幸せに生きるために知っておくべき人間の本質は何か。医師の帯津良一さんは「無理して明るく前向きに生きようとするからつらい。
気持ちが落ち込んでいるときには、しばらく暗くて後ろ向きの自分でいればいい。私は患者さんに対してだけでなく、自分自身のかなしみにも目を向けるようにしている」という――。
※本稿は、帯津良一『やり残したことは、死んでからやればいい』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。
■明るく前向きに生きる必要はない
何事もあいまいだと思っていると、物事を決めつけなくなります。「これはいい」「これは悪い」という窮屈な生き方から解放されます。
たとえばこんな決めつけがあります。
「明るく前向きに生きるのがいい」
かつて『脳内革命』という本が大ベストセラーになりました。そこには、明るくて前向きに生きると免疫力が上がると書かれていて、いわゆるポジティブシンキングのブームが起こったのです。
確かに、患者さんたちを観察していると、いい経過をたどっている人は明るく前向きに毎日を過ごしていました。いつもニコニコしているし、気功教室にも積極的に参加しています。
それで、心理療法のチームを作って、患者さんたちが明るく前向きに生きられるようなセッションをプログラムに入れました。
ところが、あるとき「これは違うかもしれない」という出来事が起こりました。

まさに明るく前向きのお手本とも言える女性の患者さん。最近の検査が私の手もとに届きました。悪化していました。私はその患者さんを院長室に呼びました。いつものようにニコニコして入ってきました。
検査結果を伝えました。
すると、彼女の表情がぱっと変わりました。笑顔が消えて、難しい顔になったのです。その日を境に、あんなに毎日通っていた気功教室にも来なくなって、ベッドの上でぼんやりしていました。
■「明るいだけの人間には深みがない」と開き直る
明るく前向きはどこかへ飛んでいってしまい、暗くて後ろ向きの人になってしまったのです。
「明るく前向きは、こんなにももろいんだ。これが人間の本質であるはずがない」
彼女の豹変(ひょうへん)から私が感じ取ったことです。

明るく前向きがいいと本に書いてあったから、彼女は明るく前向きを演じていたのです。
演じるというのはメッキです。検査結果が少し悪くなったというだけのことで、あっさりとはげてしまう薄っぺらなものだったのです。
「明るく前向きだから経過がいいのではなく、経過がいいから明るく前向きでいられるのだ」
その日以来、私は「明るく前向きがいい」という考え方を捨て、人前でも言わなくなりました。
がんと診断されて落ち込まない人はいません。落ち込んでいいんです。後ろ向きで暗くなってもいいんです。
私がかかわった患者さんで、いつまでも落ち込んでいる人は皆無です。必ず立ち直ります。そこから次のステップを考えればいいわけで、具体的な治療法は気持ちが回復してからゆっくりお話しするようにしています。
私自身、明るくて前向きな人間ではありません。暗くて後ろ向きでもないけれども、楽しければ明るくなるし、嫌なことがあれば暗くもなります。
それが普通の人間ではないでしょうか。
無理して明るく前向きに生きようとするからつらいわけで、気持ちが落ち込んでいるときには、しばらく暗くて後ろ向きの自分でいればいいのです。
「明るいだけの人間には深みがない」
そう開き直って、暗さと仲良くしていればいいのではないでしょうか。
■背中に漂っている「かなしみ」
「明るくて前向き」が人間の本質ではないとしたら、何が本質なのか。
私はそれが知りたくて人間観察を始めました。
病院ではもちろん、居酒屋ではお酒を飲みながらお客さんの様子をチラチラ見たり、取材のときは取材者やカメラマンの表情を観察しました。
でも、なかなか本質はわかりません。
ある夕方、ぱっとひらめきました。
都内での仕事が終わって、一杯飲みたくなりましたが、居酒屋はまだ開いていません。ちょっと食事には早いけれどもそばくらいなら食べられるだろうと、行きつけのそば屋さんを訪ねました。
簡単なつまみでお酒を飲んで、最後にざるそばでも食べてから家へ帰るという算段です。テーブルへつき、お店の人とひと言ふた言、言葉を交わしてから注文をし、まわりを見回しました。
何人かのお客さんがいましたが、いずれもサラリーマン風で、私と同じように一人で簡単な料理を肴(さかな)にお酒を飲んでいました。
お酒が運ばれてきて、私も飲み始めました。
もう一度、一人ひとりのお客さんを観察してみました。
たぶん、仕事が終わって、このまま家へ帰る人たちなのだろうと彼らの状況を推測しました。
そんなときです。ぴぴっときたのは。
みなさん私からは背中しか見えないような座り方をしていたのですが、彼らの背中に漂っている気配を感じました。なんとなく懐かしい感じの気配です。
「何だろう?」
言葉にしようとしました。
そのときに出てきたのが「かなしみ」だったのです。
■自分の中のかなしみに意識を向ける
仕事が終わり、緊張感がほぐれて一杯飲むときというのは、人はだれもが隙(すき)だらけになります。鎧(よろい)を脱ぎ捨てた裸状態です。
そういうときにこそ、本質は現われるものです。
人間の本質は「明るく前向き」ではなく「かなしみ」だと私が悟った瞬間でした。
以来、私は患者さんに対してだけでなく、自分自身のかなしみにも目を向けるようになりました。
楽しいことばかりではなくかなしいこと、つらいこと、苦しいこととも向き合って、傷ついている自分がいれば、それに寄り添う。
親しい人が亡くなってかなしい思いもしました。私はお酒を飲むときこそ、彼らのことを思い出す貴重な時間にしています。講演で地方に行き、東京に帰る新幹線や飛行機の出発を待つ間、軽く飲める場所を見つけて一人でビールジョッキを傾けます。
このとき、自分の中のかなしみに意識を向けます。あちらの世界に先に行っている人たちと一緒に飲むのです。
「明るく前向き」がいいと思っていたときとは比べ物にならないくらい、こころに安らぎが満ちてきます。かなしいのに、そのうちにまた会えるからという喜びも膨らんできます。
この不思議な感覚が好きで、私は一人でしみじみと飲むのです。


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帯津 良一(おびつ・りょういち)

医師

1936年埼玉県生まれ。1961年東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三外科医局長、都立駒込病院外科医長を経て、1982年に埼玉・川越に帯津三敬病院を開業。2004年に東京・池袋に統合医学の拠点、帯津三敬塾クリニックを開設。主にがん治療を専門とし、西洋医学と中国医学などの代替療法を用いて、患者一人ひとりに合った診療を実践している。体だけでなく、こころといのちも含めた人間まるごとをみるホリスティック医学を提唱。89歳になる現在もホリスティック医学の実践、講演や執筆など精力的に活動。著書に『89歳、現役医師が実践! ときめいて大往生』(幻冬舎)など多数。

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(医師 帯津 良一)
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