高市首相が掲げる「責任ある積極財政」と「バラマキ」は何が違うのか。経済財政諮問会議の民間議員を務める第一生命経済研究所首席エコノミスト・永濱利廣さんの解説をお届けする――。

■高市政権継続で「トリプル安」は本当か
債券・為替市場を中心に、高市政権の進める「責任ある積極財政」を「野放図なバラマキ(放漫財政)」と警戒する向きがある。
「高市政権は無限に借金を増やそうとしている。ただでさえ巨額の債務を抱えている日本の財政は、野放図なバラマキによってそのうち危機に陥る。それを見越して、日本国債がたたき売られるはずだ」というわけだ。
一方、高市政権の積極財政によって、円売り圧力が高まり、さらに円安が進むという予想もある。
「野放図な財政拡大により日本のインフレ率が高まり、通貨価値が棄損し、円がたたき売られて暴落する」という見方だ。
ただこれらの批判は、いずれも高市政権の財政政策を誤解したものと言える。
■「野放図なバラマキ」ではない
片山財務大臣は2026年1月のダボス会議で、高市政権の政策は「プロアクティブ(先見性のある)であってエクスパンショナリー(拡張的)ではない」「赤字国債に頼らずできることしかしない」という趣旨の発言をおこない、さまざまな批判に対して反論を試みている。
また、これからも市場安定への対応を行うことを約束し、信認を取り戻すためには様々な機関投資家や日銀とも話す、と述べている。
この発言は、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の定義を、国際社会やマーケットに向けて再発信し、信頼を繋ぎ止めるための極めて戦略的なものといえる。
「プロアクティブ」であり「エクスパンショナリー」ではないという表現は、海外投資家が最も警戒する「野放図なバラマキ(放漫財政)」という懸念を払拭するためのものである。
「プロアクティブ(Proactive)」とは、先見的・戦略的という意味であり、責任ある積極財政の中では、AI・半導体、造船、宇宙、海洋をはじめとした17の成長・危機管理分野への投資や、供給力の強化に「先手を打って」資金を投じることを指す。

これは「将来の税収増につながる投資」という意味を含んでいる。
一方、「エクスパンショナリー(Expansionary)」とは拡張的という意味であり、その否定は単に景気を下支えするために支出規模を膨らませるだけの政策ではないということ。つまり「野放図なバラマキ」を真っ向から否定した発言だ。
■2026年度予算案の規模は「普通」
片山大臣の発言は、「規模(量)の追求」から「投資先(質)の追求」へシフトしたことを強調したもので、財政規律を重視する国際社会に配慮した表現と言える。
では、実際のところはどうなのか。
高市政権誕生後に成立した2025年度の補正予算は、石破前政権からの継続という側面もあったが、これから国会審議が始まる2026年度予算案には、高市政権の意思がより強く反映されている。
その2026年度当初予算ベースの歳出額を対GDP比で見てみると、実は過去30年間で12番目の水準にとどまっていることがわかる(図表1)。
つまり2026年度予算案は対GDP比で見れば、「野放図なバラマキ」では全くないということだ。
■赤字国債の依存度は低下
高市政権の発足当初、「プライマリーバランス(PB)の凍結」も辞さない構えだった。
「プライマリーバランス」とは、国債の利払い費などを除いた、社会保障や公共事業などの支出が、税収と同額になっていることを意味する。
この水準より赤字が大きければ、赤字国債を発行して税収を補わなければならなくなる。そのため、財務省は財政健全化の目標として、プライマリーバランスの黒字化を掲げてきた。

ただ、高市政権はその後、財政の健全性は複数年度で確認する、といった表現で、当初よりも財政拡大に対してバランスをとったトーンを示している。
実際、2026年度予算案はプライマリーバランス黒字化を達成したものとなっている。
また公債依存度(国債収入/一般会計歳入)が24%台まで低下しており、「借金依存からの脱却」を数字上でも確認できる(図表2)。
一方、高市政権は政府効率化省を創設し、不必要な支出を削ることで成長に資する予算に組み替え、追加の赤字国債を抑制して政策を実行する「財政の持続可能性」を優先する姿勢も示している。
つまり2026年度予算案は「野放図なバラマキ」には全くなっていないということだ。
■財政の持続可能性に問題はない
しかしながら、金融市場では、高市政権が成立した2025年末から2026年初頭にかけて長期金利の上昇(債券安)が起こってきた。また同時に1ドル=160円目前まで円安が進むなど、財政の健全性に対する危機感が示された(図表3)。
背景には、実際の予算案の中身とは裏腹に、「積極財政=国債増発」と連想され、超長期債を中心に利回りが上昇(債券価格の下落)してきたことがある。
こうしたことからすれば、高市政権には今後も丁寧な市場との対話が求められるだろう。
また、日銀の独立性を巡って政権との間で一時緊張感があったが、その日銀とも連携することで、政府と中央銀行がバラバラではなく、一体となって物価と市場の安定のために協調しているというメッセージを出すことができる。それによって投資家の安心感を誘うことも重要になろう。
以上より、「高市政権は規律を伴った積極財政を進めようとしており、市場を壊すような無謀なことはしない」とまとめることができるだろう。

「強い経済」を作るために一定の財政支出は必要だが、それはあくまで「名目成長率を下回る比率での債務残高の拡大」で、債務残高の対GDP比は引き下げていく。
この「成長と財政再建の二兎を追う」という姿勢が、高市政権の責任ある積極財政の核心と言える。
■成長分野への投資がGDPを押し上げる
となると、片山大臣がダボスで強調した「プロアクティブ(先見的な)投資」が、実際にどのような分野に振り向けられているのか、またそれに対して日銀や市場がどう動いているのかが重要になってくる。
実際、2026年度予算案では、日本の「稼ぐ力」を強化するための分野に重点配分されている。
まず戦略投資(AI・半導体)分野があげられる。熊本のTSMC第3工場や、国産最先端半導体(ラピダス)への継続的支援に加え、AIインフラの整備に兆円規模の「経済安全保障枠」を確保している。
また、防衛・エネルギー分野では、防衛力の抜本的強化と、脱炭素(グリーントランスフォーメーション:GX)への投資がセットで進められており、エネルギー自給率向上による経常収支の改善を狙っている。
さらに、供給力強化の分野として、人手不足を解消するための省人化投資(ロボティクス)への補助金が拡充されている。
■プライマリーバランスは黒字化
このように成長分野への支出が確保されている一方で、市場関係者が注視しているのは、「どのような分野にいくら使うか」よりも「どうやって帳尻を合わせるか」の方ではないだろうか。
予算の内訳ではなく、トータルで新規国債発行額が増えているか、減っているかが問われているのだろう。
ただ、この点については、先述の通り新規国債発行額が十分抑制されていることを指摘しておきたい。
というのも、2026年度予算における新規国債発行額は、当初予算案ベースで30兆円を下回る水準まで抑えられており、プライマリーバランス(PB)は黒字化しているからだ。

■「無限に借金を増やす」は完全否定
「高市政権=無限に借金を増やす」という懸念は、この点をもって完全に否定することができるだろう。
なぜ2026年度予算案は新規国債発行額を抑えられたのか。背景には、名目成長率の上昇にともなう税収の拡大があげられる。
2026年度予算案のこうした点について、もっと丁寧に発信し、投資家に注目してもらう必要があろう。
そのためには、日銀および市場との対話がカギを握るだろう。
財政の使い方次第ではインフレが加速し、場合によっては日銀が急激な利上げを迫られることも考えられる。
そのため、財政を効果的に活用するよう適切に管理をすることで、日銀の利上げペースを緩やかに保ち、経済へのショックを最小限にとどめることが政府には求められる。そのためには、政府と日銀の協調が重要となろう。
また、日本国債の主要な買い手であるメガバンクや生命保険会社に対し、国債発行計画の透明性を高め、金利の急騰(国債暴落)を防ぐための「対話」を重視し、機関投資家へ配慮することも重要といえる。
以上をまとめると、「責任ある積極財政」とは、世界標準的な「積極財政」の理論を取り入れつつも、現実的な規律(財政の持続可能性)も考慮したものといえる。「成長のために必要な資金は出すが、市場を壊すような無謀な借金はしない」という、非常にバランスを意識した舵取りを志向したものといえよう。
このように、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、単なる支出拡大ではなく、成長と規律を両立させる極めて戦略的な試みである。
2026年、日本経済が長年の停滞を脱し、賃金と物価がともに上がる「正常な経済」へと本格的な一歩を踏み出せるか――。政府と日銀、そして市場が足並みを揃えることで、日本復活の確かなシナリオが動き出そうとしている。
そして結局のところ、重要なのは「成長のための投資」が将来の税収増に繋がるという信頼を、いかに市場と共有できるかにある。無謀な借金に頼らず、稼ぐ力を強化するこの道筋が着実に実行されれば、日本国債や円に対する信認は自ずと高まるはずだ。2026年は、日本経済が「金利のある世界」に適応し、自律的な回復を遂げるための正念場かつ、最大の好機となるだろう。

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永濱 利廣(ながはま・としひろ)

第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。


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(第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)
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