世界的な食糧不足に日本はどう対処すればいいか。鹿児島大学教授の佐野雅昭さんは「日本の農業は肥料や米を除く農産物の種子の9割程度を輸入に依存する。
最悪のケースを想定したとき、農水省は芋の主食化を推測している」という――。
※本稿は、佐野雅昭『日本漁業の不都合な真実』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■輸入ストップで日本人は芋食に戻る
現在、政府が公表している食料自給率はカロリーベースで37~38パーセント程度と、先進国では最低レベルにあります。これだけで十分にショッキングですが、この数字すら、かなり盛られた数値なのです。
日本の農業は肥料や米を除く農産物の種子の9割程度を輸入に依存しています。東京大学名誉教授の鈴木宣弘氏の試算によると、これを加味した場合、日本の実質的な食料自給率は10パーセント程度にまで落ち込みます。
何らかの理由で肥料や種子、家畜飼料、そして食料の輸入全てが止まるという最悪のケースを想定してみます。輸入が全てストップした場合、今はほぼ自給できている米も十分に供給することができなくなります。
そして生きていくために必要な最低限のカロリーを得るために、芋を主食化することになるだろう、と農水省は推測しています(図表1)。まるで第二次大戦中の貧しい食事です。
戦時中はシーレーンの封鎖を受けて石油をはじめあらゆる資源の輸入がストップ、国内農業は壊滅的なダメージを受け、栽培が簡単な芋がほとんど主食になりました。
いざというときはその頃の状態に戻るということですが、芋で我慢するなら生命維持のためのカロリー供給はなんとかなるとも言えます。
むしろタンパク質供給に不安があります。
健康な生活を送るために、子供たちが健全に成長するために、タンパク質は不可欠な栄養素です。
しかし輸入飼料がなければ畜産業を営むことができず、有事の際には十分なタンパク質を自給できなくなる可能性があるのです。
こうした現実を考えれば、日本の食料安全保障政策はタンパク質の自給率向上を最優先にすべきでしょう。戦後日本の食料政策は根本的に見直す時期に来ているのです。
■時代に逆行する予算の大幅減
食料を自給しなければ、社会の安定と国家の自立は困難になります。
そこで、農漁業生産とその加工を含めた食料サプライチェーンの過半を、グローバリゼーションとは切り離して自国内に確保することが大切です。世界全体で進みつつある食料不足は、今後確実に深刻化します。
今や食料問題は重大な安全保障問題です。今の日本を攻撃するのにミサイルや戦車は必要ありません。
軍事攻撃や領土の侵害といった、仕掛ける側が国際的に孤立しかねない行動を取らずとも、日本に肥料や種子や飼料を売らなければいいのです。これなら軍事同盟である日米安全保障条約も発動しません。

肥料や種子の輸入が止められれば日本の農業は1年と持たずに崩壊し、国民は飢え、日本の社会は内部崩壊するでしょう。
軍事的侵略行動より食料貿易における禁輸措置のほうがはるかに実行へのハードルが低いと思われます。
こうした食料危機という「有事」に備えて国内の農林水産業をしっかり維持することは、軍事的リスクに備えた防衛力増強と同様に、費用対効果と関係なく実現しなければならない最重要政策だと思います。
国民の生命と健康にかかわる食料安全保障は市場経済に委ねてはならないものです。防衛費並みの予算を農林水産業保護に投下してもいいぐらいですが、現実にはそうした予算配分にはなっていません。
■日本だけが農林水産予算を大きく減少
1980年に約2.2兆円だった防衛予算は2024年には約7.9兆円と、3.5倍に増大しました。
他方、1980年に約3.6兆円だった農林水産予算は2024年には約2.3兆円となり、4割も減ってしまいました。これでは日本の食料供給は守れません。
他国はどうかと言うと、農水省が1980年から2021年までの世界の農林水産予算の推移を公表しています。
それによればアメリカでは約7.5倍の28.6兆円に、EUでは約4.7倍の6.9兆円にそれぞれ大幅に増額しています。
先進諸国の多くが食料産業を保護するために、積極的に予算を増加させてきたのに、日本だけが農林水産予算を大きく減少させています。為替の変動を考慮に入れてもその差は広がる一方です。

■高い水準の農業保護の指標は当てにならない
もちろん、農業の保護は予算を用いる方法だけではありません。少々専門的な話になりますが、国際的に広く認められた農業保護の指標として「パーセンテージPSE」があります。PSEはProducer Support Estimateの略で、OECDから国ごとの数値が毎年公表されています。
関税を高く設定することで輸入食品の価格形成に介入すれば、国内における農産品の価格は上昇します。意図的に食品の内外価格差を発生させるのです。
こうすることで、間接的な所得としてもたらされる金額(内外価格差×生産数量)と農業に対する補助金の合計を、農業生産金額と農業に対する補助金の合計金額で割った数値が「パーセンテージPSE」であり、各国の包括的な農業保護水準を表す指標とされています。
OECDの統計では、2023年に日本のパーセンテージPSEは約31パーセントと、EU平均の約17パーセント、アメリカの約7パーセントよりかなり高い水準です。
このため日本は農業保護の水準が高いと評価する論者もいます。数字的には確かにその通りですが、だからといって日本の農業保護政策が機能しているとはとても言えません。
それほど手厚く保護されているなら、先述のような危機的状況にはなっていないはずです。
■日本の食料高値は「隠れた増税」である
そこには、大きく3つの問題点があるように思います。第一に、日本が参考とすべきは、よく似た農業構造を持つスイスです。

スイスのパーセンテージPSEは約49パーセントと日本よりもずっと高いのです(図表2)。
またEU全体では約17パーセントと非常に低い数字ですが、EU加盟国には農業国が多く、多種多様な経済発展の段階にあることから、安易には比較できません。
加えて農業生産金額は規模や生産性に左右されることから、零細な兼業農家が多い日本のパーセンテージPSEは必然的に高く算出されます。
食料安全保障を考えるとき、日本の農業に対する支援はやはり十分ではないと思います。
第二に、関税による国内農業の保護は、消費者が高い値段で農産品を買うことで、市場経済を通じて成り立っている点です。
そのため、先に見たように、日本は農業予算が大幅に削減されているにもかかわらず、農業保護が手厚い国だといわれます。
しかし実際には国ではなく消費者が農業保護を行っているのであり、OECDの報告によれば、その割合は2020年でアメリカ6パーセント、EU16パーセントに対し、日本は76パーセントと飛びぬけた数字になっています。
しかも関税は国庫の収入となります。農業保護を消費者任せにしている安直な日本の政策はケチどころか、隠れた増税とも言えるのです。結果として、日本の食料品価格は全体的に高くなっています。
消費者にあまり知られたくないのか、政府はきちんと説明しませんが、このやり方は低所得者層には厳しい政策です。
例えば、米には1キロ当たり341円の関税がかけられており、およその輸入価格が150円ならば足した491円になって売られているのです。
そして国内の米価はこれより高く維持されています。
必需品である食料への関税は所得水準に関係なく、全ての家計に高い食品を買わせる仕組みなので逆進性が強くなります。
■「土木業者」「メーカー」に流れる補助金
第三に、農業補助金の使い方です。他国で増加しているのは、農業を営む者にその規模などに応じて国が直接お金を出す「直接支払い」制度です。
この政策によって他先進諸国では農業後継者が生まれ、高い食料自給率を維持してきました。
しかし日本では補助金の多くが高額な機械設備や圃場整備などに使われ、そのお金は最終的には土木業者や農機具メーカーに流れていきます。一体誰のための補助金なのかわかりません。
零細な経営体が軒並み過剰な機械装備類を所有していて無駄が多いことはよく知られていますが、その背景には、こうした日本独特の補助金のあり方、政治的思惑が垣間見えます。それでも農業はまだましです。
農業と比較して、漁業への支援の度合いは相当に低いものです。生産所得に占める予算の割合は農業の7割程度にとどまり、しかも予算の約4割が公共事業である漁港関連予算、つまり土木事業なのです。
その上、水産物を輸入する際の平均関税は農産品と比較して非常に低く設定されており、国内価格を維持する機能もほとんど果たしていません。

消費者の負担に依存する形とはいえ保護されてきた農業と異なり、漁業はこれまでほとんど保護されないまま国際競争にさらされてきました。このままでは日本の漁業は農業よりも早く衰退します。
農業も漁業も早急に「直接支払い」制度を導入し、十分な規模にまで拡大するのが最も適切な保護政策だと思います。

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佐野 雅昭(さの・まさあき)

鹿児島大学水産学部教授

1962(昭和37)年大阪府生まれ。京都大学法学部卒。東京水産大学修士課程、水産庁を経て北海道大学水産学研究科で博士号取得。専門は水産物流通。主な著書に『サケの世界市場』(漁業経済学会学会賞)『日本人が知らない漁業の大問題』など。

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(鹿児島大学水産学部教授 佐野 雅昭)
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