欧米ではガラケーに復権の兆しがある。ジャーナリストの池田和加さんは「スマホは現代社会に欠かせないツールですが、依存症などその代償の大きさを指摘する専門家も多い。
特に子供の心身への影響は無視できないものがある」という――。
■欧州向けガラケー、日本では売らないワケ
SNSもゲームもできない。可能なのは「話す」「聞く」だけ――。
昨夏、パナソニックが欧州市場向けに約50ユーロ(約8000円)で発売した4G対応フィーチャーフォン「KX-TF400」が話題を呼んでいる。フィーチャーフォンとは、いわゆるガラケーのこと。
興味深いのは現状、日本市場では販売予定がないことだ。この理由について、パナソニック広報は「欧州のガラケー市場は日本より大きく、一定の需要に応じて製品投入を継続しています」と説明する。
同社はかつてNTTドコモの「P」シリーズなどで知られるガラケーを長年にわたって提供してきたが、2013年9月に国内個人向け携帯電話事業を終了している。
スマホ時代を謳歌する日本とは裏腹に、なぜいま世界の一部の人々は「ガラケー」を選ぶのか。答えのひとつとして挙げられるのは、スマートフォンが子供に与える弊害に世界が気づき始めた、ということではないか。
■日本の「リテラシー教育」という逃げ道
日本は今、とにかくデジタルへまっしぐらだ。子供の教育現場でもそれは変わらない。

文部科学省の指針により、小・中学校への持ち込みは「原則禁止」または「条件付き容認」とされているが、世界的な規制強化の流れを受け、こども家庭庁を中心にSNSの年齢制限や校内利用の厳格化に関する議論が始まっているという。けれども、先日の衆院選での各党公約を見ても、スマホ・SNS規制を掲げる党は見当たらない。
現時点で国の方針は「リテラシー教育」一辺倒に見えるが、リテラシー教育だけでは限界がある。令和6(2024)年度調査によれば、高校生の平日のインターネット利用時間は平均約6時間19分に達しており、家庭のルールについて、保護者側は61.1%が「ルールを決めている」と回答しているのに対し、高校生本人側では46.6%しか「ルールを決めている」と認識しておらず、認識のギャップが見られる。つまり、保護者が期待しているほど、ルールが守られていないのだ。
ただし、地方自治体レベルでは動きがある。愛知県豊明市は2024年10月に条例を施行し、小中学生の自由時間のスマホ使用を平日1時間・休日2時間以内に制限することを推奨した。香川県は2020年4月に「ネット・ゲーム依存症対策条例」を施行したが、いずれも罰則を伴わない努力義務である。
■世界が規制に動いた――訴訟と法整備が加速
そうした中、世界はスマホ・SNS規制に確実に舵を切っている。大人も子供も、スマホの中に浸ってちゃダメだ、という声はどんどん増している。
アメリカでは2023年10月、41州とコロンビア特別区がメタ(Meta)を集団提訴。訴状は、FacebookとInstagramが「子どもを意図的に中毒にさせる機能を設計・展開した」と断じ、1700件以上の訴訟が進行中だ。

オーストラリアは2024年11月、16歳未満の子どものSNS利用を全面禁止する法案を可決。違反したプラットフォーム企業には最大4950万豪ドル(約49億円)の罰金が科される。フランスは2026年1月、マクロン大統領が『不安の世代』著者ジョナサン・ハイト教授と会談し、SNS規制強化を発表した。
EUは2025年2月、TikTokがデジタルサービス法(DSA)に違反しているとの予備的見解を発表。「中毒性のあるデザイン」が若年層に与えるリスクを適切に評価していないとして、最大で全世界売上高の6%の罰金を科す可能性がある。
アジアでも、韓国は2025年8月に学校でのスマホ制限法を可決。インドネシアは2026年3月から、国レベルで13~16歳の子どもたちに対するSNSアクセス制限を導入する予定だ。ユネスコは2025年12月の報告書で、世界の過半数がすでに学校でのスマホ規制に踏み切っていると報告している。
■科学が証明する「スマホの代償」
なぜこれほどまでに世界は規制に動くのか。科学的エビデンスが明確な答えを示している。
ニューヨーク大学の社会心理学者ジョナサン・ハイト教授は、2024年に世界的ベストセラーとなった『不安の世代』(日本では2026年1月邦訳発行)で、2010年から2015年にかけての若年層の精神的衰退を実証データで示した。10代のうつ病発症率は2010年以降2.5倍に増加。
とりわけSNS上での外見比較やイジメなどに少女が特に脆弱になる、とハイト教授は指摘している。少年の場合は、オンラインゲームやオンラインポルノに夢中になる傾向があるという。
ハイト教授は経済学の「機会費用」概念をデジタル消費に適用する。若者が週40~50時間を画面に費やすことで、現実世界の発達上必須な“体験”の時間が奪われる。その結果、4つのコアな害が生じる。睡眠不足、注意力の分散、依存症、そして社会的スキルの発達阻害だ。
日本でも、繁田雅弘教授(東京慈恵会医科大学)や川島隆太教授・榊浩平助教(東北大学)らがそれぞれの研究を通して、スマートフォンの長時間利用が脳に深刻な悪影響を及ぼすと警鐘を鳴らしている。
■日本が動けない「3つの構造」
なぜ日本は規制に動けないのか。3つの構造的要因があると推測される。
第一に、憲法上の「表現の自由」への過剰配慮。日本国憲法第21条第2項は検閲と通信の秘密の侵害を禁じる。戦前の言論統制への反省から、戦後日本は表現の自由を絶対視してきた。
しかし欧米では、表現の自由と子どもの保護のバランスを取る法的枠組みが整備されつつある。
第二に、教育現場の限界。OECD国際教員指導環境調査2024によると、日本の教員の勤務時間は小学校で週52.1時間、中学校で週55.1時間となっており、国際平均の約40時間を大きく上回っている。前回調査から改善は見られるものの、依然として参加国・地域の中で最長という状況が続いている。スマホ規制が導入されれば、さらなる業務が発生する。また、GIGAスクール構想で「1人1台端末」を推進してきた政策との整合性も問題だ。
筆者が地方の小学校教員に話を聞いたところ、現場の実態はさらに深刻だった。休み時間もろくにないまま働き、15年間人手不足が解消されない中、タブレット教育が組み込まれた。地方の公立学校は予算不足で十分なWiFi環境やタブレットを提供できず、授業中にWiFiが途切れる上に、安価なタブレットで使いづらいという。
「適切な環境もないまま形だけデジタル化するくらいなら、アナログの読み書きに集中したほうが学力は上がるのでは」という現場の声は、日本のデジタル教育推進の矛盾を物語っている。
第三に、省庁の縦割り行政が考えられる。文部科学省、総務省、経済産業省、こども家庭庁、デジタル庁など、複数の省庁がそれぞれ所管し、統一的な規制を打ち出せない構造がある。

■日本の未来は?
パナソニックが欧州向けにガラケーを生産し、日本では需要が十分ではないため売ることができない。この現実が象徴するのは、世界が気づき始めた「スマホとSNSの弊害」に、日本がまだ十分に向き合えていないという面もあるだろう。
しかし、これは単純に国内でも「規制を強化すべき」という話ではない。規制によって子どもの自主性が阻害されたり、デジタル格差が拡大したりするリスクもある。家庭環境や障がいの有無によっても、スマホとの関係は多様だ。教育現場の負担に配慮しつつ実効性のある枠組みを設計し、リテラシー教育の利点を活かしていくべきだ。
ただ、同時にその「限界」と「欠点」を補う必要もある。
エッセイストで漫画原作者の忍足みかんさんが2022年に発表した『#スマホの奴隷をやめたくて』(文芸社文庫)は、スマホ依存から脱却する試行錯誤の道のりを綴ったユーモラスなエッセイだ。著書発売後にメディアに登場した彼女は(ご本人は若いのにもかかわらず)「老害」「死ね」などとオンラインで激しく誹謗中傷を受けた。その経験を経て、忍足さんはこう語る。
「スマホが使えることが前提になっている社会に取り残されている人もいる。一方で、スマホやタブレットに救われている人もいる。
どちらかを排除するのではなく、デジタルとアナログの共生を実現してほしい」
世界が規制に向かう中、日本はどのようにスマホと共生すべきなのか。一つだけ確かなことがある。決断を先延ばしにすれば、子どもたちの健康被害が広がり続ける可能性があるということだ。
昨年、小中高生の自殺者が過去最多を更新し、G7各国における10~19歳の死因において、自殺が1位になっているのは日本だけだ。その事実とスマホに必ずしも直接的な因果関係はない。しかし、少なくとも親世代は子供の命と健康を脅かすリスクを軽視してはならないだろう。

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池田 和加(いけだ・わか)

ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト

文化、社会、ジェンダー、家族政策などについて様々な国際的メディアから日本語と英語で発信。ハンガリーの研究機関で若者研究にも携わる。

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(ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト 池田 和加)
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