世の中の健康法とはどのように向き合うといいか。医師の帯津良一さんは「健康法は、病気をしなければいい、病気が悪くならなければいいという守りの生き方でロマンが感じられない。
明日のことはだれにもわからないからこそ、今日一日、一所懸命に働くことができたことに感謝して、大好きなお酒を飲むことは私にとってなくてはならない日課だ」という――。
※本稿は、帯津良一『やり残したことは、死んでからやればいい』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。
■健康法より養生を選択する生き方
私の知り合いで、心臓を悪くして第一線を引退した方がいました。現役のときは魚屋さんをやっていて、日本中を車でまわって、いかにも魚屋さんという勢いのある商売をして大成功したみたいです。
健康が第一だというので、大好きなお酒もたばこもやめました。そして、地域の人たちの健康のためになる活動を始めました。
その活動の一環として、何度か私を講演に呼んでくださいました。
講演では、私はお酒の話を必ずします。
「お酒は養生だから、私には休肝日はない」と胸を張って言うのです。
彼は、何年か精力的に活動したあと、ぱたんと倒れて、そのままあちらの世界に旅立っていったそうです。
後日、奥さんからお聞きしたことです。
「先生のお話を聞いたあと、やめていたお酒を飲み始めました。
毎晩、お猪口に何杯かだけ、おいしそうに飲んでいました。そして、ほろ酔いになって、一緒に活動している仲間たちのことをうれしそうに話すんです。あんなにも幸せそうな顔をしている主人、結婚してから見たことがありません」
心臓が悪いのにお酒なんか飲むから死んでしまうんだと言う人もいるかもしれませんが、私はその話をお聞きして、とてもうれしく思いました。彼は本当にお酒が好きだったのだと思います。
健康のためということでずっとがまんしてきましたが、私の話でお酒を解禁しました。健康法よりも養生を選択してくれたのです。
■守りの生き方でロマンがない
健康法は、病気をしなければいい、病気が悪くならなければいいという、私に言わせれば、守りの生き方でロマンが感じられません。それに対して、養生というのは体の健康を超えて、こころに喜びを感じ、いのちが躍動するものです。
いのちをかけて何かを成し遂げようとした昔の偉人たちが多くの人のこころを打つのは、積極的に人生を切り拓き、人の幸せのために動きまわり、世の中を少しでもよくしようとする意気込みに感動するからです。
一日の終わりに、少しだけお酒を飲み、ほろ酔い気分で仲間たちに思いを寄せる。長く連れ添った、さんざん苦労をかけた奥さんとしみじみと語り合う。
そのときの彼のこころの中を想像すると、きっと喜びに満ちていたと思うし、私は「よくがんばったな」と声をかけたくなります。
彼もまさに養生の人でした。
道も半ばだったので悔いがないとは思いませんが、続きはあちらの世界でやればいいのです。
明日のことはだれにもわかりません。だからこそ、今日一日、一所懸命に働くことができたことに感謝して、大好きなお酒を飲む。私にはなくてはならない日課なのです。
■酒好きの友人が食道がんになった
私のことも本にしてくださったノンフィクション作家のお話です。
本が出て何年か経ってから私を訪ねてきました。
「今はノンフィクションではなく小説を書いている」
才能のある方だったので、きっといい小説を書くだろうと思いながら話を聞いていました。でも、表情が少し暗かったので、どうしたのかなと思っていたら、「実は聞いてほしいことがありまして」と自分の身に起こった出来事を話し始めました。
「皮膚の病気がなかなか治らないので、ある大きな病院で診察してもらって、しばらく入院することになりました。入院したついでにあちこち検査をしてもらいました。そうしたら、食道がんが見つかりました」
特に気になるような自覚症状はなかったようですが、けっこう進行しているという診断で、治療を検討してもらっていると言っていました。

しばらくして、入院することになったという連絡があり、頃合いを見計らって、お見舞いに行きました。
そのときに、データを見せてもらいましたが、生半可な状態ではありませんでした。進行していて手術も難しそうです。とりあえずは主治医の判断に任せて、治療を受けるしかありません。
「○○さん、お酒飲みたいでしょう」
帰り際に、なぜかそんな言葉が口から出ました。彼が酒好きだというのは取材を受けているときに一緒に飲んだのでよくわかっています。
「そりゃそうですよ。でも、病院では飲めないですからね」
寂しそうに答えます。
「そうだな。俺んところだったら何とかしてあげるのにな」
ついつい余計なことを口にしてしまいました。彼がニヤッと笑ったか困ったような顔をしたかは忘れましたが、自分の病気がかなり進んでいるのはわかっていますから、お酒をどうするか、いろいろ思うところはあっただろうと思います。
■ポケットに忍ばせた焼酎のビン
それから数日後、彼が私の病院に転院してきました。
お酒をやめればがんが治るでしょうか。わずかなお酒でがんが一気に進行するでしょうか。そんなことはないでしょう。それなら、お酒を飲んでもいいという医者にかかりたいと思ったのかもしれません。
私は彼の病室を訪ねました。ポケットには焼酎のビンを忍ばせていました。
「これ飲むかい」
彼は目をキラキラさせて焼酎を受け取り、布団の中に隠しました。あのときのうれしそうな顔は忘れられません。
まだ、あの当時は看護師さんも厳しくて、病室でお酒を飲んでいるのが見つかるとひどく叱られたものです。わからないようにこっそりと飲み、飲み終わったビンも上手に処分しないといけません。ばれてしまうと、お酒を渡した私も説教されます。
そろそろなくなったかなと思うと、次の焼酎を差し入れます。
今度は奮発して百年の孤独というちょっと高価な焼酎をもっていきました。
このときもうれしそうに受け取って、布団に隠しました。
しかし、がんも徐々に進行し体力も落ちていたので、お酒の量も減っていたみたいで、この焼酎を空けるまでは体がもちませんでした。
何とかよくなってもらいたいと、できることを精いっぱいやったし、彼も本当にがんばりましたが、その甲斐なく亡くなりました。
■だから死ぬ日までお酒を飲み続けたい
お葬式には私は行けませんでしたが、友人が代理で参列してくれました。私に報告しようとたくさんの写真を撮ってくれました。
その一枚目の写真を見てびっくりしました。
お焼香台を移した写真です。脇に飲みかけの百年の孤独が置いてあるではないですか。
ちびちびと毎晩飲んでいるのを、ご家族の方たちも知っていたのかもしれません。もうすぐ別れがくるかもしれない夫、あるいは父親。衰弱する中で、うれしそうにお酒をひと口飲んで、眠りに入る。
その姿が目に焼きついていたのだろうと思います。
「残りはあちらの世界で飲んでください」
そんな気持ちでお焼香台に置いたのではないでしょうか。
私は、その写真を手にもってしばらくながめていました。彼が「先生のところへ転院してよかったよ」と話しかけてくれているような気がしました。
私はお酒が好きですから、彼の気持ちがよくわかります。
私も彼にならって、病気をして入院しても、死ぬ日までお酒を飲み続けたいと思っています。
今でも今日が最後の日だと思って夕方からお酒を飲みます。実際に最後の瞬間が間近だとはっきりわかったときのお酒は、どんな味がするのでしょうか。

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帯津 良一(おびつ・りょういち)

医師

1936年埼玉県生まれ。1961年東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三外科医局長、都立駒込病院外科医長を経て、1982年に埼玉・川越に帯津三敬病院を開業。2004年に東京・池袋に統合医学の拠点、帯津三敬塾クリニックを開設。主にがん治療を専門とし、西洋医学と中国医学などの代替療法を用いて、患者一人ひとりに合った診療を実践している。体だけでなく、こころといのちも含めた人間まるごとをみるホリスティック医学を提唱。89歳になる現在もホリスティック医学の実践、講演や執筆など精力的に活動。著書に『89歳、現役医師が実践! ときめいて大往生』(幻冬舎)など多数。

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(医師 帯津 良一)
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