相手が理解できれば十分に機能する。逆に、文法的に完璧でも、相手の立場を考慮しない一方的な話し方では、真のコミュニケーションは成立しない。

■複雑な文法はいらない
グローバル・イングリッシュとは、文法的な完璧さよりも、相手に自分の考えを届けることを重視する英語のことだ。これは「簡単な英語」や「下手な英語」を意味するわけではない。相手の立場や文化的背景を理解し、最適な表現を選んで伝える、高度な言語運用だ。
しかし、なにも複雑な文法を使う必要はない。
グローバル・イングリッシュでは、相手との関係性を整える「対話を調整する一言」が重要だ。これを入れるか入れないかで、議論の質は大きく変わる。
たとえば、「この点についての皆さんのご意見を伺いたい(I’d like to hear your views on this point.)」と投げかければ、抽象的すぎず議論の焦点を絞れる。
「確認させてください。私が理解しているのは~です(Let me confirm. My understanding is ~.)」と挟むだけで、相互理解の誤差を事前に修正できる。
「私はこう考えますが、他の可能性もあるかもしれません(My view is ~, but there may be other options.)」と添えれば、強い主張に見えずに議論を前に進められる。
これらの表現は文法的に複雑ではないが、相手との関係性を意識し、適切なレベルで自分の思考を伝えている。その一歩が、言語力以上に、自分が相手と対話する意志を伝えることになる。

また、相手に配慮した表現を選ぶことも大切だ。たとえば、「私は反対です(I disagree.)」と言うより、「あなたの考えは理解できますが、私は異なる視点を持っています(I see your point, but I have a different perspective.)」と言うほうが、相手を尊重しながら自分の意見を伝えられる。
また、「あなたは間違っています(You’re wrong.)」の代わりに「それは興味深いですね。ほかの見方もあるかもしれません(That’s interesting. I wonder if there’s another way to look at this.)」と表現することで、対立を避けながら議論を深めることができる。
■同じイエスでも違う意味
英語は付け焼き刃ではどうにもならない。急に必要になったときに慌てて勉強しても、すぐに会議で発言できるようにはならないし、交渉で信頼を得られるようにもならない。英語習得には時間がかかるからだ。
それは、単に「覚えるべき単語が多いから」ではない。英語を実際に使えるようになるには、いくつもの段階を経て、少しずつ積み重ねていくプロセスが必要だからだ。
まず、基礎的な知識を身につけるのに時間がかかる。文法や語彙は本を読めばわかるような知識だが、それを会話で瞬時に引き出せるようになるには反復が必要だ。頭では理解しているのに、口から出てこない――この「知っている」と「使える」のギャップを埋めるには、地道な練習が欠かせない。

次に習慣化の壁がある。英語は一度覚えたら終わりではなく、筋トレに近い。毎日少しずつトレーニングを重ねないと、すぐに錆びついてしまう。1日30分の音読を続ける人と、1カ月に1度だけまとめて勉強する人とで、半年後に大きな差が生まれるのはこのためだ。
さらに、異文化理解のプロセスにも時間がかかる。英語は単に「日本語を翻訳すればいいもの」ではなく、背景にある文化や価値観を含めて理解しなければ伝わらない。たとえば、同じイエスでも、インド人が使う場合は「聞こえています」「わかりました」という意味で、必ずしも賛成を示すわけではない。
■拙くても相手に感謝された小さな成功体験を
逆に、アメリカ人が「面白いね(That’s interesting.)」と言うときは、必ずしも文面通り「面白い」という称賛ではなく、「ちょっと疑問がある」というニュアンスを含むこともある。こうした「言葉の裏にある文脈」を体で理解するには、知識に加えて会話の場数を踏むしかない。
とくに難しい文脈では、相手の心を動かすのに単純な単語の羅列では足りない。ニュアンスを伝えるには、状況や相手に即した言葉遣いが必要だ。交渉や会議で本当に意味のある発言をするには、「その場にふさわしい一言」を選び取る力が欠かせない。

そしてこの力は、単に語彙を増やすだけでは身につかず、実際のやりとりを重ねるなかで少しずつ培われていく。だからこそ習得には時間がかかるのだ。
加えて、心理的なハードルを越えるにも時間が必要だ。間違えることへの恥ずかしさや、自分の英語が通じないのではないかという不安は、一朝一夕には消えない。失敗しても伝わった、拙くても相手に感謝された――そうした小さな成功体験を積み重ねることでしか、自信は生まれないのだ。
こうした理由から、英語習得は「短期間の詰め込み」ではどうにもならない。数週間の付け焼き刃でできるのは、せいぜい挨拶や決まり文句を覚える程度だ。本当にビジネスで使える英語を身につけるには、数カ月、数年単位の積み上げが必要である。
だからこそ、急に必要になったときに始めても間にあわない。むしろ、切迫感がないうちから少しずつ準備を始めた人だけが、いざというときに堂々と、その場に適した英語を使えるのだ。
■ティッピングポイントを越えた日
英語習得には時間がかかる。だからこそ、焦らずに続けることが大切だ。
私自身、30代前半で国際人材育成の会社に入り、営業職としてキャリアを始めた。
やがて社内で海外事業部に移ることになり、アメリカでの日本人向けビジネススキルスクールの立て直しや、海外のトップスクールとのパートナーシップ交渉など、高度な英語力を求められる場に突然放り込まれた。
日常会話ならなんとかこなせたが、交渉や戦略議論ではまったく太刀打ちできなかった。
限られた時間とお金のなかで、私は学び方を徹底的に工夫した。通勤時間や一人で過ごす時間をすべて英語に費やし、NHKの英語講座をカセットテープに録音して、毎日4時間は携帯音楽プレーヤーで聞き続けた。何台か壊したが、かかったコストといえばその程度だ。
学習者に知ってほしい言葉がある。「ティッピングポイント」だ。白い液体に赤い液体を一滴ずつ落としても、しばらくは白のまま。しかし、ある瞬間に急に色が薄いピンクに変わる。その変化点がティッピングポイントである。
英語も同じだ。努力しても進歩が見えない時期が長く続くが、ある瞬間に突如として大きく前進する。
私にもその瞬間が訪れた。海外ビジネススクールのディレクターが来日し、同僚たちとミーティングを開いたときのことだ。
彼らは皆、留学経験やMBAを持ち、私よりも英語がはるかにうまかった。しかしその日に限って、信じられないほど洗練された英語が自分の口から飛び出した。驚いたのは私自身であり、周囲も同じだったはずだ。
愚直に続ければ必ずティッピングポイントが訪れる。その瞬間を信じて学び続けることが、なによりも大切なのだ。
■そして要所で短いフレーズを繰り返す
グローバル・イングリッシュを理解するために、実際の現場で見られる典型的なケースをもとにした事例を紹介する。
大手化学メーカーの30代後半の佐伯さんは、欧州本社での国際会議に初めて参加することになった。議題は新素材のグローバル展開。ドイツやアメリカ、インドから責任者が集まる大舞台だった。
彼は「絶対に間違えたくない」と考え、発表原稿を一言一句暗記して臨んだ。文法も正確だったが、説明は長く複雑になり、専門用語も多かった。結果、参加者からは「結論はどこか」「どう判断すればよいのか」と質問が相次いだ。
彼はその場で答え切れず、「持ち帰って確認する」と繰り返すしかなかった。その日の議題は先送りとなり、「日本人はわかりにくい」という印象を残してしまった。
会議後、同僚からこう助言を受けた。
「完璧である必要はない。大事なのは伝わることだ」
翌日の会議で、彼は思い切ってスタイルを変えた。スライドを簡潔に直し、要点を3つに絞った。そして要所で短いフレーズを繰り返した。
「つまり、こういうことです(In short, this means)……」

「皆さんにとって大事なのは……(For you, the key point is……)」
流暢さは欠けていたが、要点は明確だった。相手の反応はすぐに変わった。
■届く英語こそが会議を動かす
インドの担当者は「それなら自分たちの市場にも応用できる」と前向きな意見を出し、アメリカの責任者は「これなら次の検討に進める」と即答した。議論は活発になり、前日とは打って変わって、次のステップが具体的に合意された。
佐伯さんは、「完璧な英語ではなく、届く英語こそが会議を動かす」と実感した。
この事例が示すのは、正確で流暢な英語よりも、相手に届く英語が力になるということだ。文法の正確さに囚われすぎず、短くシンプルなフレーズで要点を伝える。相手に配慮し、理解しやすいかたちに直す。そういった英語が求められているのだと佐伯さんは学んだ。
グローバル・イングリッシュとは、ネイティブのように話すことではない。多様な相手に伝わり、相手を動かす「実践の英語」である。

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布留川 勝(ふるかわ・まさる)

グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ創業者

2000年に「グローバル人材育成を通して日本に貢献すること」を目的に、グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ株式会社を創業。世界中の教育機関やビジネスパートナーとの協働を通じて、400社以上の企業向けグローバル人材育成プログラムの企画・開発・コーディネートを手掛ける。2020年に同社の代表を退任後も、企業向けプログラムの講師・コーチとして活躍。著書に『パーソナル・グローバリゼーション』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『gALfな生き方』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。プライベートでは長年のバイク愛好家であり、近年は別荘やヴィラのプロデュースにも取り組む。

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(グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ創業者 布留川 勝)
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