■喫煙と寿命の関係
タバコが寿命を縮めることは誰でも知っています。若いころから吸い始めて長く続けるほど、寿命への影響は大きくなります。
実際、喫煙者は非喫煙者と比べて平均で約10年も寿命が短いとされています。いま喫煙している人の中には不安を覚えた人もいるでしょう。「だけど、今さら禁煙しても遅いのでは」と思われたかもしれません。
そこで参考にしたいのが、禁煙によって寿命への影響がどこまで回復するかについての研究です。米国の大規模な調査データをもとに、喫煙者・非喫煙者・禁煙者の死亡率を比較し、平均余命を統計モデルで推定したものです。それによると、35歳で禁煙すれば平均8.0年、45歳で5.6年、55歳で3.4年、65歳で1.7年、75歳でも0.7年の寿命延長が見込まれると報告されています(※1)。他の研究結果を参照しても、おおむねこの程度が一つの目安といえます。
若い時期に禁煙するほど効果は大きい一方で、高齢になってからでも一定の利益があることが示されています。たとえば、あなたが55歳の喫煙者なら、禁煙によって平均3.4年も人生が延びる計算になります。
※1 The Benefits of Quitting Smoking at Different Ages - PubMed
■意外と知られていない「タバコの害」
タバコで寿命が縮まるのには理由があります。喫煙は、がん、心臓や血管の病気、肺の病気など、多くの重い病気のリスクを高めるためです。
喫煙者は非喫煙者に比べ、約3~5倍も肺がんになりやすいといえます。日本人の肺がんによる死亡のうち、男性では約6割、喫煙率の低い女性でも約2割が喫煙に起因すると推定されているのです。さらに喫煙は、他の種類のがんのリスクも上げます。
そのほか、タバコは血管を傷つけて動脈硬化を進め、心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすくします。これらの病気は命を奪うこともありますが、助かったとしても後遺症が残り、介護が必要になったり、認知機能低下につながることもある病気です。
また、タバコは「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」を引き起こすことも。COPDになると息切れや咳が続き、日常動作がつらくなります。重症になると酸素吸入が必要になり、酸素濃縮器や携帯用酸素ボンベを使うことに。在宅酸素療法中は火気厳禁です。
このように喫煙の問題は寿命を縮めることだけではありません。病気や後遺症によって生活の質が低下し、日常生活の制限や介護の必要につながる点も大きな問題です。
■信じたくなるようなデマには要注意
ここまで読んでいただくと、健康面だけを考えれば、タバコは吸わないほうがいいとわかっていただけるでしょう。もちろん、「そんなことはよくわかっている」という読者の方がほとんどだと思います。
ただ、最近はSNSや動画サイトで「喫煙は肺がんと関係ない」といった誤情報をよくみかけます。根拠に乏しくても信じたい人がいるからデマが広まるのでしょう。
「60代以降の人は禁煙しても寿命は延びないのでタバコをやめる必要はない」と主張する医師もいます。しかし、その根拠とされているのは、30年以上も前の老人ホーム入所者の喫煙者と非喫煙者を比較した小規模な研究でした。
このような単一の研究結果で、医学界のコンセンサスが覆ることはありません。複数の研究を統合したメタ解析において、高齢者に限っても喫煙は死亡の強力なリスク因子であり、どの年齢であっても禁煙の健康上のメリットは明らかであることが示されています(※2)。
なお、「禁煙をするとストレスが増えて体に悪い」という主張をよく聞きますが、医学的な研究で支持されているわけではありません。
※2 Smoking and all-cause mortality in older people: systematic review and meta-analysis - PubMed
■インフォームドコンセントが大切
このようにタバコの害を誤って小さく見積もり、喫煙を続けるかどうかを判断してしまうのは大問題です。健康上の害については正確に知っておく必要があるでしょう。
これは医療と共通する点があります。医療では、医師が一方的に手術や投薬などの治療を押しつけるのではなく、「インフォームドコンセント」といって、その治療の利益と害をきちんと説明したうえで、患者さん自身が行うかどうかを決めます。
大切なのは、正確な情報が伝えられたうえで選択することです。喫煙も、本来はインフォームドコンセントに基づいて吸うかどうかを判断すべきものだと思います。将来のある若者に比べれば、高齢者では相対的に喫煙の害が小さくなるのは事実です。しかし、「高齢者は禁煙しても寿命が延びない」といった誤った情報にすり替えたうえで判断させるのはいけません。それは薬の効果について事実と異なる説明をして治療を選ばせるのと同じで、当事者の自己決定権を損なう行いだからです。
■院内喫煙所も一概に否定できない
一方、喫煙による生活上の「利益」は人それぞれです。タバコに大きな価値を感じている人もいます。すべての成人には、他人に迷惑をかけない範囲で自由に行動する権利があり、その権利は尊重されるべきだと私は考えます。
私には喫煙習慣がないため、その価値を実感したことはありませんが、喫煙する患者さんから話を聞く機会はよくありました。「仕事の合間の1本が、気持ちを整えて次に向かうための区切りになる」「朝のコーヒーと一緒にタバコを吸うのが1日の始まりの儀式みたいなもの」「食後の1本が一番の楽しみ」といった声です。
また、研修医だったころ、大学病院の病棟内には喫煙所がありました。消灯時間を過ぎても、何人かの患者さんが集い、紫煙をくゆらせながら楽しそうに語り合っていたのをよく覚えています。楽しみの限られた入院生活の中で、あの時間がささやかな潤いになっていた人もいたのでしょう。
もっとも病棟内の喫煙所では、「受動喫煙の害」という問題が避けられません。喫煙の自由は、あくまで他人に迷惑をかけない範囲で尊重されるべきものです。そうした事情から、喫煙所はやがて病院の屋外へと移され、現在では敷地内禁煙となりました。受動喫煙を完全に防げる環境が整うのであれば、院内喫煙所の存在を一概に否定すべきではないと個人的には考えています。
■終末期における喫煙の利益と害
まして余命が限られた終末期の愛煙家の患者さんに対しては、「タバコぐらいは吸わせてあげたい」と感じるのが人情でしょう。
実際、緩和ケア病棟(ホスピス)の中には、原則は禁煙としつつも、例外的に少量の喫煙を黙認している施設もあります。在宅でのお看取りを支える仕組みも充実してきましたから、酸素療法をしていないのであれば、自宅で喫煙を含めた今まで通りの生活を続けながら、最期の時間を過ごすという選択も可能です。
ただし、終末期とはいえ、喫煙が痰や咳を増やし、呼吸苦を悪化させることもまた事実です。「終末期には禁煙は不要」と一概に言えるわけではありません。終末期の患者さんに対する禁煙支援が、咳や息苦しさの軽減といった身体的な改善だけでなく、禁煙に成功したという体験が達成感や自己効力感をもたらして生活の質を高めた、という報告もあります。終末期における喫煙や禁煙は、画一的に決めるのではなく、患者さんごとの価値観と状況に応じて考える必要があります。
■「健康」は人生の目的ではなく手段
「健康」と「楽しみ」の折り合いの問題は、喫煙に限りません。飲酒でも同様です。医学的には、飲酒は少量でも有害です。それでも私はお酒を嗜みます。健康上のデメリットという「代償」を支払って、飲酒による人生の楽しみという「見返り」を得ているのです。言ってみれば価値の交換で、買い物に似ています。高いと思えば買わない自由があり、安いと思えば買う自由があります。
2024年に厚生労働省が公表した『健康に配慮した飲酒に関するガイドライン』は批判されました。国が指針を示したことで、「健康に悪いもの」が排除されるのではないかという懸念が広まったのです。その気持ちはわかりますが、正確な情報提供を行うのは政府として当然の仕事でしょう。そのうえで飲むか飲まないかを決めるのは、個人です。こうした話は、健康によい食事や生活習慣についても同じこと。我慢してまで理想的な食事や生活習慣を行うかどうかは、最終的には個人の判断です。
健康は人生の目的ではなく、人生をよりよく生きるための手段の一つでしかありません。医療者の役割は「正解」を押し付けることではなく、判断材料を示して患者さんの意思決定を支援することです。何を大切にして生きたいのかは人それぞれ。正確な情報を踏まえたうえで、自分自身で納得のいく選択を行うことに大きな意味があるのだと思います。
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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)

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