■なぜエース社員が突然退職するのか
「今は正直、人が足りない。落ち着くまで、もう少し踏ん張ってほしい」
現場の上司が、部下にかける何気ない一言です。責めているわけではない。むしろ信頼しているからこその言葉でしょう。しかし、この“善意の励まし”が、最も誠実な社員を静かに絶望させ、やがて組織を揺るがす引き金になっているとしたらどうでしょうか。
なぜ会社が「正念場だ」と言うときほど、優秀な人から音もなく去っていくのか。
なぜリーダーの善意は、部下にとって“最後の一押し”になってしまうのか。
問題は、根性でも、世代論でもありません。構造です。そしてその構造は、多くの場合、経営者自身も気づかないまま温存されているのです。
■静かな絶望の瞬間
ある中堅BtoB企業での出来事です。
クレーム対応も、トラブル処理も、最後はAさん。夜遅くまでオフィスの灯りが残っている日、最後までパソコンに向かっているのは、たいてい彼でした。精神的な支柱でもあり、社内ではこう言われていました。
「Aがいれば、何とかなる」
信頼の証しです。同時に、仕事が集中している証しでもありました。
■「正直、もう厳しいです」
ある日の夕方。会議室の扉を閉め、Aさんは上司にこう切り出します。
声は荒れていません。怒りもない。ただ、疲労がにじんでいました。売り上げは落ちていない。今期も目標達成はほぼ確実。それでも案件が重なり、トラブルが続き、深夜のメール返信が日常になり、休日も頭のどこかで仕事を考えている。朝、会社に向かう足取りが、少しずつ重くなっていました。その状況で、日ごろ弱音を吐かない彼が絞り出した一言です。
その一言に上司が返した言葉は、こうでした。
「今が頑張りどころだから、もう少し頑張って!」
「A君を頼りにしてるからさ」
「みんな大変なんだから」
責められたわけではありません。むしろ励ましの前向きな言葉でした。
その瞬間、彼の中で何かが静かに折れました。業務量が問題だったのではありません。忙しさそのものが理由でもない。彼が悟ったのは、「この会社は、何も変える気がない」ということでした。
もし自分が倒れても、次の“誰か”が同じ役割を背負うだけだ。問題は人の頑張りで処理され続ける。仕組みは変わらない。そう理解した瞬間、努力を続ける意味が、音もなく崩れていきました。退職届は、その数週間後に出されました。
■なぜ退職ドミノが起きるのか
こうした退職は、単発では終わりません。Aさんのような精神的な支柱であり、“調整役”がいなくなった瞬間、それまで均衡を保っていた組織のバランスが、静かに崩れ始めます。
まず起きるのは、業務の偏りの露呈です。これまでAさんが無言で吸収していた仕事が、突然、宙に浮きます。誰が引き取るのか。誰が最終判断をするのか。誰がトラブルの矢面に立つのか。
それまで「何とか回っていた」業務が、急に滞る。進捗が遅れ、判断が止まり、顧客対応に綻びが出る。そこで初めて、周囲は気づきます。
「あれ? Aさんの次に追いつめられるのは、自分じゃないのか?」
次に起きるのは、不満の顕在化です。
「正直、前からおかしかったよね」
「なんで、特定の人にばかり仕事が集中してたんだろう」
「上司は何をしていたの?」
これまで“空気”として存在していた違和感が、言葉になります。
・業務が属人化していたこと
・負担が見えないまま積み上がっていたこと
・問題を「人の頑張り」で処理し続けていたこと
つまり、問題はAさんの退職によって発生したのではありません。もともと存在していたものが、隠せなくなっただけです。その結果、一人、また一人と連鎖退職、いわゆる「ドミノ退職」が引き起るのです。
■献身へのフリーライド(タダ乗り)をしている
この会社で起きたことは、特別なことではありません。数多くの会社で同じ現象を目の当たりにしてきました。私はこれを、「献身へのフリーライド(タダ乗り)」と呼んでいます。組織は無意識のうちに、
・我慢できる人
・会社に献身的な人
・責任感の強い人
・空気を読める人
に依存します。
そして最も厄介なのは、その依存が「感謝」や「信頼」というポジティブな言葉で覆われていることです。
「本当に助かっている」
「さすがだね」
「君がいるから回っている」
その言葉は事実かもしれない。しかし同時に、負担を固定化するメッセージでもあるのです。
組織はこうして、献身にフリーライドします。
退職ドミノとは、突然崩れる現象ではありません。長く続いた依存構造が、ある「きっかけ」で可視化される現象です。Aさんは、最初の「きっかけ」に過ぎないのです。
■実はリーダーもまた被害者である
ここが、今回の本質です。実は、リーダーもまた被害者であることが少なくありません。
上司の「みんな大変なんだよ」という一言は、冷酷に響きます。しかしその裏には、別の現実があります。自分自身も余裕がない。判断権限が曖昧。人員配置を変える裁量もない。調整する時間もない。助けたい気持ちは本物でも、動かせる“設計”がない。
だから、言葉で支えるしかなくなるのです。ただし、ここに決定的なズレが生まれます。リーダーが“精一杯の励まし”のつもりで使う言葉も、立場が変われば、まったく別の意味に聞こえてしまう。
・「期待しているから」(=君に任せるのが一番楽だから)
・「今が正念場だから」(=乗り切る策はないが、耐えてくれ)
・「君しか頼れる人がいない」(=他の人を育てるコストは払えない)
・「みんな苦しいのは同じ」(=個別事情までは考慮できない)
発している側に悪意はありません。しかし、受け取る側にとって重要なのは意図ではありません。その言葉のあとに、何が変わるのか。業務は減るのか。優先順位は変わるのか。支援は具体化するのか。何も変わらないのであれば、その励ましは「共感」ではなく、「現状維持の宣言」として響きます。
その瞬間、部下の中に生まれるのは失望ではなく、確信です。
「この会社は、何も変える気がない。」「この会社は、社員を守る気がない」と確信するのです。確信は、怒りよりも強い。怒りはぶつけられますが、確信は静かに未来の選択を変えていくからです。
■退職ドミノを止めるたった一つの視点
だからこそ、最後に残る問いは一つです。あなたは、誠実な人が辞めない構造を、意図して設計しているか、ということです。
制度を入れれば解決する、という話ではありません。評価制度を変えれば、1on1を増やせば、面談を丁寧にすれば。それだけでは足りない。
本質は、「社員の献身(負担)に甘えるのではなく、是正したり、アラートを鳴らしたりする構造」を意識的に設計しているかどうかです。属人化が進み、「あの人がいるから回っている」という状態を放置していないか。責任と権限が一致しているか。“できる人”に仕事が集まることを、称賛で終わらせていないか。
本当に強い組織は、誰かの善意に依存しません。負担が増えたら、仕組みで分散される。限界が近づけば、役割が再定義される。成果が出れば、再現可能な形に標準化される。「守る」とは、感情ではなく設計なのです。
■誠実な人が辞める会社の共通点
誠実な人が辞める会社には、共通点があります。それは、問題が起きたときに“個人の努力”で解決しようとすること。一方、誠実な人が残る会社の共通点は、“構造を変える”ことを選ぶ点にあります。
あなたの会社で、限界を訴えた人に対して、「ありがとう。では構造を見直そう」と言えていますか。それとも、「もう少しだけ頑張ろう」と言っていませんか。
退職ドミノを止める方法は、難しくありません。ただし、簡単でもありません。一人の退職を「個人の事情」で終わらせず、その背後にある依存構造を特定し、再発しない仕組みに置き換えること。それを、徹底的にやり切ることです。
誠実な人が安心して働ける会社とは、強い人を守る会社ではありません。弱さを出せる構造を持つ会社です。次に辞める人を止めるのではなく、次に辞めなくていい構造をつくる。
その設計を引き受けるのは、経営の責任です。退職ドミノが起きるかどうかは、偶然ではありません。組織が善意で回っているのか。それとも構造で回っているのか。その違いが、未来を分けます。あなたの会社は、どちらでしょう。改めて点検してみてください。
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安東 邦彦(あんどう・くにひこ)
ブレインマークス 代表取締役
1970年大阪府生まれ。ITベンチャーの取締役を経て、2001年に中小企業向けのマーケティング支援を行うブレインマークスを設立。社員30人以下の中小・ベンチャー企業に『社長が不在でも事業を拡大する仕組みづくり』を支援し続け、現在までに個別での支援した企業は約200社、主催する経営塾の卒業生は1000社を超える。中小・ベンチャー企業の事業拡大に特化した実践的な講演で、経営者団体、金融機関、保険会社などからの講演依頼は年間50回を超える。
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(ブレインマークス 代表取締役 安東 邦彦)

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