■セツの養母は“のんびりしなかった”
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」は、いよいよ熊本編に。物語は、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)たちが熊本に移り住んで3カ月が経ったところから。トキの家族をはじめ、松江からの馴染みの人々に加えて、新たに登場したのが健気に働く女中のクマ(夏目透羽)。めちゃくちゃ働き者なのだが、おかげでトキもフミ(池脇千鶴)もやることがないという具合に……。
さて、ドラマではちょっとクマに辟易しているところもあるフミだが、史実はちょっと違う。八雲の妻であるセツの養母・トミはもともと零落していた頃から役に立たない男連中と違い、セツと共に家計を支えていた働き者だ。
熊本で八雲に一家揃って世話になることになっても、トミは決してのんびりしなかった。むしろ逆だ。
トミの戦略は明確だった。セツには八雲の身の回りの世話と執筆サポートに100%集中させる。そのために、家事労働の一切をセツから切り離す。
■八雲と意思疎通できるのはセツだけ
これには、もうひとつ理由があって、意思疎通が十分にできるのがセツだけだったからだ。
セツは英語を学ぼうと努力していたが、二人の意思疎通の多くは後に「ヘルンさん言葉」と呼ばれる二人だけの独特の言語に頼っていた。
二人きりなら、夫婦の愛もあって理解できるが、これはほかの家族だとなかなか理解困難である。おまけに八雲、不自由ない暮らしを与えてくれて「ええ婿さんじゃのぉ」と感謝はすれども、ちょっと面倒くさいのも事実。だから「家事はこっちでまわすけん、あんたは旦那さんの世話だけしてごしない」というのは非常に合理的な選択だったのだろう。
おかげで、夫婦の時間はたっぷり取れたわけで、いいことずくめだったといえる。
熊本時代の八雲家の一日を見てみよう。
当時八雲が、東京のチェンバレン教授に宛てた手紙によれば、起床は毎日朝6時、最初に起きるのはセツ。八雲を起こすと、彼は起き抜けにまず煙草で一服。このタイミングで召使いたちが入ってきて朝の挨拶。
ちなみに、セツは起きると古い武士の挨拶をするというから、恐らくは三つ指をついて……ということなのだろう。
■女中は「家族の一員」だったか
さて、八雲が6時に起床ということは、トミや女中たちの朝は、少なくとも1時間前、午前5時には始まっていたということだ。朝食は八雲だけが7時に。トーストと卵程度の軽いもの。車夫が迎えに来て、7時半には出勤。
特に注目すべきは、稼ぎ頭である八雲を最優先していたことだ。毎日の食事は、八雲が最初に食べて、家族はその後とある。だから、女中たちはさらに後だったと思われる。
だが、完全に上下関係で割り切っていたわけではない。夜、新聞が来ない日は、女中も一緒にゲームで遊ぶという記述もある。
現代人には想像しにくいが、当時の家事労働は文字通り「重労働」だった。
八雲のような知識人が執筆活動に専念するには、こうした家事労働から完全に解放される必要があった。だからこそ女中を雇う。それは単なる「使用人」ではなく、一家の生活を支える不可欠な存在だったのだ。
毎日、朝5時から一緒に働き、同じ屋根の下で暮らし、時には夜の団欒にも加わる。実質的には「家族の一員」として受け入れていたと考えるのが自然だろう。
■トミを激怒させた女中「よね」
トミが女中たちに的確に指示を出しながらも、夜にはゲームの輪に入れる。この距離感こそ、明治の中流家庭における主従関係のリアルだったのではないか。
ところが、である。
八雲家に仕えた女中は何人かいたが、中には、この「家族的な距離感」では到底収まらない、とんでもない女中がいた。
そもそも、女中を仕切っていたトミは非常にできた人で、めったに人の悪口もいわなかった。小泉家に仕えた多くの女中も、ほかと比べて働きやすい雇い主だと思っていたのではなかろうか(もっとも八雲はすぐ不機嫌になるし、セツはヒステリックになることもあるが)。
そんなトミをただ一人激怒させたのが、松江で雇い、熊本までついてきた「よね」という女中である。八雲の長男・小泉一雄は、こう書き記している。
奉公に来た最初の日だからとて祝福の意味で彼女に切り身の煮魚の最大なのをさらにつけてあたえられた。然るにその後よねに煮魚をさせたら、彼女は自分の皿へ一番大きい切り身をつけた。この時は黙っていたが、三度目に又もこれをやった時、遂に祖母は「えいっここなええ気なセゴハゲ奴が!」と大喝されたとのことだ。
「セゴハゲ」とは現代の島根県では宍道湖で獲れるシジミの中で背中の黒い革が擦れて白くなっているもののことを指す。一雄によれば、これが当時の松江では狡い行商人を罵る時に使われていたという。ようは、姑息に自分が大きいのを食べようとするよねに対して「この野郎、調子に乗って本性を現したな」と激怒したということだろう。
■皿や小鉢を割りまくる「ドジっ娘」
一雄は八雲の長男だけあって、奇人変人に並々ならぬ興味を持っているのだが、このヨネは例え明治時代であっても、ほんとにこんな人が実在したのかという変人である。一雄は、その来歴を、こう記している。
出雲今市の大酒呑櫻井輿市兵衛の娘よねは20歳の時ご飯炊きに来て数月を毎々皿小鉢を毀しながらも滅茶苦茶に働き、為に月給一円を與えられるや、予想外の昇給に歓喜の余り飛び上がり、台所の上蓋を踏破したという逸話もある……。
もうこの時点でも滅茶苦茶だ。父親は大酒飲みで家庭環境は最悪な不幸な女。小ずるく大きな切り身を取るのは、まあ不幸な育ちということで同情しないこともない。かと思えば、皿や小鉢を割りまくるドジっ娘ぶり。さらに、給料が上がったと喜ぶのはいいが「上蓋を踏破した」とは、床下収納の蓋のところをガッツンガッツン踏みならして踊ったということか?
想像してみよう。八雲やセツが「今月もご苦労様でした」と給金を渡す。
よね、封筒を開ける。予想より多い。
「……!!!!」
叫びながら狂喜乱舞して走り回り、ついには台所の上から、バッタンバッタンと轟音が‼
八雲、思わず目を細める。もともと左目はほぼ見えない。右目だけで、この惨状を見つめる。
■八雲は「世界一馬鹿」と表現した
しかも、ゲストキャラ的な人物かと思えば、八雲とセツの夫婦の人生にとって欠かせない人物である。というのも一雄はこう記している。
以来熊本、神戸、東京と従いて来た。明治31年夏、鵠沼海岸で危うく溺れかかり、父をして「世界一馬鹿の女」と嘆ぜしめた女である。
一雄もセツが何度かは出入り差し止めにしたと書いているから、さすがに皿の割りすぎで暇を言い渡したことはあるのだろう。それでも、気がついたら女中に復帰している。いったいどういう生命力なのか。
おまけに、海水浴についてきて溺れかけるとは。本来なら雇い主の子供が危なくないよう見守っているのが仕事のはずだ。
余談だが、戦前の海水浴場は今と違って安全対策が皆無である。ひと夏で数人溺死するのが当たり前という、なかなかに物騒な場所だった。その修羅場を見守るべきよねが、自分から率先して溺れている。
想像してみよう。日本海育ちのよね、生まれて初めて見る真夏の湘南の海。テンションが上がる。波が輝いている。気がついたら走り込んでいる。
「あ、足がつったああああ!!!!」
騒然とする鵠沼海岸。せっかくの休暇に、またしても惨事。八雲、右目だけでその光景を見つめながら、きっとこうつぶやいたに違いない。
「ジゴクジゴク……」
なるほど、そのままではとても朝の連続テレビ小説にできない。
■結婚4回、死別と離別を繰り返す
それでも、八雲とセツがよねを見捨てなかったのは、よねの人生がどうしようもないほど不幸の連続だったからだ。
東京にまで女中としてついてきたよねは、その後結婚して一児をもうけた。しかし、5年後に夫と子供に先立たれて独り身に。まもなく再婚して二児に恵まれたが、また子供は幼くして相次いで死に、夫も流行病で死んでしまった。
それでも再婚し、今度は養子をもらったが、養子には次々死なれ、夫が肺を患ったのに離縁することに。それでも四度目の結婚をしたが、すぐに妊娠したまま離縁に。しかし、その子供も生まれて間もなく死んでしまった。
結婚4回。死別・離別を繰り返し、子供はことごとく先立たれる。これだけの不幸が一人の人間に降りかかるのか、というレベルだ。そしてよね、泣きながらセツのもとへ。
「夫や子供にはもう飽きました」(*1)
……泣きつく言葉が「疲れました」でも「もう嫌になりました」でもなく、「飽きました」である。
これだけの地獄を生き抜いて、なおこの言語センスである。既に八雲も世を去った頃のことである。さすがに同情したのかセツは、結局また女中として雇うことにした。そしてここで、あの煮魚事件以来の本性が再び顔を出す。達者な口で、方々に触れ回るのだ。
「私は、あの高名な小泉八雲先生に三十年以上ご奉公してきた忠実な女中なんです」(*2)
皿を割り続け、煮魚を横取りし、天井を飛び跳ね、自分から溺れかけ、何度も出入り禁止になった女が、忠実な女中‼ もう無茶苦茶である。
■“憎みきれない感情”がにじみ出ている
このことを記す一雄もまた感情が隠せない。
単純な人や、古くからの家庭内の事情を知らぬ御連中は、それを信用して、甚くこのだらしない婆に好意を寄せられた。彼女の不幸を聞かされて大概な人は、始め同情した。同情されるとまってましたとばかりに、有る事無い事、人物混同、時代錯誤、お構いなしに喋々と弁じ立てた。而して「ええ気」となりついには「セゴハゲ」を発揮した。心ある者からは「頭の黒い鼠」とも「毒虫」とも評された。
ようは、調子に乗る性格のひどい部分が数々の不幸を経て、年季が入って洗練されているのである。これには一雄も父に倣って「ジゴクジゴク……」というしかない。
でも、これだけ書き連ねながらも、怒りと呆れと、どこか憎みきれない感情が、文章の端々ににじみ出ているのだから不思議である。きっと、よねの巻き起こす騒動や、皿を割る音も、八雲とセツの楽しい家庭には欠かせないものだったからだろう。
なにより、よねが女中をしていることが、十分すぎるほど、怪談である。
(*1)「夫や子供にはもう飽きましたと泣きついてきた」(『父小泉八雲』)
(*2)「是が三十余間永続奉公の忠婢で」(『父小泉八雲』)
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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